その初恋、勘違いです。

 翌週の放課後、体育祭の練習が始まった。

 出場競技を決める際、応援団長のところには石川がすぐに俺の名前を書いて、特に何も発言することなく正式に決定した。
 他のクラスメイトも何も言わないことから、俺が団長をするという話が出ていたことは本当だったんだろう。
 これでもう逃げられない。

 あとの競技はあまっていた障害物競走に出ることになった。
 こっちは練習なんてないから実質俺の練習は応援団の演舞だけだ。

「一条くん、今指揮演舞の動画送ったから確認しておいてもらえるかな?」

 ホームルームが終わった後すぐに石川と連絡先を交換し、動画を送ってもらった。

「わかった。ありがとう」
「うん。一条くんに頼んで良かったよ」

 石川は相変わらず爽やかな笑顔でよろしく、と言うとリレーの練習があるからとグランドへと出ていった。
 他のクラスメイトたちも各々競技の練習をしたり、部活に行くために教室から出て行く。

 俺は一人残って、先ほど送られてきた動画を開いた。

 応援団はまず団長の俺が演舞を覚えなければいけない。
 他にすることもないし、できるだけ早く覚えよう。

 静かな教室で、動画から流れてくる掛け声に集中する。

「――響介にこんな大きい声が出せるかな」
「うおっ!」

 突然耳元で声がして思わず体が跳ねる。

「以外と出そうだね」
「いきなりびっくりするじゃねえか」

 俺の後ろに立って覗き込むようにスマホ画面を見ている結斗。
 後ろのドアから入って来たのか、全然気づかなかった。

「思ってたよりやる気そうで良かった」
「今さらやめるなんて言えないだろ」
「そういう律儀なところ、好き」

 後ろに立ったまま前屈みになり、首を傾けて顔を見つめてくる。
 少しでも動けば頬が触れそうな距離に動揺してしまう。

「すぐに好きっていうのやめろよな」
「なんで? 響介の好きなところいっぱいあるのに」
「俺だって結斗の好きなところはあるけどさ、お前の好きはなんかこう、違う意味に聞こえるんだよ」

 友情を育もうとしているのに、気を抜けば違った方向に行ってしまいそうだ。
 俺はまだ、初恋のユイちゃんが抜け切れていないのかもしれない。

「別に違ってなんていないんじゃない?」

 後ろにいた結斗は石川の席の椅子を引き、跨るように座って俺の机に頬杖をつく。

「どういう意味かわかってんのか?」
「僕が、響介のことを好きだってことでしょ? 幼稚園の頃からずっと変わってないよ。響介は違うの?」
「だからそれは、ユイちゃんを女の子だと思ってたからであって……」
「僕は男とか女とか関係なく響介だから好きになったんだけど」

 結斗の真剣な表情に、勘違いしてしまいそうになる。
 本気で、俺のことが好きなんじゃないかと。

「もうさ、そんな昔のこといいじゃないか」
「昔のことなんかじゃないよ。今も好きだって言ってるじゃん」
「だから、それは別に……恋とかじゃないだろ? 小さい頃ってさ、そういうのよくわかってないじゃん」
「なにそれ。響介のバカ」

 そのまま勢いよく立ち上がると、俺を睨みつけて教室を出て行ってしまった。

「おい、結斗!」

 名前を呼んでも戻ってくることはなかった。

 バカって……そんなに怒んなくてもいいだろ。

 結斗は初恋をこじらせているんだろうか。
 会わなかった十年間がそうさせているのかもしれない。
 俺も人のことは言えないけど、そのうち冷静になるはずだ。
 変に今のあいつに合わせても、正気になったときに気まずくなる。

 結斗の好きが、今の俺と同じ友情の好きと同じになるまで待つしかないな。

 そうは言っても、こんな喧嘩みたいな状態でいるのも嫌だ。
 一緒にいることが当たり前になって、結斗がいるだけで俺の心は軽くなっていた。

 嫌われたらどうしよう。大切な友達を失うことになったら……。
 そんなことが頭をよぎる。

 でも、どうすればいいかわからない。

 わからないから、考えるのをやめて手元の動画に視線を向けてみる。
 けれど全然集中できないので帰ることにした。

 久しぶりの一人での下校。
 以前は当たり前だったのに、今は寂しく思う。
 高校生男子が何言ってんだって感じだが、俺にとっては得難い時間だったんだ。

 ボーっとしながら、帰り道を歩く。

 住宅街に入り、一つ目の角を曲がったところで、ドスっという衝撃と共に後ろから抱きしめられた。

「結斗?」

 顔は見えていないけど、お腹に回された腕で結斗だとわかる。

「さっき、怒って出て行ってごめん」

 本当についさっきのことなので、怒りが収まるのが早かったなと思うと同時にほっとしていた。
 帰りながら落ち着いて、俺がここを通るの待っていたと思うとフッと笑みがこぼれる。

「可愛いやつだなお前」
「響介が、無自覚にそういうこと言うからいけないんだ」

 抱きしめられる力が強くなったところで、ここが道端だと気づく。
 こんなところ誰かに見られたら変な誤解をされてしまう。
 ただの友達同士の喧嘩のようなものなのに。

 できるだけ優しく腕をほどいて振り返る。

「結斗、俺んち来るか?」

 今日はご飯を食べにくる日ではないけど、普通に遊びに誘ったっていいだろう。
 結斗は嬉しそうに頷くと、一緒に家へと帰った。