期末テスト終了から数日後。今日から俺たち2年生は、3泊4日の修学旅行へ旅立つ。
クラスごとに行き先が違い、1組と2組は大阪と京都へ行くことになっている。
「楽しみだねーっ!」
駅のホームで新幹線を待つ仁科は上機嫌だ。
延岡、俺、仁科、峰岸の順に横並びで立っていると
「仁科、みね、明日の自由行動一緒に回ろうよ!」
クラスの一軍女子たちが仁科たちを誘う。
「明日は、みねとお忍びデートだからなぁ」
「そうなんだよー、京都でお忍びって芸能人みたいでいいでしょう?」
…!!
俺の左手に仁科の右手が微かに触れた。
「……。」
明日の自由時間は、午後から仁科と2人で行動する約束をしている。
この修学旅行は上書きじゃない。仁科と初めての思い出が増えていく4日間。それがなんだか嬉しくて、ワクワクしている自分がいる。
初日の今日は、クラスごとに京都の名所を巡る。
「おぉー!!これが清水寺かぁーー!」
「景色やべーな!!」
清水の舞台に立った俺と延岡はテンション高く、スマホで写真を撮り始める。
「木津に送ろうぜ」
「あ、ちょうど木津からも写真送られてきてるわ」
3組の木津は、九州方面に行っている。
「宮ちゃん、のべくん、一緒に撮ろ!」
他の観光客にお願いして、4人の写真を撮ってもらった。
「ありがとうございましたー」
手に戻ってきたスマホをインカメラにした仁科は、俺の肩を軽く抱き寄せシャッターボタンを押す。
「また写真送るね」
「…うん」
不意に触れられ恥ずかしくなる。
今日はクラスでの移動ばかりで、仁科と峰岸の周りは他の奴らが常に囲っている状態だった。
伏見神社や嵐山などを観光した俺たち2組は、18時頃宿泊先のホテルに到着した。
「部屋のカードキー渡すから、代表者1名取りに来ーい」
「俺、取ってくるねーん」
「うん、ありがと」
今日は4人一部屋で割り振りされており、俺は延岡、仁科、峰岸と同部屋だ。
部屋に荷物を置き、一息つく間もなく夕食会場へ移動した俺たち。
夕食はビュッフェスタイルで、先に着いていた1組の奴らが皿を片手に列を作っていた。
「あ、仁科、みね、お疲れ」
砂田が仁科たちに声をかける。
「砂ちゃんお疲れー」
「向こう席空けてるから」
「わーい、料理取ったら千影と行くねー」
仁科たち3人のいるテーブルは、圧倒的なイケメンオーラに包まれ、周りの女子たちは頬を染めている。
…修学旅行って、人気者とお近づきになるチャンスだもんな。この4日間で何人に告られんだろ…。
早々に食べ終えた俺と延岡は、峰岸からキーを受け取り部屋に戻った。
「なぁ、明日ここも行っていいか?」
延岡はスマホを画面を見せてくる。明日の自由行動は、午前中は俺は延岡と2人、仁科は峰岸、砂田と過ごす。昼を食べたら延岡はバスケ部の奴と、峰岸は砂田やサッカー部と、そして俺は仁科と…。
「ふーお腹いっぱいだぁ!」
峰岸たちが部屋に戻ってきた。
「美味しかったねぇ」
「食べ過ぎたかも。消灯何時だっけ?」
「23時じゃなかった?」
「順番にお風呂行かなきゃね。みんなシャワーだけにする?寒くなってきたし、湯船浸かる?」
「俺シャワーだけでいい!」
「俺もー。みやみやは?」
「うーん、浸かりたいな」
「じゃあ、先に俺とのーべが順番にシャワー浴びて、その後みやみやと千影で一緒に浸かりなよぉ」
…ん!?
「えっ…」
「ありがとう、そうするね」
…んんん!?今、一緒にって言った!?…え、仁科も何普通にオッケーしてんだよ!…おい、延岡なんか言え!
「ここの風呂追い焚き機能なかったから、一度に入ったほうがぬるくならなくていいな!」
…なんでだよ!!
「いや、だったら俺もシャワーだけでいいって。仁科も1人で浸かったほうがゆっくりできるだろうし」
「浴槽広かったし、大丈夫だよ。それとも宮ちゃん、俺と入るの嫌?」
「えっ、あ…い、嫌じゃねぇけど…」
「じゃあ決まりね!」
…えええええ
「さっぱりしたぁ。のーべどうぞー」
「はーい」
延岡がシャワーを浴びに行き、ベットの上に座りテレビを観る俺は1人ソワソワしている。チラッと仁科を見たが、特に変わった様子はない。
え、意識してる俺が変なの?大浴場に入るのとは訳が違うじゃん?
そんなことを考えまくっているうちに延岡がシャワーから出てきた。
「宮、仁科、お先でした」
「はぁーい。…宮ちゃん、いこっか」
「あ、うん…」
脱衣スペースで制服を脱ぐ時点で、俺の心臓は馬鹿みたいにドキドキしている。
「…。」
俺、どうしちゃったんだろ…。
無駄に広い浴室内、身体を洗っていると峰岸たちがドア越しに話しかけてきた。
「ちょっとのーべと飲み物買ってくるねぇ。鍵閉めとくから」
「りょーかい」
…さっきまで部屋に延岡たちがいて、どっかで安心してたけど…2人きりとか…なんか…。
「…宮ちゃん、浸かろうよ」
「…うん」
大きな浴槽とはいえ、どこを向けばいいのか分からず、とりあえず壁を見るように体を横に向けた。仁科は俺の方へ体を向けている。
「あったかくて、気持ちいいねー」
「そうだな…」
ちゃぷっ…手や体を動かすたびに水の音が響く。それがなんでかエロく感じる俺の脳みそは、ヤバいんだろうか…。
「宮ちゃん、何で壁見てんの」
「いや、だって…」
「もしかして、俺の体見ないように気遣ってくれてる?」
「あ…いや、うーん、まぁ…ちょっとは」
「…じゃあ、こうすれば見えなくていいんじゃない?」
「えっ…」
俺の体を引き寄せ、後ろから包んできた仁科。
…これ、後夜祭の時と同じような…。でも明らかに密着度が違う。肌と肌がもろに触れている。…待て待て、こんなのカップルがすることじゃん!
「宮ちゃん…」
囁いた仁科の声が水の音と混ざり合って響くから、俺の耳はどうにかなりそうだ。
「…俺、もう出るわ…」
恥ずかしさに耐えられなくなった俺は、逃げるように急いで浴室を出た。
室内に戻ると、ちょうど延岡たちが帰ってきた。
「あ、おかえり」
「ただいま。…宮、のぼせたのか?」
「え、何で」
「だって、顔真っ赤だぞ?」
「…っ」
2日目の朝。ホテルでの朝食をパスし、延岡と寒空の下、京都の街へ出掛けた。
「どっかに舞妓さん歩いてねーかな!?」
「いや、この時間はいねーだろ。そもそも最近の舞妓さんは簡単に外歩かないらしいぞ」
「まじか」
電車に乗り、気になっていたスポットへ行き、また電車で移動して昼飯を食べ、あっという間に仁科との約束の時間が近づいていた。
京都駅の改札を抜け、延岡と一旦別れた俺は行き交う人の中で仁科を探す。
…やべ。朝、先に出たから仁科がどんな服着てるか分かんねぇ。…連絡してみるか。
歩きながらスマホに目線を落とした瞬間…
「…宮ちゃんゲット」
仁科が後ろから腰に手を回してきた。
「…っ!…びっくりしたぁ」
「…行こっか、お忍びデートっ」
…やべぇ、この感じかなり嬉しいかも。
水族館に着いた俺たち。
「今さらだけど、めちゃくちゃ学校の奴に会いそうだな」
「そうでもないない。俺のリサーチによれば、水族館組は午前中から行って、この時間には他の場所に移動してるはず!だから安心して」
「あはっ、そのリサーチすげぇな」
「京都らしいことは昨日したし、今日はあえての定番デート楽しもう!」
「…だな!」
「見て見て、宮ちゃん!アザラシが筒ん中に浮いてる!!やば、かわいい!」
「ほんとだ。やべーな、この可愛さ。仁科、一緒に写真撮るからそこ立って」
「ペンギンがいる!見ろ仁科、こいつ俺のことガン見してる」
「あはは!宮ちゃん求愛されてるんじゃない」
2人して子供みたいに夢中になって、写真たくさん撮って、気付けばバスの集合時間が迫っていた。
「そろそろ出ないとだな」
「あ、出る前にショップ寄って来ていい?すぐ終わるから宮ちゃん待ってて」
「あ、うん」
…すげぇ楽しかったな。仁科と付き合ったら毎回こんな風にデート満喫できそうだな……って、俺いま何考えた!?
館内での距離は近かったけど、手を繋いだわけじゃないし、カップルらしいことは何もしていない。それでも仁科の出す空気感が他の奴らといる時と違い甘くて優しくて、何度も口元が緩みそうになった。
集合場所には高速バスが停車していて、他の奴らはすでに座席に座っていた。
「え、これ俺ら最後だったり!?」
「まだギリギリセーフだし、大丈夫でしょ」
車内に乗り込むとほぼ席は埋まっており、仕方なく仁科と空いている席に横並びで座った。
大阪のホテルに着くまで30分ちょっと。それまでに水族館の余韻は抜けるだろうか。
「宮ちゃん、はい」
水族館のお土産袋から取り出した小さなキーホルダーを手渡された。
「え…」
「今日の思い出に。自転車の鍵にでも付けてよ」
「あ、ありがと…」
「ちなみに…お揃いでーす」
嬉しそうに色違いのキーホルダーを見せてくる仁科が可愛くて、下唇をぐっと噛んだ。
外が暗くなった頃、明日行くテーマパーク付近のホテルに到着した。
今日は延岡と2人部屋だ。
「だぁー。歩き過ぎて疲れたぁー」
延岡はベッドにダイブした。
「明日もっと歩くんだから、今日は風呂浸かっとけよ?」
「おう。…そういや今日の夜、ってことは今からか、1組の女子が仁科を呼び出すらしいぞ。バスケ部のやつが教えてくれた」
「え、まじか。それって告白するんだよな?」
「うーん、告白なのか明日一緒にアトラクション乗ろうとかなのかは分かんねーけど。非日常の修学旅行だと人は大胆になるのかもな!」
「…。」
別に誰が仁科に告白しようが俺には関係ない。それにもし、仁科がその気持ちに応えて付き合うことを選んでも構わない……のか?俺。
「…って、休んでる場合じゃねぇ!ビュッフェ行くぞ!」
「あ、だな!」
ホテル内のレストランに行くとまだ誰もいなかった。
「お、一番乗りじゃん!ラッキー」
「先に席取っておくか?」
「そだな」
料理を取り終わった頃、仁科と峰岸がやってきた。
「あ、のーべたちもう来てたんだ。一緒座っていー?」
「うん」
「じゃあ、俺らも取り行ってくるね」
「昨日も美味かったけど、ここのビュッフェもめちゃ美味いな!しかもさ、クリスマスフェアしてて、あっちにローストビーフあったぞ!」
「まじか!これ食ったら取り行くか!」
「あはは、2人ともよく食べるねぇ」
「峰岸は相変わらず野菜ばっか食ってるな」
「野菜美味しいもーん」
「ヘルシーだな。よし、ローストビーフ取ってくる」
「宮、俺の分も取ってきてほしい!」
「はいよ」
ローストビーフの列に並んでいると、前にいる1組の女子2人がコソコソ話している。
「声かけるならエレベーター前がチャンスじゃない?男子と階違うし」
「そ、そうだよね。今さらだけど、あんまり話したことないのに誘って大丈夫かな」
「なに弱気になってんの。大丈夫だよ、仁科は優しいから」
…っ!!…この子か、延岡が言ってたやつ。
「…。」
…そうなんだよ、仁科は優しいんだよ。みんなに優しいから、だから俺なんかのために上書きしてくれてさ。
「じゃあ、のーべ、みやみやオヤスミー」
「また明日ね」
「おう、おやすみ」
食べ終えた仁科と峰岸は先にレストランを出た。去って行く2人を見ていたら、例の女子たちがあとを追いかけて行っている。
「…。」
風呂に入った後、謎のモヤモヤが消えない俺は気分転換に自動販売機コーナーへ飲み物を買いに行った。
ー寒いし、ホットにするか。
ガコンッ…
「みーやちゃん」
取り出したタイミングで仁科が現れた。
「お疲れ」
「もうお風呂入ったんだ」
「うん。仁科はこれから?」
「うん」
仁科は飲み物を買わず、俺をじっと見ている。
「なに?買わねーの?」
「いやぁ…湯上がりの宮ちゃん見たら、昨日一緒にお風呂入ったの思い出しちゃって」
「…っ!」
仁科の言葉に、俺も思い出して頬が染まってしまう。
スッと近づいてきた仁科は、俺の首筋をくんくん嗅ぎ、耳元で囁いた。
「…今日のボディーソープ甘いね」
ぶわぁっ…
頭から指先まで身体中が熱くなる。もし仁科に会ったら、あの子になんて言われたのか訊こうと思ってたのにそれどころじゃない。



