りんご飴を齧ると、幸耶はくくっと笑った。
今度はなにかと思っていると、俺のぱんぱんになった頬を指でつついてきた。
「落ち着いて食えよ。たこ焼きが入ってるみたい」
「だ、だって美味いんだもん」
こんなに美味しかったら、落ち着いていられない。
喉に詰まらなきゃいいと言うと、幸耶はまた楽しそうに笑った。
可愛い……。
はしゃいでる子ども達と同じくらい、彼も可愛い。
なんて言ったら絶対怒るから、自分の心の中だけに押し留めた。
幸耶といると“最高”が更新される。全部が宝物になるせいで、箱に仕舞いきれなくなっている。
ちょっと困ることもあるけど、そしたらまた新しく用意するっきゃない。
そもそも今まで持ってた宝箱が、すごく小さかったのかもしれないし。
「幸耶。暑いな」
「ん? そうだなぁ……」
幸耶は俺にラムネを渡し、悪戯っぽく笑った。
「夏だからしょうがないな」
屋台の前に飾られた提灯が、ビー玉の中で煌めいている。
視線をずらすと、眩し過ぎて直視できない彼の姿。
青春って、夏のことなのか。
汗を拭いながらラムネを呷る。体の中を流れる爽やかな涼と、熱すぎる心がずっと対立していた。
「あ」
やぐらから人が下りて、撤収する人達が増えてきた。
どうやら祭りも終わりみたいだ。食べ物の袋だけ下げて、川沿いの道を幸耶と歩く。
「祭りって、ほんとにすぐ終わっちゃうよな。飲み会だったら夜はこれからなのに」
「飲み会って、お前酒飲んでるのか?」
「いやいや、俺はちゃんと二十歳まで待つつもりだよ! いつもはコーラ!」
幸耶の鋭い眼差しを受け、慌てて片手を振った。俺の周りではこっそり飲んでる奴らがいるけど、幸耶は真面目だから絶対飲まなそうだ。
でも、早く飲めるようになりたい。幸耶が泥酔したらどうなるのかすごく気になる。
泣き上戸だったら可愛いだろうなー……。
完全に願望が入っているけど、楽しくて仕方ない。こんなにも未来が待ち遠しいなんて、幸せにも程がある。
川のせせらぎと蛙の泣き声。横を走り抜ける子ども達。
こんなささいな時間が、たまらなく愛おしい。
「なぁ、小さいときって光る玩具好きだったよな」
「あぁ~……確かに。腕につけたくて親にせびった記憶ある」
ぴかぴか光るものをつけてる子どもを見て、二人で笑い合った。
大学生は、世間的にはほとんど大人の括り。でも戻ろうと思えば簡単に小学生の心に戻れる。
十代最後だし、今日ぐらいははしゃいでも許されるかな。
軽い足取りで駅へ向かおうとすると、不意に腕を掴まれた。
「幸耶」
「んっ?」
幸耶が立ち止まった為、足を止める。振り返ると、彼は何故か足元を見ていた。
「どした? クワガタでもいた?」
「違う」
冗談で言ったんだけど、幸耶は殺気立った目で睨んできた。
さっきまで和やかに話してたのに、一体どうしたんだ。
どきどきしながら見返すと、彼は少し気まずそうに頭を搔いた。
「俺の家、すぐそこなんだ」
幸耶は視線を下げたまま、消え入りそうな声で呟く。
「良かったら……少し上がってかないか」
「え」
幸耶の、家。
「い……いいの? めっちゃ急だけど」
驚いて言うと、彼は静かに頷いた。
暗がりの中でも、彼の頰が赤らんでいることが分かった。手首を掴む手も尋常じゃなく熱い。
彼の熱が俺にも流れ込んできてるのかもしれない。掌を団扇代わりにし、顔に風を送った。
マジか……。
断る理由がなくて困る。
初めて家に誘われた。それだけで嬉しくて、顔がにやけそうになる。
「ありがと。じ、じゃあ……お願いします」
「ん」
敬礼すると、彼はわずかに微笑み、俺の手を引いた。
「こっち」
「お、おう」
サンダルが脱げそうになって、慌ててつま先を地面に落とす。
大変だ。また気温が上昇したっぽい。
幸耶の家は、本当に目と鼻の先だった。駅にも近いから、交通の便は良さそうだ。
「おー、綺麗な家」
「見た目はな」
夜だから全部は見えないけど、築浅の戸建てだ。ガレージがついていて、庭先には花が植えられている。
ちゃんと世話してるようで、ホッとした。
「あ。そうだ、陽介さんは?」
「今日は帰ってこない。ここんところ出張が多いんだ」
そうなのか。じゃあ、今夜は幸耶ひとり。
だから一人暮らしみたいな感覚なんだな。家事もこなして、しっかり者で。……だけど、そうならざるを得ない状況にいただけなんだ。
そっと瞼を伏せ、玄関に上がる。レモングラスの香りがとても爽やかだった。
「すごい片付いてて綺麗じゃん。陽介さんも掃除するの?」
「兄貴は全然しない。だから俺も汚さないようにしてんだ。掃除しなくて済むから」
リビングの明かりを点け、幸耶は俺が持ってた袋をテーブルの上に乗せた。
「さてと。俺の部屋二階だから、行くか」
「幸耶の部屋、行っていいの?」
「そりゃお前……家に呼んどいて部屋に入れないわけないだろ」
幸耶は苦笑し、冷蔵庫からペットボトルを二本取り出した。
確かに友達の家に来たら、友達の部屋に行くのは普通か。
だけど、何でだろう。幸耶に限ってはすごくいけないことの気がする。
謎の背徳感を覚えたまま、二人で二階に上がる。夜だし他に誰もいないから当たり前だけど、怖いぐらい静かだった。
「ここ。さ、入って」
「おぉ。お邪魔しまーす」
本日二度目のお辞儀をし、どきどきしながら入室する。
幸耶の部屋は六畳ほどの洋室で、とても整頓されていた。几帳面な彼の性格を如実に表しているようで、何だか笑ってしまった。
「わ、魚いるー」
「うん。二年前は犬もいたんだけど、病気でな」
「そうか……」
机に置かれた水槽に目を向けながら、幸耶の話に頷く。
水槽の中で泳いでいるのは小さなグッピー達で、とても可愛らしかった。
「風月は何か飼ってた?」
「あぁ。俺はうさぎ飼ってたことあるよ。結構長生きしてくれた」
「うさぎか。何かお前っぽいな。っていうか、お前がうさぎっぽい」
「どゆこと?」
意味が分からず、露骨に聞き返す。だけど幸耶は笑うだけで、荷物を片しながらテレビを点けた。
そういえばよく笑うようになったな、と密かに懐かしくなった。初めの頃はずうっとポーカーフェイスで、ほんのわずか微笑むだけ。
でも今は、声を出して笑う。それはとても大きな変化だと思った。
やっぱり、彼はいつも笑ってた方がいい。そうすれば周りも嬉しくなる。
心の中が温かくなるのを感じていると、幸耶は手招きした。
「ほら、座れよ。せっかくだし二次会しよう」
「二次会?」
「まだ腹に入るだろ? たこ焼きとかたくさん買ったんだし、食べようぜ」
「おぉ! 食べる!」
自分でも笑ってしまうけど、胃袋は常に成長期の男子だ。もうお祭りの開催場所で食べた分は消化され、スペースができている。差し出された座布団の上に座り、二人でご飯を食べた。
「まさか幸耶の家に来るとはな〜」
「いつも俺がお前の家にお邪魔してるもんな。悪いな」
「何も悪くないよ! 飯作ってもらってるし!!」
デザートのチョコバナナを頬張り、申し訳なさそうに零す幸耶を見返す。
「出張料理人の役割だけで良い?」
「充分過ぎますよ」
もう一本のチョコバナナをパックから取り出し、彼の口元に差し出す。
「でもさ。飯も嬉しいけど……幸耶に会えて本当に良かった」
特別なことなんてなくても、幸耶がいるだけで心が満たされる。世界が鮮やかになる。
明日も頑張ろう。────って気になる。
毎日が幸せだ。
幸耶がいなかったら、俺は本当に“独り”だった。
「ほんとに、ありがとう」
「……風月?」
最大限笑ったつもりだったんだけど。チョコバナナを受け取った幸耶は、激しく狼狽えた表情で俺を見た。
その理由は、彼が放ったひと言ですぐに理解した。
「何で泣いてんの」
……あ。
頬に伝う、一筋の雫。潤んだ視界。
幸耶の優しい指先が、俺の心に触れる。
自分でもびっくりして、乱暴に目元を擦った。
このタイミングで泣くって、意味がわからない。せっかくお互い楽しい気持ちで過ごしていたのに。


