俺で上書きしなよ 〜500日で好きになる?〜


 仁科と過ごす日曜日。映画を観終わった俺たちは、ショッピングモール内のフードコートに移動した。
 「わぁー、人いっぱいだねぇ」
「どの店も列やばいな」
「とりあえず席確保しなきゃ」

 沢山の家族やカップルで溢れ、席まで歩き進むのも一苦労だ。
「宮ちゃん、こっち…」
仁科は人混みの中、俺の手首を握り、ぐいぐい進んでいく。
 教室で見慣れているはずの仁科の背中が、いつもと違い頼もしく見えた。

 席を確保した俺たちは、やっと昼ご飯を食べ始めた。
「いただきまーす」
「いただきますっ」
ラーメンを頼んだ仁科は、取り皿に麺とスープを取り分けると「はい」と差し出してきた。
「え?」
「さっきラーメンと迷ってたでしょ?」
実はラーメンと迷った末、トンカツ定食を頼んだ俺。
「…ありがとう。…トンカツ一切れ食う?」
「うん!食べる」


 「どーする?もう少しモール内で過ごす?それとも他のとこ行ってみる?」
食べ終えた俺たちは、フードコート付近で立ち止まった。
「うーん…」
…上書きデートだから…あの日は昼食べた後、どうしたっけな…。
「宮ちゃんさぁ…」
「ん?」
「全部そのまんまにしなくていいからね?」
まるで俺の脳内の言葉を聞いていたかのように仁科は伝えてきた。
「デートの場所は同じでも内容全てを再現しなくていいからさ。どっちかっていうと、同じ場所でもっと良い思い出を作るのが目的だから。上書きに特別を付け足す感じ」
「特別…」
「だからー、宮ちゃんに俺を意識してもらうために頑張るって話!」
「…。」
「宮ちゃん、乙女脳なのに鈍感なんだからー」
「もうそれイジんなって!」
「あはは」

 そもそも意識するってどうすればいいんだ…。男を好きになったことなんかないし、女子である彼女を男子の仁科で忘れられるのか…?
 ただ…仁科と初めて2人で遊んでるけど、変に気遣うこともないし、無言が気まずいとかもないし、むしろ楽しい。改めて仁科が老若男女に人気なことに納得した。

 「近くにでっかい公園出来たの知ってる?」
「え、知らない」
「たまには童心に返って公園楽しんじゃいますか!」
「賛成!」


 公園は、沢山の親子で賑わっていた。ひとまずベンチに座ってみた俺たちは、遊具で遊ぶ子供たちを眺めながら話し始めた。
 「水曜からテスト週間だけど、いつ一緒に勉強しよっか」
「…上書きするためなのは分かるけど、無理して一緒に勉強しなくていいからな?」
「え、無理してるわけないじゃん。むしろ喜んでるよ」
「…ならいいけど。仁科って、いつもはテスト勉強どうしてんの?自宅で1人でする派?」
「そうだね、家で1人黙々としてるかも。休みの日は、あえて人のいるカフェとかでする時もあるかなー」
「洒落た勉強タイムだな」
「宮ちゃんは?」
「俺は家だとオフモードになって、あんま集中できないタイプだから、放課後に教室や自習室でしてるかな。土日は延岡の家に木津と行って勉強会したり」
「え、勉強会めっちゃ楽しそうじゃん」
「楽しいよ…楽しくて勉強時間より休憩が長くなるのが難点。しかもさ、延岡って年の離れた妹がいるんだけど、もうその子が可愛くてさ。癒されに行ってるようなもんだよ」
「へぇ!その勉強会って今回もするの?」
「うん、土曜日に行く予定」
「それ俺も行きたい!」
「えっ!?」
「おにいちゃんたち、なにしてるのー?」
突然、小さな女の子2人が話しかけてきた。
「お話ししてるんだぁ」
仁科は優しく明るい声で答える。
「ふたりは、おともだちぃ?」
「うん、今はそうだよー」
「いまはー?それってどういういみー?」
意味深な仁科の言葉に鋭く突っ込む女の子。
「いつかみんなのパパとママみたいにラブラブになるかもってことだよぉ」
「えぇーおとこのこどうしなのにぃ?」
「うーん、お兄ちゃんはね…ラブラブになるのに男の子とか女の子とか関係ないと思うんだよね」
「…。」
「だって、2人もラブラブでしょ?」
「うん!わたしたちらぶらぶ!」
女の子たちは、ぎゅーっと仲良くハグし合う。
「いいねいいねー。お兄ちゃんたちもラブラブしちゃおーっと!」
仁科は俺の肩を抱き寄せ、頭をコツンとしてきた。
「…っ」
今の流れでされるとなんか恥ずかしい…。
「あははー!おにいちゃんたちらぶらぶだぁー!」

 女の子たちは手を繋ぎ、遊具へ戻って行った。
「子供好きなの?」
「好きかなぁ。俺、末っ子だから自分より小さい子の面倒見るの憧れてたんだよね」
「へぇ、そうなんだ」
「宮ちゃんは、長男っぽいよね」
「すげーな、正解。2つ下に弟がいる」
「弟かぁ。似てる?」
「全然。見た目は俺は母さん似で、弟は父さん似だし、俺と違ってクールで落ち着いてる。まぁ、最近は受験モードでピリピリしてるけどな」
「あ、受験生か」
「うん。つうか、喉渇かない?俺、そこの自販機で買ってくるけど、仁科何がいい?」
「えっ、俺自分で買うよ」
「いいって。今日のお礼だから」
「…ありがとう。炭酸が飲みたいかな」
「おっけー」

 子供に混じって遊具で遊んで、ボール遊びに加わってみたりして、あっという間に仁科との上書きデートは終了した。
 「今日はありがとう」
「こっちこそありがとう」
「俺はすごく楽しかったんだけど…宮ちゃんはどうだった?」
「うん、俺も楽しかった」
「なら良かった。…下心とか抜きでさ、最後に握手してもいい?」
「もちろん」
 交わした握手は、ほんのりあったかくて不思議な気持ちになった。

 デートって言われて身構えてたけど、俺が楽しめるように程よい距離感でいてくれた気がする。さすが仁科だ。
 そういや、公園で遊んでる時、彼女のこと全く頭になかったな。…上書きすんの意外と効果あるのかも。



 2日後、学校の自転車置き場に着くと木津がいた。
「おっはよう」
「あ、おはよう。…今日、ミーティング30分して、そっから自主練にしようと思う」
「了解ー」
 明日からテスト週間のため、2週間ほど部活動が休みになる。

 木津と廊下を歩いていると後ろから延岡が「おはよー!」と駆け寄ってきた。
「おはよう」
「おはよう。…あ!」
「ん、どした?」
「…ちょっとさ、お前らに相談っていうか、お願いがあって…」
「…?」
「律樹、なんか悩んでるの?」
「いや、悩みというより…」
「あ、宮ちゃんおはよー」
 2組の教室前に着いたタイミングで、中から仁科が出てきた。
…まさかのタイミング。
「あっ、のべくんもう聞いた?」
「なにが?」
「俺も勉強会に参加させてもらう話」
「…聞いてない」
延岡と木津は俺を見た。
「…それがお願いの正体です…」
驚く延岡たちとニコニコ顔の仁科に挟まれ焦る俺。


 朝の予鈴が鳴り、ルーティーンのスマホ通知チェックをしていると仁科からメッセージが送られてきた。
『日曜日、楽しかったね』
いや、直接言えよ…。
 周りにバレないようにわざわざ文面で伝えられると秘密の関係みたいに思えてしまう。いや…
「…秘密か」
小さく呟いた。

 仁科が俺を好きだなんて自分自身もまだ半信半疑なのに、他の奴らが信じるわけもない。


 昼休みの屋上で延岡、木津と弁当を食べていた。
「律樹とのべは同じクラスだから分かるけど、俺ほとんど話したことないんだけど」
木津は勉強会に仁科が来ることを承諾してくれたが、接点のない仁科が来ることを疑問に思っている。
「そんな心配しなくていいと思うぞ。仁科って誰とでもすぐ打ち解けっから。な、宮」
「あー、うん。多分10分もあれば気まずさはゼロになると思う」
「やっぱり人気者は別格なんだ。体育祭で俺の名前知っててさすがだなって思ったし、人との距離感うまそうだよな」
「うんうん。つうか、仁科みたいなイケメンが来たら妹のやつヤバいだろうな」
「え!?みっちゃんは俺のものなんだけど!」
「いや、律樹のものでもないから」


 放課後、部室に向かう途中、後輩の女子部員である茅野に声を掛けられた。
「宮先輩」
「あ、お疲れ」
「お疲れ様です。あの、急で申し訳ないんですけど、今日のミーティングと練習不参加でもいいですか?」
「大丈夫だけど、なんかあった?」
「少し体調が悪くて、さっきまで保健室にいたんです」
「え、大丈夫!?つうか、体調悪いのに1人で帰れる?」
「なんとか頑張ります!」
「いや、頑張るとこ違うから!…ちょっとここで待っといて」
「えっ…」

 数分後、茅野の元へ戻った。
「お待たせ。よし、帰るか」
「え、ミーティングは…」
「欠席してきた。明日木津に聞けばいいし」
「迷惑かけてすみません…ありがとうございます」
「全然」
「…あ、でも宮先輩って自転車ですよね」
「あっ…茅野バス通だっけ?」
「はい…」
「じゃあ、俺の後ろ乗って。家まで送るから」
「え、そんな、それはダメですよ」
「茅野、こういう時は遠慮いらないから。いつもは遠慮ないくせに」
「そんなことないですよ!」
「あはは。早く帰ってゆっくり休みなって。ほら、乗って」
「…ありがとうございます」


 「あの、重かったらごめんなさい」
自転車に跨った俺の後ろで、茅野は申し訳なさそうにしている。
「重いわけないじゃん。しんどかったら背中に寄りかかっていいから」
「…失礼します」

 自転車を漕ぎ始めた。茅野は遠慮して俺の体に触れないようにしている。
…女子ってやっぱ軽いな。
 何度も後ろに乗せた元カノのことを思い出して、勝手に切なくなった。



 次の日の朝、教室に入った途端クラスの男子が肩を組んできた。
「おい、宮。お前もう彼女出来たのかよ」
「は?何の話だよ」
「とぼけんなって!昨日可愛い子とニケツしてたじゃん」
「…いや、あれは部活の後輩だから」
「部活の子と付き合い始めたのか」
「だから付き合ってねーから。家まで送っただけ」
「家まで送るとか特別な関係じゃんか。もうー、隠さなくていいって!」
「あのなぁ…っ」
ふと周りを見ると仁科と目が合った。
…今の話聞こえてたよな?

 席に着いた俺は、仁科の背中に向かって小さな声で言う。
「…違うから…」
いや、何で誤解されないためにわざわざ言ってんだよ俺…。
 くるっと振り返った仁科は「分かってるってば」と笑顔を見せた。


 放課後、みんなが下校していく中、俺は席に座ったまま鞄の中を整理している。
「宮、また明日な」
「うん、また明日」
延岡は俺が学校で勉強するのを知っているから、この期間は帰ろうと誘ってくることはない。
 「みねー、仁科ー、終わった?」
砂田がドアから呼びかけた。
「うん、帰ろー」
「ごめん、俺今日はパスで!」
「そっか。じゃ、また明日ねー」
「ばいばーい」

 誰も居なくなった教室。仁科は俺の右隣に移動し、机をくっつけてきた。
「さ、やろう!…数学と英語、どっちの気分?」
「…数学かな」
「了解」


 いつものようにシャー芯がノートに削れていく音だけが聞こえる空間で、一つだけ違うことがある…。
「んっ…」
不意にする仁科の咳払いが、2人きりなんだと教えてくる。
 授業中は後ろからしか仁科を見ていなかったから、隣に座って集中する横顔を見るのは新鮮だ。
「…。」

 つうか、仁科左利きだったな。逆に座った方が腕当たる心配いらない気がする…。
「あのさ…っ」
コロンッ…ー
 動いた拍子に消しゴムが手に当たり、俺と仁科の間に落ちた。
ーあ…
拾おうと手を伸ばした瞬間、仁科の手が重なった。
「…!」
 パッと顔を上げると仁科の顔が目の前にくる。

…え、近。

「……えっ…とぉ…」
焦る俺に仁科は小さく微笑んで、床の消しゴムを拾った。
「…はい」
「…あ、さんきゅ…」
「てか、さっきなんか言いかけた?」
「えっ…あー、仁科左利きだから席代わった方がいいのかなと思って…」
「宮ちゃん優しー。…ま、あえてこっち側に座ったんだけどね」
「え、なんで?」
右手で頬杖をついている仁科は、左手をノート上の俺の右手に近づけた。
「…触れる言い訳…かな」

ードキッ……

 指先が触れるまであと3㎝……。
「…。」
 …俺は何でドキドキしてんだ…。この前、普通に握手したんだし、今さら手が触れるくらい大丈夫なはずなのに…。

 「あのぉ…」
突然声がして顔を向けると、ドアの外に茅野が立っていた。
 「あれ、どうした?」
立ち上がり、茅野の方へ歩き出した瞬間、仁科が俺の指先を軽く掴んだ。

えっ…ー