少年エレジー

 時刻は夕刻の六時を過ぎている。痛みと屈辱に打ちひしがれたまま、一重の目尻に苦い涙を浮かべる。

 オレの父親は五年前に大腸癌で他界している。母がパートで働いて家計を支えている。後藤の父親が経営している会社の経理をしている。だから、母には知られたくない。

 白石の事が気になっており、最近のオレは勉強に身が入らない。

 後藤にターゲットにされたオレは神様にすがりたい気持ちになっていた。小さな神社へと向かった。ここは宮司なんていない。寂れた神社だ。何を祀っているのかもオレは知らないが、子供の頃、よくここで遊んだ。

 御賽銭箱に小銭を入れると綱を引いて鈴を鳴らした。神妙な顔のまま両手を合わせた。

「神様、何とかして下さい」

 母は、オレを東京の大学に進学させようとして必死になって働いている。獣医学部に入りたい。獣医になりたいのではない。検疫所や製薬会社などで働きたいのだ。

 オレは、明るくて悩み事なんてなさそうだと言われているので、惨めな顔を近所の人にも見られたくなかった。木々に囲まれた境内でワーッと叫ぶと、あんなにも高ぶっていた気持ちが少しずつ収まってきた。

 やばい。ポツポツと雨が降り出してきた。慌てて走り出そうとするが、足がもつれてしまう。殴られたせいだ。胸が軋む。息するのも苦しい。まるで悪夢の中を進んでいるような気分だった。神社から自宅までは徒歩で十分足らず。

「ただいま……」

 グラリッと視界が歪む。午後七時五十分。冷蔵庫を開けるとハンバーグと温野菜か載せられた皿が入っていた。いつもなら、レンジで暖めて食べるのだが食欲がなかった。冷蔵庫のホワイトボードに伝言を記す。

『風邪ひいたみたいだから飯はいらない。先に寝る。おやすみ』

 喉の奥が棘を飲み込んだようにピリピリする。

「やべ……。熱あるかも……」

 喉が渇いている。寝る前にお茶を飲みたいけど無理だ。そのまま気絶するように眠りに落ちていたのだが……。

                ☆

 キキキキッ。薄暗い部屋の片隅から甲高い声が響いている。キキキキッ。不思議な鳴き声の後、聞きなれない少年の声が聞こえてきた。

「おい、和哉、起きろよ。おいら、神様の使いで来てやったぜーー。キキキッ」

 ひっと叫びそうになる。夏のお祭りでみかける狐のお面をかぶった子供がそこに立っていたからだ。

 灰色の着物姿の九歳ぐらいの男の子がツツッと跳ねるような足取りで近寄ってきたかと思うと、顔をひきつらせているオレを見下ろしながら告げた。

「いいか。よく聞けよ。神様のお告げだ。おまえは何があっても生きろ」

 幻覚を見ているのかもしれない。無視しよう。寝返りをうち背を向ける。

「おいおい、おいらを無視するなよ」

 キリキリした声で焦れたように床を踏み鳴らしている。