強く、踏み込んで




緊張する。

喉が焼けそうなほどの暑さにうだってるのに、鼓動はやたら速い。
迎は三ヶ月ぶりの教習所の前で、額ににじむ汗を拭った。

「三ヶ月サボってた俺を教習所が拒んでる……」
「はいはい。分かったから行くぞ」

相変わらず帷くんはクールである。
諦めて、颯爽と横を通り過ぎた彼の後に続いた。
土曜日ということもあって、受付のあるフロアは人が多く、活気があった。
「うは〜、大学生ばっかで目が痛い」
「お前も大学生だろ」
「俺はあんなパリピじゃない。絶対輪に入れない」
帷の後ろに隠れ、賑やかな大学生グループを避けて空いてるベンチに向かった。

「お前も見た目は遊んでそうなのに、意外と引っ込み思案なんだな」
「進んで前に出たいとは思わないな。仲良い奴ひとりいたら充分だもん」

自販機でジュースを買い、ひとつを帷に渡した。
「だから、お前がいれば充分ってカンジ?」
「……そ」
帷はサンキュー、と言って時計を見た。

「俺は今から試験だけど、お前は自習室に行くんだよな?」
「あぁ。気まずいけど」
「何百って数の生徒がいんだから、しばらく休んでたって何も言われないよ。俺もそうだし」
「あれ、帷も不登校だったの?」
「言い方……まあな」

帷はやれやれといった様子で、ジュースを飲みきった。
やっぱりお母さんのことで色々大変で、行けない期間があったんだな。
密かに考えて、そりゃそうだと消化する。
ちょうど次の教習を知らせるアナウンスが流れた為、帷は鞄を持って立ち上がった。

「じゃ、行ってきます」
「行ってら。頑張れよ! マインドだから!」
「はいはい」

帷は可笑しそうに笑うと、すれ違いざまに俺の前髪を持ち上げた。

「終わったら迎えに行く」
「……おぉ」

その笑顔は、本当に甘くて、優しくて。
しばらくその場に立ち尽くしてしまうぐらい、見惚れてしまった。

不審に思われるから、俺も早く移動しないと。そう思うのに、やたらめったら足が重い。引き摺るように歩き出し、自習室へ向かった。

てか、帷は試験なんだから迎えに行くのは俺の方だよな。
冷静さを取り戻すも、尚さら羞恥心が込み上げてきた。

はぁ。部屋に着くまで誰とも会いませんように。
多分俺、今かなり真っ赤になってる。







一時間ほどパソコンで勉強し、迎は勢いよく立ち上がった。
結局、あまり集中できなかった。自分よりずっと大事な人の、大事な試験だから。
結果を訊くのがちょっとだけ怖い。不安と期待が綯い交ぜになって、心と足を突き動かした。
一階へ降りると、ちょうど教習を終えて外から生徒達が入ってくるところだった。
邪魔にならないよう端に移動し、目的の人影を捜す。つま先立ちでひとりひとり確認していると、無事彼を見つけることができた。

「帷。おつかれ!」
「迎」

帷と、こちらを見ると少しホッとした顔でやってきた。
「俺から会いに行くって言ったのに」
「あはは、何か俺まで緊張して、あんま集中できなくてさ。……どうだった?」
人はいなくなったものの、声を潜めて問いかける。

心臓を掴まれてるような嫌な感覚にずっと支配されていた。

頼む。受かっててくれ。
心の中で必死に祈る。帷はこちらを見ようとせず、暗い面持ちになった。
気まずい沈黙と、重いため息。……まさか。

「駄目だった」
「うそ……」

帷に限って、そんな馬鹿な。そう思ったけど、静かに俯く帷に掛ける言葉が見つからない。
……いやいや、何回でも受けられるんだ。また次頑張ればいい。

「だ、大丈夫だよ! お前のことだから、絶対惜しいミスしただけだろ。今日は俺が飯作るから元気出せって」
「マジで? ありがと。じゃあ、そうだな……しょうが焼きが食べたい」
「OK、任せろ」
「あとデザートは白玉あんみつ」
「レシピ調べながら作る。そんだけでいいのか?」
「うーん……あ」

顎に手を添え、真剣に考えていた帷は手を打った。
「花火したいな。線香花火。もう何年もやってないから」
「突飛だなー! ……でも、そういや俺も。面白そうだし、線香花火買いに行くか」
「やった。頑張った甲斐あったわ」
買い物に行くことが決まると、帷は楽しそうにポケットに手を入れた。
彼の元気が出たことは良かったけど。……絶対何かおかしい。

「おい、ちょっと効果測定の用紙見せろ」
「え? あっ」

帷がわきに抱えていた解答用紙を素早く奪い、確認する。
しかし内容に目を通すまでもなかった。用紙の下には、仮免許合格に関する用紙があったから。

「おいっ!! 受かってんじゃねえか!」
「そりゃあな。ちゃんと予習したし」

帷は悪びれもせず、掛けていた眼鏡を外した。堂々と騙すなんて、いくらなんでも酷い。
どうりで落ち着いていたはずだ。めちゃくちゃ要望言ってくるし、内心は俺を躍らせて笑っていたんだろう。そう思うと何か腹立つ。

「騙して悪いな。最初は普通に合格したって言うつもりだったんだけど、俺より緊張してるお前見たら、ちょっと弄りたくなって」
「絶対許さん」
「ごめんごめん。だって可愛いから」

可愛いって……。
言い訳になってないし、不意の笑顔に顔が熱くなる。悔しいことに、怒りより羞恥心が勝ってしまった。
完全にフリーズした俺の頭を、帷はぽんぽんと叩く。

「頑張ったのは本当だよ。合格したお祝いにしょうが焼き作ってほしいなぁ」
「……」

全く。
まぁ俺も……教習所に通ってたことは言おうとしなかったし。今回はおあいこだな。

「分かった分かった。飯は作るよ。花火もやる」
「サンキュー。やっぱり迎は優しいな」
「もう……」

絶対、してやったりと思ってる。
でもあどけない顔で笑われると、それまでの感情は置いてけぼりになる。胸の中にあるのは、甘酸っぱい気持ちだけ。

「おめでとう、帷」
「ありがと」

そして、自分が合格したのと同じぐらいの喜びを抱いてる。
仮免でこれじゃ、卒検や本免のときはどうなるんだろう。心臓がもたないかもしれない。
ま、何も今心配しなくてもいいか。

「じゃ、買い物行きますか」
「ああ」

帷とスーパーに行って、食材を調達した。その他必要なものを買い足して、自宅に戻る。
家が目の前だから仕方ないんだけど、教習所に帰ってきてるみたいで変な気分だ。
でも俺以上に帷の方が不思議に感じてそうだな。
ちょっと可笑しくて笑ってると、帷が隣にやってきた。
「何か手伝おうか?」
「大丈夫! 一から百までやらせてくれ。でないと一人で作ったって言えないし」
袋から食材を取り出し、手を洗う。帷は急に不安になったのか、台所にやってきた。

「やる気満々なのは有り難いけど、包丁の持ち方は大丈夫?」
「それぐらいは大丈夫だよ」
「油はフライパンを熱してから入れるんだぞ」
「分かってる! テレビでも観て待ってなさい」

料理はしないけど、彼が心配してる最低限の知識は持ってるつもりだ。
落ち着かない帷を居間へ追いやり、早速しょうが焼きの調理に取り掛かる。
結果として、中々美味しそうにできたと思う。スマホという文明の利器のおかげだけど、誰でもできる! しょうが焼きの作り方で検索して、レシピ通り忠実に作ったからだ。

そもそもシンプルな料理だし、普段からやってればレシピ調べるほどでもないんだろうけど、俺の中では超大作である。キャベツの千切りを添え、味噌汁をつければ、立派な定食に見えた。