少年エレジー

 高梨さんは、いなくなった事を惜しむように瞳を翳らせいる。

「中三の夏、学校の通学路に露出狂の中年がいたの。その時、白石君、スーッと近寄っていって痴漢に駄目ですよって静かに注意してたの。あれには驚いたな……。他の男子は見て見ぬフリしてたんたよ」

 オレは誇らしくなった。あいつは、いざとなると、正しい行動を取ることが出来る奴なのだ。

「あたし、白石君に本を貸してあげるって約束していたの……」

「えっ? そんなに仲が良かったのか?」

「ううん。仲がいいっていうか、去年、中学で図書委員を一緒にしていたの。すごく話しやすかった。お互いの本の趣味も似ていたの。あたしの祖父の蔵書を貸してあけるって約束したのに果たせてなくて。それが心残りなの。絶版になっている古い児童書なんだけどね……」

「オレ、白石の居場所が分かったら、真っ先に高梨さんに知らせるよ」

「うん、ありがとう」

 高梨さんの頬にパーッと輝きが宿っている。これは恋する乙女の表情だ。白石がここにいたら二人は恋人同士になっていたかもしれない。それなのに白石はいない。

 その翌日のお昼休みの事だった。白石の居場所を言えと後藤が迫ってきた。いつものように知らないと答えると腹部を殴られたのである。

 オレが軽く呻いていると高梨さんが割って入ってきた。高梨さんはオレを庇うようにして両手を広げている。

「後藤君、やめなさいよ。そこで何をしているのよ!」

 後藤は、チッと舌打ちしながらも黙り込む。大物政治家を家族に持つ高梨さんには逆らえないらしい。不満を呑み込むような苦い顔つきのまま顔を逸らした。

「別に……、何もしてねぇよ」

 それだけ言うと後藤は立ち去っていった。オレが高梨さんに礼を言うと、まるで少年剣士のようにキリッとした眼差しを向けた。

「ねぇ、泣き寝入りしちゃ駄目だよ。二度と殴られないように葭原君も自分の口から担任の先生に言うんだよ」

「言っても無駄だよ……。後藤の親父に揉み消されるだけだよ。この街では、後藤の一族は王様なんだ」

「何もやらないうちに諦めるなんて葭原君って弱虫なんだね。後藤君をやっつけたら、もしかしたら、白石君も戻ってくるかもしれないんだよ」

「えっ」

 白石が帰れるように出来るのなら、どんな強敵にも立ち向かう価値はありそうだ。

「……分ったよ」

 最初は、担任に言ったところで効果はないと思っていた。しかし、意外なことに担任は真剣に聞いてくれたのだ。

「そうか。そんな事があったのか。だから、君の体に痣があったんだね。ずっと気になっていたんだ。告白してくれてありがとう。後藤の暴力に関しては他の子からも聞いている」

 思いがけない展開だった。