期末テスト前に、学校では学園祭が開催される。桐水学園は偏差値だけでなくイベントもアクティブである。三年生は受験で忙しいので、主に一年と二年の主催となる。
準備期間になると、放課後の教室は準備作業の生徒たちで賑わい、廊下も次第に飾り付けられる。学園全体が祭りに向けて活気づいていく。
生徒会としては企画を通して実行委員と調整したり、各クラスの出展申請を受け付けたりと仕事が増える。放課後の時間も多く取られるし、当然負担も大きい。
(正直、面倒くせぇ……)
心の中の本音を隠し、表面上は率先して手伝いの陣頭指揮を執り、皆の意見をまとめたり、トラブルを仲裁したりと忙しく動き回っている。気が付いたら身体が勝手に動いてしまうほど、学園生活の習慣は骨身に染み込んでいた。
「篠宮くん! 体育館舞台使用の申請がいくつか届いてるんだけど、順番はどうすればいい?」
「予算の関係もあるから、まずは当日のプログラムとの兼ね合いを見てから決めようか。資料ある?」
「うん、これ」
実行委員の同級生から渡された書類を受け取りながら、パラパラと目を通す。要点が分からないし、字が汚くて読みづらい。
「ありがとう。後で確認しておくね」
ニコッと笑顔を作る。これは篠宮理久の標準装備だ。同級生もホッとしたような笑みを浮かべ「じゃあ、後で指示してね」なんて言って去っていく。しかし、内心は全く笑っていなかった。腹の底で毒づいている。
(つか、テメエの仕事だろうが! なんで俺がお膳立てしねえといけねえんだよ!)
……なんて言えるはずがない。それが学園の王子様・篠宮理久の日常だ。
「おーい、篠宮、うちのクラスの劇の脚本なんだけど、ちょっと演出部分で迷ってて。参考意見もらえねえかなと思って」
「そこの角の模造紙、一部破れちゃって……」
次から次へと降り注ぐ質問攻撃。
いや、俺関係なくね?
そう思うが、口に出すわけにはいかない。いつも笑顔で対応するのがまずいのか、困った事があれば皆すぐに俺を頼ってくる。頼られるのは構わないのだが、限度というものがある。
(そもそも、自分のクラスの事なんだから、自分たちで決めろよ!)
(だいたい、劇の台本なんかオタク共でいくらでも考えられるだろ!)
(壁の模造紙破れた? そんなの勝手に養生テープでも貼っとけ!)
脳内で文句を垂れ流しながらも、表面上は穏やかに対応する。
これが学園の優等生王子様の宿命なのだろう。期待されるだけ期待され、自分には過剰な責任が乗っかる。頼られたからには全力で取り組み、当然最善を尽くすのだが。兄の玲央のような本物と違い、俺は本来ただの庶民なのだ。本当に疲れる。
「篠宮会長、2年E組のお化け屋敷ですが、奴らE組のくせに結構凝ってるみたいで、予算オーバーで申請してきやがりました」
生徒会副会長の桐谷が気配を消して近づいてきた。眼鏡の奥の瞳が不審げに光っている。
「このような非科学で非現実的な出し物が果たして我が桐水学園の格式を損なわないか甚だ疑問です。それもE組のやつらが……!」
「落ち着いて、桐谷くん」
同じクラスの桐谷は、桐水学園有数の秀才であり、学業成績は俺に次いで学年2位を保持し続けている。会長である俺のことは崇拝してくれているが、その他に対しては辛辣だ。特に学年平均以下の成績のE組の連中には強い軽蔑の念を持っている。
かなり融通が利かない男だが、その実務能力は確かなものであり、生徒会の運営においても重要な役割を担っている。数少ない貴重な戦力だ。
「予算超過の件に関しては、確かに確認が必要だね。一度話を聞く必要があると思うよ。でも内容によっては、多少の裁量権はあると思うんだ」
「さようですか。かしこまりました。ではお化け屋敷のスタッフ総勢に直に尋問してきます」
「そうじゃなくてね?穏便にお願いしたいなあ……」
桐谷の暴走を止めるのは大変だ。下手に突っつくと収拾がつかなくなる。彼の能力は評価するが、やや極端すぎるのだ。そんな桐谷の操縦方法は心得ている。俺の命令であればある程度忠実に聞いてくれるから、さりげなく導けばいい。
とりあえず、他に目を向けさせて注意を逸らすことにする。
「ところで、うちのクラスの催しについては順調? 確か喫茶店だったよね」
「ええ。準備は滞りなく進んでいます。……ただ、一部の女子共が篠宮会長に執事役をやらせるなどと不届きな妄言を吐いていたので、私が直々に矯正しておきました。安心してください」
桐谷は得意げに胸を張った。そういえば、ただの喫茶店かと思っていたら、いつの間にかコンセプト喫茶と化していた。メイドや執事が「ご主人様」「お嬢様」などと言いながら給仕するというものだ。どちらかといえば、コスプレカフェに近いのかもしれない。
……しかし、俺の知らない所でそんな陰謀が進行していたのか。正直助かった。あんな恥ずかしい恰好は御免被る。
「ありがとう。僕もクラスの手伝いはしようと思ってるけれど、流石に生徒会長としての任務もあるから、あまり多くは時間を割けないんだ。申し訳ないけれど、そちらの采配は君に任せたい」
「もちろんです。会長は何も心配なさらず、学園祭当日の持ち時間になったらA 組の教室に来ていただけるだけで大丈夫です!!」
桐谷が嬉しそうに返事をする。これでクラスの事は大方決着した。しかし、未だに俺に仕事を頼んでくる輩が後を絶たない。結局、学園の優等生王子様としての責務からは逃れられないようだ。
頭がクラクラしてきたが、表に出してはならない。これは俺に課された任務だ。期待に応えるためには最後まで完璧にやり通さねばならない。王子様の外面を維持するために、俺は再び穏やかな笑顔を作った。

