放課後の教室で仁科とテスト勉強中。突然やって来た茅野の元へ行こうとした瞬間、仁科に指先数本を掴まれた。
ーえっ…
一瞬で離されたが、触れられた指先が熱くなる。
…なんだ今の…。
「なんかあった?」
「あの、昨日のお礼をしたくて。自習室に行く前に木津先輩とたまたま会って、教室で勉強してると思うって聞いたので、帰る前に寄ってみたんです。…これ良かったら」
紙袋を手渡された。
「え、お礼とかいいのに。ありがとう。…体調治った?」
「はい。おかげさまで完全復活しました!」
「あはっ、それはよかった」
茅野はチラッと仁科を見た。
「…勉強の邪魔してすみません。じゃあ、失礼します」
「お疲れ。気をつけて帰って」
「ありがとうございます」
紙袋の中には、チョコやスナック菓子が入っていた。
「あれが噂の彼女ちゃん?」
席に戻った俺にわざとらしく聞いてくる。
「俺と付き合ってるって勘違いされるの申し訳ねーわ。…おやつ休憩にするか」
ノートを隅に寄せ、もらったお菓子を取り出した。
「宮ちゃんが貰ったんだから、俺が食べたらだめでしょ」
「茅野の気持ちは俺だけがもらったから、これは誰と食ってもいいんだよ」
「え、何そのイケメン発言」
「どこがだよっ」
チョコを食べる俺の指先はまだ微かに熱い。…今日はもう勉強集中出来ないな…。
土曜日の昼過ぎ、木津と仁科と俺の3人で延岡の家にやって来た。
玄関のドアを開けてくれた延岡の後ろから妹のみっちゃんがひょこっと顔を出す。
「…きづくん、りっくん、こんにちは」
「みっちゃーん!会いたかったよぉー!!」
靴を脱いだ俺は、すぐさまみっちゃんにハグをする。
「律樹、そろそろ許可なしにハグするのアウトだからな?みっちゃんも嫌なら嫌って言いなね」
「俺の癒しタイム邪魔すんなよー!嫌じゃないよな?みっちゃん」
「うん、いやじゃないよ。…?」
みっちゃんは後ろにいた仁科に気付き、じーっと顔を見る。
仁科はみっちゃんの前にしゃがんだ。
「みっちゃん、初めまして。お兄ちゃんのお友達の仁科 千影です」
「のべおか みちるです。7さいです」
「上手…可愛いね」
ニコッと笑いかけられ、みっちゃんのほっぺは赤く染まった。
…やばい!みっちゃんを取られてしまう!
そう思った瞬間、みっちゃんは俺の後ろに隠れた。
「え、みっちゃんどうしたの?」
「…はずかしくなっちゃった」
「あはは!仁科がかっこよくて照れてんだ!」
「律樹には見せたことない乙女の顔してるな」
「え…めちゃくちゃ複雑な気持ちなんですけど」
2階にある延岡の部屋に行き、ローテーブルを囲んだ俺たちは、各々好きな教科を鞄から取り出す。
「木津くん、古文するんだ」
「うん、古文苦手だから。仁科は何持って来たの?」
「俺はねー、物理!」
延岡の家に来るまでの間に仁科と木津はすっかり打ち解けた。
「あ、宮ちゃんも物理するんだ」
隣に座っている仁科はどこか嬉しそうだ。
黙々と勉強すること1時間ちょい。コンコンとノックの音がして、みっちゃんが中を覗いてくる。
「おやつもってきてもいーい?」
「あ、俺運ぶの手伝うよ」
「俺も行くー」
みっちゃんを抱っこして、仁科と階段を降りた。
リビングに着いても抱っこをやめない俺にみっちゃんは言ってくる。
「りっくん、もうおろしていいよ?」
「え、もしかしてみっちゃん、仁科に抱っこされたいの?」
「あらら、抱っこしようか?」
仁科は両手を広げ、笑顔を見せたが、みっちゃんは俺の服をギュッと掴んで、顔を横に振った。
「イケメンは慣れるまで時間かかるよなぁ!」
「ちがうもーん。わたし、大きくなったらりっくんのこと抱っこしてあげるね!」
「みっちゃん…」
唇を噛みめる俺に仁科は「えっ、何で」と問いかける。
「…いや、みっちゃんが大きくなった時のこと考えたらグッと来て…涙が…。みっちゃん、大きくなっても俺のことは抱っこしなくていいからね?みっちゃんはいつか彼氏とかに……嫌だ!みっちゃんを抱っこすんのは俺と延岡とパパ以外許せない!」
「りっくんなにいってるの?ねぇ、だれがりっくんのこと抱っこするの?」
「俺はもう誰にも抱っこされないよ」
「えーそんなのかわいそうー」
「ゔぅ…みっちゃんは優しいなぁ」
「みっちゃん、大丈夫だよ!りっくんは…」
ひょいっ…
…!?
仁科がいきなり俺をお姫様抱っこした。
「俺が抱っこするから安心して!」
「えっ!?」
「わぁー!すごーい!ちかげくんちからもち!」
「でしょー?」
いやいやいや、恥ずい恥ずい!…つうか、俺のこと軽々持ち上げるとか、仁科って意外と力あるんだな。
「おい、もういいから下ろせって」
「あはは、ごめんごめん」
「…はい、これ上に持ってって」
「はーい」
お菓子の入った皿を持って階段を登っていく仁科。
「こっちは俺が持つから、みっちゃんはこっちね」
「…。」
じぃーっと俺の顔を見るみっちゃん。
「みっちゃん?どうかした?」
「だいじょーぶ?りっくん、かおまっかだよ」
「えっ…」
延岡の家を後にして俺たちは駅へ向かった。
「結局律樹は半分以上みっちゃんと遊んでたな」
「3ヶ月ぶりのみっちゃんとの時間を勉強には変えられねーよ」
「あはは、あそこまでみっちゃんにぞっこんだとは思わなかった」
「ほんとロリコン疑われても知らないからな」
「ばーか。純粋な家族愛だわ」
「いや、家族じゃないから。…あ、やべ」
「どした?」
「忘れ物した…。取りに戻るから先帰ってて。仁科、今日はありがとう」
「こちらこそありがと!お疲れ様」
「うん、お疲れ。じゃあ2人ともまた学校で」
「……。」
急に仁科と2人になって、何故か緊張している自分がいる。
「宮ちゃん、このまま帰る?」
「えっ…そのつもりだけど…」
「なら遠回りしながら帰ろうよ」
「…うん」
「友達の家で勉強会したの初めてだったけど、ほんと楽しかった!また参加してもいい?」
「もちろん」
「やった。…あ、ここの階段登ったら景色良さそう」
階段を登る仁科の後を追った。
「…。」
2段先にいる仁科の背中が、ほんの少し遠く感じた。
…何でだ?
振り返った仁科と目が合った。
「どうかした?」
…あ、そうか。いつも前の席にいる仁科の背中がすげー近いから、たった2段さえ遠く感じるんだ。
「…ううん」
仁科は俺と同じ段に下りてきた。
「…宮ちゃんの横って、意外とレアだよね。いつものべくんや木津くんがいたり…あと後輩の彼女ちゃんとかさ」
「だからあの子はそんなんじゃないから」
「でもさ、あの子は宮ちゃんのこと特別視してるかもよ?」
「ないない。こんな未練たらたらの男を好きになるわけねーじゃん。…あ」
「…まだ未練たらたらなんだ」
「…仕方ねぇじゃん…」
「まぁ、まだ1ヶ月しか頑張れてないもんね俺。あ、11月の思い出教えてよ」
「…あぁ、うん…」
別れて約2ヶ月…自分でも嫌になる。あんなに好きだったとはいえ、何でこんなに忘れられないんだろう。仁科の存在が俺の中で確実に増えているはずなのに、彼女が1ミリも減らない…。大切な思い出だから全てを消さなくていいんだろうけど…前に進めないのは間違っている。
中間テスト最終日。全ての試験を終えた俺は大きく伸びをした。
…ふぅー、やっと終わったぁ。
「お疲れ。宮たちも今日午後から練習?」
「おう」
「じゃあ、一緒に昼飯食おうぜ」
「うん。延岡、弁当?」
「そうだけど」
「俺、ちょっとコンビニで買ってくるから、木津と先食べてて」
「はいよ」
学校近くのコンビニで弁当を選んでいると「お疲れ様です」と茅野が声をかけてきた。
「あ、お疲れ」
「木津先輩と一緒じゃないんですね」
「先に教室で食べてもらってる。茅野こそ1人?」
「その聞き方、私がぼっちみたいじゃないですかー」
「あはは、ぼっち仲間でいいじゃん俺ら」
「もぉ…」
「もう買うもの決めた?」
「この新作のパン目当てで来たんですよ。ほら、美味しそうでしょう!?」
「なんか女子が好きそう」
「…なんですかその感想」
茅野の手からパンを取った。
「え…」
「この前のお菓子のお礼に買ってあげる」
「いやいや!あれは送ってもらったお礼なんで」
「数百円ぐらい奢らせろって。…あ、他の奴には内緒なっ?」
「…ありがとうございます」
校門から校内に向け茅野と歩いていると
「宮ちゃーーーん!」
と上から声がした。
…ん?
上を向くと3階廊下の窓から仁科が大きく手を振っている。
「なにしてんのーー?」
「コンビニ行ってただけーー!」
「俺へのお土産はーー?」
「ねーよー!」
3階から俺を見下ろす仁科は、この距離でも分かるくらい嬉しそうだった。その包み隠さず伝えられる想いを俺はどれくらい受け取れているんだろうか…。
「仁科先輩と仲良いんですか?」
「え、まぁ、同じクラスだから。つうか、仁科のこと知ってんだ」
「1年の間でも仁科先輩のグループは有名ですよ。狙ってる子もいますし」
「そうなんだ。体育祭でも目立ってたし、みんなかっこいいし、モテるよなあいつら」
「関わったことないんで、仁科先輩たちの中身は知りませんけど、私は宮先輩や木津先輩のほうが良い男だと思ってますよ!」
「何急に。パン奢ったからって無理に褒めなくていいから」
「無理してません!…本当に思ってることです」
「…あはっ、それはどうもありがとう!木津も喜ぶと思うから後で直接伝えてやって」
次の日から来月にある文化祭に向けての準備が開始された。
3時間目が始まり、文化祭委員である仁科と女子1人が黒板の前に立ち進行する。
「今日は当日と準備の役割を決めたいと思いまーす!」
俺たちのクラスは他クラスとの争奪戦に勝ち抜き、お化け屋敷をすることになっている。
「当日は大きく分けて3つ。受付、おばけ役、宣伝です」
「宣伝って何すんのー?」
「ビラ配りしたり、当日校内放送でアピールする時間が設けられてるからそこで喋ったりかな」
「ちなみに、この後決める準備係は、おばけたちの衣装チームと装飾やチラシの制作チームに分かれるので」
「5分後に希望聞くから、自由に話し合ってくださーい」
「宮、どーする?」
仁科の席に座った延岡が聞いてくる。
「うーん、おばけはちょっとなぁ」
「たしかに宮のおばけは迫力無さそうだな!」
「おい。で、延岡は何したいの?」
「ここはあえての…宣伝はどうよ!?」
「お前、放送してみたいだけだろ?」
「それもある!あとさ、ビラ配りしながら他のクラスの偵察出来そうじゃん」
「じゃあ、宣伝立候補して、無理だったら受付希望で」
「りょ!」
無事に希望通り、宣伝係と制作チームになった俺と延岡。
放課後、部室に行く前に鞄に入れ忘れたプリントを教室へ取りに戻った。
「あっ」
仁科が1人で机に向かっている。
「あれ宮ちゃん、忘れ物?」
「うん。仁科、何してんの?」
「今日決まったことまとめてんの。次スムーズに進められるように段取りしたいし」
「へぇ。でも何で1人でしてんだよ」
「放課後は吹奏楽の練習忙しいらしくて。俺の方が暇だし、これくらい1人でやれるしねー」
「休み時間や水曜の放課後なら手伝えるから、なんかあったら言えよ?」
「うん、ありがとう。ま、実行委員よりは楽だし」
「え、実行委員と文化祭委員って違うの?」
「実行委員は、生徒会や先生と連携しながら全ての流れや内容を決めて、文化祭全体を仕切っていく。文化祭委員は自分のクラスをまとめるのが役目。文化祭委員は後夜祭ノータッチだし」
「そうなんだ」
机の中のプリントを手に取った。
「じゃあ、俺行くな」
「宮ちゃん…」
「なに?」
「今年の後夜祭は…俺と過ごすよね?」
「……」
去年は元カノと後夜祭を楽しんだ。これも上書きしなきゃだよな…。
「…うん」
俺の返事に優しく微笑んだ仁科は、きっと俺の小さな迷いに気付いている。



