その初恋、勘違いです。

 両親不在の真山家にお邪魔し、ソファーに並んで座ってテレビを付ける。

「響介、観たい映画ある?」
「特にはないけど」
「じゃあ僕が決めるね」

 結斗はサブスク画面をリモコンで操作し『見放題が終了間近の映画』の中から一本の映画を選んだ。

「この映画……」
「前に観たいって言ってたでしょ? 実はあと三日で配信終了するんだよね。もう観た?」

 もしかして、俺のために家で映画を観ようって言ったのか?
 
「いや、観てない。軽く言っただけなのに覚えてたんだな」
「僕も気になってたからね」

 一緒に観るために、ずっと観ないでいたのだろうか。
 離れていた時間が、すごくもったいなかったなと思う。

 でも、あの時間はきっと二人にとって必要だった。
 離れたからこそ、気付いたことがあるから。
 
「ありがとう」
 
 他にも、飲まないコーラを俺のために買ってくれていたりとか、この前来た時は置いてなかったクッションとブランケットが用意されているとか、細かな気遣いが嬉しい。

 言いたいことはたくさんあったけど、映画が始まったので、集中することに。
 俺はクッションを抱えてソファーに沈み、大きなテレビ画面を真っ直ぐ見る。

 刑事物のアクション映画だが、コメディ要素もあり、登場人物の恋愛事情やヒューマンドラマも描かれている。笑って泣けると話題の映画だ。

 評価が高いだけあって、たしかに面白い。
 けれど、俺の意識の大半は別のところにあった。

 肩に乗せられた小さな頭。
 サラサラの髪が時折頬をかすめる。
 同じ男とは思えないほどの良い匂いを漂わせ、惑わせてくる。

 世の中のカップルは、みんなこんな状況でまともに映画を鑑賞できているのか?

 慣れなのか? 何度も経験して慣れるしかないのか?

 俺はずっとそわそわしながら観ているのに、結斗は肩に頭を乗せたままただじっと映画を観ていた。

 ◇ ◇ ◇

「面白かったね。やっぱり、観てよかった」
「ああ、そうだな」

 かろうじて内容は理解できるくらいには観れたと思う。
 でも感情の意識が結斗に行き過ぎて、どこで笑ったとか、どこで感動したかとか聞かれたら答えられないかも。
 
 だめだな。せっかく一緒に観たのにまともに感想も言い合えないなんて。
 
 ちょっとした自己嫌悪に陥りながら、ぬるくなったコーラを一口飲む。

「ねえ、コーラちょうだい」
「いいけど、あんま好きじゃないだろ?」
「もう何年も飲んでないんだけど、響介が飲んでるのみたら飲みたくなって」

 結斗が買ってきたものだし、断る理由もないので、手に持っていたペットボトルを渡した。
 キャップが開いたままのペットボトルに口をつけ、ゴクリと飲む。

「やっぱり、ちょっと苦手かも」
「ぬるいから余計にそう感じるかもな」

 コーラはキンキンに冷えてるのが一番美味しいんだよ。

 返されたペットボトルをじっと見つめる。

「間接キスしちゃったね」
「なっ!」

 なんてこと言うんだ。
 今からまた飲もうとしてたのに、飲めなくなってしまった。

 キャップを締めて、テーブルに置く。

「間接キス、嫌だった?」
「別に……」

 嫌なんかじゃない。
 恥ずかしかっただけだ。

 でもここで誤魔化していたらだめだ。
 ちゃんと気持ちを伝えるって決めたんだから、言わないと。

「結斗、あのさ――っうわ」

 話をするために向き合おうと体勢を変えた瞬間、足元に垂れたブランケットを踏んで滑ってしまった。
 そして結斗を押し倒すように倒れ込んでしまう。

 ついた手の横には結斗の顔がある。
 いつもとは反対の体勢に、緊張感が走る。

 心臓の音が大きな音を立てている。
 
 結斗は、じっと俺の目を見つめている。

 その目を逸らすことなく、ゆっくりと顔を近づけていく。

 唇に触れそうな距離。
 触れたあと、どうすればいいかわからない。

 でも、触れたい――

「――無理しなくていいよ」
「え……?」

 黙っていた結斗が口を開いた。
 近づいていた距離が止まる。

「そんな無理しなくても、もう離れたりしないよ」

 初めてのことでどうすればいいかわからないし、戸惑いもある。
 でも、無理しているのとは違う。

 だって、俺は結斗に触れたいと思っているんだから。

「無理なんかしてない。俺、結斗のことが好きなんだ。たぶん、結斗と同じ意味の好き」

「――響介は、わかってないよ」

 その瞬間、グッと肩を押されて反対側に倒れ込んだ。

 先ほどとは逆に、結斗に押し倒されている。

 そのままじっと真剣な表情を向けられるので、俺も真剣に考える。

 結斗は俺が無理をして合わせようとしていると思っているのだろうか。
 たしかにぎこちないかもしれないし、今までの俺ならこんなことしないだろう。
 でも、無理しているわけでも嫌々合わせているわけでもない。
 
 結斗の後頭部に両手を回し、ゆっくりと引き寄せる。

 目を閉じて、唇と唇を重ね合わせた。

 柔らかくて、温かい。
 初めての感覚に、ドキドキと少しの快楽で全身が痺れるようだった。

 手を離すけれど、結斗の唇は離れていかない。

 押し付けられるような感覚に変わり、一度離れたあと、すぐにもう一度吸い付くように触れられる。

「ん……」

 思わず声がもれた。
 その瞬間、スッと唇が離れていく。

 目を開けると、結斗は泣きそうな顔をしていた。

「響介は……これ以上のこともしたいと思う?」

 頬に手を当てられ、じっと見つめてくる。その手が、首筋、鎖骨、胸、お腹、へそと下りてくる。
 そして、ズボンに手がかかった。

 俺は結斗の腕をパッと押さえる。

「いや、ちょっと待て……」
「ほら、できないでしょ。僕は、もっと響介のことめちゃくちゃにしたいと思ってる」
「そこまで、しなくても」
「僕は今も、今までも、響介とこれ以上のことがしたくてずっと我慢してる」

 結斗は起き上がって、ソファーの上でへたり込むように座る。
 眉を下げ、困ったように笑いながら、俺の手を引いた。

 起き上がり、顔を見合わせる。
 
「結斗……」
「だから言ったでしょ。僕の好きと響介の好きは違うんだ」
 
 キスをするだけで精一杯で、その先のことなんて考えられない。
 めちゃくちゃにしたいだなんて、受け入れたらどんなことになるんだろう。

 俺には想像がつかない。

 黙って考え込んでいると、結斗がぎゅっと抱きついてきた。
 俺の胸に顔をうずめ、腰に回した手には力が入っている。

「響介、嫌いにならないで」
「なんで嫌いになるんだよ」
「だって、引いたでしょ?」
「引かないよ」
「本当に?」
「本当だって」

 何度も確認してくるのは、不安だからだろう。
 行為をするかしないかは別にして、求められて嫌いになるわけない。

 安心させるように、胸の中で小さくなった結斗の頭を何度も優しく撫でた。