俺で上書きしなよ 〜500日で好きになる?〜


 体育祭後半の部は、各組の応援合戦から始まった。1組は組体操をアレンジしたパフォーマンスを披露し、他の組からは拍手が湧き起こる。
「すげぇ本格的だったな」
「1組の団長、漢!って感じだったなー」

 2組の番になり、団長が明るく叫んだ。
「はーい、2組のみんなーー!若さ全開で弾けちゃおーーっ!…行くぞー!」
「「おー!!」」
 白のパーカーで揃えた2組の生徒たちがグラウンドに広がり、流行りの曲に合わせて踊り始める。

 曲のラストは各自好きなポーズをするのだが、仁科と峰岸がバク転を数回し、決めポーズを見せると応援席にいる女子たちはメロメロになっていた。

 グラウンドから応援席に戻る時、仁科と目が合った。ニコッと笑みを浮かべた仁科は、爽やかな白パーカーがよく似合う。

 さっきのバク転は、俺へのアピールだったりすんのかな。…なんて勘違いしちゃいけない。人気者の仁科から不特定多数へのファンサービスに決まってる。

 4組の生徒たちがグラウンドに入場した。元カノがたまたま2組の応援席前あたりに立ち、俺は目のやり場に困る。正直、可愛く踊る姿を見たいけど、別れたのに見ていたら嫌がられるかもしれない。
 「俺、ちょっとトイレ…」
仕方なく延岡を残し、応援席を離れた。

 校舎内の階段に座った俺は、外から聞こえる音を聞きながらぼーっと空を眺めた。

 …分かってる。意識してるのは俺だけだって。今日何回彼女が視界に入っても、目が合うことは一度もなかった。それはつまり、彼女の中で俺はもう人混みで探すべき存在じゃないってこと。友達にすら戻れない関係なんだ。
「はぁ…きつ……」
 ひょこっ…!
「…みーやちゃん!」
 いきなり目の前にパーカーのフードを被った仁科が飛び出てきた。
「…わぁっ!…びっくりしたぁ」
「何してんのー?体調悪い?」
「いや…大丈夫」
隣に座った仁科は、足をだらんと伸ばした。
「…一緒にサボっちゃう?」
「ふっ…綱引き出なかったら体育委員のあいつらにキレられるって」
「あはは、たしかにね。……じゃあ、あと3分だけここにいよっか」
「…うん」
 多分、仁科は俺がここにいる理由を分かってる。情けない奴だと思ってるかもしれない。
 チラッと仁科の顔を見た。
こんな俺のことほんとに好きなのかな…?

 「打ち上げ楽しみだね」
「あ、うん、そうだな」
 夕方からは、クラス全員でしゃぶしゃぶ食べ放題の店で打ち上げだ。
「席自由だったら一緒のテーブル座ろうよ」
「峰岸と座んなくていいの?」
「…。」
 ぐいっ…仁科は俺にフードを被せた。
「…!?」
 フードの首あたりを両手で持ったまま、至近距離で俺の目をじっと見る仁科。
「…俺は宮ちゃんの横がいーの。そういう意地悪言わないでよ…」
仁科って、こんな表情するんだ…。
「…ごめん」
 仁科は俺の頭をポンポンとして立ち上がった。
「よし!…3分経ったし、戻りますか」
「…そだな」

 2年生総当たり戦の綱引きは、4勝1敗という好成績を納めた。

 体育祭最終種目は、部対抗リレー。俺は木津とともに袴姿で待機場所の列に並んだ。延岡もバスケ部のユニフォームを着て出場する。
「良いよな、そっちは走りやすそうで」
「ユニフォームが走りにくかったら試合に支障をきたすし。でもさ、お前らの袴かっけーじゃん!」
「俺らは走りやすさよりパフォーマンス大事にしてるから」
木津はドヤ顔で仁王立ちをしてみせた。

 文化部のリレーが終了し、各運動部の第一走者がスタート位置に立つ。
 あ、砂田今度は最初に走るんだ。
クラスリレーでアンカーを走った砂田は、サッカーのユニフォームを着ると、よりイケメン度が増している。

 ピストルの音とともに走り出した砂田たち。応援席の生徒たちは、様々なユニフォームで走る姿を見ながら盛り上がっている。
 野球部とサッカー部が1位争いをするかと思いきや、バスケ部が1位に躍り出ていた。俺と同じ第四走者の延岡は、バトンを受け取り猛スピードで駆けていく。こういう時の延岡は、普段以上の力を発揮するタイプだ。
 剣道部と同じタイミングでバトンを受け取った俺は、裾が汚れることなんて気にせず全速力で走った。
「宮ちゃーん!頑張れー!!」
少し先から仁科の声が聞こえて、気分が上がっていた俺は、応援ありがとうの意味を込め、とびっきりの笑顔を見せた。
 アンカー木津の健闘も虚しく、最下位に終わってしまったが、延岡や木津と楽しく走れたことが嬉しかった。

 閉会式の後、着替えるため木津と部室に向かおうとしていたら「宮ちゃん」と仁科に呼び止められた。
「ん、なに?」
「一緒に写真撮ろーよ」
「いいけど、体操服の方が体育祭っぽい気が…」
「いいのいいの!…木津くん、撮ってもらってもいい?」
笑顔で言われた木津は、仁科からスマホを受け取り構えた。
 肩と肩が触れる距離で並んだ俺と仁科。ピースをする俺の手首には、まだ仁科のハチマキが巻かれている。


 夕方、打ち上げの店に着いた俺と延岡に体育委員のクラスメイトが「お疲れー、好きな席座ってー」と言ってきた。
 あ、自由なんだ…。
仁科に言われたことを思い出し、各テーブルを見たが仁科と峰岸はまだ来ていなかった。
 「ここにしようぜー」
延岡と誰もいないテーブルに向かい合って座った。
「牛豚食べ放題かぁ、牛ばっか食おっと」
「豚も食えよ。豚さん泣いちゃうぞ」

 「あ、仁科、みね、お疲れー!」
入り口を背にして座っていたが、女子の言葉で2人がやって来たのが分かった。
「ここ空いてるよ、一緒に座ろー!」
…別に仁科がどこに座ろうが自由だ。
「ごめん、俺あっち座るから。後で顔出すねー」
断りを入れた仁科たちは、当たり前のように俺たちのテーブルに来た。
「お疲れー!のべくん、ここ座って大丈夫?」
「おん、大丈夫」
「ありがと」
延岡に確認した仁科は、スッと俺の隣に座る。
…一軍の女子たちに勝ったような気分だな。

 「えー、みんなのおかげで、無事に2組が優勝できました!最高の活躍だったと思います!…体育祭お疲れ様でした!かんぱーい!!」
「「かんぱーい!」」
 体育委員の挨拶で打ち上げがスタートし、各テーブルで鍋に肉や野菜を入れられていく。
「じゃんじゃん食べようぜ!」
「のーべは牛しか入れてないじゃーん。豚も入れてよー」
「あ、バレた?つうか、峰岸野菜めっちゃ食うじゃん」
「野菜と肉を一緒に食べると美味さアップすんのよ。のーべもやってごらーん」
 延岡と峰岸のやりとりを見ている間に「はい、宮ちゃん」と仁科が取り皿に肉と野菜を入れ渡してくれた。
「あっ、ありがとう」
「いえいえ」

 しばらく経ち、約束通り仁科は他のグループのテーブルに顔を出しに行っていた。
「野菜おかわりしてこよーっと」
「いいよ、俺の方が近いし行ってくる」
「みやみや、ありがとー」

 野菜を皿に盛っていると仁科が現れた。
「俺も手伝うよ」
「さんきゅ」
「いっぱい動いた後だし、みんなよく食べてるよね」
「だな。仁科ちゃんと食ってる?」
「うん、食べてるよ」
「そっか。他のクラスどこで打ち上げしてんのかな。木津は焼肉って言ってたわ」
「焼肉いいねぇ。砂田んとこは…何だっけ…忘れちゃった」
「…砂田って彼女いんの?」
「え、なんで」
「いや、クラスリレーも部のリレーも活躍してたし、ユニフォーム姿かっこよかったし、モテるだろうなと思って」
仁科は周りをキョロキョロ確認した。
「ここだけの話だよ?…他校に彼女いるんだよ」
「あ、そうなんだ」
あの余裕ある感じは彼女いるの納得だな。
「ていうか、袴で走ってる宮ちゃんがさ、俺にすんごい笑顔向けてくれたじゃん?」
「えっ…あぁ、うん」
「あれ、むちゃくちゃ嬉しくてさ。心臓射抜かれるかと思った」
「あはっ、それ弓道とかけてんの?」
「えっ?…あ、ほんとだ…なんか恥ず」
「あはは…せっかくなら走りながらこうやって…」
皿を置いた俺は、仁科に向かって弓を引くポーズを取り、矢を放つ振りをした。
「シュッ!…すればよかったかな」
「……。」
「え、無反応?いや、俺こそ恥ずいわ」
「今の…反則でしょ」
「えっ」
仁科の顔が少し赤くなっている。
 …え、もしかして今ので照れてんの?嘘だろ…俺よりお前の方が乙女じゃん。
「…席…戻ろうか」
「…うん」


 夜、部屋のベットに寝転びスマホを確認すると、女子たちが撮った今日の写真が、クラスのグループメッセージに大量に送られて来ていた。
 どの写真もみんな楽しそうで、青春してるなって感じる。
…!
 仁科から個別のメッセージが送られてきた。お疲れの言葉と一緒に、木津が撮ってくれたツーショットが添えられている。
 この写真、クラスのには送られてないのか。…2人だけの写真…なんか特別だな。



 週明けの月曜日。通常の学校生活に戻ったようで、ちょっとした変化が起きるのが行事直後の恒例なのだが…。
 教室のドアからクラスメイトの男女2人が、手を繋いで入って来た。
「え!?お前ら付き合ったの!?」
興奮する男子からの問いかけに2人は照れくさそうに頷いた。
「まじかー!おめでとうー!」
「すごーい!お似合いだよ」
 クラス内にカップルが誕生し、朝から教室内はお祝いムードに包まれる。
「なになにー?みんなして盛り上がってどーしたのー」
峰岸と仁科がやってきた。
「あ、おはよう!こいつら付き合ったんだってさ!」
「そうなんだー。めちゃめでたいじゃーん」
「末永くお幸せに!」

 お祝いの言葉を伝えた仁科は、口角を上げたまま席に来て「宮ちゃん、おはよ」と挨拶し座った。
「…おはよう」
 まだ盛り上がっているカップルを見る俺は、純粋に祝う気持ちと同時に、同じクラス内で付き合っていた頃の自分を重ね合わせてしまい、未練モードに突入しそうだった。
「宮ちゃん…」
そんな俺の気持ちを遮るように後ろを振り向いた仁科。
「なに?」
「日曜日、楽しみだね」
「あ、うん…」
 今週の日曜日は、仁科と上書きデートをする。
「映画何観るか決めた?」
「まだ迷ってる…仁科は観たいのねぇの?」
「うーん…あ!宮ちゃんが迷ってるなら、俺がどっちがいいか決めるよ」
「それ助かる」
…上書きデートってほんとに意味あんのかな。



 日曜日の朝、ショッピングモール内の映画館に着いた俺は、大きく貼られた新作映画のポスターを観ていた。
 「お待たせ!…おはよ」
私服姿の仁科を見るのは初めてで、学校で見るより大人っぽく感じた。
「…おはよう」

 ポップコーンとジュースを持ち、シアタールームに入った俺たちは、通路横の2人並び席に座った。もちろん、自ら希望してこの席にしたのではない。三連休の中日である今日の映画館は人が多く、良い席がすでに埋まっていたため仕方なくだ。

 「俺、映画館久しぶりだわー」
「そうなんだ。まぁ、最近サブスクで色々観れるし、行く機会減るよな」
「そうなんだよ。でも映画館でしか味わえない雰囲気好きだなぁ」
「それ分かる。俺もこの非日常感すげー好き」
「…あのさ、宮ちゃん…」
「ん?」
「今日一日のうち5分…いや、1分だけでいいから…俺のことだけを考える時間が宮ちゃんにあると嬉しい」
「…。」
俺が何か言う前にシアター内は暗くなり、予告が流れ始めた。

 …仁科の言葉で、今日がただ男友達と遊ぶ日じゃないことを認識してしまう。彼女との思い出を塗り替えて、仁科が俺に意識させるための時間…。

 …つうか、そういう仁科は俺のこと何分考えてんだよ…。