転生貴族、天空城を手に入れる~地上に居場所のない人たちを助けていたら、いつの間にか空飛ぶ最強国家になっていました~

いくつもの街や村を経由しながらひたすら西に進み続けること二週間。
僕とミナリスはエルディア公爵領の最西端である魔の森にたどり着いた。
「ここが魔の森か……」
「魔力がかなり濃いですね」
僕らの眼前に広がっているのは、通常の森とは明らかに違う光景だ。
木々はどれも巨木で幹はねじれ、枝葉は濃過ぎるほどに生い茂っている。
まるで鬱蒼とした木々のカーテンが目の前に立ちはだかっているような印象だった。
おそらくこの森に漂っている濃厚な魔力が原因だろう。
魔物たちから発せられる魔力が植物を変質させているに違いない。
異様な雰囲気に足が竦む。だって明らかに危険な場所だ。何も用事がなければ入りたくはない。
しかし、魔の森の開拓を命じられている以上、中に入らなければいけない。
「……とりあえず、中に入ってみようか」
「そうですね」
僕とミナリスは魔の森へと足を踏み入れた。
森の中は昼間であっても薄暗かった。
光源といえば、枝葉の隙間から僅かな差し込む陽光くらいのものだ。
森の奥はなおも暗く、何かの拍子に魔物が飛び出してきそうな気配がプンプンとしている。
先頭を歩いているミナリスは森に入ってからずっと真剣な表情をしている。
頭の上に生えている長い耳がしきりに動いていることから周囲の情報をしきりに探っていることが窺えた。
「……どう? 魔物とかいない?」
ミナリスの音による索敵の邪魔にならないように小声で尋ねる。
「……今のところ半径五十メートル以内に脅威となるような気配はありません」
ぴくりと耳を動かしながら答えてくれるミナリス。
アンテナのように動く長い耳がとても可愛い。
って、いけないいけない。ここは魔の森というとても危険な場所なんだ。そのような緩んだ気持ちでいては足元をすくわれるだろう。しっかりを気を引き締めないと。
ミナリスの聴覚を頼りに僕たちは魔の森をひたすらに突き進んでいく。
いくら進んでも同じような景色ばかりに広がっているせいで、少しでも方角を見失ってしまえばあっという間に遭難してしまいそうだ。
一体、どこまで進めばいいのだろう? ミナリスのお陰で魔物との接敵は回避できているが、緊張を強いられた状態でずっと森の中を進み続けるのは辛いものだ。
精神的な疲労を感じ始めた頃、前を歩いていたミナリスの耳がぴくりと震えた。
「どうしたの?」
「この先に湖があるようです」
「本当!?」
「はい。そこで休憩をしましょう」
ミナリスの提案に僕は異論なく頷いた。
休憩をとれることも嬉しいが、それ以上に鬱蒼とした森以外の光景があるというのが嬉しかった。
というか魔の森でも湖はあるんだね。
僕とミナリスは速足で森の中を進んでいくと、程なくして湖へと差し掛かった。
鬱蒼とした木々ばかり広がっていたのが嘘のようである。
それにしても大きな湖である。公爵家の敷地よりも広いんじゃないだろうか?
屈み込んで水面を覗き込んでいると、不意に水面が弾け飛んだ。
「ノエル様!」
鋭い水飛沫と共に巨大な顎が迫ってくる。
顎には鋭い牙がびっしりと生えており、それらが僕の柔肌に突き立てんとばかりに襲ってくる。
しかし、その前に黒い影が飛び込んできた。
ミナリスだ。
「させません!」
勇ましい声と共にミナリスの左足が顎の横側を見事に捉えた。
轟音が響き、水面より顎の主の体が持ち上がった。
湖の底に潜んでいたのは紫色の鱗に覆われた大きな鰐だった。
大きな鰐は水面を何度もバウンドしながら水面を転がり、五十メートルくらい先のところでようやく沈んだ。
「ノエル様、お怪我はありませんか?」
「う、うん、ミナリスのお陰で助かったよ」
「水中にはどのような魔物が潜んでいるかわかりません。あまり無暗に覗き込まない方がいいでしょう」
「そうみたいだね。ごめん」
ここまで一切魔物と遭遇することがなかったせいで気が緩んでいた。
ここは人間が支配している領域ではなく、危険な魔物が跋扈する魔の森なんだ。少しでも油断しちゃいけないんだ。
「それよりミナリスは大丈夫? さっきの魔物、かなり大きかったけど?」
確か鰐の平均体重は百八十キロ近くだ。
さっき襲いかかってきたのは通常の鰐よりも遥かに大きい。おそらく三百キロくらいあるんじゃないだろうか? そんな魔物を蹴って彼女の足は平気なのだろうか?
「兎人族は脚力が強いので。あれくらいでしたら問題ありません」
「そ、そうなんだ」
自らの足を誇るように見せてくるミナリスに僕は頷くことしかできなかった。
兎人族って、獣人族の中でもとんでもない種族なのかもしれない。
彼女とだけは絶対に喧嘩しないようにしよう。
「……あれ? あそこに城のようなものが見える」
心の中でそんな誓いを立てていると、ミナリスの背後に見える山の稜線に城のようなものがぼんやりと見えた。
僕が指さすと、ミナリスが慌てて振り返った。
「……本当ですね。確かに古い城のようなものが見えます。ですが、どうして……?」
古城のようなものを目にしてミナリスも戸惑いを露わにしていた。
「公爵家が魔の森にお城を建てたなんてことはないよね?」
「ええ、ないですね。そもそもこんな場所にお城を建てられるのなら開拓はかなり進んでいないとおかしいですし……」
強力な魔物が跋扈する魔の森だ。城を建てるには容易ではないだろう。
「かといってエルディア公爵家がここに住んでいたって話も聞いたことがないね」
文献によると、エルディア公爵家は元々領地を持たない貴族だった。
王都にある屋敷から王城へと出仕し、そこから武功を立てることで国王から今の領地を賜った。
このような辺境の地に城を建てて、一族の歴史が始まったなんてことは記されていない。
「ええ、私もそのような話は聞いた覚えがありません」
僕よりも年上で長年諜報活動をしていたミナリスでさえも知らないということは、本当に公爵家とは関係がないことなのだろう。
「……あの古城が気になるね」
「そうですね。どうしてこのような場所に古城があるのか……」
「もしかすると、公爵家が把握していないだけで誰かが住んでいるのかもしれない」
「上手くいけば、ノエル様の領民として迎えることができるかもしれません」
誰かが住んでいるのであれば、仲良くなって魔の森を開拓に協力してもらいたいものだ。
僕とミナリスだけではできることに限りがあるからね。
「仮に誰もいなかったとしてもノエル様の城として活用できるでしょう」
あの大きさの城にたった二人で住むのは、ちょっと不便そうだけど一から拠点となる建物を作る必要がないというのは魅力的だな。
放り出された僕たちには家のひとつもない。雨風をしのげる場所を確保できるだけでもありがたいものだ。
もし住み心地が悪かった時は城から素材を拝借し、別の場所に家を建てればいい。
僕には工学魔法があるからね。素材と魔力さえあれば、大抵のものは作ることができる。
「じゃあ、あの古城を調査しよう!」
「賛成です」
僕たちは人材発掘と拠点確保を兼ねて、視界の彼方にある古城の調査に向かうことにした。



湖から森の中を突っ切って歩くこと三時間。
途中で嗅覚が敏感な魔物に襲われることもあったが、ミナリスが見事に撃退してくれたので僕は無事に目的地にたどり着いた。
鬱蒼とした森を抜けると、そこには時を忘れたように石造りの古城が姿を現す。
「……大きな城だ」
「ええ、それにかなり古いです」
近くで見上げると、かなりの大きさを誇る城だった。
エルドの街にあるエルディア公爵家のお城よりも何倍も大きい。
灰色の城壁は苔に覆われており、ところどころ蔦が絡みついている。
足下には石畳の残骸が散らばり、草や樹木に呑み込まれていた。
十年や二十年じゃ効かない歳月の経過を感じる。様子を見る限り、この城はかなり昔に建てられたものなのだろう。
「ミナリス、周囲に人の気配は?」
尋ねると、ミナリスは両耳に手を当てて周囲の音を拾っていた。
「……今のところそれらしい気配はありません。古城の内部となると、もう少し入ってみないことには……」
「なら入ってみよう」
人が住んでいる可能性として高いのは古城の内部だ。だったら内部を調べないことには始まらない。
僕たちは歪んで開いたままになっている門扉を潜り、その奥に続いている回廊へ足を踏み入れた。
「あれ? 思ったよりも明るい?」
回廊内は真っ暗かと思われたが、意外なことに程々に明るさがあった。
「確かにそう言われれば、妙に回廊内が明るい気がします」
「あ、わかった。内壁に使われている石が光を発しているんだ。ほら、見て」
「本当ですね。微かに光を発しています」
崩れ落ちた石材を拾ってみると、ぼんやりと光っていることがわかった。
「多分、大気中にある魔力を吸収して、光に転換しているって感じかな?」
「……そのような性質を持った石材など聞いたことがありません」
ファンタジーな異世界ならそんな性質の石くらいあるだろうと思ってしまったが、ミナリスからすれば常識外れの素材らしい。
ひょっとすると、かなり稀少な素材なのかもしれない? 
「面白そうな素材だね。研究用にいくつか回収しておこう」
「ノエル様、あまり懐に入れますと身動きが取れなくなりますよ?」
せっせと素材を回収すると、僕の懐がパンパンになった。
もちろん、光るとはいえ石材なので重かった。
「……回収するのは後にするよ」
「それがよろしいかと思います」
僕は泣く泣く懐に入れた石材のほとんどを放出した。
少しだけ残したのは光源代わりに使わせてもらおう。
回廊を抜けると、僕たちは古城の広間らしい場所に到達した。
「わぁ、お城に内部になると、かなり広いね」
「ええ、想像以上の広さです」
天井は高く五メートル以上はある。一般的な小学校の運動場ぐらいの広さはありそうだ。
かつてはたくさんの人を招いて舞踏会なんかをやっていたのかもしれない。
しかし、今となってはそれらも台無しだ。
天井にはところどころ穴が空いており、そこから木々による枝葉が顔を出している。
床には敷かれているカーペットはボロボロだし、円卓は無造作に転がっており脚も折れていた。
シャンデリアらしき照明の残骸が落ちており、無慈悲な時間の経過を感じさせた。
素晴らしい内観をしているだけに勿体ないと思える。
「ミナリス、内部に人が住んでいるらしい形跡はある?」
「いえ、今のところは見つかりません」
広間の中を歩きながら尋ねてみると、ミナリスがゆっくりと首を横に振った。
僕たち以外に人がいるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いてやってきたが、どうやらここには誰も住んでいないのかもしれないな。
いや、まだ諦めるには早い。これだけ広い城なんだ。
人が住んでいれば、さらに奥にある場所に住んでいるに違いない。
見切りをつけるにはまだ早い。もう少しだけ捜索を続けてみよう。
「――ッ!」
「どうしたの、ミナリス?」
「……こちらに近づいてくる気配があります」
「え? もしかして人?」
もしかして、僕たちがやってきたことに気付いて、向こうから接触をしにきてくれた?
そんな僕の期待はミナリスの報告によって打ち砕かれる。
「いえ、この気配は魔物です!」
「ええ!?」
どうやら近づいてくるのは人間じゃなくて魔物らしい。
僕が驚きの声を上げるのと同時に広間の奥からつんざくような鳴き声が聞こえた。
声はまだ遠いが、徐々に大きくなっているのを感じる。
僕たちが大広間にいることを理解し、明確にこちらに近づいてきているようだ。
ミナリスが半身になって戦闘体勢に入る。
僕も工学魔法をいつでも使えるように魔力を練り上げて準備はしておく。
程なくすると、大広間の奥から黒緑の鱗に覆われた生き物が四体湧いてきた。
人の背丈の二倍はあろうかという巨大な蜥蜴の魔物だった。
「イグーナです!」
イグーナとは、深い森の奥などによく棲息している蜥蜴型の魔物だ。
冒険者ギルドが定めた討伐ランクはB。
爬虫類特有のぎょりとした瞳がこちらを射抜いた。
完全に僕たちを獲物として見定めている。見逃してもらえるような雰囲気ではない。
「殲滅します!」
僕が固まっている間に、ミナリスが動いた。
彼女は力強く床を蹴ると、瞬く間にイグーナへと肉薄した。
跳躍の勢いを乗せたまま膝蹴りがイグーナの顎にヒットし、巨体が大きく仰け反る。
ミナリスは視線を切ると、迫りくる次の個体へとその場で回し蹴りを放った。
鋭い蹴撃は、鱗に覆われたイグーナの左腹に直撃し、大広間の壁まで吹き飛ばした。
三体目のイグーナが僅かな硬直の隙を狙って飛び掛かってくるが、ミナリスはひらりと躱した。
攻撃を回避されたイグーナはすれ違い様に尾で薙ぎ払うが、彼女はそれすらも予想しておりあっさりと屈んで胴体に蹴りを叩き込んだ。
「ミナリス、後ろ!」
ミナリスの背後からイグーナが迫ってくる。
僕は思わず声を上げるが、彼女は後方を確認することなくその場で跳躍して回避。
宙に見上がったミナリスは空中で一回転をすると、そのままイグーナの首筋へ踵落としを叩き込んだ。骨が砕ける音が響き、巨体が地面に崩れ落ちる。
「す、すごい! Bランクの魔物をあっという間に倒しちゃうなんて!」
「この程度の魔物であれば造作もありません」
僕が歓声を上げる中、ミナリスは鮮やかに着地し、涼しげな表情で言った。
あれだけの動きをしたというのにまるで疲弊していない。本当この程度の魔物は余裕なんだろう。
ミナリスの戦闘能力が高いことはわかっていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
僕も工学魔法で援護しようと思ったけど、その必要はないかもしれない。
などと緊張を緩めると、ミナリスの表情が再び緊張感に包まれた。
「どうしたの?」
「イグーナの群れです! 今とは比べ物にならない数です!」
ミナリスがそう叫んだ瞬間、大広間の奥から大量のイグーナがあふれ出てきた。
ぱっと見での数は十体を超えているが、それでもまだ数は増え続けている。
床だけでは収まりきらず、ヤモリのような足を活かしてペタペタと壁まで埋め尽くそうとしていた。
「ノエル様、逃げましょう!」
「そうしよう!」
ミナリスの提案に僕は即座に頷いた。
いくらミナリスが強いといっても限度があるからね。
僕たちは外に逃げるために来た道へ戻ろうとするが、それを防ぐかのように後方の回廊からイグーナが湧いてきた。
「マズい! 退路が塞がれている!」
「仕方がありません! 横の通路から逃げましょう!」
僕とミナリスは急停止すると、大広間の横に繋がっている廊下に向かって走る。
幸いにもこちらにイグーナはいないようで挟撃される心配はない。
ただ振り返ると、後方からは大広間を抜けて追いかけてくる大量のイグーナが見えていた。
「イグーナたちが追いかけてきている!」
「とにかく外を目指して走りましょう! 今はそれしか方法がありません!」
「わ、わかった!」
外に出るための最短ルートはイグーナの群れによって抑えられている。迂回するハメになった僕らに出来るのは何とかして回り道をして、外に出られるルートを探るしかない。
しかし、ここは未知の古城だ。
当然、内部の構造などと僕とミナリスは知らない。
いつかは体力が限界を迎える以上、早めに状況を打開する必要がある。
「そうだ! こういう時にこそ工学魔法の出番だ!」
「ノエル様!?」
ミナリスが驚愕の声を上げる中、僕は両手を地面につけて工学魔法を発動した。
魔力によって変形した石材が通路を塞いでくれた。
「どうだ! これなら僕たちを追ってこられないだろう!」
「工学魔法で通路を塞いだのですね! 流石です!」
一息をつこうとした僕とミナリスであるが、別の通路からもイグーナが這い出してきた。
「え!? 横からも!? 一体、どれだけいるんだ!?」
「……どうやらこの古城はイグーナの巣になっているようです」
後方をせき止めることに成功したが、別の通路からも大量のイグーナが湧き出してきた。
「だったらこっちの通路も……ッ!」
「ノエル様、あまり闇雲に通路を封鎖されると、後に私たちの首を絞める可能性があります」
もう一度、工学魔法を発動しようとするがミナリスによって静止させられる。
確かにあまり無暗に通路を塞ぐと、自分たちの脱出口を塞ぐことになってしまう。内部の構造を熟知しているならばともかく、何もわからない今の状況では連打するべきではない。
仕方なく僕は工学魔法の使用を中止し、ミナリスと共にイグーナのいない通路へと走る。
ミナリスが先頭になり、僕はひたすらに後ろについていく。
ミナリスが優れた聴覚で周囲を索敵し、イグーナがやってこない方向へと導いてくれる。
しかし、明確な目標をもって外に向かっているわけではない。
如何に聴覚の優れているミナリスといえど、これだけの魔物から逃げ回りながら外への通路を探すことなど困難だ。足手纏いである僕を連れながら魔物のいない方に逃げるだけで精一杯である。
時間稼ぎのために工学魔法で段差のようなものを作ってみたが、イグーナは壁をよじ登るのも得意らしくペタペタと乗り越えてくる。まるで時間稼ぎにもならない。
もし、行き止まりにでも差し掛かったらどうなるかは考えたくもない。
頼むから行き止まりにだけは差し掛からないでくれと祈りながら僕は走り続ける。
「はぁ、はぁ、ちょっとまずいかも……」
出口を探してひたすらに走り続けると、僕の息が徐々に上がってきた。
無理もない。いくら剣術などを嗜んでいるとはいえ、所詮は八歳児だ。体力には限界がある。
このままじゃ僕が動けなくなってイグーナに追いつかれてしまう。なんとかしないと。
「うわっ!?」
状況を打開しようと頭を働かせていたのがいかなかったのだろう。僕は足元に転がっている石材に足を躓いて転んでしまった。
後ろからイグーナが迫ってくる。
血走った眼で僕をロックオンし、半開きとなった口からは鋭い牙が見えていた。
涎が糸を引いて滴り落ちる。
「ノエル様!?」
前を走っていたミナリスが急ブレーキをかけて戻ってくる。
しかし、ミナリスよりもイグーナの方が速い。
工学魔法の発動は間に合わない。足の一本はくれてやらなければいけない。
(……見つけたッ! 私の後継者!)
そんな覚悟をした瞬間、僕の脳裏にそんな声が響いた。
え? 今の声は一体なんなんだ? 
そんな疑問の声を発する間もなく、僕の視界は光に包まれるのだった。