その初恋、勘違いです。

 いつもより少し早めに起きて、髪をセットする。
 適当につけていたワックスを、今日は動画で確認しながらつけていく。

 まず関節ひとつぶんのワックスを取って、手のひらで温めるように伸ばす。
 それから根元には付かないように後頭部からトップに向かって空気を含ませるように……?

 空気を含ませるようにってなんだよ。難しすぎる。
 それでもなんとかセットを終え、家を出る。
 思ったより時間がかかってしまった。

 家を出ると、門の前で結斗が待っていた。

「遅かったね」
「待ってなくてもよかったのに」
「一緒に行きたいから。それより髪、下ろしたんだ。もしかして僕が言ったから?」
「そういうわけじゃないけど、たまには変えてみてもいいかと思って」

 似合うとか似合わないじゃなくて、もし本当に威嚇してるみたいなんて思われてるなら変なイメージは払拭したい。
 でもそんなことを言ったら揶揄われそうだから言わない。

 結斗は俺をじっと見たあと、ふーんと言って歩きだした。
 なんだよその反応は。下ろした方がいいって言ったのは結斗なのに。
 別に褒められたかったわけじゃないけど、良いか悪いかくらい言ってくれてもよかったのに。
 
 それでも自分からは聞けないのが俺の悪いところだ。
 気になりながらも黙って結斗の横を歩いた。

 学校へ着くと、昨日と同様に周りの視線を感じる。
 まあ転校二日目だし、みんなの結斗への興味はまだ冷めないだろう。
 俺は気にしていないふりをしていつも通り教室まで向かった。

 教室の前で別れた結斗はさっそくクラスメイトから挨拶されている。さすがだ。
 俺はというと、やはり誰も声をかけてくるやつはいない。
 けれど結斗と登校してきたことで注目は続いているみたいだった。
 数人の女子グループがこっちを見ていて目が合ったけど、すぐにパッと逸らされた。
 朝会ったクラスメイトにする態度ではないな。
 でも俺も自分から言えないのだから、目が合った相手が挨拶してこなくても絶対に文句は言わない。

 そして窓際の自分の席に座り、いつもと同じ学校生活が始まる。

 存在感を消し、誰にも迷惑をかけないように過ごす。
 そうすればみんな穏やかに過ごせるし、俺だって恐怖心を抱かせることなく、変に敵意を向けられることなくやり過ごせる。

 でも、なんで俺はこんなに周りに怖がれてるんだ……。

 昼休み、また結斗が教室までやってきて一緒に屋上へ行った。

 俺は弁当箱を開け、結斗はパンの袋を開く。

「またパンだけなのか?」
「うん。母さん弁当作る暇ないし」
「から揚げひとついるか?」
「いいの? やった! 春子さんのから揚げ大好き」

 まるで無邪気な子どものようにから揚げを食べている。
 から揚げひとつでこんなに喜ぶなんて可愛いやつだな。

 いつも一人寂しく弁当を食べていた時間が、結斗がいるだけで全く違う時間に感じられた。

 ◇ ◇ ◇

 結斗が転校してきてしばらく経った。
 クラスではいつもと同じだけれど、大きく変わったことがある。
 結斗と一緒に登校して、昼休みは屋上で弁当を食べて、放課後は一緒に帰る。
 休み時間ごとに一緒に過ごすなんてことはしないけど、昼休みを過ごす相手がいるというだけで随分と違った。
 特に結斗は気を遣わなくていい。
 学校で素の自分でいられる時間があるということが、どれだけ楽しいことか実感した。

「響介帰ろー」
「ああ、すぐ行く」

 そんな日常が続いていたある日の放課後、結斗が俺のクラスの入り口がいつものように呼んでくる。

 すると前の席の石川が振り返って何か言いたげこっちを見てきた。
 茶髪の爽やか系イケメンだ。
 俺とは真逆で物腰が柔らかく、頭が良くて、学級委員長でもある。

 そんな石川からは時々視線を感じていた。
 何か文句でもあるのだろうか。
 怖くていつも聞けないけど。

「どうしたの?」
「え?」

 突然声をかけられて石川は顔を上げて驚いている。
 まさか話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
 俺も、予想していなかった状況に驚いている。

「響介に用があるなら、そんなに見てないでちゃんと話しかけないと絶対に響介からは声かけてこないよ?」

 教室に入ってきて、席の横まで来た結斗は臆することなく石川に話を振る。
 結斗を見た彼は困った顔をした。
 そして俺の方を向いて頭を下げる。

「ごめん。なんか、声かけるタイミング見失ってて、じっと見たりして態度悪かったよね」
「いやいや、そんなことはないよ。気にしてないし」

 申し訳なさそうにする石川に慌てて否定する。
 見られているのはわかっていたけど、態度が悪いなんてことはこれっぽちも思っていない。

「響介は他人からのサインを全てシャットアウトするスキルを身に付けてるから」
「そんなスキルねえよ」

 結斗のいつもの戯言に突っ込みを入れると、石川がクスクスと笑う。

「やっぱり一条くんて、本当は話しやすいんだね」
「え? そうか?」
「うん。真山くんが転校してきてから雰囲気が柔らかくなったというか、二人が話してるの見てそうじゃないかなって思ったんだ」

 雰囲気が柔らかくなったとかはわからないけど、ずっと誰とも話していなかったから、結斗と話している姿がそう見えたのだろうか。

「俺、話しかけられたら普通に喋るよ」
「二人はさ、どうしてそんなに仲が良いの? 真山くん転校してきたばかりなのに」
「僕たち結婚を約――」
「お、幼馴染なんだ! 結斗は親の仕事でしばらく県外にいたけどまた戻ってきて」

 結婚を約束した仲、と言おうとしたのがわかってとっさに割り込んだ。
 冗談でもそんなことを言ったらヤバいやつらだと思われる。

「幼馴染か。だから一条くんも気を許してるんだね」

 けれど俺の焦りなど知りもせず、穏やかに笑う石川になんだか胸がじんわりしてくる。
 教室で、こんなふうにクラスメイトと会話をする時がくるとは思っていなかった。
 
「で、響介になんの用だったの?」

 このなんでもない放課後の時間に浸っていると、結斗が冷静に話を戻す。

「そうだ、一条くんにお願いがあるんだ」