強く、踏み込んで




深刻に告げると、幸耶は色々察した様子で頷いた。
「なるほど。じゃあまだ居た方がいいんだな?」
「居ないと俺が死ぬ。頼むよう……」
夜奢るから、と手を合わせると彼は再び床に腰を下ろした。

「ええと……俊美さん、俺まだお邪魔してて大丈夫でしょうか?」
「何言ってんの、もちろん! 風月の小さい頃の話を聞いてほしいな。写真もあるんだよ、わざわざスマホに入れたの」
「入れなくていい!!!!」

叔父さんが俺の子どもの頃の写真を幸耶に見せようとした為、慌ててツッコんだ。ところがあと一歩遅く、幸耶は「わっ、かわいいですね」と笑った。
最悪だ……。見られたくなかったのに。
ふらつきながらキッチンへ行く。適当に出せるお菓子を探していると、幸耶が隣にやってきた。

「俊美さん、お前のことが可愛くて仕方ないんだな」
「やめろ」
「お前も俺の兄貴が来た時に同じこと言ってただろ」
「他人はいいんだ。自分自身のこととなると鳥肌が立つ」
「ったく、我儘だな」

幸耶は呆れ顔で肩を竦めてるけど、これは我儘云々の話じゃないと思う。
親バカならぬ叔父バカを同い年の友人に会わせるのは小っ恥ずかしいのだ。もちろん、感謝はしてるけど。

「俺は小さい頃のお前が見られてラッキーって感じ。実際めちゃくちゃ可愛かったし」
「あのなぁ……」

幸耶も幸耶で、水を得た魚のようにいじってくる。
顔が熱くなってるのを感じ、麦茶を一気に飲み干した。
クッキーを用意し、居間に移動する。特にすることもないと思ったが、あることを思い出して手を叩いた。

「あ、ちょうど良かった! 叔父さん、セダンのエンジンかけてよ。もう二ヶ月以上動かしてないんだ」
「あぁ、いいぞ。……というか、それでお前免許とろうとしてるのか」
「いや、そういうわけじゃない……叔父さん、あれもらってよ」
「せっかくだしお前が乗ればいいじゃないか」

幸耶と同じこと言ってる……。
反応に困ってると、幸耶が笑顔でフォローした。

「車は維持費かかりますもんね」
「そうだな。大学生には厳しいか」

何とか方向転換してもらえてホッとする。
叔父さんは車の整備士をしていて、父と同様車が大好きだ。

今もその気持ちは変わらない。だけど、実の兄がその車で命を落としたことはどう思ってるんだろう。
気になるけど、訊くことはできない。
彼らは大人で、俺なんかより社会の責任や覚悟を持っている。運転する以上はリスクは避けられないと割り切っているかもしれない。

……やっぱり、理不尽なことも納得するのが大人なんだろうか。

残酷だけど、生きていくには身につけないといけない処世術だったりする。

でも俺は、抗う気力があるうちは抗いたいと思った。
父は幸耶と同じく自損だったから、怒りも悲しみも自分の中で処理することになるけど……そうじゃない人達は、何年も何十年先も、闘い続けるんだろう。

そう思うと、俺もいつまでも座り込んでるわけにはいかないと思う。

「……そういえば叔父さん、今日はほんとに顔見に来ただけ?」
「え? あ、あぁ……そうだな」

尋ねると、叔父はどこか焦った様子で視線を外した。
相変わらず分かりやすいというか、嘘がつけない体質だ。内心苦笑しながら、クッキーを頬張る。
「何か用があったんでしょ。言ってよ」
「いや〜……」
なおも気まずそうにしてる叔父に違和感を覚え、ふと壁にかかったカレンダーを眺めた。
今の時期って、何かあったっけ。
夏休みじゃなくて、ええと。

「あ」

自分のスマホを手に取り、カレンダーを開く。
なにか忘れてると思ったら、そうだ。お墓参り。

「叔父さん………父さんの墓参り」
「おっと。思い出したか」
「初盆の時に約束したけど、日にち決めてないからうっかりしてた……」

額を押さえ、がくりと項垂れる。叔父は今日、墓参りに誘うために来てくれたのだろう。申し訳なくていたたまれない気持ちになる。

「本当にごめん。なさい……」
「いやいや、俺がちゃんと約束しなかったのが悪い。突然来たもんだから、ほら……」

叔父さんは幸耶を見て、言葉を濁した。恐らく俺の父親のことを知らないと思ってるのだろう。

「大丈夫だよ、叔父さん。幸耶には親父のこと話してる」
「あぁ、そうなのか。すまないな、幸耶君」
「い、いえ。それよりお墓参りに行くんですよね? 俺、今度こそ帰りますね」

幸耶は慌てて姿勢を正したが、それは叔父が止めた。
「幸耶君が気を遣うことはないよ。墓参りはずらしても大丈夫だし……いや、いっそ皆で行くか? 賑やかな方が兄さんも喜ぶ」
まさかのぶっ飛び発言に、俺も幸耶もガクンと倒れた。
いきなり友人の父親の墓参りに行こうと言われても困るに決まってる。親交があったならともかく、常識的にも微妙なところだ。

しかし、叔父はグッドアイディアと言わんばかりに手を叩いた。

「人気のサービスエリアがあるから、帰りに美味いもんでも食べまくろうじゃないか」
「そんな……幸耶、お前は嫌だよな」

普通に断って帰っていいよ、と耳元で囁くと、彼は真剣な顔で叔父さんに向き合った。

「……一緒について行っても、大丈夫でしょうか」
「もちろん!」
「えぇ! おまっ……マジで!?」

俺はいいけど、幸耶からすれば面倒な付き合いになるんじゃないか?
心配で仕方なかったけど、叔父さんはすっかりその気になった。

「おし、せっかくだ。風月、キー貸してくれ。兄さんの車で行こう」
「ふえええ……」

一応キーを渡し、財布とスマホだけポケットに仕舞う。
階段を下りる途中、幸耶に話しかけた。
「おい、本当に良いのか? 無理に付き合う必要ないぞ、帰って勉強した方がいいと思うし」
「勉強は朝でも夜でもできる。でもお前のお父さんに挨拶できるのは今だけだし」
幸耶は眼鏡を掛け、一番下に降り立った。

「一緒に行きたいんだ。本当は俺みたいに関係ない人間が行くべきじゃないんだろうけど……」

幸耶は俯き、拳を握り締めた。瞳には強い色が灯っているが、その横顔は寂しそうに見える。

俺としては、行きたくないのに無理させてるなら絶対止めなきゃと思った。
けど幸耶が自分から行きたいと言ってくれたことが……とてつもなく嬉しい。

「……ありがとう。一緒に来てくれたら、すげー嬉しい」
「風月……」
「そういや俺、大学生になってから友達紹介したこと一回もないんだよ。……これでやっと紹介できる」

笑いかけると、彼もわずかに笑った。
法事ではないし、お墓参りなら誰が来てくれても嬉しい。
父も喜ぶはずだ。
久しぶりに父の車に乗り、叔父さんの運転で霊園に向かった。

街から離れた、山あいの霊園。途中の田舎道では脇に背の高い向日葵が咲いていて、思わず目で追った。
叔父さんは蝉の鳴き声を聞いて空を仰いだ。

「やー、思ったとおり暑いな。熱中症になったら大変だから、倍速で掃除するぞ」

「あ、俺も手伝います」
「幸耶はいいよ。それに一ヶ月前に来てるから、そこまで荒れてないと思う」

思ったとおり、父の墓石の周りは綺麗だった。
高台の上だから、遠くの街並みがよく見える。柄杓で軽く水をかけ、お花を添えた。

「久しぶり……」

ここにいるかどうかは分からないけど、自然と口から溢れた。
その場に屈み、墓石に触れる。

「迷ってたけど、俺やっぱり免許とろうと思う。とりあえず来週卒検だから、力を貸したまえ」
「何で最後命令形になったんだ?」

隣で叔父がツッコんだが、一旦スルーさせていただく。それから反対側にいた幸耶の手を引いた。
「ちなみに今一番仲良い奴、紹介しとくよ。幸耶っていうんだけど、こいつも来週試験だから宜しく」
「挨拶になってないな……」
幸耶からもツッコまれたけど、しんみりするのは苦手だ。わざと軽い調子で話してしまう。

叔父はそんな俺に苦笑していたが、突然「あっ」と大声を上げた。

「どしたの?」
「線香忘れた。風月、下の売店で買ってきてくれ」
「うえ、またあの階段上んの……。わかった、ライターは?」
「ライターは持ってる。悪いな」

小銭を渡されそうになったので、自分の財布を翳して売店へ向かった。


風月の後ろ姿が見えなくなった後、幸耶はハッとして俊美に振り返った。
「すみません、俺が買いに行けば良かったです」
「いやいや、いいんだよ。それより来てくれてありがとう」
俊美は笑顔を浮かべ、下に屈んだ。
「父親の墓参りに来てくれる友達を持って、風月は本当に幸せだ」
「そんなの全然……それに、風月は俺が辛い時に助けてくれたんです」
母のことは話さなかったが、幸耶も下に屈み、目を眇めた。

「教習所に行けなくて参ってたときに、風月が声をかけてくれて……それでまた行けるようになりました。だから、友達以上に恩人っていうか」
「そうか……」

俊美は少し驚いた顔をしていたが、すぐに幸耶の背中を叩いた。
「大変だったんだね。……風月の友達は俺の甥も同然だから、困ったことがあったら言いな。車買うときは呼んでくれたら付き合うぞ」
「あはは。ありがとうございます」
大胆かつ優しい声掛けに、自然と心もほぐれていた。足元に咲く小さな花を見つめ、そっと触れる。

「あの……すみません、風月って向日葵が好きって聞いたんですけど。おすすめの向日葵畑ってありますか?」
「お? 何だ、一緒に行くのか? 青春だな〜」
「う〜ん……どうなんでしょ……」