俺で上書きしなよ 〜500日で好きになる?〜

 修学旅行3日目の朝、テーマパークのモニュメント前でクラスの集合写真を撮り、開園30分前から入場できる権利を得ている俺たち生徒は、胸を躍らせ一斉に門をくぐった。
 「よっしゃ、延岡!アトラクション全攻めすんぞ!」
「任せろ!!」

 寒さなんて忘れて、延岡と次から次へとアトラクションを乗りまくった。

 途中、休憩がてらショップに立ち寄った俺たち。
「お、これ可愛い。みっちゃんのお土産これにしよっかな」
「木津もみちるにお土産買うって張り切ってたな。部には買わないのか?」
「もちろん買うよ。配りやすい個包装のクッキーとかがいいな。…あ、茅野たちが金出すからキーホルダー買って来いって言ってたな」
「どのキャラクターの?」
「何でもいいんだってさ。俺のセンスに委ねるって言われた」
「それすごいプレッシャーだな」
「女子の好みよく分かんねぇよなぁ」
「みちるのは即決したのに、そこは悩むんだ」
「そりゃあ、みっちゃんの好みは熟知してるからな」
「いつかみちるにこういうペアキーホルダーとか渡しそうで怖いわ」
「お、それいいな!みっちゃんの最初のオソロは俺とにする!」
「やめろやめろ。お揃いはカップルの特権だろ」
ー…カップルの特権。
 仁科はどういう意味であのキーホルダーを渡してきたんだろ。

 ショップを出ると仁科たちに出会した。カチューシャをする峰岸の横で、キャラクターの帽子を被っている仁科はポップコーンを首からさげて嬉しそうだ。クールそうな砂田が、ふわふわのイヤーマフを付けてるのがなんだかほっこりする。
 「もうお土産買ったんだ。あ、宮ちゃんそれみっちゃんにでしょ?」
「よく分かったな」
「そりゃあ、宮ちゃんのみっちゃん愛のデカさ知ってるからね。にしても量多くない?」
「いや、茅野たちのも買ってるから」
「ふーん、そっか」


 閉園ギリギリまで遊び、パーク内で夜飯を済ませた俺と延岡はホテルに帰り、部屋に戻るためエレベーターを待った。
「今度は木津も一緒に行きたいな!」
「そうだな…」
 つうか、はしゃぎ過ぎたからかな?身体がだるい、いや熱い…。あれ、なんか目の前が…あ、やばいかも……

バタンッ…ー



 最終日の朝、心配そうな顔をした延岡がドアの外から顔を少し覗かせ声をかけてくる。
「大丈夫かー?食べれる時に飯食っとけよー」
「うん」
「じゃあ、俺行ってくるな?なんかあったらすぐ連絡しろよ?」
「…うん。楽しんで」

 ベッドの上で布団をかけ寝ている俺は、マスクをして顔が赤い。…そう、昨夜倒れたのは熱のせいだった。
 念のため夜間の病院で検査した結果、インフルエンザは陰性だった。同室の延岡に風邪を移す可能は低いが、空いていた1人部屋を提供してもらい寝ている。
 遊び過ぎて熱出すとか俺は子供か…。


 しばらくして目が覚め、時計を見ると時刻は昼になっていた。薬を飲んだおかげもあり、熱が下がったように感じる。
…腹減ったな。

 布団から起き上がった時、部屋のドアが開いた。
…先生かな?……!?
入ってきたのは仁科だった。
「えっ…どうしたの…」
「体調どう?」
「うん、だいぶマシになった。つうか、自由行動は…」
「宮ちゃんが心配で、先に帰って来ちゃった」
「なんかごめん…」
「俺が勝手に来たんだから謝るのなしね」
仁科はベッドサイドに腰掛けた。
「有名な豚まん買って来たんだけど、食べれそう?お粥とかの方がいいなら、先生に頼んでくるけど」
「豚まん食いたい」

 豚まんを食べ終わった俺は、少し悩んだ末に仁科に伝えることにした。
「あのさ…」
「ん?」
「俺……もう吹っ切れたから…彼女のこと…」
「…え」
「だからその…上書きはもうしなくて大丈夫…です…」
敬語になってしまったのは、緊張しているからかもしれない。
「…ほんとに吹っ切れたの?あんなに泣いてたじゃん」
「あの日枯れるくらい泣いたおかげでスッキリしたんだよ」
「じゃあ、これからは上書き必要ないんだね」
「…うん。協力してくれてありがとな」
「俺も楽しんでたし、協力してるつもりはなかっけどね」
「それでも感謝してんの。…仁科がいてくれて良かった」
「そっか。…ってことはさ、上書き終わったし…これからは俺たちだけの思い出を作っていいんだよね?」
「…え」
そっと手が重なる。
「…っ」
「……宮ちゃんって、俺のことどんくらい意識してる?」
 じっと見つめられ、下がったはずの体温がまた上昇する。俺は仁科のことを……
「…えっ、とぉ…」
「え、ていうか宮ちゃんまだ熱くない!?起きてから熱測った?」
「いや、まだ…」
「俺、先生に体温計借りてくるね」
「あっ、うん、ありがと…」


 結局熱は下がり切ってなくて、帰りの新幹線、バスともに養護の先生の隣に座り、修学旅行最終日は仁科、延岡以外の友達と絡むことなく終わってしまった。


 学校に着き、点呼を終えたみんなは、キャリーケースやお土産を手に持ち、駅や近くに来た親の迎え場所に帰って行く。俺は学校の駐車場で母さんが迎えに来るのを延岡と待っていた。
「あ、来たぞ」
延岡が母さんに手を大きく振る。

 母さんは先生と少しだけ話し、延岡に礼を伝えた。
「延岡くん、一緒に待っててくれたのね!ありがとう。リツ、大丈夫?」
「…うん」
「今日はずっとホテルの部屋で休んでたけど、まだ本調子じゃないんで、あとよろしくお願いします!」
「おっけ。本当にありがとうね」
「いえいえ。あ、これお土産!」
「えーわざわざありがとう!」
「え、いつの間に!?」
「今日の自由行動中に買った。…じゃあ、俺帰るな」
「おん、色々ありがとな」
「無理せずゆっくり休めな。…失礼します」
「気をつけて帰ってね」



 2日後、熱は下がったものの身体のだるさが残っていだ俺は、部屋着のまま部屋でゴロゴロしていた。
 コンコンッ…ガチャ
「リツ、調子どう?」
仕事中の母さんがドアから顔を覗かせ聞いてきたので、スマホに目線を戻し返事をする。
「まだちょいダルいかなぁ。なんか甘いもん食いたい」
「ならちょうど良かった」
「ん?」
「お見舞いに来てくれたわよ!」
全開になったドアの向こうに立っていたのは仁科だった。
…!?
「やっほー。甘いもの買って来てるよ」
「…。」
「仁科くんごめんね。私もう戻らないとだから、何のおもてなしも出来ないけど、ゆっくりしていってね!」
「ありがとうございます」
「リツ、飲み物だけ入れてあげてね!じゃ、ごゆっくり!」
「あ、うん…」

 「顔色良くなってて安心した」
「…来るなら連絡しろよ」
「ごめんね?連絡入れたら断られそうだと思って」
…たしかに。
「仁科は体調大丈夫なの?おんなじ部屋ん中いたけど、移ったりしねーの?」
「うん、大丈夫。キスしたわけでもないしね」
「…。」
さらっとすげーこと言ったな今。
 「はい、プリン一緒に食べよ!」
「…おぉ、うまそう!ありがとな。あ、5個も買って来てくれたんだ」
「甘いもの好きか分かんなかったけど、ご家族のも」
「うちみんな甘党だから喜ぶわ。…なぎ、いま食うかな」
「なぎ?」
「あ、弟のこと。渚って名前なんだよ」
「へぇー、兄弟揃ってお洒落な名前だね」
「そうか?…俺が風邪で帰って来たから、接触避けられてて」
「あー受験生だからか」
「そーそー。…あ!仁科、なぎにプリン渡してみてよ」
「えっ!?」
「あいつ、プリン大好物だから」
「いやいや、いきなり俺が現れたら不審がるでしょ」
「仁科のコミュ力なら大丈夫。奥の部屋だから」
「えぇー…」

 若干不安そうな顔をしながら渚の部屋へ行った仁科。俺はドアを数㎝だけ開け聞き耳を立てた。
コンコン…
「…はい」
部屋の中から渚が返事をしたが、多分母さんだと思ってる。
「…あの、初めまして、お兄ちゃんの友達の仁科です。プリン買ってきたんだけど、いま食べる?」
…ガチャっ!
「あ…初めまして、弟の渚です」
「初めましてー、いきなりごめんね?」
「あ、いえ。どうせ兄が言い出したでしょうし」
「あははっ、さすがだね!ま、俺も渚くんに会ってみたかったし!はい、プリンどーぞ」
「…あざっす」
「じゃあ、勉強の邪魔してごめんね!」

 俺の部屋に戻って来た仁科は、なぜかニヤニヤしている。
「なんだよ、その顔」
「いやぁ、いいね渚くん」
「はぁ?」
「確かに顔は宮ちゃんに似てないけど、なんか雰囲気がそっくりだった!」
「え、雰囲気似てた?」
「うん!だから、きゅんってなりそうだった」
「俺以外にもなんのかよ…」
ボソッと呟いた。
「え?」
「ううん、プリン食べようぜ」


 プリンを食べ終わると仁科は、上着を羽織り出す。
「え、もう帰んの?」
「まだ本調子じゃないだろうからゆっくり寝て、しっかり治して明日ちゃんと学校来てよ」
「うん」

 玄関で見送る俺にこっそり耳打ちする仁科。
「…クリスマスたくさん楽しも」
「…うん…」
 ニコッと笑った仁科は「また明日ね、お大事に」と爽やかに帰って行き、俺はその場にしゃがみ込んだ。
「はぁー…」

 元々上書きデートとして、クリスマスを一緒に過ごすを約束をしていた。一昨日、もう上書きは必要ないと伝えたけど、クリスマスデートが無しになることはなくて、むしろ2人の特別な時間が待っていて…。
「いや、何期待してんだよ…」
「…独り言デカ」
…!!
渚が後ろに立っていた。
「友達帰ったの?」
「うん」
「プリン美味しかったです、って伝えといて」
「おっけ」



 翌日、完全復活した俺は元気に登校し、昼休みに木津と1年の教室へ向かった。
 「「かーやーのーっ」」
ドアから2人で呼びかけると、パンを頬張ったままの茅野が急いで寄ってくる。
「ゔぉしふぁんだっ…」
「いや、何言ってんのか分かんねーから。とりあえず口ん中空っぽにしろよ」
「…ごくっ。どうしたんですか!?」
「お土産渡しに来た。みんな用のお菓子は部活ん時配るけど、個別に頼まれたやつ渡したくて」
「あぁ!ありがとうございます!」
「まず俺から…お願いされたのと違ったらごめん」
木津に渡された小さな紙袋からお守りを取り出した茅野。
「合ってます!ありがとうございます!これで恋愛も勉強も最強になれます」
「あはは、なら良かった」
「はい、気に入らなくても文句言うなよ」
俺もテーマパークで選んだキーホルダーを渡した。
「言いませんよ。今、開けていいですか?」
「うん」
「……可愛い!!え、ほんとに宮先輩が選んだんですか!?」
「おい、失礼だな。ちゃんと茅野が好きそうだなと思って選んだよ」
「…ありがとうございます。あ、お二人とも後で値段教えてくださいね」
「りょー」
「楽しかったですか?」
「うん、すごく楽しかった」
「めちゃくちゃはしゃいだわ」
「はしゃぎ過ぎて熱出たらしいけどな」
「え!?宮先輩、体調崩したんですか!?」
「最終日だけな。だから大阪はテーマパーク以外どこも行けてない」
「うわー可哀想」
「憐れむな憐れむな」
「じゃあ、また放課後」
「はい、わざわざありがとうございました」

 教室に戻ると仁科が俺の席に座り、峰岸と話していた。
「あ、みやみやおかえりー」
「宮ちゃん、どこ行ってたの?」
「後輩にお土産渡して来た」
「喜んでた?」
「うん、俺が選んだのを疑うくらい喜んでた」
「よかったね。みっちゃんには渡したの?」
「明後日の終業式後、延岡ん家に木津と行くからそんとき渡す予定」
「みやみやは、のーべたちとイヴを過ごすんだねぇ」
「まぁな」
「まー男だけで過ごすクリスマスってドキドキしないけど、彼女とは違う楽しさがあるよねー」
…男にはドキドキしない…はずなんだけど…
「宮ちゃん、座りなよ…」
「…っ!?」
俺の腕を引き、膝の上に座らせた仁科。
…いやいや、どういう状態だよっ!

ドキドキドキ…ー

何でこんなドキドキすんのか…その答えはいつ分かるんだろう…。