次の日の午後、俺は真山家に来ていた。
中に入ったのは幼稚園の頃以来だ。
リビングに入ったけれど、以前とは少し違った家具やインテリアに、初めての場所に来たようで緊張する。
「響介、そんな挙動不審にしてないでソファーに座っといて」
「ああ……」
促されるまま大きなソファーに座り、キッチンでお茶を淹れる結斗を眺める。
一緒にいたいとは言ったけど、すぐ家に招かれるとは思っていなかった。
結斗がお茶をソファー前のローテーブルに置き、俺の隣に座る。
そしてポケットから、小さな紙袋を取り出した。
「これ、誕生日プレゼント」
「え、なんで……」
「先週誕生日だったでしょ。プレゼント買ってたんだ。遅くなったけど、渡せて良かった」
誕生日、覚えてたんだ。
先週なんて全然話もしてなくて気まずい雰囲気だったのに、それでもプレゼントを用意してくれていたなんて。
「ありがとう。開けていいか?」
うん、と頷くのを確認して袋を開けた。
中に入っていたのは、小さめだけれど高級感のある容器のワックスだった。
「響介、髪のこと気にしてたでしょ? これが良いって聞いたから」
聞いたって誰にだろう。
疑問に思ってすぐ、ハッとした。
紙袋のロゴには見覚えがある。
駅前のおしゃれな雑貨屋。
打ち上げから帰ろうとして、結斗を見かけたときだ。
「これ、デート中に買ったのか? 一緒にいただろ例の女子と」
「知ってたんだ。でもデートなんかしてないよ。誕生日プレゼント買いに出かけたらたまたま駅前で会って、勝手についてきたんだ。まあ、僕一人では選べなかったから助かったけど」
出かけるって、一緒に約束してたわけじゃないんだ。
「そうだったんだ。これ、ありがとう。大事に使うわ」
使うのがもったいないけれど、使わないのももったいない。
俺のことを考えてこういう実用的なものをくれるのも結斗っぽいな。
「もしかして、ヤキモチやいてた?」
すると結斗が、ニヤリとしながら顔を覗き込んでくる。
「あの時は気付かなかったけど、今思えばヤキモチだったのかもしれない」
「やけに素直じゃん」
もう強がったって仕方ないし、素直にならなければ自分の気持ちにも気づけない。
本当は照れくさいけど、ちゃんと認めていかなければ。
「結斗と真剣に向き合いたいから」
「なにそれ嬉しい」
隣に座る結斗はグッと寄ってきて、膝の上に置いた俺の手を握った。
そしてそのまま顔がゆっくりと近づいてくる。
色白で、睫毛が長くて綺麗な顔。柔らかそうな唇が触れそうになる。
以前保健室で押し倒されたときは避けたけど、もう覚悟を決めたほうがいいのか?
そうだ。昨日結斗は手加減しないと言って、俺はそれを受け入れたんだから。
どんどん近づいてくる顔に、唇をかみしめた。
頬に感じる吐息に、心臓が大きく音を立てる。
まるで時間が止まったかのように結斗の顔がずっと目の前にある。
俺はいたたまれなくなってきて、ぎゅっと目を閉じた。
「響介は可愛いね」
目を開けると、そこに結斗の顔はなかった。
キス、されるのかと思った。
あそこまで来たらするだろう。
結斗は俺のことが好きなわけだし、キスしたいと思って迫ってきたんじゃないのか?
でも、別に恋人なわけではないし、するつもりはなかった?
わからない。
まともな恋愛なんてしたことがない俺には理解不能だ。
「可愛いってなんだよ」
「そのままの意味だけど?」
「可愛いのは結斗だろ」
「見た目のことを言ってるんじゃないよ。こう見えて僕、けっこう腹黒いし」
本当に腹黒いやつは自分で腹黒いなんて言わないだろ。
そんなこと思ったことないし。
「結斗はいいやつだよ」
「たぶん、そのうちわかってくるよ」
フッと笑う結斗に、腹黒でもいいやなんて思った。
またこうして隣に居られることが幸せだな、と感じるから。
中に入ったのは幼稚園の頃以来だ。
リビングに入ったけれど、以前とは少し違った家具やインテリアに、初めての場所に来たようで緊張する。
「響介、そんな挙動不審にしてないでソファーに座っといて」
「ああ……」
促されるまま大きなソファーに座り、キッチンでお茶を淹れる結斗を眺める。
一緒にいたいとは言ったけど、すぐ家に招かれるとは思っていなかった。
結斗がお茶をソファー前のローテーブルに置き、俺の隣に座る。
そしてポケットから、小さな紙袋を取り出した。
「これ、誕生日プレゼント」
「え、なんで……」
「先週誕生日だったでしょ。プレゼント買ってたんだ。遅くなったけど、渡せて良かった」
誕生日、覚えてたんだ。
先週なんて全然話もしてなくて気まずい雰囲気だったのに、それでもプレゼントを用意してくれていたなんて。
「ありがとう。開けていいか?」
うん、と頷くのを確認して袋を開けた。
中に入っていたのは、小さめだけれど高級感のある容器のワックスだった。
「響介、髪のこと気にしてたでしょ? これが良いって聞いたから」
聞いたって誰にだろう。
疑問に思ってすぐ、ハッとした。
紙袋のロゴには見覚えがある。
駅前のおしゃれな雑貨屋。
打ち上げから帰ろうとして、結斗を見かけたときだ。
「これ、デート中に買ったのか? 一緒にいただろ例の女子と」
「知ってたんだ。でもデートなんかしてないよ。誕生日プレゼント買いに出かけたらたまたま駅前で会って、勝手についてきたんだ。まあ、僕一人では選べなかったから助かったけど」
出かけるって、一緒に約束してたわけじゃないんだ。
「そうだったんだ。これ、ありがとう。大事に使うわ」
使うのがもったいないけれど、使わないのももったいない。
俺のことを考えてこういう実用的なものをくれるのも結斗っぽいな。
「もしかして、ヤキモチやいてた?」
すると結斗が、ニヤリとしながら顔を覗き込んでくる。
「あの時は気付かなかったけど、今思えばヤキモチだったのかもしれない」
「やけに素直じゃん」
もう強がったって仕方ないし、素直にならなければ自分の気持ちにも気づけない。
本当は照れくさいけど、ちゃんと認めていかなければ。
「結斗と真剣に向き合いたいから」
「なにそれ嬉しい」
隣に座る結斗はグッと寄ってきて、膝の上に置いた俺の手を握った。
そしてそのまま顔がゆっくりと近づいてくる。
色白で、睫毛が長くて綺麗な顔。柔らかそうな唇が触れそうになる。
以前保健室で押し倒されたときは避けたけど、もう覚悟を決めたほうがいいのか?
そうだ。昨日結斗は手加減しないと言って、俺はそれを受け入れたんだから。
どんどん近づいてくる顔に、唇をかみしめた。
頬に感じる吐息に、心臓が大きく音を立てる。
まるで時間が止まったかのように結斗の顔がずっと目の前にある。
俺はいたたまれなくなってきて、ぎゅっと目を閉じた。
「響介は可愛いね」
目を開けると、そこに結斗の顔はなかった。
キス、されるのかと思った。
あそこまで来たらするだろう。
結斗は俺のことが好きなわけだし、キスしたいと思って迫ってきたんじゃないのか?
でも、別に恋人なわけではないし、するつもりはなかった?
わからない。
まともな恋愛なんてしたことがない俺には理解不能だ。
「可愛いってなんだよ」
「そのままの意味だけど?」
「可愛いのは結斗だろ」
「見た目のことを言ってるんじゃないよ。こう見えて僕、けっこう腹黒いし」
本当に腹黒いやつは自分で腹黒いなんて言わないだろ。
そんなこと思ったことないし。
「結斗はいいやつだよ」
「たぶん、そのうちわかってくるよ」
フッと笑う結斗に、腹黒でもいいやなんて思った。
またこうして隣に居られることが幸せだな、と感じるから。


