その初恋、勘違いです。

 目の前にいるこの人物はたしかにユイちゃんで、でも俺の知っているユイちゃんは女の子ので、結婚しようって言ったら喜んでいた、俺の初恋の相手。面影はばっちり残っていて、相変わらず可愛い。

 だけど、どう見ても男だ。

「ちょっときょーくん、何ボーっとしてるの。学校一緒に行ってくれるんでしょ?」
「え、ああ、うん」
「もしかして、久しぶりに会って緊張してる?」

 覗き込んでくる表情はやけに色っぽくて、妙にドキドキする。
 だめだめ、動揺するな。
 
「ユイちゃんって……男の子、だったのか?」
「知らなかった? まあ、僕昔から可愛かったからね」
「自分で言うなよ……」

 てことは、俺は男にプロポーズしてたってことか?
 何をやってるんだ。
 いやでも幼稚園の頃の話だ。
 あってないようなもの。

 むしろ女の子だったとしても、結婚の約束しただろって詰め寄るようなことをしたらそれこそヤバいやつだ。気付いてよかった。

 うん、忘れよう。
 忘れて、普通の男友達として接しよう。

 俺は平静を装い、行くぞと学校へ向かって歩き出す。

 隣に並ぶやけに可愛いこの男は、俺より頭一個分背が低くて、髪から良い匂いがする。

 もし“ユイちゃん”が本当に女の子だったら、俺たちどうしてたんだろう。
 いや、何考えてるんだ。

「そういえばきょーくん。大きくなったら結婚するって約束、迎えに来る手間が省けて良かったね」

 すると突然、ついさっき忘れようと決意した過去を掘り返された。

「は、はあ?! 何言ってるんだよ」
「忘れたの?」
「忘れて、ないけど」

 忘れるどころかいつも考えていた。
 大きくなったらって、いったい何歳なんだろうとか、本当に迎えに行ったら迷惑だろうかとか。

 でも今はそんなことより、あのユイちゃんが男の子だったことのほうが問題だ。
 そっちも覚えているのなら、はっきりさせておいた方がいいだろう。

 ここは、俺の勘違いによる失言ということにして謝罪するかたちにしよう。

「ごめん。俺は幼稚園の頃“ユイちゃん”は女の子だと思ってて、結婚しようなんて言ったんだよ。まあもう昔の話だしお互い忘れよ――」
「いやだよ。忘れるなんてしないからね」
「え? なんで」
「約束したから」
「でもそれは勘違いしてたからで」
「僕は勘違いしてないよ。きょーくんに結婚しようって言われて嬉しかったから待ってるって言ったんだ」

 少し不貞腐れた表情は、俺が悪いと訴えてきているようだ。
 でも、よくわからない。
 お互い男だとわかっていて、なんであんな約束したんだ?
 幼稚園の頃ってお母さんと結婚する、なんて言うやつもいるし、そんな感じか?
 約束してからずっと会ってないから引きずってるのか?
 まあ俺もそうだったし。
 俺の場合は勘違いだってわかったからすぐ冷静になったけど。

 そのうちこいつも目が覚めてなかったことにしたいと思うようになるだろう。
 これはもう、放っておくしかないか。

 それから二十分ほど歩いて、学校が見えてきた。

「なあ、学校では真山って呼ぶから」
「ええ、なんで? ユイちゃんて呼んでよ」
「絶対に嫌だ」

 そんな女の子みたいな呼ばれ方して嫌じゃないのかよ。
 呼ぶ方が恥ずかしいわ。

「じゃあせめて結斗って呼んで。苗字はよそよそしいよ」
「まあ、それならいいけど」

 結斗は嬉しそうにへへ、と笑う。
 なんだよこいつ。男のくせに可愛すぎるだろ。
 学校に入ってからいつになく視線を向けられているのは絶対に結斗のせいだ。

 校舎に入り、一度職員室へ行くという結斗と別れ俺は自分の教室へと向かう。

 窓際の一番後ろの席。
 教室に入ったって、席に着いたって、俺に話しかけてくるクラスメイトはいない。
 ただボーっと授業を受けて、休み時間はボーっと窓の外を眺めて、一日を過ごす。
 嫌な思いをするわけでもないけれど、楽しいことがあるわけでもない。
 そんな学校生活だ。

「ねえ、隣のクラスの転校生、めっちゃイケメンだった」
「うんうん。可愛い系のイケメンだよね」
「本当に? 見に行こ」

 クラスの女子が騒ぎ出した。
 結斗、隣のクラスなんだ。
 さっそく噂になるとかさすがだな。
 まあ、整った顔してるもんな。

 そんな調子で休み時間ごとにクラスの女子たちは隣のクラスの転校生を見に行っていた。

 四時間目が終わった昼休み、俺は鞄から母さんが作った弁当を取り出し立ち上がる。
 するとクラスメイトたちが一斉に俺を見てくる。
 なんだ?
 別にいつもと同じ行動しかしてないのに。
 いつも誰も俺のことなんて見向きもしないのに。

 異様な空気が流れていると、この空気に似つかわしくない能天気な声が聞こえてきた。

「あ、きょーくん! 一緒にお弁当食べよ」