文化祭から3日経った学校では、午前中の時間を使い、全校生徒で各教室、校舎内、グラウンドの片付けと清掃が行われていた。
俺と延岡は廊下に貼ったチラシを剥がしに校内を歩き回っている。
「楽しかった分、終わった後が切ねーなぁ」
「それな。…そういや、みっちゃん仁科に会えたの?」
「うん、教室の近くに行ったらタイミング良く会えたんだよ!みちるのやつ、仁科を前にしたら案の定照れちゃってさ、服可愛いねって褒められたら母さんの後ろに隠れた」
「もうそれ恋じゃん!俺のみっちゃんが…仁科め…」
「別に仁科なら良くないか?顔も性格もいいし、出来ることもたくさんだし、みちるも見る目あんじゃん」
「…欠点のない男なんかいねぇんだよ」
「仁科の欠点…例えば?」
「例えば……モテ過ぎるとことか…」
「何だその無理矢理な粗探しは」
教室に戻ると段ボールがまとめられていた。
「これ捨てて来たらいーの?」
「あ、うん。助かる、ありがとう!」
延岡と運んでいるとクラスの男子が大声で叫んでくる。
「延岡ー!バスケ部の後輩がさっき探しに来てたぞぉー!」
「あ、おっけー!!…誰だろ」
「俺運んどくから1年の教室行ってみれば?」
「重いけど大丈夫か?」
「余裕」
「ありがとな。ちょっくら行ってくる!」
余裕と言ったものの、1人だと結構重いな…。
悪戦苦闘しながら運んでいると、職員室から戻る途中の仁科が前から現れた。
「え、宮ちゃん大丈夫!?」
「うん、たぶん」
「俺も一緒に運ぶから、半分貸して」
「…ありがと」
後夜祭での出来事がずっと頭ん中にあって、今朝から仁科を見るたびに体温が上がる。
「今日が終われば、やっと肩の荷がおりるー」
「頑張ってたもんな。仁科、人をまとめて引っ張っていく才能あるし、来年の生徒会長立候補すればいいじゃん」
「えーやだよー。絶対忙しいじゃん。…あ、明日の昼ごはん一緒に食べない?のべくんたちも一緒で大丈夫だし」
「うん、いいよ」
11月の上書きリストにあった、学校で昼を一緒に食べる、というやつだろうな。
「…。」
もう未練なくなったって言ったら、上書きは終わっちゃうんだろうか…。
放課後、練習場の隅で筋トレをする俺の横に茅野が来て、何か言いたげな顔で見てくる。
「…なんだよ」
「待ってたのに…」
「え?何の話?」
「後夜祭…待ってたんですけど」
「…えっ!?あれって、ドタキャンされたらって話じゃなかったっけ?」
「…そうですけど…ちょっとは顔見せに来てくれるかなぁって思ってました」
「…あはっ!かまってちゃんかよ。もしかして、茅野こそぼっちだった?」
「そんなわけないじゃないですか!…もういいです」
「もぉ、拗ねんなってー。明日一緒のテーブル座ってやるから、な?」
「…。」
部活終わり、顧問に呼ばれた木津を駐輪場で待っていたら仁科が通りかかった。
「あ、宮ちゃんだ!お疲れー」
「お疲れ。珍しいなこんな時間まで居るの」
「最後の文化祭委員の集まりがあって。報告書提出したり…無事役目を終えたかな」
「そうか」
「……褒めてよ、宮ちゃん」
「え、あぁ、ご苦労様!」
「そーゆーのじゃなくて、ほら、もっとこうさ…」
「ふはっ、仁科までかまってちゃんなのか」
「えっ、かまってちゃっ…」
仁科の頭をくしゃくしゃっとした。
「…千影くん、よく頑張りました」
「…。」
下を向いた仁科は頬が赤いように見えた。
「仁科…?」
「…宮ちゃん…」
「お待たせー。あ、仁科じゃん」
「木津くんお疲れ!」
木津がやって来て通常モードに戻った仁科。
なんか言いかけてたような…。
次の日。昼休みの屋上で、延岡、木津、仁科、峰岸と昼飯を食べていた。
「今日は弓道部のみんなで打ち上げなんだねー」
「打ち上げっていうか久々にみんなでご飯行くかって感じかな」
「仲良しなんだねー。あ、前にみやみやの彼女だって間違われた子も弓道部だよねぇ?」
「うん」
「俺が受付してる時に来てくれたんだけど、みやみやがいなくて残念がってたよー」
「茅野そんなこと言ってたっけ?」
「いや、初耳。後夜祭のことは言われたけど」
「ん、後夜祭?」
「なんか…まぁ、色々あって。茅野が拗ねたから今日はご機嫌取んなきゃでさ」
「今の宮の発言、なんか彼氏みたいだな!」
「それ思った!みやみや実はその子と…」
「違うから。もぉ、木津も言ってやって。弓道部は健全だ!って」
「…これだけは言える。もし俺が律樹の後輩女子だったら確実に惚れている」
「…。」
「あはは、何だよ木津いきなり。なに、宮って後輩の前だとそんな違うのか?」
「カッコつけてるわけじゃなく自然体なのに、女子心をくすぐる絶妙な気遣いと優しさを兼ね備えてんだよ。そこに先輩として頼りになる部分が加わり、隠れ良い男が誕生するわけ」
「へぇー、宮ちゃんの後輩羨ましいね!」
仁科の言葉が本心なのかヤキモチを含んでいるのか分からないが、なんとなくこれ以上茅野の話をするのはやめた方がいいと思った。
予鈴が鳴り、屋上から教室に戻る途中「宮ちゃん、トイレ行こー」と仁科が誘ってきた。
トイレに着いても仁科は中に入ろうとしない。
「…?どした?漏れるぞ」
「…今日、俺も行っていい?」
「ん?」
「今日の夜ご飯」
「へ?…いや、弓道部の集まりに何で仁科が来るんだよ」
「だって…茅野って子とイチャイチャするんでしょ?」
「…は?」
「だから前に言ったじゃん。あの子は宮ちゃんのこと特別視してるって」
ーあぁ、そんなこと言われたような…。
「あのなぁ!俺は誰ともイチャイチャしねーし、そもそも茅野が俺を好きなわけねぇから。…本鈴鳴るし、戻るぞ」
唇を尖らせる仁科は、納得がいっていないようだった。
放課後の2組教室に木津が店に行くまでの時間潰しに来た。
「お邪魔しまーす。ここ座って大丈夫?」
「うん、峰岸さっき帰ったから大丈夫」
「俺も混ぜてっ!」
仁科が俺の横に座ってくる。
「今日バイトじゃないの?」
「うん、今日はないから暇な日」
「何のバイトしてるんだっけ?」
そういや、俺も知らない。
「家の近くのカフェでしてる。人も内容も悪くないんだけど、もうちょい時給良くて、休みやすい仕事があればなぁとも思うんだよね」
「ふーん…あ!良いとこあるじゃん、律樹!」
「ん?何で俺?」
「少し前に律樹の母さんが裏方の人手欲しいって言ってたよな?」
「あぁ…言ってたけど」
「え、なになに、宮ちゃん家なんかしてるの?」
「律樹ん家、美容院なんだよ」
「え!?そうなの!?…だけど、資格とか持ってなくて大丈夫なの?」
「掃除やシャンプーとか資格なくても出来る内容だから大丈夫。俺も前にさそわれたことあるし。今度、律樹ん家行って話聞いてみたら?」
「おい、何で木津が話進めてんだよ」
「え、宮ちゃん家行きたい!」
「えぇー……あっ」
ドアの窓から茅野ともう1人女子の後輩が覗いている。
「何してんのー」
木津の声かけにドアを開けた2人は中に入らず説明をする。
「図書室で時間潰してたんですけど、退屈になっちゃって、木津先輩たち居たら相手してもらおうと思いまして…」
「とりあえず入りなよ、ここ俺のクラスじゃないけど」
「お邪魔します…」
2人は仁科の存在に緊張しているようだ。
「茅野は、ご機嫌直った?」
木津の言葉に茅野は俺を見た。
「え、言ったんですか!?ひどーい!」
「いや…拗ねさせちゃったから機嫌直してもらうために全力で頑張るって話しただけで…」
「茅野さん…だっけ?」
仁科が持ち前のコミュニケーション能力で話に加わってくる。
「はい…」
「茅野さんは、宮ちゃんに何してもらったら嬉しくて気分上がるの?」
「えっ…」
「どんな聞き方だよ」
「…今日一緒のテーブルに座るって約束してくれたので、それを実行してくれたら十分です…」
「…そっか、仲良しなんだね!」
12月になり、明日からはテスト週間が始まる。今日の部活は、ミーティング後の練習は自由参加だったため、俺は制服のまま部室を出た。
自転車置き場では、俺の自転車に跨って仁科が待っていた。
「お待たせ」
「お疲れ様ー」
「なに、後ろ乗っけてくれんの?」
「あ、それいいね!乗って乗って!」
「いや、冗談だから」
「えー、これも上書きになるでしょ?」
「また今度な」
「わぁー!お洒落なお店だねぇ!!」
着いたのは、自宅兼店舗の美容室。つまり俺の家。
先日話した仁科のバイト相談の件が、早速実行されることになった。
「お邪魔しまーす!」
リビングに入るとキッチンから母親が顔を出す。
「いらっしゃい…え!!きゃーっ、めちゃくちゃかっこいいじゃない!!リツにこんなイケメンの友達いたの!?いや、延岡くんと木津くんもかっこいいけど。え、この子がバイト希望の!?」
母さんは仁科のカッコ良さに興奮し、喋り続けている。
「…母さん、一回黙って。…同じクラスの仁科、バイト内容聞きに来てくれたから」
「初めまして、仁科です。今日はお時間作っていただきありがとうございます」
「説明終わったら、俺の部屋で少し勉強するから」
「リツが部屋で勉強なんて珍しい…」
「うるせぇ。…仁科、ここ座っていいから」
ダイニングテーブルの椅子に仁科を座らせ、俺はソファに腰掛けた。
「…って感じだから、ぜひ検討してみてね。学校のことや今のバイト先との兼ね合いもあるだろうから、早くても年明けかな」
「はい、丁寧に説明して下さりありがとうございました。またお返事させて頂きますね!」
「うん。…リツ、部屋行くならケーキ買ってきてるから飲み物と一緒に持って行って」
「はいよー」
俺の部屋に入るなり仁科は「はぁー…緊張したぁ」と鞄を抱え座り込んだ。
「え、緊張してたの?そんな風に見えなかったけど」
「いやいや、さすがに初対面だし、バイトの面接みたいだったから緊張するよ。すごく素敵なお母さんだったけど」
「うちの母さん、緊張させるようなキャラじゃねーだろ。木津たちなんか初対面から馴れ馴れしくいってたぞ」
「いや、木津くんたちと俺は違うじゃん?…だって…好きな人の親だし緊張するでしょ」
「……。」
…いや、なんだその可愛い理由。
「…ケーキ、どっちがいい?」
「どっちの味も好きだから、宮ちゃん好きなほう選んで」
「じゃあ、チョコケーキにする」
「うん、俺は苺ショートもらうね」
「…いただきます」
「いただきます!…うわ、美味しい!」
「ここのケーキ屋母さんのお気に入りで、誕生日のホールケーキも絶対ここのやつなんだよ」
「そうなんだ。初めて食べたけど、むちゃくちゃ好みの味」
「こっちも食ってみる?」
深い意味はなく、皿を仁科の方へ押した。
「…彼女とケーキ食べる時どうしてたの?」
「え……うーん、一口ずつシェアしてたかな」
「どうやって?」
「……あーんして…た、けど…」
「…なら、俺ともしよっか!俺が先でいい?」
「あっ、え…う、うん」
「……はい、あーん」
フォークに乗せたケーキを口に近づけられ、顔が熱くなる。
…ドキドキ…
…え、彼女ともこんなにドキドキしたっけ?
ゆっくり口を開け、恥ずかしさで目を閉じた。
「…美味しい?」
「…うん、美味い」
…嘘だ、謎の緊張で味がしない。
「じゃあ、宮ちゃんの番ね」
そう言って口を開けた仁科。
…まぁ、されるよりするほうがマシか。
仁科の口にフォークを近づけると、目が合った。
…ドキッ
…つうか、なんかこいつの口元エロくね!?今まで意識して見たことなかったけど…
「…宮ちゃん?」
「あ、ごめん。…あーん」
「……わ、チョコもおいしい!!」
ぺろっと唇を舐めた仁科が色っぽく見えてしまい、目を逸らした。
「宮ちゃん、はい…」
いきなりケーキの上に乗っている大きな苺を俺に咥えさせた。
「…んっ!?」
驚きつつ一口かじると、残りの部分を自分の口に入れた仁科。
「…甘酸っぱ」
…いやいや、甘過ぎんだろこんなの!!



