その初恋、勘違いです。

 久しぶりの遊園地に、いつになくワクワクしていた。
 それこそ、幼稚園ぶりだ。
 
 チケットを買って入り口に並ぶ。
 大きなゲートをくぐると、目の前には、コーヒーカップがある。

「懐かしいねここ」
「昔一緒に来たよな。結斗がどうしても行きたいって」

 すると結斗はなぜがクスクスと笑う。

「違うよ。響介が本当は遊園地に行きたいのに親たちにダメだって言われて我慢してたから僕が可愛くお願いしたんだよ」

 そうだ……。
 一条家と真山家で夏休みに出かけようという話になって、どこに行くか決めている時、俺は遊園地が行きたいと言った。
 でも親たちは真夏で屋外は大変だから室内の水族館にしようと言った。
 その時、結斗が言ったんだ。

『ユイも遊園地がいいな。疲れたらちゃんと休むから。ね、お願い』

 可愛くねだる結斗に両親たちはノックアウトされ、行き先は遊園地になった。
 俺のために言ってくれたんだ。
 今さら知った事実に、胸が熱くなる。

「ありがとな」
「僕も、遊園地行きたかったしね」
「あの頃は親がいないとこうやって遠出なんてできなかったよな」

 五歳の夏休み、真山家から遊びのお誘いがきたときはすごく嬉しかったのを覚えている。
 ユイちゃんとお出かけできるんだと。
 幼稚園児だけで出かけることなんてできないから、せいぜい近くの公園で親に見守られながら遊ぶくらいだった。

「僕がお願いしたんだよ。響介と一緒に遊びに行きたいって」
「そうだったのか? 親たちが言い出したのかと思ってた」

 よく考えたら、仕事の忙しい結斗の両親がせっかくの家族団らんの時間をわざわざ俺の家族と過ごそうとはしないはず。
 
「どうしても、響介と特別な思い出作りたかったんだよ」

 ユイちゃんと最後に過ごした夏休みだった。

 あの時はまだ真山家が引っ越すなんて知らなくて、無邪気に遊んでいたな。
 結斗は会えなくなることをわかっていたんだろうか。

「これから、いっぱい特別な思い出つくろうぜ」
「そうだね。どれから乗る?」
「ジェットコースター行こう。昔は身長足らなくて乗れなかったし」

 園内を奥へと進み、ジェットコースター乗り場へ向かった。
 
 列に並ぶと、頭上にレールがあり、大きな音を立てながらコースターが通っていく。
 乗ってみたいと思っていたけど、初めてで緊張する。

「響介、ジェットコースター乗ったことあるの?」
「ない。結斗はあるのか?」
「僕もない。遊園地に来るのもの幼稚園時以来だよ」

 意外だ。結斗なら友達と遊びに行ったりしてそうだけど。

 順番がきて、座席に乗り込む。
 安全バーを下ろして、そのままギュッと握った。
 隣を見ると、結斗はバーを握っていなかった。

「持たなくていいのか?」
「このジェットコースターそんなに激しくないし大丈夫でしょ。響介は力み過ぎだよ」

 前後の人を見ると、みんな隣と話をしていたり、手を振っていたりと、俺みたいにガッチリとバーを掴んでいる人はいなかった。

 ちょっと恥ずかしくなって、手を離す。
 するとブザーが鳴ってコースターが出発した。

 俺はまた咄嗟にバーを握っていた。
 結斗がクスクス笑いながら体重をかけてくる。

「おい、重心がかたよるだろ」
「心配しなくてももうすぐ――」
「うおおおお」

 コーナーに入り、遠心力で体が飛んでいきそうな感覚になる。
 もちろん飛んだりはしないけど。

 そしてスピードが落ち、ゆっくりと上へと上がっていく。
 上りきるとものすごいスピードで落ちていくと安易に想像できる。
 この時間ほど怖いものはない。

「楽しみだね」
「なんでそんな余裕なんだよ」
「だって気持ちいいじゃん。それに、約束が果たせるからね」
「約束? って――」

 何、と聞きかけたところで落ちていった。

 っ……!

 声にならない音をもらし、気付いたら到着していた。
 浮遊感が収まらないままコースターを下りて、フラフラしながら歩く。

「楽しかったね」
「ああ、そうだな。案外いけるわ」
「本当に? 最後目つむってたでしょ」
「別につむったっていいだろ。風は感じてたから!」

 よくわからない言い訳をしてしまったが、もう一回乗ろうと言われても乗れるはず。
 結斗は笑いながら次どれ乗る? と進んでいく。
 元気だな。まあまだひとつしか乗ってないから当たり前だけど。

 それから空中ブランコに乗り、ボートを漕いで、コーヒーカップを回した。
 小さい頃は全部親が漕いで回してくれていたから気付けなかったけど、これはたしかに大変だ。
 
 でも、それ以上に楽しいと思えるのは、隣で結斗が笑ってくれているから。

 遊び尽くして日が暮れたころ、最後に観覧車に乗ることにした。

 ライトアップされたゴンドラに乗り込み、向かい合って座る。
 
「一日、あっという間だったね」
「そうだな。また来ようぜ」

 結斗は外の景色を眺めながら、ふわりと表情を緩めた。

「きょーくん、約束覚えてる?」

 久しぶりに“きょーくん”と呼ばれた。
 そういえばジェットコースターに乗っていた時も約束がどうとか言っていたよな。
 でも、なんのことか思い出せない。
 あの頃の約束なんだろうけど、ピンとくるものがない。

 遊園地に来た時に何か約束したのだろうか。
 はじめは入ってすぐのコーヒーカップに乗って、ジェットコースターは諦めて、ボートは家族ごとに別々に乗って……。

 そうだ、観覧車。

 最後に、観覧車もそれぞれの家族で乗ろうという話になった。
 でもユイちゃんは俺と二人で乗りたいと言って、でも五歳児だけでは乗せてもらえなくて、結局乗らないことになった。

『ユイちゃん、観覧車乗らなくてよかったの?』
『うん。だってきょーくんと二人で乗りたかったから』
『おとうさんかおかあさんか誰か一緒に乗ってもらえばよかったんじゃない?』
『きょーくんはわかってないなぁ。二人で乗って秘密のお話がしたかったの』
『そっか。じゃあ次乗るときは、二人で乗って秘密のお話しよう』

 帰りの電車でこっそりそんな会話をした。

「秘密のお話……」
「思い出したんだ」
「それで……秘密のお話ってなんだったんだ?」

 結斗は外を向いていた体を向き直し、俺を真っ直ぐ見る。

「僕ね、きょーくんが“ユイちゃん”を女の子だと思ってること、わかってたんだ」