③
翌水曜日の朝。
「おはよ。今日俺、当番だわ。ちょい遅れるけど行くから、チャリ置きで。一階の自販機の前でもいいよ」
「チャリ置きにいるよ。待っているね」
今日は廊下で少し話している。学校で話すのも普通になってきた。まだ暑さが残る気候が嬉しい。
「ガッチャン、おっはよ~」
「おはよ」
和田君の男友達が数人近くに来る。こんな時の対応にもう慣れた。和田君といると必ず人が寄ってくるのだ。僕には彼らの気持ちが分かる。和田君は人を否定しないから居心地がいい。他の人が来たら僕はいつもスっと去るようにしている。
「あれ、なんか意外。影山ってスゲー顔綺麗じゃん」
――え? 僕?
びっくりして振り返った。廊下の窓のところにいたから、前髪が全開になっていた。慌てて髪を戻すが、男子数人に「本当だ」「美少女だ」と顔をのぞかれる。人に囲まれている。緊張で手が震えた。
「だろ。いっつも下向いてるから分からんよな。でも、実はアイドル並み」
和田君が自慢げに話す。さりげなく横に来てくれる。僕は幼い顔だと自分でも思うけれど、注目するほどじゃない。
「ガッチャン隠してたな~」
「お前だけいつも楽しんでたのか!」
「ばれたか~」
大きな男子軍団が頭の上で会話を飛ばす。僕が立っていても目線が合わない人たちだ。圧が凄いし、陽キャは苦手なのだ。早く席に戻りたい。
「女子の制服着てくれ!」
ギョっとする事も言われるが、適当に和田君が対応してくれた。いつの間にか僕を隠すように目の前に和田君が立っている。和田君にくしゃくしゃっと前髪を戻され解放された。
席に着けばホームルームが始まる時間だった。和田君とは一緒に居たいけど、賑やかな集団は怖い。
二時間目の休み時間。
「影山、これ女子からもらったぜ」
朝に話しかけてきた男子二人が僕の近くに来た。急な事に驚いて僕は身動きできない。
有無を言わさず顔を固定されて、前髪がピンで留められる。視界が開ける。混乱で何が起きているのか理解できない。心臓がドクドクして何も言えない。身体が動かない。
「はい、注目~! 美少女発見で~す」
椅子から立たされて、みんなの視線を浴びる。何が起こっている? 頭がグラグラする。
「え~? うっそ、可愛い~!」
「まじかよ」
「スカートはいてくれ!」
色々な声が飛んでいる。怖くて膝がガクガクした。
「目の保養だわ。今日は前髪このままな」
もう授業が始まる。逆らうこともできず、そのまま椅子に座った。
「やばい、ぎりぎり!」
別の友達と教室に戻ってきた和田君の声が僕に届く。
縋るように見てしまった。和田君と目が合う。直ぐに和田君は笑顔を止めて、目を見開いた。
先生が来て、授業が始まった。僕は過度の緊張で呼吸が苦しかった。
次の休み時間。
「影山、どうした?」
直ぐに和田君が声をかけて来た。何と言っていいのか分からず、下を向いたまま手が震える。前髪が留められていて、下を向いても視界が開けたままだ。辛い。
「ガッチャン、いいでしょ。女子からピン貰ったわ。この顔は眺めたいでしょ~」
さっきの二人が近くに来た。
「影山が自分でやったんじゃないんだな。じゃ、外していい?」
そっとピンが外される。慣れた大きな手にほっとする。髪が少し引っ張られて痛い。目に涙が滲むが、前髪が戻ってきて上手く隠れる。安心して一息をついた。
「お前ら、ちゃんと影山の許可とったのかよ?」
「いや、でも拒否しなかったって」
「拒否しないことと、同意を得ることは違うだろ?」
「綺麗なんだから、いいじゃんかよ。」
もう一人がうんうん、と頷いている。
「じゃ、俺はお前のチンコ立派だなって思ったら同意とらずにクラスに晒していいわけ?」
「げ、ガッチャンが下ネタ言う~」
「ふざけてるワケじゃないよ。他人がイイと思っても、本人が良いと思わないとやっちゃダメだろ? 極端だけど、そう言うこと」
「まぁ、そりゃ、分からなくもないか。う~ん、俺のチンコは立派だが」
そこはどうでもいい、と笑ったあと、二人が顔を見合わせて、少し考えている。
一人が僕のほうに向いた。
「影山、悪かったな。ちょっと調子乗ったわ。ただ、お前の顔は可愛いぞ」
「うん、女子なら惚れてる」
「つーか、時々拝ませて。それならいいっしょ?」
「影山、大丈夫?」
和田君に聞かれる。この二人は賑やかだけれど意地悪な人たちじゃない。僕は和田君に向かってコクっと頷いた。
「……ガッチャン、いいな。小動物、手懐けてるみたい」
ぽつりと一人が言う。
「影山、俺らとも仲良くしようぜ」
急な展開にビックリして顔を上げた。初めてそんなこと言われた。
――僕と、仲良く? いいのかな?
顔が熱を持つ。反射的にコクコクと頷いた。さっきまでの嫌な気持ちが、嬉しいものに一転する。
そんな僕を和田君が見つめていた。


