「おまえの巻き添えを喰らうじぃさんは、これから大学生の孫娘のバレエの発表会に見に行くところだったんだぜぇ。じぃさん、体調を整えて楽しみにしていた。それなのに、肉片にまみれて倒れるんだぜ。葬式に駆けつけた孫娘は、おまえを怨むんだぜ。おまえって、ほーんと迷惑な奴だな」
「そ、それなら、母さんが仕事している時やるよ。第三者がいない風呂場で手首を切って死ねばいいんじゃないのか?」
別に何が何でも死にたいという訳ではないのだが、こいつに逆らいたくなってきた。自宅の風呂場がピッタリじゃないかと思っていると、狐は唇を歪めた。
「馬鹿な奴だな。ようく見ろよ」
トンッ。軽やかに宙がえりをすると、またしても不思議な光景が目の前に現れた。
うわっ。水面が緋色じゃないか。今にも死にそうなオレがダランと湯に浸っている。手首を切ったらこうなるのだ。
おぞましい赤い湯だまりを指さしたまま狐が振り向いてニッと嗤っている。
「いいかい、こういう時に限って、おまえの父方のばぁちゃんがひょっこりと来るんだよなぁ。合鍵を持ってるからな勝手に入って来て、おまえの遺体を見つけて悲鳴を上げるのさ」
オレを救おうと慌てて風呂場に踏み込んでくる。しかし。ヌルッと脚を滑らせて祖母は頭を打った。引っくり返った亀みたいな恰好で後頭部を打ち付けた。鮮血がダラリと排水溝へと流れていく。湯船の水で薄められたオレの血と祖母の濃い血が混ざり合って排水溝を彩っている。
すごい形相のまま祖母は死んでいることに衝撃を受けたオレは、たまらなくなって叫ぶ。
「ばぁちゃん! おい、しっかりしてくれよ!」
浴室を染める赤い血と二つの死体。直視した途端に祖母を亡くした哀しみで胸が塞がった。
オレが自殺するのは構わないが祖母を巻き添えにしたくない。目の前で繰り広げられた悪夢を追い払うように目をギュッと瞑る。やめてくれ。つーか、やめろ。バクバクッ。動揺が止まらない。心の中がザーザーと音を立てて歪んでいる。
祖母は、週に一度、遠い街から電車を乗り継いで我が家にきてくれる。保冷材入りの大きな袋に色々なおかずを詰めて御馳走してくれる。
「ばぁちゃん、ごめんな。ごめんな。マジでごめん」
思わず、幻影に対して謝っていた。つまり、自殺するなという事だな。ああ、そういうことなのか。ストンと胸に落ちるように悟った時、目の前の景色が元に戻った。
本物のオレは布団に横たわっている。狐は、モフモフの尻尾を振りながら言う。
『いいか、分ったな。恐ろしい呪いがかかってることを忘れるなよ。キキキッーー。おいらは、ちゃんと神様のお告げを運んでやったんだ。祠に、お供えをしてくれ。おいら、甘い饅頭が大好物だぞ。キキキッ。餡子がたっぷり入っていると嬉しいぜ。キキキキッ』
「そ、それなら、母さんが仕事している時やるよ。第三者がいない風呂場で手首を切って死ねばいいんじゃないのか?」
別に何が何でも死にたいという訳ではないのだが、こいつに逆らいたくなってきた。自宅の風呂場がピッタリじゃないかと思っていると、狐は唇を歪めた。
「馬鹿な奴だな。ようく見ろよ」
トンッ。軽やかに宙がえりをすると、またしても不思議な光景が目の前に現れた。
うわっ。水面が緋色じゃないか。今にも死にそうなオレがダランと湯に浸っている。手首を切ったらこうなるのだ。
おぞましい赤い湯だまりを指さしたまま狐が振り向いてニッと嗤っている。
「いいかい、こういう時に限って、おまえの父方のばぁちゃんがひょっこりと来るんだよなぁ。合鍵を持ってるからな勝手に入って来て、おまえの遺体を見つけて悲鳴を上げるのさ」
オレを救おうと慌てて風呂場に踏み込んでくる。しかし。ヌルッと脚を滑らせて祖母は頭を打った。引っくり返った亀みたいな恰好で後頭部を打ち付けた。鮮血がダラリと排水溝へと流れていく。湯船の水で薄められたオレの血と祖母の濃い血が混ざり合って排水溝を彩っている。
すごい形相のまま祖母は死んでいることに衝撃を受けたオレは、たまらなくなって叫ぶ。
「ばぁちゃん! おい、しっかりしてくれよ!」
浴室を染める赤い血と二つの死体。直視した途端に祖母を亡くした哀しみで胸が塞がった。
オレが自殺するのは構わないが祖母を巻き添えにしたくない。目の前で繰り広げられた悪夢を追い払うように目をギュッと瞑る。やめてくれ。つーか、やめろ。バクバクッ。動揺が止まらない。心の中がザーザーと音を立てて歪んでいる。
祖母は、週に一度、遠い街から電車を乗り継いで我が家にきてくれる。保冷材入りの大きな袋に色々なおかずを詰めて御馳走してくれる。
「ばぁちゃん、ごめんな。ごめんな。マジでごめん」
思わず、幻影に対して謝っていた。つまり、自殺するなという事だな。ああ、そういうことなのか。ストンと胸に落ちるように悟った時、目の前の景色が元に戻った。
本物のオレは布団に横たわっている。狐は、モフモフの尻尾を振りながら言う。
『いいか、分ったな。恐ろしい呪いがかかってることを忘れるなよ。キキキッーー。おいらは、ちゃんと神様のお告げを運んでやったんだ。祠に、お供えをしてくれ。おいら、甘い饅頭が大好物だぞ。キキキッ。餡子がたっぷり入っていると嬉しいぜ。キキキキッ』
