その初恋、勘違いです。

 放課後の教室、机を全て後ろに寄せクラスの男子が三列に並ぶ。
 俺はその列の一番前で、手を後ろで組み大きく息を吸う。

「一年B組! 勇往邁進ー!」

 できる限りの声を出し、すぐに首に掛けたホイッスルを咥える。

 ピーという音と共に俺の後ろに並ぶ男子生徒たちが隊列を組み、手を突き上げ腰を落とす。
 それからホイッスルの音に合わせて演舞を進めていく。

 大胆で、それでいて機敏な動きを要する演舞は思っていた以上に体力を使う。
 けれどそれが気持ち良くもあった。

「みんな、今日はここまでにしよう。お疲れ様」
 
 学級委員長で体育祭の実行委員でもある石川が、練習の指揮を執ってくれている。
 本来応援の練習は団長の俺が指揮を執るべきなのだが、そういったことが苦手なのをわかってくれて代わりにしてくれている。
 ありがたい限りだ。

 それともう一つ、俺のために変わったことがある。

 応援団の掛け声を、初めの一言だけにしてくれたのだ。
 練習が始まったころ、どうしても終始声を張り続けることが難しくて苦戦していた。
 そんな時誰かがボソッと言った。
 『一条なら黙っててもカッコよくね』と。
 その言葉を聞いて、石川がホイッスルでの演舞進行に変えてくれたのだ。

 声を張らなくていいだけで随分とやりやすくなった。
 みんなも俺のふやけた声なんかよりホイッスルの音のほうがやりやすそうだし。

 そして、少しずつ俺のクラスでの立ち位置も変わってきている。

「一条お疲れ~」
「また明日!」

 こうやって声をかけてくれるようになってきた。
 まだ、仲良く話をする、なんてことはないけれど少しずつクラスの輪の中に入っている、気がしている。

「お疲れ、また明日」

 後ろに寄せた机を元の位置に戻しながら軽く挨拶を返し、クラスメイトの背中を見送った。
 
「一条くん、このあとまだ時間ある?」

 同じく机を戻している石川が声をかけてきた。

「あるけど、どうかしたのか?」
「学ランのサイズ確認したくて」

 そうだ。俺は学ラン着るんだった。
 断る理由もないので了承すると、石川はロッカーから学ランを持ってきて渡してくる。
 俺はその場で制服を脱いで着替えた。

 首のつまった立った襟にパリッとした生地。
 ごく普通の学ランではあるけど、中高どちらもブレザーだった俺からするとすごく新鮮だ。

「サイズは問題なさそうだね。あ、でも第二ボタンが取れかかってない?」

 石川が近づいてきてボタンに手をかける。
 よく見ると、たしかに少しだけ糸がほつれていた。

「でも、これくらいだったらまだ大丈夫じゃないか?」
「だめだよ。本番で取れたりしたら大変だから」

 持って帰って縫ってくるという石川は「脱いで」と言いながらボタンを外そうとする。

 その時、教室の入り口から低い声が聞こえてきた。

「なにしてるの?」

 聞いたことないような結斗の低い声に、思わず体が固まる。
 
「学ランのサイズを確認してたんだよ」

 俺の代わりに、振り返った石川が答えた。
 結斗はふーんと言いながら近づいていて、俺の顔を見上げる。

「響介、自分で着替えできないんだ?」
「な、できるから! 別に着替えさせてもらったわけじゃないし!」

 急いで自分でボタンを外し、学ランを脱ぐ。
 すると取れかけていたボタンがポロンと落ちた。

「あ……」
「やっぱり付け直さないとね。今日直して、明日持ってくるから」

 石川は笑いながらボタンを拾い、俺から学ランを受け取った。
 そしてじゃあねと教室を出ていく。

「また明日……」
 
 イケメンで、勉強もできて、学級委員長で、裁縫もできるなんて完璧だな。
 俺も石川みたいだったらもっとクラスに馴染めるのかななんて思いながら、タンクトップ姿のまま背中を見送る。

「何見惚れてるの」
「はい?! 見惚れなんかないけど」

 結斗が拗ねたように見てくる。
 
「最近、楽しそうだね」
「まあ、そうだな。応援団長も石川のおかげでなんとか上手くやれそうだし」

 以前、いろいろと気を遣ってくれてありがとうと伝えたら、お願いしたんだから全力でサポートするのは当たり前だと言ってくれた。
 石川は頼りになるいい奴だ。

「良かったね。僕も響介の応援団長楽しみにしてる」

 楽しみにしているというわりにはテンションの低い声に不思議に思いながら制服に着替える。

 シャツのボタンを留めていると、結斗の髪が乱れていることに気づいた。
 騎馬戦に出るらしいし、練習が激しかったのだろうか。
 俺はそっと髪に手櫛を通した。

「ちょっと、そういうことしないでよ」

 不機嫌に見上げてくる結斗にパッと手を離す。

「ごめん。いきなり触って嫌だったよな」
「嫌じゃないよ!」
「え、どっちだよ」

 しないで欲しいのに嫌じゃないってどういうことだ。
 よく不機嫌になるし、最近どうしたんだよ。
 俺のせいなのか?

 でも何を言えばいいかわからないので、黙って着替えをする。

 すると不機嫌な表情のまま、結斗の手が俺のシャツに伸びてきた。
 そしてボタンに手をかける。

「ちょっ、自分でできるから」
「留めてあげるんじゃないよ。外すんだよ」
「はあ?!」

 結斗は言葉通り、すでに留めてあったボタンを外していく。
 避けることもできるはずなのに、なぜだか動けない。
 全てのボタンが外され、全開になった胸元に結斗が手のひらを這わせる。

 っ……!

 タンクトップを着ているから直接肌に触れられているわけではないのに、全身が痺れるように熱くなる。

「響介、ドキドキしてるね」
「するだろ、こんなことされたら」
「さっき石川くんにもドキドキしてたの?」
「してねぇよ、触られてないし。てかもうやめ――」

 やめろ、と言いかけ時、結斗の手が胸元から脇腹、へそへと降りてくる。
 そしてへそより下に手が降りた瞬間、ぎゅっと手を掴んだ。

「いやいや何しようとしてんだよ」
「だめ?」
「だめだろ!」

 俺は後ろを向いて素早くボタンを全部留めた。
 適当にネクタイを締めてブレザーを羽織る。

 鞄を掴むと帰るぞ、と声をかけて教室を出る。
 結斗は黙ってついてきていた。
 
 帰り道、いつものように隣に並んで歩くけれど会話はなかった。