俺は今、いつになくソワソワしていた。
それは、初恋の相手『ユイちゃん』が十年振りに帰ってくるから。
生まれてから幼稚園を卒園するまでの六年間隣の家に住んでいた幼馴染のユイちゃん。
小学校に上がるタイミングで親の転勤により引っ越してしまったが今日、ずっと空き家になっていた隣の家に帰ってくるのだ。
しかしなぜこんなにもソワソワしているのかと言うと、ただ初恋の相手が帰ってくるからというわけではない。
あの日、交わした約束。
ユイちゃんは覚えているだろうか。
『おれ、ユイちゃんがすき』
『ユイも、きょーくんがすきだよ』
『大きくなったらユイちゃんのことむかえに行くから、けっこんしような』
『うれしい。待ってるね』
幼稚園の頃の口約束なんてあってないようなもの。
だけど俺は今でもユイちゃんのことを考えない日はない。
まさか帰ってくるとは思っていなかった。
高校生になった彼女はどんな女の子になっているだろう。
少し色素の薄いサラサラのボブカットだった髪は、伸びているのだろうか。
身長はどれくらいだろう。
俺のこと、覚えているだろうか。
あの、約束のことは……。
部屋の窓から、隣の真山家を覗く。
するとちょうど、庭の駐車場に白のミニバンが停まり運転席と助手席から中年夫婦が降りて来た。
おじさんとおばさん、あんまり変わらないな。
二人とも相変わらずシュッとしていてデキる会社員て雰囲気だ。
じっと見ていると、後ろのスライドドアも開いた。
ユイちゃんが降りてくる。
その瞬間急にドキドキして、思わずカーテンを閉めた。
鳴り止まない心臓を落ち着かせるために、ベッドへ仰向けに倒れ込む。
その後すぐにトラックが停まる音がした。
引っ越し業者の大きな声が聞こえてくる。
まあ、こんな覗くようなことしなくても同じ高校に転校してくるって母さんが言ってたし、これからいくらでも話す機会はある。
引っ越しの騒がしい音に意識を引かれながらも、そのまま部屋で一日を過ごした。
翌日、朝食を食べているとキッチンから母さんがそうそう、と声をかけてきた。
返事代わりに視線を向ける。
「ユイちゃん、高校までの道わからないらしいから響介一緒に行ってあげてね」
「え?!」
「いいでしょ。あんたたち仲いいじゃない」
仲が良いと言ったって、幼稚園の頃の話だしもう十年会ってない。
もちろん仲良くするつもりではあるけど、まだ心の準備ができてないのに。
でも断るなんて非情なことはしない。
俺は急いで朝食を食べ、いつもより念入りに髪のセットをして、いつもより早く家を出た。
そして隣の家の門の前に立つ。
予想外のタイミングの再会に、異様な緊張感がただよう。
会ったらまずなんて声をかけよう。
おはよう?
久しぶり?
元気だった?
ありきたりな言葉しか浮かばない。
そもそも俺のことを覚えているのだろうか。
いやさすがに覚えてはいるか。
だったらもっと気の利いたこと言った方がいいよな。
大きくなったね?
いや親戚のおじさんかよ。
制服似合ってる?
いやまだ見てないし。
でも、きっとうちの高校の制服に合うだろうな。
紺色のブレザーに赤いリボン、深い緑色のチェックのスカート。
うん、絶対に可愛い。
なんていろいろ考えていると、真山家の玄関のドアが開いた。
少し前屈みで、ゆっくりと出てくる。
色素の薄いサラサラの髪。
想像に反してショートカットだ。
でも、センターで分けられた前髪からのぞく肌は相変わらず白くて、長い睫毛がよく映える。
やっぱり、可愛い――
あれ、制服……スカートじゃない。ズボンだ。
男の子? ユイちゃんて兄弟いたっけ?
「あ、きょーくん!」
可愛らしい彼は俺を視界にとらえると、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「えっと……」
「もう、僕のこと忘れたの? ユイだよ。真山結斗」
結斗? ゆいと? ユイ、ちゃん? 男?
「うそだ……」
「うそってひどいなぁ。僕はきょーくんのこと一日だって忘れたことなかったのに」
上目遣いで見上げてくる表情は、たしかにユイちゃんだった。
それは、初恋の相手『ユイちゃん』が十年振りに帰ってくるから。
生まれてから幼稚園を卒園するまでの六年間隣の家に住んでいた幼馴染のユイちゃん。
小学校に上がるタイミングで親の転勤により引っ越してしまったが今日、ずっと空き家になっていた隣の家に帰ってくるのだ。
しかしなぜこんなにもソワソワしているのかと言うと、ただ初恋の相手が帰ってくるからというわけではない。
あの日、交わした約束。
ユイちゃんは覚えているだろうか。
『おれ、ユイちゃんがすき』
『ユイも、きょーくんがすきだよ』
『大きくなったらユイちゃんのことむかえに行くから、けっこんしような』
『うれしい。待ってるね』
幼稚園の頃の口約束なんてあってないようなもの。
だけど俺は今でもユイちゃんのことを考えない日はない。
まさか帰ってくるとは思っていなかった。
高校生になった彼女はどんな女の子になっているだろう。
少し色素の薄いサラサラのボブカットだった髪は、伸びているのだろうか。
身長はどれくらいだろう。
俺のこと、覚えているだろうか。
あの、約束のことは……。
部屋の窓から、隣の真山家を覗く。
するとちょうど、庭の駐車場に白のミニバンが停まり運転席と助手席から中年夫婦が降りて来た。
おじさんとおばさん、あんまり変わらないな。
二人とも相変わらずシュッとしていてデキる会社員て雰囲気だ。
じっと見ていると、後ろのスライドドアも開いた。
ユイちゃんが降りてくる。
その瞬間急にドキドキして、思わずカーテンを閉めた。
鳴り止まない心臓を落ち着かせるために、ベッドへ仰向けに倒れ込む。
その後すぐにトラックが停まる音がした。
引っ越し業者の大きな声が聞こえてくる。
まあ、こんな覗くようなことしなくても同じ高校に転校してくるって母さんが言ってたし、これからいくらでも話す機会はある。
引っ越しの騒がしい音に意識を引かれながらも、そのまま部屋で一日を過ごした。
翌日、朝食を食べているとキッチンから母さんがそうそう、と声をかけてきた。
返事代わりに視線を向ける。
「ユイちゃん、高校までの道わからないらしいから響介一緒に行ってあげてね」
「え?!」
「いいでしょ。あんたたち仲いいじゃない」
仲が良いと言ったって、幼稚園の頃の話だしもう十年会ってない。
もちろん仲良くするつもりではあるけど、まだ心の準備ができてないのに。
でも断るなんて非情なことはしない。
俺は急いで朝食を食べ、いつもより念入りに髪のセットをして、いつもより早く家を出た。
そして隣の家の門の前に立つ。
予想外のタイミングの再会に、異様な緊張感がただよう。
会ったらまずなんて声をかけよう。
おはよう?
久しぶり?
元気だった?
ありきたりな言葉しか浮かばない。
そもそも俺のことを覚えているのだろうか。
いやさすがに覚えてはいるか。
だったらもっと気の利いたこと言った方がいいよな。
大きくなったね?
いや親戚のおじさんかよ。
制服似合ってる?
いやまだ見てないし。
でも、きっとうちの高校の制服に合うだろうな。
紺色のブレザーに赤いリボン、深い緑色のチェックのスカート。
うん、絶対に可愛い。
なんていろいろ考えていると、真山家の玄関のドアが開いた。
少し前屈みで、ゆっくりと出てくる。
色素の薄いサラサラの髪。
想像に反してショートカットだ。
でも、センターで分けられた前髪からのぞく肌は相変わらず白くて、長い睫毛がよく映える。
やっぱり、可愛い――
あれ、制服……スカートじゃない。ズボンだ。
男の子? ユイちゃんて兄弟いたっけ?
「あ、きょーくん!」
可愛らしい彼は俺を視界にとらえると、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「えっと……」
「もう、僕のこと忘れたの? ユイだよ。真山結斗」
結斗? ゆいと? ユイ、ちゃん? 男?
「うそだ……」
「うそってひどいなぁ。僕はきょーくんのこと一日だって忘れたことなかったのに」
上目遣いで見上げてくる表情は、たしかにユイちゃんだった。


