王子様と不良は、秘密の関係です。



 
 翌日の日曜日と、振替休日である月曜日は、ベッドで丸くなりながら過ごした。熱が下がらず、食欲もない。単なる寝不足ではなく、やはり風邪だったらしい。喉がヒリヒリと痛み、咳が止まらない。起き上がるのも億劫で、一日中寝汗をかいては着替えを繰り返し、体力も奪われていく。体温計を睨みながら、高熱とはいかないまでも微熱が続いていることにうんざりした。

 学園祭が終わったら、すぐに期末テスト期間だ。本来なら学園祭後のこの週末に机に向かって詰め込む予定だったが、今の体調では勉強どころではない。いや、正直なところ、自分のことより氷室のテスト準備の方を心配していた。
 氷室はもし、今回の試験で赤点をとれば、特待生制度の資格が剝奪されてしまうかもしれないと言っていたし。学園生活が窮地に立たされる可能性もある。
 

(大丈夫かな……)
 
 週末の勉強会はやはりギリギリまで続けたほうが良かったのではないかと、今更後悔の念が湧き上がる。どちらにしろ、この体調では俺が無理だったのだが。 


 
***
 

 学園祭から四日後、水曜日。

 熱が下がらず、一日学園を休んでしまった。なんとか平熱に戻ったため、期末テストも近いし日常を取り戻そうと登校することに決めた。
 校門を潜ったあたりから違和感を感じていた。これまでのように王子様としてチヤホヤされるのではなく、遠巻きにされている。あんなに鬱陶しいと感じていたはずなのに、周囲の変化に少し淋しさも感じてしまっていた。

 教室の扉を開けた瞬間、いつもなら何人かのクラスメイトが挨拶がてら厄介事を申し出てくるのだが、今回はシンと静まり返っており、誰も寄ってこようとしない。
 

 これは四面楚歌かもしれないと覚悟を決めて、自席につくと、目の前に松崎さんが立ちはだかった。

「篠宮くん、体調大丈夫?もう休まなくて平気?」
「うん、ありがとう。松崎さんも心配かけて悪かったね。学園祭も途中で投げ出してごめん」
 
「本当だよ! 篠宮くんが宣伝だけしまくって、結局戻って来なかったから、皆から文句言われてさあ、大変だったんだから!」

 松崎さんは口を尖らせて怒っているし、クラス全体の雰囲気も以前とは明らかに異なる。誰もが腫れ物に触るような慎重な視線で俺を眺めていて、物理的な距離感も微妙に保たれている。
 

「本当にごめん。反省してる」
 
 頭を下げて謝罪の言葉を述べると、松崎さんは「なんてね」と首を横に振った。

「本当は全然怒ってないよ。篠宮くんっていつも笑顔で何でも引き受けてくれるし、何でもできちゃうから、勝手に完璧な王子様だと思ってた。……でも、学園祭で、限界超えちゃったんだよね? もっと早く気が付いて、嫌なこととか、無理なことは断ってもらっても平気だよって言うべきだった。いろいろと頼りすぎて、無理させちゃって、ごめんね」
「松崎さん……」

 いつも強引で人の話を聞かない松崎さんが、殊勝な態度で謝罪している。あまりのギャップに驚いてしまい、掛けるべき言葉が見つからない。

「ありがとう。これからは……無理はしないようにするよ。でも、俺にできることはするつもりだから、また気軽に相談してもらえると嬉しいな」
「うん。これからもよろしくね」

 松崎さんはいつもの快活な笑みを浮かべた。彼女の後ろから複数のクラスメイトたちがこちらに向かって深々と頭を下げて来る。どうやら俺が拒絶されている訳ではない様子に安堵した。

 何でも器用にこなし、パーフェクトな王子様として振る舞っていた篠宮理久の虚像は、学園祭での醜態をきっかけに瓦解し、学園の皆の理想や憧れとしての偶像は脆く崩れ去ったらしい。
 だが、意外にも皆はそれを許容し、こんな情けない俺を受け入れてくれたようだ。俺はクラスメイトたちの優しさに心の内で密かに感謝した。


「ま、私たちも氷室くんの勇姿を見て目覚めたっていうか……」
「勇姿?」

 松崎さんの言葉に思わず首を傾げる。

「あ、もう見た?アレ」
「アレ?」
「学園祭のときの二人の写真、SNSで超話題になってたよ。……見る?」

 松崎さんは、ポケットからスマホを取り出して俺に画面を示した。
 その写真は、中庭で意識を失った俺を氷室が横抱きにして運んでいる瞬間を捉えた一枚だった。
 
 俺はあの忌まわしい王子様衣装を着ているのだが、髪飾りや宝石類が付いた豪華な衣装が強烈な光沢を放ち、幻想的な背景を演出している。
 一方の氷室は制服姿だが、その涼やかな美貌と逞しい肢体が際立っており、精悍な佇まいに威風堂々とした風格が漂う。光の当たり具合も絶妙で、まるで物語のワンシーンのような迫力あるショットとなっていた。

 誰が撮ったのか不明だが、キャプションには「愚民の陳情に疲れ果て、身を投げた繊細な王子様を救出すべく颯爽と登場した最強騎士様」という文言が添えられている。


「え、ナニコレ?」
 俺の目は点になった。

「最高でしょ? 尊いよね。氷室くんね、篠宮くんを保健室に運ぶときに周囲にキャアキャア群がってきた子たちを『道を開けろ!』って、一喝したらしいの。篠宮くんを守り抜くという使命感がビンビン伝わってきて、本当男らしいよね!!」
「……そ、そうなんだ」

 松崎さんの興奮気味な斜め横解説に若干引きつつ、俺は唖然と画面を見つめた。何となくだが、氷室は単純に邪魔だったから押しのけただけのような気がする。あの男は、他人に気を使うという概念を知らないから。

「そう! その時も凛々しくて惚れ惚れしちゃったって、怒鳴りつけられた子も言ってたし。男子生徒も『氷室カッケー!』って熱狂してたし。その後は、プラカード持ってクラスの宣伝してくれたり。衣装や小道具全部、氷室くんが業者みたいに搬入したり撤収したりして、めっちゃ助かったんだ」
「へ、へえ」

 今まで不良として遠巻きにされていた氷室だが、どうやら一躍ヒーローと化している。しかも、『健気な王子様を護る孤高の騎士様』という新たな称号まで与えられているようだ。何だソレ?

 しかし、その影響で俺への評価も変化したらしい。文化祭でぶっ倒れたことが拡散され、『完璧で隙がない王子様』から『繊細で庇護すべき王子様』という属性にシフトチェンジされた模様だ。
 それで皆、俺に気を遣ってくれている訳だ。ちょっと微妙な心境ではあるが。



「篠宮会長。おはようございます」
「ああ、桐谷くん。おはよう」

「会長、お体の具合はもう宜しいのですか?」
「うん。もう問題ないよ。ありがとう」

 副会長の桐谷が心配そうに尋ねてくる。相変わらず気配が読めない男だ。

「会長、これまでの私の数々の無礼をお許しください」
「ん?」

 桐谷は突如、俺に向き直り、深々と頭を下げてきた。何のことか理解できないでいると、彼は懺悔するかのような悲愴な表情で言葉を紡ぎ出す。

「私は浅慮でした。篠宮会長の苦しみや葛藤に気が付けず、貴方を追い詰めてしまった……」
「いや、そんなことはないけど……」
 
「いいえ。会長は完璧超人ではなかった。貴方は崇高で清廉な魂をお持ちですが、脆さと儚さを秘めた無垢な存在であることを、私は改めて実感いたしました」
「……そ、そう」

 宗教みたいな喋り方に若干引きながら、曖昧な返事をした。どうやら彼も、俺の新たなる属性を信じ込んでいるらしい。学園祭の一件で、氷室に関する誤解は解いたと思ったのだが、変な方向に転換しているように思える。
 
「このため、会長を御守りすべく親衛隊を結成致しました。現在メンバー募集しているのですが、入隊希望者は殺到しておりますので、直に正式発足出来ると思います」

「……は?」
「まずはこの資料に目を通しておいてください」

 桐谷は、A4サイズの分厚いファイルを俺の机上に置くと、「他にも数十種類作ってますので、後程お渡しします」と言い残して自分の席に戻って行った。ファイルを半ば押し付けられた形になり、思わず硬直してしまう。
 
 おそるおそる中身を確認すると、『篠宮会長親衛隊活動方針(案)』と題されたパワポ資料が出てきた。どうやら桐谷が作成したらしい。詳細な活動内容や誓約条項が理路整然と記述されており、相当の労力を割いていることが窺える。
 相変わらず仕事は早いが、今回に関しては迷惑極まりない。


「うわあ、桐谷くん。篠宮くんのコト好き過ぎて拗らせてるね~。多分氷室くんに対抗してるんだよ」

 傍で一部始終を見ていた松崎さんが、他人事のようにケラケラと笑っている。巻き込まれている立場としては笑い事ではない。どう対処すれば良いか悩みながら、頭を抱えたくなった。

 その後、クラスメイトたちからは、事あるごとに「篠宮君、大丈夫?」「また倒れないようにね」「何かあったら私たちがサポートするからね」「篠宮、無理するなよ」という温かな(?)言葉を多数頂戴した。

 何だか複雑な感情が沸き起こってくるが、取りあえず悪質なデマ情報で学園中に迷惑がかからなかったようで、安堵した。何より、氷室に累が及んでいないことに、心底ホッとした。