それからも、結斗とは距離ができたままの日々を過ごしていた。
距離はあるけれど、俺は結斗を目で追ってしまっている。
廊下を歩いているときも、グランドで体育をしているときも、無意識に探していた。
「一条くん、最近真山くんと一緒にいないね」
「え、ああ……うん」
休み時間、石川が振り返って声をかけてくる。
席が前後ということもあり、よく話すようになった。
「彼女ができたから遠慮してる?」
「そいうわけじゃないけど、まあずっと一緒にいる必要もないしな」
本当は結斗と一緒にいたい。
でも、強がった返事しかできなかった。
廊下では、結斗と彼女が仲良く話をしている。
わざわざ廊下でイチャイチャしなくてもいいだろ。
二人を視界に捉えながらも気にしていないふりをして石川と話をする。
「そういえばさ、打ち上げのとき一条くんすぐ帰っちゃってみんな寂しがってたよ」
「みんな? 山本くらいじゃないのか?」
「山本さんはすごく積極的だったけど、他の人も盛り上がってきたら一条くんと歌いたかったって」
「歌うのは……ちょっと遠慮したいわ」
みんな、案外俺のことを気にかけてくれているんだな。
挨拶はそれなりに交わすようになったし、カラオケじゃなかったらもっといろんなやつと話せたのかもしれない。
山本みたいにグイグイ来られるのは困るけど。
「俺、クラスではじめに喋ったのが石川でよかったわ」
「なに~嬉しいこと言ってくれるじゃん一条くんっ!」
石川は笑いながら俺の肩をポンポン叩いた。
男同士のこういう距離感が一番落ち着くな。
そう思うと、結斗とはやっぱり友達の距離感ではなかった。
ベッドに押し倒されたり、身体に触られたり、好きだと言われたり。
思い返せば思い返すほど、結斗は真剣に俺のことが好きだったんだと自覚する。
廊下にいる結斗を横目で見る。
彼女に向ける可愛らしい笑顔に、胸が痛む。
『響介が昔みたいに笑ってくれたらなって思ってたけど、その笑顔が僕に向けられてないことが嫌だった。誰かに、取られるんじゃないかって』
結斗の言葉が、頭の中を駆ける。
今ならこの言葉の意味がよくわかる。
もう、取られてしまったあとだけど。
……取られた?
なにいってんだ。
結斗は、俺のものじゃなかった。
俺が、結斗を突き放していた。
後悔してももう遅い。
後悔?
俺は後悔しているのか?
じゃあどうすればよかった?
あのまま結斗を受け入れていればよかった?
そうすればずっと一緒にいられた。
それで、よかったかもしれない。
それが、よかったのかもしれない。
この感情がなんなのかはわからない。
でも、俺にとっては結斗以上に大切な存在なんてなかったんだ。
今さら気付いても遅いよな……。
俺はもう、結斗の隣にはいられないんだ。
きっとそのうち忘れる。
自分でいつも言っていたじゃないか。
こじらせた初恋なんてそのうち忘れるだろうって。
だから今のこの感情もそのうち忘れるはずだ――
◇ ◇ ◇
何もない、ただ部屋でボーっと過ごしているだけの土曜日。
母さんが名前を呼びながら部屋に入ってきた。
「これ、結斗くんに持っていって」
手にはタッパーの入った袋が握られている。
またか。
嫌だと言っても聞き入れてはもらえないだろうから、何も言わずに受け取った。
ボーっとしながら家を出て、隣の家のインターホンを鳴らす。
玄関のドアがガチャっと開いて、結斗が顔を覗かせた。
「これ、母さんから」
「ありがとう」
袋を手渡すと、黙って踵を返した。
するとその時、ぎゅっと腕を掴まれた。
振り返ると、結斗が険しい顔を向けてくる。
「響介、ちゃんと寝てる?」
「あー。わかんね」
寝てはいると思うけど、ちゃんとと聞かれたらはっきり頷くことはできない。
寝つきが悪かったり、何度も夜中に目が覚めたり、夢見が悪かったり。
思えば、ぐっすり眠れたという感覚はしばらくない。
「顔色悪いよ。クマもひどいし」
「そうか。でもほっといてくれ」
掴まれた腕をほどいて帰ろうとした。
背を向けるけれど、すぐにまた腕を掴まれる。
「そんな顔してほっとけないよ」
「お前には関係ないだろ!」
思わず声をあげてしまった。
こんなこと言うつもりなかったのに。
でも、友達にはなれないと言って離れていったのは結斗なのに、こんな心配するようなことしないでほしい。
「そうだね、関係ないね。ごめん」
俯きながら手を離す結斗に、俺も冷静になる。
「こっちこそ、ごめん」
結斗に背を向けたまま、小さく謝った。
「ねえ響介、クラスで上手くいってないの? 友達、できたと思ってたけど」
「別に普通。石川とはあれからも仲良くやってるし」
「じゃあどうしてそんな顔してるの?」
どうしてって、結斗のせいだろ。
俺とは友達ではいられないって言って離れていくし、俺のことが好きだって言ったのにすぐに彼女ができるし。
俺は、結斗のことばかり考えて眠れないんだ――
「――別に、なんでもないから」
「僕は、響介にそんな顔させるために離れたわけじゃないから!」
っ……!
なんだよそれ。
まるで、俺のために離れたみたいな言い方じゃないか。
「俺は、ずっと結斗と一緒にいたかった。仲良くできないって言われて仕方ないって思った。でも、どれだけ時間がたっても、寂しさが消えないんだ。たぶん、結斗の俺に対する好きとは違う。“ユイちゃん”に対する好きとも違う。友達に対する好きとも違う。けど、今の結斗がだれよりも大切で、好きだと思う。この好きが自分でもなんの好きなのかわからないけど、俺は結斗のことが――」
「もういいよ!」
背中に優しい衝撃があり、お腹にぎゅっと手が回される。
「結斗……」
「もう、それ以上言わなくていいから」
声を出すことを止めた俺の頬に、温かいものが流れ落ちていく。
俺、泣いてたのか。
気付いたとき、結斗の手が離れグッと腕を引かれた。
向かい合い、じっと見上げてくる。
そして結斗は人差し指でそっと俺の涙を拭った。
「泣くなんて、みっともないな」
「そんなことないよ。僕のことを想って泣いてくれたんでしょ?」
「そうだけど……」
「いっぱい泣いてもいいよ。それで、涙が枯れたらさ、今度は笑ってみせてよ」
幼稚園の頃の、涙を堪えウサギのお墓を見つめていたユイちゃんが頭に浮かぶ。
『そんなに泣いてもらえて、ウサギさんは幸せものだね』
誰かを想って泣くことは、それほど大きな想いだということ。
だから悪いことじゃない。ユイちゃんはそう伝えてくれた。
『きょーくん、いっぱい泣いて涙が枯れてしまったら、今度はユイと一緒に笑って、ウサギさんに楽しい時間をありがとうって言おう。そしたら、ウサギさんもきっと嬉しいよ』
「俺が笑ったら、結斗は嬉しいのか?」
「当たり前でしょ。僕は響介が好きなんだから」
俺のことが好き?
それはどういう好きなんだ?
友達として?
それとも、今までと同じ好き?
「でも、彼女ができたって……俺への気持ちはもう、なくなったってことだろ?」
「彼女なんていないけど」
「いつも一緒にいるだろ、結斗と同じクラスのボブカットの」
「ああ。告白はされたけど断ったよ」
「断ったのに、あんなに一緒にいるのか?」
休みの日に一緒に出掛けていたし、廊下でイチャイチャしていた。
あんなの、誰が見ても付き合ってると思うだろ。
山本と石川も付き合ってるって思ってるし。
「振られても仲良くするのはいいよねって言われたんだ。振られた相手と仲良くしたいなんて僕にはわからなかったけど、響介の気持ちがわかるかもしれないって思ったんだ」
「俺の気持ち?」
「振った相手と友達として仲良くしていたいって気持ち。やっぱり理解できなかったけど」
俺が結斗の気持ちには応えられないけど、友達として仲良くしていたいって言ったから、同じことをしていたのか。
「結斗も案外バカだな」
「バカってひどい」
「俺の結斗に対する気持ちがそれでわかるわけないだろ」
「響介だってバカだよ。僕が、そんな簡単に響介のこと忘れられるわけないじゃん。十年以上ずっと好きなんだよ。会えなくなっても響介のことだけを想ってたんだから」
くしゃっと笑う結斗に、心の奥がほどけていくような感覚になる。
この笑顔が、見たかった。
「なあ結斗。俺、やっぱりお前と一緒にいたい。今はまだはっきりわからないけど、同じ気持ちになりたいって思う」
「響介はわがままだなあ」
「いいだろ。こんなこと言うのは結斗だけなんだから」
「いいよ。その代わり、同じ気持ちになりたいって言うなら手加減しないからね」
意地悪気に笑う結斗に、喜んでいる自分がいた。
距離はあるけれど、俺は結斗を目で追ってしまっている。
廊下を歩いているときも、グランドで体育をしているときも、無意識に探していた。
「一条くん、最近真山くんと一緒にいないね」
「え、ああ……うん」
休み時間、石川が振り返って声をかけてくる。
席が前後ということもあり、よく話すようになった。
「彼女ができたから遠慮してる?」
「そいうわけじゃないけど、まあずっと一緒にいる必要もないしな」
本当は結斗と一緒にいたい。
でも、強がった返事しかできなかった。
廊下では、結斗と彼女が仲良く話をしている。
わざわざ廊下でイチャイチャしなくてもいいだろ。
二人を視界に捉えながらも気にしていないふりをして石川と話をする。
「そういえばさ、打ち上げのとき一条くんすぐ帰っちゃってみんな寂しがってたよ」
「みんな? 山本くらいじゃないのか?」
「山本さんはすごく積極的だったけど、他の人も盛り上がってきたら一条くんと歌いたかったって」
「歌うのは……ちょっと遠慮したいわ」
みんな、案外俺のことを気にかけてくれているんだな。
挨拶はそれなりに交わすようになったし、カラオケじゃなかったらもっといろんなやつと話せたのかもしれない。
山本みたいにグイグイ来られるのは困るけど。
「俺、クラスではじめに喋ったのが石川でよかったわ」
「なに~嬉しいこと言ってくれるじゃん一条くんっ!」
石川は笑いながら俺の肩をポンポン叩いた。
男同士のこういう距離感が一番落ち着くな。
そう思うと、結斗とはやっぱり友達の距離感ではなかった。
ベッドに押し倒されたり、身体に触られたり、好きだと言われたり。
思い返せば思い返すほど、結斗は真剣に俺のことが好きだったんだと自覚する。
廊下にいる結斗を横目で見る。
彼女に向ける可愛らしい笑顔に、胸が痛む。
『響介が昔みたいに笑ってくれたらなって思ってたけど、その笑顔が僕に向けられてないことが嫌だった。誰かに、取られるんじゃないかって』
結斗の言葉が、頭の中を駆ける。
今ならこの言葉の意味がよくわかる。
もう、取られてしまったあとだけど。
……取られた?
なにいってんだ。
結斗は、俺のものじゃなかった。
俺が、結斗を突き放していた。
後悔してももう遅い。
後悔?
俺は後悔しているのか?
じゃあどうすればよかった?
あのまま結斗を受け入れていればよかった?
そうすればずっと一緒にいられた。
それで、よかったかもしれない。
それが、よかったのかもしれない。
この感情がなんなのかはわからない。
でも、俺にとっては結斗以上に大切な存在なんてなかったんだ。
今さら気付いても遅いよな……。
俺はもう、結斗の隣にはいられないんだ。
きっとそのうち忘れる。
自分でいつも言っていたじゃないか。
こじらせた初恋なんてそのうち忘れるだろうって。
だから今のこの感情もそのうち忘れるはずだ――
◇ ◇ ◇
何もない、ただ部屋でボーっと過ごしているだけの土曜日。
母さんが名前を呼びながら部屋に入ってきた。
「これ、結斗くんに持っていって」
手にはタッパーの入った袋が握られている。
またか。
嫌だと言っても聞き入れてはもらえないだろうから、何も言わずに受け取った。
ボーっとしながら家を出て、隣の家のインターホンを鳴らす。
玄関のドアがガチャっと開いて、結斗が顔を覗かせた。
「これ、母さんから」
「ありがとう」
袋を手渡すと、黙って踵を返した。
するとその時、ぎゅっと腕を掴まれた。
振り返ると、結斗が険しい顔を向けてくる。
「響介、ちゃんと寝てる?」
「あー。わかんね」
寝てはいると思うけど、ちゃんとと聞かれたらはっきり頷くことはできない。
寝つきが悪かったり、何度も夜中に目が覚めたり、夢見が悪かったり。
思えば、ぐっすり眠れたという感覚はしばらくない。
「顔色悪いよ。クマもひどいし」
「そうか。でもほっといてくれ」
掴まれた腕をほどいて帰ろうとした。
背を向けるけれど、すぐにまた腕を掴まれる。
「そんな顔してほっとけないよ」
「お前には関係ないだろ!」
思わず声をあげてしまった。
こんなこと言うつもりなかったのに。
でも、友達にはなれないと言って離れていったのは結斗なのに、こんな心配するようなことしないでほしい。
「そうだね、関係ないね。ごめん」
俯きながら手を離す結斗に、俺も冷静になる。
「こっちこそ、ごめん」
結斗に背を向けたまま、小さく謝った。
「ねえ響介、クラスで上手くいってないの? 友達、できたと思ってたけど」
「別に普通。石川とはあれからも仲良くやってるし」
「じゃあどうしてそんな顔してるの?」
どうしてって、結斗のせいだろ。
俺とは友達ではいられないって言って離れていくし、俺のことが好きだって言ったのにすぐに彼女ができるし。
俺は、結斗のことばかり考えて眠れないんだ――
「――別に、なんでもないから」
「僕は、響介にそんな顔させるために離れたわけじゃないから!」
っ……!
なんだよそれ。
まるで、俺のために離れたみたいな言い方じゃないか。
「俺は、ずっと結斗と一緒にいたかった。仲良くできないって言われて仕方ないって思った。でも、どれだけ時間がたっても、寂しさが消えないんだ。たぶん、結斗の俺に対する好きとは違う。“ユイちゃん”に対する好きとも違う。友達に対する好きとも違う。けど、今の結斗がだれよりも大切で、好きだと思う。この好きが自分でもなんの好きなのかわからないけど、俺は結斗のことが――」
「もういいよ!」
背中に優しい衝撃があり、お腹にぎゅっと手が回される。
「結斗……」
「もう、それ以上言わなくていいから」
声を出すことを止めた俺の頬に、温かいものが流れ落ちていく。
俺、泣いてたのか。
気付いたとき、結斗の手が離れグッと腕を引かれた。
向かい合い、じっと見上げてくる。
そして結斗は人差し指でそっと俺の涙を拭った。
「泣くなんて、みっともないな」
「そんなことないよ。僕のことを想って泣いてくれたんでしょ?」
「そうだけど……」
「いっぱい泣いてもいいよ。それで、涙が枯れたらさ、今度は笑ってみせてよ」
幼稚園の頃の、涙を堪えウサギのお墓を見つめていたユイちゃんが頭に浮かぶ。
『そんなに泣いてもらえて、ウサギさんは幸せものだね』
誰かを想って泣くことは、それほど大きな想いだということ。
だから悪いことじゃない。ユイちゃんはそう伝えてくれた。
『きょーくん、いっぱい泣いて涙が枯れてしまったら、今度はユイと一緒に笑って、ウサギさんに楽しい時間をありがとうって言おう。そしたら、ウサギさんもきっと嬉しいよ』
「俺が笑ったら、結斗は嬉しいのか?」
「当たり前でしょ。僕は響介が好きなんだから」
俺のことが好き?
それはどういう好きなんだ?
友達として?
それとも、今までと同じ好き?
「でも、彼女ができたって……俺への気持ちはもう、なくなったってことだろ?」
「彼女なんていないけど」
「いつも一緒にいるだろ、結斗と同じクラスのボブカットの」
「ああ。告白はされたけど断ったよ」
「断ったのに、あんなに一緒にいるのか?」
休みの日に一緒に出掛けていたし、廊下でイチャイチャしていた。
あんなの、誰が見ても付き合ってると思うだろ。
山本と石川も付き合ってるって思ってるし。
「振られても仲良くするのはいいよねって言われたんだ。振られた相手と仲良くしたいなんて僕にはわからなかったけど、響介の気持ちがわかるかもしれないって思ったんだ」
「俺の気持ち?」
「振った相手と友達として仲良くしていたいって気持ち。やっぱり理解できなかったけど」
俺が結斗の気持ちには応えられないけど、友達として仲良くしていたいって言ったから、同じことをしていたのか。
「結斗も案外バカだな」
「バカってひどい」
「俺の結斗に対する気持ちがそれでわかるわけないだろ」
「響介だってバカだよ。僕が、そんな簡単に響介のこと忘れられるわけないじゃん。十年以上ずっと好きなんだよ。会えなくなっても響介のことだけを想ってたんだから」
くしゃっと笑う結斗に、心の奥がほどけていくような感覚になる。
この笑顔が、見たかった。
「なあ結斗。俺、やっぱりお前と一緒にいたい。今はまだはっきりわからないけど、同じ気持ちになりたいって思う」
「響介はわがままだなあ」
「いいだろ。こんなこと言うのは結斗だけなんだから」
「いいよ。その代わり、同じ気持ちになりたいって言うなら手加減しないからね」
意地悪気に笑う結斗に、喜んでいる自分がいた。


