体育祭が終わって一週間、結斗とはほとんど話さなくなった。
たまにばったり会って「おはよ」と軽く挨拶を交わすくらい。
今まであれだけ一緒にいたのに、意識していないとこんなにもあっさり関わりがなくなるんだと思い知った。
正直いうと寂しい。
でもそれは俺の勝手なので言えない。
そして土曜日の今日、体育祭の打ち上げがある。
待ち合わせは十四時なのに、朝早くから目が覚めてソワソワしていた。
何度も服を着替えてみたり、髪型が変じゃないかチェックしたり。
学校以外でクラスメイトと会うなんて初めてだ。
ちゃんと話についていけるだろうかとか、変な空気にしないだろうかなんて不安になる。
こんなことばかり考えているから俺はコミュ障なんだろう。
それでも、一歩踏み出すと決めた。
結斗が戻ってきて、一緒にいてくれたおかげで学校生活が楽しくなった。
雰囲気が柔らかくなったと言われ、応援団長をお願いされて、クラスメイトへの誤解があったこともわかった。
せっかく体育祭で少し馴染めてきたのに、俺が変わらなければまた振り出しに戻ってしまう。
それではだめだ。
結斗にも上手くやっているところを見せたい。
よし、と気合いを入れて家を出た。
出たところでちょうど、結斗も家を出てきた。
目が合って、足が止まる。
「よ、よお」
「今から打ち上げ?」
「そう。結斗は?」
「出かけるだけだよ」
じゃあね、と言って結斗は歩いていってしまった。
ここで、駅まで一緒に行こうと言えないのは俺が臆病だから。
今までみたいに仲良くしたいけど、できないとはっきり言われてしまったから。
それ以上、俺から踏み出すことができない。
俺はいつもより狭い歩幅で駅まで歩いていく。
結斗はあっという間に見えなくなっていた。
駅に着くと、もう何人かクラスメイトが集まっていた。
こういう時、ボーっと立っているだけになりがちだ。
だけど石川がすぐに気付いて「一条くん」と声をかけてくれる。
「すぐそこのカラオケだから。中のフロントで待ってる子たちもいるよ」
何人かはもうすでに入っているらしく、石川は俺が来るのを待ってくれていたそうだ。
本当いいやつだな。
横断歩道を渡って目の前のカラオケ店に入り、ほどなくしてパーティールームに案内された。
俺は石川に教えてもらってドリンクバーでコーラを入れて、部屋へと向かう。
扉を開けて部屋に入ると、薄暗いのに、煌びやかな空間に圧倒された。
入った順から適当に座り、タブレットを触りながらみんな各々何を歌おうかと話をしている。
経験したことのない状況にどうすればいいかわからず、隣の石川に耳打ちする。
「石川、俺カラオケ初めてなんだ」
「一条くん、カラオケ初めてなの?」
答えたのは、反対隣に座った山本だった。
「えっと……うん」
「カラオケ初体験かぁ。楽しもうね」
ニコッと笑いながらドリンクバーのコップを持ち上げる山本は、今初めて話したとは思えないほどフレンドリーだ。
体育祭の時に石川から聞いた話を思い出す。
確かに可愛い。モテるのも頷ける。
「一条くん、歌う?」
石川がタブレットを回してきた。
「いや、俺はいい」
この場に慣れるので精一杯で、歌うとか無理だ。
大人数でみんな適当にやってるし、歌わなくてもいいだろう。
そのままタブレットを山本に回す。すると山本も何も入れずに隣に回した。
「私も歌はそんなに得意じゃないんだ」
「そうなんだ」
「でも、こうやってみんなでワイワイするのは好き。あと今日は一条くんといっぱい話したいし」
「え、ああ……」
ずっと話したいと思っていたと言う山本は、カラオケの音で会話しにくいからとグッと近くに寄ってきた。
そんなに近づかなくても聞こえるだろう。
女子と話すのにこんな距離感で大丈夫なのか?
ずっと友達のいなかった俺にはわからない。
「石川から聞いたよ。お互いにいろいろ誤解してたみたいだね」
「誤解というかまあ、なるべくしたなったことというか」
「一条くんが良いなら私いっぱい話しかけてたのに。あと、応援団長かっこよかったよ」
「ありがとう……」
俺が一人が好きだと思って話しかけるのを遠慮していたらしい。
そんなは遠慮いらなかったのに。
でも、こんなふうにガツガツ来られるのはあんまり好きじゃないかもと思ってしまうのは、やっぱり俺がコミュ障だからなのだろうか。
「何の話してるの?」
その時、石川が山本のほうに顔をのぞかせて話に入ってきた。
「一条くんのこと誤解してたよねって話」
「それね! 本当にもっと早く声かけてれば良かったよね」
二人が俺を挟んで話を始めたところで、スッと立ち上がった。
「飲み物、取って来るわ」
特に返事を待つことなく、さっと部屋を出てドリンクバーコーナーへと向かう。
初めてのクラスメイトとの交流に、嬉しい反面すごく疲れる。
薄暗くてずっとガヤガヤしているカラオケという異質な空間も、俺にはハードルが高かったみたいだ。
ふう、と息を吐いて、ドリンクサーバーにコップを置く。
「私、ずっとお礼を言いたかったんだ」
すぐ後ろで声がして振り返る。
「山本……」
コップを持って後ろに立つ彼女は、部屋にいた時よりは落ち着いて見える。
「入学してすぐの時、付きまとわれてた先輩を追い払ってくれたでしょ?」
「そんなことも、あったな」
石川から聞いていなければ、なんのことかはわからなかっただろう。
「感謝してたの。ありがとう」
「いや、そんな改まってお礼言われることじゃないから」
「私、もっと一条くんと仲良くなりたいな」
可愛らしい笑顔で近づいてくる山本。
思わず後ずさるけど、ドリンクサーバーがあってほとんど距離を取れなかった。
それでもどんどん近づいてくる山本は、ぶつかる寸前で止まり、首を目一杯上げて俺の顔を見上げる。
「山本? 近くないか?」
「ねえ、今度二人で出かけない?」
俺の話を聞いてない。
この距離感といい、話を聞かないところといい、なんか結斗と似てる。
いや、結斗はもっとどこか魅惑的で、真っ直ぐなのに吸い込まれそうな瞳にドキドキして……。
ってなに考えてるんだ。
でも、そうだ。
結斗にはドキドキしていた。
距離感の問題で動悸がしているのだと思っていたけど、山本にはそういう情動は湧いてこないな。
俺なんかを遊びに誘ってくれることはありがたいけど、行く気にはなれない。
「ごめん、二人で出かけるのはちょっと」
「じゃさ、ダブルデートは? 真山くん彼女できたでしょ?」
突然聞かされた衝撃の事実に、思考が停止する。
「え……結斗に、彼女?」
たまにばったり会って「おはよ」と軽く挨拶を交わすくらい。
今まであれだけ一緒にいたのに、意識していないとこんなにもあっさり関わりがなくなるんだと思い知った。
正直いうと寂しい。
でもそれは俺の勝手なので言えない。
そして土曜日の今日、体育祭の打ち上げがある。
待ち合わせは十四時なのに、朝早くから目が覚めてソワソワしていた。
何度も服を着替えてみたり、髪型が変じゃないかチェックしたり。
学校以外でクラスメイトと会うなんて初めてだ。
ちゃんと話についていけるだろうかとか、変な空気にしないだろうかなんて不安になる。
こんなことばかり考えているから俺はコミュ障なんだろう。
それでも、一歩踏み出すと決めた。
結斗が戻ってきて、一緒にいてくれたおかげで学校生活が楽しくなった。
雰囲気が柔らかくなったと言われ、応援団長をお願いされて、クラスメイトへの誤解があったこともわかった。
せっかく体育祭で少し馴染めてきたのに、俺が変わらなければまた振り出しに戻ってしまう。
それではだめだ。
結斗にも上手くやっているところを見せたい。
よし、と気合いを入れて家を出た。
出たところでちょうど、結斗も家を出てきた。
目が合って、足が止まる。
「よ、よお」
「今から打ち上げ?」
「そう。結斗は?」
「出かけるだけだよ」
じゃあね、と言って結斗は歩いていってしまった。
ここで、駅まで一緒に行こうと言えないのは俺が臆病だから。
今までみたいに仲良くしたいけど、できないとはっきり言われてしまったから。
それ以上、俺から踏み出すことができない。
俺はいつもより狭い歩幅で駅まで歩いていく。
結斗はあっという間に見えなくなっていた。
駅に着くと、もう何人かクラスメイトが集まっていた。
こういう時、ボーっと立っているだけになりがちだ。
だけど石川がすぐに気付いて「一条くん」と声をかけてくれる。
「すぐそこのカラオケだから。中のフロントで待ってる子たちもいるよ」
何人かはもうすでに入っているらしく、石川は俺が来るのを待ってくれていたそうだ。
本当いいやつだな。
横断歩道を渡って目の前のカラオケ店に入り、ほどなくしてパーティールームに案内された。
俺は石川に教えてもらってドリンクバーでコーラを入れて、部屋へと向かう。
扉を開けて部屋に入ると、薄暗いのに、煌びやかな空間に圧倒された。
入った順から適当に座り、タブレットを触りながらみんな各々何を歌おうかと話をしている。
経験したことのない状況にどうすればいいかわからず、隣の石川に耳打ちする。
「石川、俺カラオケ初めてなんだ」
「一条くん、カラオケ初めてなの?」
答えたのは、反対隣に座った山本だった。
「えっと……うん」
「カラオケ初体験かぁ。楽しもうね」
ニコッと笑いながらドリンクバーのコップを持ち上げる山本は、今初めて話したとは思えないほどフレンドリーだ。
体育祭の時に石川から聞いた話を思い出す。
確かに可愛い。モテるのも頷ける。
「一条くん、歌う?」
石川がタブレットを回してきた。
「いや、俺はいい」
この場に慣れるので精一杯で、歌うとか無理だ。
大人数でみんな適当にやってるし、歌わなくてもいいだろう。
そのままタブレットを山本に回す。すると山本も何も入れずに隣に回した。
「私も歌はそんなに得意じゃないんだ」
「そうなんだ」
「でも、こうやってみんなでワイワイするのは好き。あと今日は一条くんといっぱい話したいし」
「え、ああ……」
ずっと話したいと思っていたと言う山本は、カラオケの音で会話しにくいからとグッと近くに寄ってきた。
そんなに近づかなくても聞こえるだろう。
女子と話すのにこんな距離感で大丈夫なのか?
ずっと友達のいなかった俺にはわからない。
「石川から聞いたよ。お互いにいろいろ誤解してたみたいだね」
「誤解というかまあ、なるべくしたなったことというか」
「一条くんが良いなら私いっぱい話しかけてたのに。あと、応援団長かっこよかったよ」
「ありがとう……」
俺が一人が好きだと思って話しかけるのを遠慮していたらしい。
そんなは遠慮いらなかったのに。
でも、こんなふうにガツガツ来られるのはあんまり好きじゃないかもと思ってしまうのは、やっぱり俺がコミュ障だからなのだろうか。
「何の話してるの?」
その時、石川が山本のほうに顔をのぞかせて話に入ってきた。
「一条くんのこと誤解してたよねって話」
「それね! 本当にもっと早く声かけてれば良かったよね」
二人が俺を挟んで話を始めたところで、スッと立ち上がった。
「飲み物、取って来るわ」
特に返事を待つことなく、さっと部屋を出てドリンクバーコーナーへと向かう。
初めてのクラスメイトとの交流に、嬉しい反面すごく疲れる。
薄暗くてずっとガヤガヤしているカラオケという異質な空間も、俺にはハードルが高かったみたいだ。
ふう、と息を吐いて、ドリンクサーバーにコップを置く。
「私、ずっとお礼を言いたかったんだ」
すぐ後ろで声がして振り返る。
「山本……」
コップを持って後ろに立つ彼女は、部屋にいた時よりは落ち着いて見える。
「入学してすぐの時、付きまとわれてた先輩を追い払ってくれたでしょ?」
「そんなことも、あったな」
石川から聞いていなければ、なんのことかはわからなかっただろう。
「感謝してたの。ありがとう」
「いや、そんな改まってお礼言われることじゃないから」
「私、もっと一条くんと仲良くなりたいな」
可愛らしい笑顔で近づいてくる山本。
思わず後ずさるけど、ドリンクサーバーがあってほとんど距離を取れなかった。
それでもどんどん近づいてくる山本は、ぶつかる寸前で止まり、首を目一杯上げて俺の顔を見上げる。
「山本? 近くないか?」
「ねえ、今度二人で出かけない?」
俺の話を聞いてない。
この距離感といい、話を聞かないところといい、なんか結斗と似てる。
いや、結斗はもっとどこか魅惑的で、真っ直ぐなのに吸い込まれそうな瞳にドキドキして……。
ってなに考えてるんだ。
でも、そうだ。
結斗にはドキドキしていた。
距離感の問題で動悸がしているのだと思っていたけど、山本にはそういう情動は湧いてこないな。
俺なんかを遊びに誘ってくれることはありがたいけど、行く気にはなれない。
「ごめん、二人で出かけるのはちょっと」
「じゃさ、ダブルデートは? 真山くん彼女できたでしょ?」
突然聞かされた衝撃の事実に、思考が停止する。
「え……結斗に、彼女?」


