元カノに彼氏が出来たと知り、屋上で仁科の腕の中泣いた日から1週間。ついに文化祭当日がやってきた。今日は生徒、学校関係のみ、明日は一般公開で開催される。
朝一の教室前で円陣が組まれ、文化祭委員の2人が挨拶をする。
「ついに本番!みんながめちゃくちゃ準備頑張ってくれて、最高のものが出来たと思う。本当にありがとう!」
「今日明日、予想外のことが起きるかもしれないけど、みんなで協力し合って、最後まで2組らしく走り切りましょう!」
「じゃあ、いくよー…2組ファイトー!!」
「「おーーっ!!」」
「よっしゃ!宮、配り行くぞ!」
「おー」
チラシと看板を持ち、延岡と校内を歩き回る。
「2年2組、お化け屋敷やってまーす!」
「おひとり様も友達同士もカップルも、大歓迎でーーす!」
「1枚もらってもいいですか?」
「ありがとうございます!」
「あの、峰岸先輩と仁科先輩っていつ頃いますか?」
仁科たち目当てか。まぁ、行事じゃないと関わる機会無いもんな。
「峰岸は11時から受付するよ。仁科は色々動き回ってるから、いつ教室にいるかは分かんないかな」
「そうですか。分かりました、ありがとうございます」
「あいつらまた告白されまくるんだろうな!体育祭の時も凄かったらしい」
「えっ、そうなの!?」
…知らなかった。
「そういや、弓道部って明日だけだよな?」
「うん。バスケもそうじゃねーの?」
「俺んとこは今日もやるよ。体育祭の一角で、ミニシュートゲーム!」
「へぇー、ゴール決まったら景品あんの?」
「なんと!購買で人気のクリームパンとプリンのセット!良いだろ!?」
「めっちゃいいじゃん。延岡がいる時に木津と行こうかな」
「おー来い来い!」
教室に戻ると受付前に列ができていた。受付には峰岸が座っている。
…峰岸効果すげぇな。
「あ、宮ちゃん、のべくん。チラシ配りお疲れ様!」
ちょうど仁科もどこからか帰ってきた。
列に並ぶ女子たちは、仁科と峰岸が揃いヒソヒソと興奮している。
「わぁ、めっちゃ配ってくれてるじゃん!ありがとう!!放送12時半だから、5分前に放送室前に集合でよろしくねー」
「了解!」
「じゃあ、それまで楽しんで」
去り際、仁科と目が合った。
「…。」
泣いた日から今日まで、文化祭の準備に必要なこと以外まともに会話していない。明日の後夜祭、どんな気持ちで一緒にいればいいんだろう。
木津と合流し、校内を3人で回る。
「腹減ったー!焼きそば食いたい!」
「お、焼きそばいいな。3年4組がしてたはず。律樹は何食べたい?」
「うーん、ホットドッグとかなかったっけ?」
「多分あったと思う。とりあえず屋台コーナー行ってみるか」
延岡と木津が焼きそばの列に並び、俺は1人ホットドッグの店に並んだ。
「いらっしゃいませー」
ーあ、この先輩…。
レジにいたのは、元カノの彼氏だった。
「…。」
「…えっと、ご注文お願いします」
「あっ、すみません。ホットドッグ1つお願いします…」
「かしこまりました」
一瞬動揺はしたけど、案外平気な自分がいた。きっと、屋上で泣いたから…いや、仁科が支えてくれたからだ。
木津と別れ、延岡と放送室に着いたタイミングで、仁科から電話が入った。
「もしもし」
「あ、宮ちゃん。ほんとごめん、ちょっと中でトラブったみたいで、その対応するからそっち行けそうになくて」
「うん、分かった」
「まじでごめんね。じゃあ、切るね」
「…。」
「仁科から?」
「あ、うん。なんかトラブルあったみたいで来れないってさ」
「そっか。仁科に心配かけないように完璧に宣伝してみせようぜ!」
「ふっ、そうだな」
それからあっという間に初日は終了し、2組の教室前に集まった俺たちに仁科が報告を始めた。
「えー、みんなの頑張りのおかげで…初日の目標客数を大幅に超えましたー!!いぇーい!!」
「時間ごとに内容を小さく変化した点も良かったみたいで、リピーターさんもいたみたい」
「この調子で明日の一般公開も頑張ろうね!!ひとまず、今日はお疲れ様でした!」
「宮、帰ろうぜ」
「あ、うん」
結局仁科とほぼ絡めずか…。
文化祭2日目の今日は一般公開のため、校内は朝から沢山の人で賑わっていた。
「りっくん!きづくん!」
午前中のチラシ配りを終えて、延岡、木津と歩いていた俺に愛しの声が聞こえる。
「…みっちゃん!!」
いつもより可愛らしい服を着たみっちゃんが、延岡の母さんと遊びに来ていた。
「ご無沙汰してます!」
「宮くん、木津くん、久しぶり。いつもみちるの相手してくれてありがとうねぇ」
「いえいえ、むしろ俺たちが相手してもらってるんで!」
「律樹、そろそろ本気でみっちゃんのこと妹にしようと思ってるんで気をつけてください」
「あはは!宮くんが息子なら大歓迎よ!」
「そうっすよね!?俺いつでも延岡家の一員になる準備できてるんで!」
「いや、何の準備だよ」
「あはは!…みちる、もうなんか食べた?」
「ううん、まだー」
「俺らも今自由時間だから、宮たちさえ良ければ一緒に回るか」
「もちろん大丈夫!」
「わぁーい!りっくん、いこーっ!」
飲食スペースで、みっちゃんたちと唐揚げやクレープを食べていると、みっちゃんがそわそわしながら俺に聞いてきた。
「ねぇ、りっくん」
「ん、なにー?」
「ちかげくんって、きょういないの?」
「……。」
ショックを受ける俺を延岡たちが笑う。
「ぶはっ!宮、完全に仁科に負けてんじゃん!」
「ははは!みっちゃんがおめかししたのは、律樹のためじゃなくて仁科のためだったのか」
「みちる、家でもちかげくん?の話をよくするのよぉ。すんごくかっこいいお兄ちゃんが遊びに来たって」
「もぉーママ、それはないしょ!」
「あーごめんごめん」
「…みっちゃん…」
「仁科は今日も忙しそうだしなぁ。でもせっかくみちるが可愛くして来たもんな!よし、兄ちゃんと一緒に仁科探すか!」
「うんっ!」
「宮たちはどーする?」
「俺らはこの後、部の係あるから無理」
「おっけー」
弓道部の練習場では俺たち部員が袴を着て、弓引き体験を開催している。案内時間になり、俺は木津や茅野たちと教える係をしていた。
「ありがとうございました」
体験を終えた女子の会話が偶然耳に入る。
「あ、そろそろ仁科くんたちのバンド演奏始まるね」
「前の席取りたいし、急がなきゃ」
え、バンド?
「なぁ、木津」
「ん?」
「野外ステージって何するか知ってる?」
「野外は…吹奏楽の演奏やバンド、あと和太鼓するクラスあるみたいだけど。仁科たちバンドするってクラスの女子が言ってたな。あれ、聞いてねぇの?」
「うん、聞いてなかった…」
え、あんな忙しい中、バンドの練習までしてたの?どんだけ器用なんだよ、あいつ。…つうか、俺のこと好きなら見に来てとか一言言えよ…。だって、ぜってぇかっこいいじゃん。
「…。」
「…今そんなに人多くないし、10分くらいなら見に行っていいけど?」
「えっ」
「仁科も見に来てくれた方が喜ぶんじゃない?」
「木津…。お前、良い男だなぁ!!…ありがと、見たらすぐ戻って来る!」
「おぉ、楽しんで」
袴姿のまま、急いで野外ステージに向かった。
「はぁ…はぁ…」
ステージ前に用意された観客席の椅子は、埋め尽くされていた。
仕方なく後ろの隅っこで、人混みに紛れて見ることにする。
「続きまして、2年生3人によるバンド演奏です!…それではどうぞ!!」
司会者のアナウンスでステージに登場した3人は、観客席に手を振りながらそれぞれの位置に移動する。
どうやら仁科はドラムで、峰岸がギター&ボーカル、砂田がベース担当のようだ。よりによって仁科が一番後ろで座っているため、俺の場所からは見づらい。
「皆さーん、こんにちはぁー。一生懸命演奏するので、温かく見守ってくださーい。では、お願いしまぁす」
演奏が始まり、観客たちは一気に盛り上がる。
峰岸、歌上手いな。…ドラムの音はよく聞こえるのに、肝心の仁科の姿が全然見えない。ま、見えたところでどうすんだって話だよな。
2曲演奏するみたいだったが、1曲目が終わった時点で見るのを諦め、練習場に戻ることにした。その時ちょうど彼氏と歩く元カノとすれ違い、目が合ってしまう。
「…。」
…あれ、やっぱもう平気かもしれない。100%傷が癒えたかと聞かれればそうではないけど、今俺が会いたいのは…彼女じゃないから。
一般公開の時間が終わり、教師や生徒たちはライトアップされたグラウンドに集まっていく。延岡、木津と歩きながら周りをキョロキョロ見たが、仁科の姿が見当たらない。
「律樹、どした?」
「あ、いや…」
「宮、仁科と見るって言ってなかったか?」
「そうなんだけど…」
「…宮ちゃん!」
振り向くと仁科が手招きをしている。
仁科に連れられ、グラウンド近くにある創立記念館のドア前に来た。
「じゃーん!宮ちゃんのために特等席をご用意しましたっ!」
仁科は手に持った鍵を自慢げに見せてきた。
「え、ここ入っていいの!?」
「生徒会長にお願いして特別に鍵貸してもらったんだ。この鍵を手に入れるために会長と仲良くなるの頑張ったんだよー?…よし、入ろう」
鍵を開けた仁科は室内の電気を付けず俺の手を引き、ソファ席に座らせた。
ソファ前の大きな窓からはグラウンドの様子がよく見える。
「この窓さ、実はミラーガラスなんだ。電気つけなきゃ外から見えることないから。少し暗いけど我慢してね」
「すげーな。VIP席じゃん!」
興奮する俺の横に距離を空けず座った仁科。薄暗い中、腕と腕、膝と膝が制服越しに触れ、太ももの上にある手は、あと数ミリで重なりそうでドキドキしてしまう。
グラウンドでは、キャンプファイヤーが始まっていた。
「…。」
「…宮ちゃん、バンド見に来てくれてたでしょ?」
「えっ、気付いてたの?」
「もちろん。終わって声かけようと思ってたのに、途中で帰っちゃうんだもん」
「ごめん。…つうか、ステージ演奏するなら事前に教えとけよ」
「いやぁ、好きな人に見せるレベルじゃないからさ」
「レベルとか関係なしにするなら教えてほしかったな。そしたらもっと早く行って、良い席で見れたのに」
「…俺のこと見たいって思うんだ」
「見たいっつーか……ほら、峰岸とかも出てたし、2組みんなで応援行くとかできたじゃん」
「ふーん」
仁科は少し拗ねたような返事をした。
「…ねぇ、上書きしてもいい?」
「えっ…後夜祭一緒にいるし、もう上書きしてるじゃん」
「じゃあ…特別付け足すね」
そう言った仁科は、俺の腰あたりを持ち上げ、後ろから包み込む形で座らせた。
…えっ!?
腰を掴んでいた手は、俺の指に絡んでくる。
…は!?え…どういう状況!?待って待って…やばいってこれ!
自分の心拍数が激しくなっていくのが分かる。
ードクドクドク……
「…この窓さぁ…ほんとに外から見えてないのかな?」
「…えっ?」
…いやいや、もし外から見えてたら完全にアウトだろ!つうか、仁科は何でそんなに冷静なんだよっ。
「あのさっ…」
ぎゅうー…
言葉を遮り、仁科は俺の首元に埋もれるように抱きしめてきた。
「…やっとゆっくり話せる」
「…!」
「…席離れるしさぁ、文化祭の準備どんどん忙しくなるしさぁ、全然話す時間なくて、むちゃくちゃすれ違いみたいで寂しかった」
あ、そんなこと思ってくれてたんだ…。
「ほんとはさ、日中も宮ちゃんと回ったりしたかったし。…来年は一緒に回ろうね?」
「…うん」
来年の今頃、俺たちはどんな関係なんだろうか。…友達のままか、付き合っているかの2択しかない。
「…宮ちゃん……好きだよ…」
「……。」
元カノへの気持ちが吹っ切れても、仁科への気持ちにまだ何の答えも出ていない。
それでも今、仁科の腕の中に居たいと思うのはワガママなのかな。



