金曜日の朝、駐輪場で木津に会った。
「おはよう」
「おはよう。あ、今日部活少しだけ遅れて行く」
「了解ー」
昼休みに購買でパンを選んでいると茅野たちに会った。
「あ、お疲れ」
「お疲れ様です!あの、私たちクラスの用があって、練習行くの遅れます」
「おっけ。…何でそんなニタニタしてんの?」
「えっ?ニタニタなんてしてませんよ!じゃ、素敵な昼休みを!」
…なんだよ、素敵な昼休みをって。
そして放課後、部活の開始時間に練習場に居たのは、まさかの俺だけだった。
「…え、俺1人?」
思わず独り言が出てしまったが、仕方なく1人でストレッチを始めた。
それから3分後、突然「はーぴーばーすでーとぅーゆー…」と複数の歌声が聞こえ始め、驚く。
「…えっ!?なに!?」
ホールケーキを持った木津を先頭に部員たちが歌いながら練習場にやってきた。
「…でぃあーみーやー、はっぴばーすでーとぅーゆー!!律樹、おめでとうー!!」
…パチパチパチ
「1日早いですが、私たちからのお祝いです!」
「えーまじで!?やべー、めっちゃ嬉しい!ありがとう。え、みんなが練習遅れたのって、このサプライズのため?」
「もちろん」
「わー、まんまとやられたわ」
「ほら、火消して」
「みんな、ほんとありがと!…ふぅーっ」
「では、宮律樹くん17歳の抱負をお願いします!」
木津の言葉に合わせ、後輩の男子がグーにした手をマイクみたいに向けてくる。
「えー、そうですねぇ、17歳は公式試合で良い成績を収めること、そして、木津よりも先に彼女作ることを頑張りたいです!」
「おいっ、勝手にライバルにするな」
「あはっ。17歳になった俺もよろしくお願いしまーす!」
翌日の誕生日は、朝から延岡と遊ぶ予定があり、出かける前に開店直後の店舗に顔を出した。
「おはようございまーす」
「あ、律くん!お誕生日おめでとう!」
「おめでとー!もう17歳かぁ、早いなぁ」
「ありがとう!」
美容院のスタッフは歴が長い人が多く、俺を小学生の頃から知っているため、親目線で俺の成長を見守ってくれている。
「母さん、俺今から延岡と出掛けてくるから。夕方には帰ってくると思う」
「おっけー。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
延岡とゲーセンに行って、昼にラーメン食って、スポーツショップで買い物をした。
解散する俺は、UFOキャッチャーで延岡が取ってくれた大きなぬいぐるみを抱えている。
「今日はありがとなー」
「こちらこそ。当日に祝えて良かった。残りの誕生日も楽しんで!」
「さんきゅー」
自宅に着き、リビングのドアを開けるとパァンッという大きな音ともにクラッカーのカラフルなテープが俺を出迎えた。
「リツー!おめでとう!!」
リビングには父さん、母さん、渚、スタッフ、そして仁科がいる。
「えっ…店は…?」
「今日はね、夜の来店予約がなくて、ならせっかくだし早めに終了してサプライズでお祝いしちゃおうって決めたのよ」
「たまにはこういうのもいいでしょ?」
「いや…なんか恥ずいわ」
「もぉー照れちゃってー!ほら、お父さんがスペシャルディナー作ってくれたのよ!」
テーブルの上には、俺の大好物が並んでいた。
「すげー!」
「つうか、なにその巨大なぬいぐるみ」
渚が冷静に突っ込んでくる。
「延岡がゲーセンで取ってくれたんだよ!良いだろ!?」
「いや、俺そのキャラ興味ねぇし」
「なんか宮ちゃんに似てるよね、そのキャラ」
「そうか?」
リビングに沢山の人が集まるのは久々だった。
「なぎくん背伸びたよね。律くんより大きいんじゃない?」
「うん、多分抜いてる」
「え、そうなの!?なぎ、今何センチだよ!?」
「173はあるよ」
「え…まじで抜かれてる…」
「あはは。大丈夫大丈夫、男は背より中身だよ」
「別に俺だってまだ背伸びるし」
みんなで色んな話をしながら、美味しいものを食べる時間は、当たり前のようですごく特別に感じる。
「そろそろケーキ用意しようか」
母さんお気に入りのケーキ屋のホールケーキが俺の前に置かれ、17の数字のロウソクに火が付けられた。
照明を消し、全員がバースデーソングを歌い、まるで小さな子供の誕生日会みたいで恥ずかしくなる。ルンルンで歌う仁科と目が合って、余計照れ臭くなってしまった。
「…おめでとう、リツー!」
「…ふぅー!ありがとう」
まさか2日連続でケーキのロウソクを吹き消すなんて。
ケーキを味わっていると、父さんと母さんが俺の幼少期の思い出話を始めた。
「ピエロを怖がってたリツがもう17歳なんて」
「遊園地でピエロが近づいてきた時に俺の後ろに隠れたの可愛かったなぁ」
「宮ちゃん、ピエロ苦手なの?」
「今はだいぶ平気だけど、ガキの頃は怖かったんだよ。だって、真っ白な肌に真っ赤なでけー口して、眉なしでニコニコされたら怖いだろ!?」
「あはは、宮ちゃんかわいー」
「可愛かったのよー。長男なのに甘えん坊だったし」
「そうだな」
「へぇー。じゃあ、お兄ちゃんが甘えるから、なぎくんは甘えるの我慢してたの?」
「我慢した覚えはないよ。俺は俺で甘えてたと思うし。つうか、俺は兄貴に甘えてたから」
「え、そうだっけ!?甘えられた記憶ねぇけど」
「おやつを分ける時に、自分が好きなお菓子でも絶対俺に多めにくれたり、テレビの優先権譲ってくれたり、俺が親に怒られてる時は庇ってくれてたし。そういう兄貴の優しさに甘えてたと思う」
「え、何その良い話!泣けるー」
「兄弟愛だねぇ!」
「…じゃあ、俺部屋戻るから」
恥ずかしくなってきたのか、渚は席を外した。
たった2歳違いだが、俺にとってなぎはいくつになっても可愛い弟だ。そんな弟のために当たり前のようにしていた行動が、優しさとして伝わっていたのがびっくりしたし、嬉しくなった。
会はお開きになり、片付けを始めた。
「私らで片付けるから、仁科くんはリツの部屋でゆっくりしておいで」
「いえ、手伝いますよ」
「いいのいいの!リツ、飲み物持っていって」
「はーい。…行くぞ、仁科」
部屋に入り2人きりになった途端、俺は謎の緊張感に包まれた。きっと数日前に言われた仁科からのお願いを思い出したからだ。
ー…2人きりの時だけ…下の名前で呼んでほしい
「ほんと良い家族だし、素敵なスタッフさんたちだね」
「仁科こそ休みなのにわざわざ来てくれてありがとな」
「誕生日デートは、のべくんに取られたからね」
「別にデートじゃねーし」
「このぬいぐるみに大きさは敵わないけど…はい、お誕生日おめでとう」
ラッピングされた箱を受け取った。
「え、ありがとう。見ていい?」
「うん」
包装紙を外し、箱から中身を取り出した。
「…香水?」
「じゃなくて、ボディミスト。香水よりふわっと香るから学校とかにも付けてきやすいかなって。苦手な匂いじゃないといいんだけど」
シュッと手首にひと吹きすると、良い香りが鼻に広がる。
「うわ、めっちゃ好みの匂い」
「よかったぁ!匂いって好み分かれるから不安だったんだけど、この香り絶対宮ちゃんに似合うと思って決めたんだぁ」
そう言った仁科は俺の手を取り、手首をクンクン嗅いだ。
「…うん、良い匂い!」
…ドキッ…
ニコッと笑った仁科を見て頬が染まる。
昨日から沢山の人に祝ってもらって幸せな17歳の誕生日。最後の最後にこの笑顔を一人占め出来たことが最高のプレゼントかもしれない。
…あぁ、俺……本気で仁科に恋してんだ。
数日後の授業中、俺は2つ隣の仁科をこっそり見てはノートに視線を戻すのを繰り返していた。
「…。」
誕生日に好きだと認識してから、これまでが比じゃないくらい仁科を意識している。
そもそも、仁科は俺のことを好きなんだから、もう両想いなんだよな。俺が好きだと伝えたら、付き合えるわけなんだけど…。
昼休みに延岡と行った食堂で、1年の時同じクラスだった5組の女子2人と同じテーブルになった。
「え、延岡まだ彼女出来てないの?」
「別に今は彼女ほしいって思ってないからな!」
「絶対良い彼氏になりそうなのにもったいないねー。ね、宮?」
「うん、延岡は良い男だよ。俺が女なら延岡か木津と付き合う」
「あー木津ね、確かに良い奴」
「つうか、そっちは長い彼氏とどうなんだよ」
「…別れてますけど」
「は!?そうなん!?いつだよ」
「クリスマス前に別れましたっ」
「えーまさかのタイミングだな。なに、振られたの?」
「違うわ!…1年記念過ぎた頃からちょっとずつマンネリしてきてさ、文化祭も一緒に回ったけど全然楽しくなくて。向こうも同じこと思ってたみたいで、何回か話し合って別れた方がいいよねってなりまして。変にクリスマスの思い出作る前に別れたって話」
「円満破局ってやつだな」
「こんなに長く付き合ったの初めてだったけど、やっぱり恋愛感情を持続するって難しいよね」
「そうだよね。好きな度合いの波はあるかもだけど、小さくても好きな気持ちを持続させるの大変だよね」
「倦怠期を乗り越えられたらよかったんだろうけど、無理だったわ。結局その程度の好きだったのかもお互い」
…好きな気持ちの持続…。
「そういえば、宮は失恋の傷はもう癒えたの?」
「あたりめーだろ。傷背負ったまま新年迎えてねぇよ」
「それはよかった。2学期の最初なんて、廊下で見かけた時、抜け殻が歩いてんのかと思ったもん」
「あはは!ほんと分かりやすく落ち込んでたもんねー」
「1年の頃同じクラスで2人見てて、上手くいくと思ってたから、別れた時はびっくりしたわ」
「でも宮の方が合ってたんだろうね。だって新しく付き合い始めた先輩と別れたらしいよー」
ーえっ…。
「え、もう!?3ヶ月もいってなくない!?」
「この前のキャンドルナイトで一緒にいなかったみたいで、そこから誰かの探りが入って」
「わー、女子って週刊記者みてーだな」
「まぁ、付き合ってみないと相性なんて分かんないしね。付き合う前の方が盛り上がるパターンもあるし」
「…。」
次の日はノー部活デーのため、放課後は延岡と自転車置き場に向かっていた。
「あ、やべ。物理のノート忘れた。取ってくるからちょい待ってて」
「はいよ」
ノートを鞄に入れ、誰もいない廊下に出ると微かに鼻を啜る泣き声が聞こえた。
…ん?誰か泣いてる?
確認するか迷ったが、泣き声の方に近付くと4組の教室前で俺は足を止めた。
「…!」
廊下側のドア近くの席で元カノが涙を流していた。そして、足音でこっちを見られたことにより目が合ってしまう。
ここはスルーして、そっとしておくべきだよな…?でも……
涙の溜まる瞳は俺を逸らさない。
「…だい…じょうぶ?」
小さく顔を横に振った姿を見て、俺は延岡に先に帰ってと連絡を入れた。
「とりあえず…先生たちの見回り来るし…ファミレスとかカフェ行く?」
「…うん」
元カノと言葉を交わしたのは、振られた日以来だ。友達から恋人になったのに、友達に戻れていなかった俺たちの関係は、元恋人というカテゴリーでしかなかった。
自転車を軽く漕ぎ、校門で待つ元カノの元へ向かったその時、1人で歩く仁科が校門を出ようとしているのが見えた。
え、今、仁科が振り返ったら…やばくね?
その不安は的中する。自転車から降り、元カノに話しかけたタイミングで、仁科が振り返ったのが視界の隅で確認できた。
…待って待って…これ…回避不可能じゃん!
「おはよう」
「おはよう。あ、今日部活少しだけ遅れて行く」
「了解ー」
昼休みに購買でパンを選んでいると茅野たちに会った。
「あ、お疲れ」
「お疲れ様です!あの、私たちクラスの用があって、練習行くの遅れます」
「おっけ。…何でそんなニタニタしてんの?」
「えっ?ニタニタなんてしてませんよ!じゃ、素敵な昼休みを!」
…なんだよ、素敵な昼休みをって。
そして放課後、部活の開始時間に練習場に居たのは、まさかの俺だけだった。
「…え、俺1人?」
思わず独り言が出てしまったが、仕方なく1人でストレッチを始めた。
それから3分後、突然「はーぴーばーすでーとぅーゆー…」と複数の歌声が聞こえ始め、驚く。
「…えっ!?なに!?」
ホールケーキを持った木津を先頭に部員たちが歌いながら練習場にやってきた。
「…でぃあーみーやー、はっぴばーすでーとぅーゆー!!律樹、おめでとうー!!」
…パチパチパチ
「1日早いですが、私たちからのお祝いです!」
「えーまじで!?やべー、めっちゃ嬉しい!ありがとう。え、みんなが練習遅れたのって、このサプライズのため?」
「もちろん」
「わー、まんまとやられたわ」
「ほら、火消して」
「みんな、ほんとありがと!…ふぅーっ」
「では、宮律樹くん17歳の抱負をお願いします!」
木津の言葉に合わせ、後輩の男子がグーにした手をマイクみたいに向けてくる。
「えー、そうですねぇ、17歳は公式試合で良い成績を収めること、そして、木津よりも先に彼女作ることを頑張りたいです!」
「おいっ、勝手にライバルにするな」
「あはっ。17歳になった俺もよろしくお願いしまーす!」
翌日の誕生日は、朝から延岡と遊ぶ予定があり、出かける前に開店直後の店舗に顔を出した。
「おはようございまーす」
「あ、律くん!お誕生日おめでとう!」
「おめでとー!もう17歳かぁ、早いなぁ」
「ありがとう!」
美容院のスタッフは歴が長い人が多く、俺を小学生の頃から知っているため、親目線で俺の成長を見守ってくれている。
「母さん、俺今から延岡と出掛けてくるから。夕方には帰ってくると思う」
「おっけー。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
延岡とゲーセンに行って、昼にラーメン食って、スポーツショップで買い物をした。
解散する俺は、UFOキャッチャーで延岡が取ってくれた大きなぬいぐるみを抱えている。
「今日はありがとなー」
「こちらこそ。当日に祝えて良かった。残りの誕生日も楽しんで!」
「さんきゅー」
自宅に着き、リビングのドアを開けるとパァンッという大きな音ともにクラッカーのカラフルなテープが俺を出迎えた。
「リツー!おめでとう!!」
リビングには父さん、母さん、渚、スタッフ、そして仁科がいる。
「えっ…店は…?」
「今日はね、夜の来店予約がなくて、ならせっかくだし早めに終了してサプライズでお祝いしちゃおうって決めたのよ」
「たまにはこういうのもいいでしょ?」
「いや…なんか恥ずいわ」
「もぉー照れちゃってー!ほら、お父さんがスペシャルディナー作ってくれたのよ!」
テーブルの上には、俺の大好物が並んでいた。
「すげー!」
「つうか、なにその巨大なぬいぐるみ」
渚が冷静に突っ込んでくる。
「延岡がゲーセンで取ってくれたんだよ!良いだろ!?」
「いや、俺そのキャラ興味ねぇし」
「なんか宮ちゃんに似てるよね、そのキャラ」
「そうか?」
リビングに沢山の人が集まるのは久々だった。
「なぎくん背伸びたよね。律くんより大きいんじゃない?」
「うん、多分抜いてる」
「え、そうなの!?なぎ、今何センチだよ!?」
「173はあるよ」
「え…まじで抜かれてる…」
「あはは。大丈夫大丈夫、男は背より中身だよ」
「別に俺だってまだ背伸びるし」
みんなで色んな話をしながら、美味しいものを食べる時間は、当たり前のようですごく特別に感じる。
「そろそろケーキ用意しようか」
母さんお気に入りのケーキ屋のホールケーキが俺の前に置かれ、17の数字のロウソクに火が付けられた。
照明を消し、全員がバースデーソングを歌い、まるで小さな子供の誕生日会みたいで恥ずかしくなる。ルンルンで歌う仁科と目が合って、余計照れ臭くなってしまった。
「…おめでとう、リツー!」
「…ふぅー!ありがとう」
まさか2日連続でケーキのロウソクを吹き消すなんて。
ケーキを味わっていると、父さんと母さんが俺の幼少期の思い出話を始めた。
「ピエロを怖がってたリツがもう17歳なんて」
「遊園地でピエロが近づいてきた時に俺の後ろに隠れたの可愛かったなぁ」
「宮ちゃん、ピエロ苦手なの?」
「今はだいぶ平気だけど、ガキの頃は怖かったんだよ。だって、真っ白な肌に真っ赤なでけー口して、眉なしでニコニコされたら怖いだろ!?」
「あはは、宮ちゃんかわいー」
「可愛かったのよー。長男なのに甘えん坊だったし」
「そうだな」
「へぇー。じゃあ、お兄ちゃんが甘えるから、なぎくんは甘えるの我慢してたの?」
「我慢した覚えはないよ。俺は俺で甘えてたと思うし。つうか、俺は兄貴に甘えてたから」
「え、そうだっけ!?甘えられた記憶ねぇけど」
「おやつを分ける時に、自分が好きなお菓子でも絶対俺に多めにくれたり、テレビの優先権譲ってくれたり、俺が親に怒られてる時は庇ってくれてたし。そういう兄貴の優しさに甘えてたと思う」
「え、何その良い話!泣けるー」
「兄弟愛だねぇ!」
「…じゃあ、俺部屋戻るから」
恥ずかしくなってきたのか、渚は席を外した。
たった2歳違いだが、俺にとってなぎはいくつになっても可愛い弟だ。そんな弟のために当たり前のようにしていた行動が、優しさとして伝わっていたのがびっくりしたし、嬉しくなった。
会はお開きになり、片付けを始めた。
「私らで片付けるから、仁科くんはリツの部屋でゆっくりしておいで」
「いえ、手伝いますよ」
「いいのいいの!リツ、飲み物持っていって」
「はーい。…行くぞ、仁科」
部屋に入り2人きりになった途端、俺は謎の緊張感に包まれた。きっと数日前に言われた仁科からのお願いを思い出したからだ。
ー…2人きりの時だけ…下の名前で呼んでほしい
「ほんと良い家族だし、素敵なスタッフさんたちだね」
「仁科こそ休みなのにわざわざ来てくれてありがとな」
「誕生日デートは、のべくんに取られたからね」
「別にデートじゃねーし」
「このぬいぐるみに大きさは敵わないけど…はい、お誕生日おめでとう」
ラッピングされた箱を受け取った。
「え、ありがとう。見ていい?」
「うん」
包装紙を外し、箱から中身を取り出した。
「…香水?」
「じゃなくて、ボディミスト。香水よりふわっと香るから学校とかにも付けてきやすいかなって。苦手な匂いじゃないといいんだけど」
シュッと手首にひと吹きすると、良い香りが鼻に広がる。
「うわ、めっちゃ好みの匂い」
「よかったぁ!匂いって好み分かれるから不安だったんだけど、この香り絶対宮ちゃんに似合うと思って決めたんだぁ」
そう言った仁科は俺の手を取り、手首をクンクン嗅いだ。
「…うん、良い匂い!」
…ドキッ…
ニコッと笑った仁科を見て頬が染まる。
昨日から沢山の人に祝ってもらって幸せな17歳の誕生日。最後の最後にこの笑顔を一人占め出来たことが最高のプレゼントかもしれない。
…あぁ、俺……本気で仁科に恋してんだ。
数日後の授業中、俺は2つ隣の仁科をこっそり見てはノートに視線を戻すのを繰り返していた。
「…。」
誕生日に好きだと認識してから、これまでが比じゃないくらい仁科を意識している。
そもそも、仁科は俺のことを好きなんだから、もう両想いなんだよな。俺が好きだと伝えたら、付き合えるわけなんだけど…。
昼休みに延岡と行った食堂で、1年の時同じクラスだった5組の女子2人と同じテーブルになった。
「え、延岡まだ彼女出来てないの?」
「別に今は彼女ほしいって思ってないからな!」
「絶対良い彼氏になりそうなのにもったいないねー。ね、宮?」
「うん、延岡は良い男だよ。俺が女なら延岡か木津と付き合う」
「あー木津ね、確かに良い奴」
「つうか、そっちは長い彼氏とどうなんだよ」
「…別れてますけど」
「は!?そうなん!?いつだよ」
「クリスマス前に別れましたっ」
「えーまさかのタイミングだな。なに、振られたの?」
「違うわ!…1年記念過ぎた頃からちょっとずつマンネリしてきてさ、文化祭も一緒に回ったけど全然楽しくなくて。向こうも同じこと思ってたみたいで、何回か話し合って別れた方がいいよねってなりまして。変にクリスマスの思い出作る前に別れたって話」
「円満破局ってやつだな」
「こんなに長く付き合ったの初めてだったけど、やっぱり恋愛感情を持続するって難しいよね」
「そうだよね。好きな度合いの波はあるかもだけど、小さくても好きな気持ちを持続させるの大変だよね」
「倦怠期を乗り越えられたらよかったんだろうけど、無理だったわ。結局その程度の好きだったのかもお互い」
…好きな気持ちの持続…。
「そういえば、宮は失恋の傷はもう癒えたの?」
「あたりめーだろ。傷背負ったまま新年迎えてねぇよ」
「それはよかった。2学期の最初なんて、廊下で見かけた時、抜け殻が歩いてんのかと思ったもん」
「あはは!ほんと分かりやすく落ち込んでたもんねー」
「1年の頃同じクラスで2人見てて、上手くいくと思ってたから、別れた時はびっくりしたわ」
「でも宮の方が合ってたんだろうね。だって新しく付き合い始めた先輩と別れたらしいよー」
ーえっ…。
「え、もう!?3ヶ月もいってなくない!?」
「この前のキャンドルナイトで一緒にいなかったみたいで、そこから誰かの探りが入って」
「わー、女子って週刊記者みてーだな」
「まぁ、付き合ってみないと相性なんて分かんないしね。付き合う前の方が盛り上がるパターンもあるし」
「…。」
次の日はノー部活デーのため、放課後は延岡と自転車置き場に向かっていた。
「あ、やべ。物理のノート忘れた。取ってくるからちょい待ってて」
「はいよ」
ノートを鞄に入れ、誰もいない廊下に出ると微かに鼻を啜る泣き声が聞こえた。
…ん?誰か泣いてる?
確認するか迷ったが、泣き声の方に近付くと4組の教室前で俺は足を止めた。
「…!」
廊下側のドア近くの席で元カノが涙を流していた。そして、足音でこっちを見られたことにより目が合ってしまう。
ここはスルーして、そっとしておくべきだよな…?でも……
涙の溜まる瞳は俺を逸らさない。
「…だい…じょうぶ?」
小さく顔を横に振った姿を見て、俺は延岡に先に帰ってと連絡を入れた。
「とりあえず…先生たちの見回り来るし…ファミレスとかカフェ行く?」
「…うん」
元カノと言葉を交わしたのは、振られた日以来だ。友達から恋人になったのに、友達に戻れていなかった俺たちの関係は、元恋人というカテゴリーでしかなかった。
自転車を軽く漕ぎ、校門で待つ元カノの元へ向かったその時、1人で歩く仁科が校門を出ようとしているのが見えた。
え、今、仁科が振り返ったら…やばくね?
その不安は的中する。自転車から降り、元カノに話しかけたタイミングで、仁科が振り返ったのが視界の隅で確認できた。
…待って待って…これ…回避不可能じゃん!



