それから三年の月日が経過した。
ポンプ式の井戸はアシュリー商会の協力もあり、エルディア公爵領内で瞬く間に普及した。
今では公爵領と王都を中心に驚異的な速度で広がっており、今後も拡充していく見込みだ。
そのお陰でエルディア公爵家の財政は大きく潤い、僕の個人的な資産もかなり増えた。
ライセンス契約をしていたお陰だ。
もし、事前にライセンス契約を交わしていなければ、エルディア家への貢献としてすべて吸い上げられるか、最初に適当な使用料だけを支払ってそれっきりになっていたに違いない。
それくらいに公爵家の四男という立場は弱いのだ。
それから僕とミナリスはリヤカー、固形石鹸といった生活が便利になる道具を開発したり、一輪車やリバーシといった遊具などの遊具を作ったりしてお金を稼いだ。
本当はもっと開発したかったのだが、僕が次々と有益な商品を開発する度に、長男であるオスラと次男のブラントによる警戒が高まり、少し命の危険を感じたので程々にしておいた。
僕としては兄弟と争ってまで当主になりたいとは思っていない。
だから、ここ一年半ほどは商品の開発はせずに、魔法適性の儀に備えて魔力操作の修業を主に行うような日々を過ごしていた。
前世の知識を生かして便利なものを開発し、エルディア公爵家に貢献しながら気ままに過ごせればいい。
なんて思っていたけど、現実はそう上手くはいかない。
気が付けば僕は八歳になってしまった。
魔法適性の儀を受ける年齢に達してしまったのである。
「ノエル、教会に行くぞ」
「はい」
この日のために僕を育ててきたというのはわかるけど、誕生日を迎えた息子に祝いの一言もかけないっていうのは父親としてどうなんだ。
そんな突っ込みを入れたくなったけど、とても指摘できる雰囲気じゃないので言わなかった。
屋敷にいる使用人たちがバタバタと動き回る。
「俺たちも見に行ってやるよ」
魔法適性の儀を受けるのは僕だけなのだが、オスラ、ブラント、テイラーたちも見にくるようだ。
弟である僕がどんな魔法適性を授かるのか気になるのだろう。
三人とも既に属性魔法を授かっているので将来は安泰だ。野次馬気分で羨ましい限りである。
そんなこんなで速やかに支度を整えると、僕はすぐにエルドに連れて行かれることになった。
玄関の前に馬車がつけられると、室内から扉を開けられた。
出迎えてくれたのは専属メイドであるミナリスだ。
僕が八歳を迎えると同時にミナリスは十五歳になっていた。
身体は以前よりも大きくなり、より女性らしい身体つきとなっている。
三年前から美人の片鱗を見せていたが、ここ三年でさらに綺麗になったものだ。
「ノエル様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ミナリス」
最初に祝いの言葉をかけてくれたのが家族ではなく、メイドというのはどうなのだろうか。
それでも僕にとってミナリスは大事な人だ。一番に祝いの言葉をかけてくれて嬉しかった。
「ノエル様、どうぞ」
もう少しお誕生日的な会話を楽しみたかったが、周囲ではアルバンや兄さんたちの馬車の準備が整いつつある。
ミナリスに促されて僕はすぐに馬車に乗り込んだ。
程なくして馬車は発進し、エルディア家の屋敷からエルドの街に向かう。
「……ノエル様、緊張されていますか?」
外の景色を眺めていると、対面に座っているミナリスが心配げな声をかけてきた。
「そりゃそうだよ。今日という日は良くも悪くも僕の運命を変える日だからね」
エルディア家の息子として相応しい属性魔法を授かれば今の地位は安泰であるが、相応しくないとされる魔法を授かってしまえば、その限りではない。
よくて小さな村の領主か、屋敷に幽閉しての飼い殺しなどだろうな。
最悪の場合はエルディア家の名誉を傷つけないために処分という可能性もあるが、ここ数年の商品開発で僕は有名になった。安易に処分するような真似はないと思っている。
それでも万が一の可能性があるのでやっぱり不安だ。
エルディア家の当主であるアルバンは、優秀な魔法使いを排出することに拘っている。
僕に対して期待を寄せているだけに、それを裏切られた時にどのような反応をするか読めない。
そして、僕を警戒しているオスラたちの反応も……。
「大丈夫です。どのような結果になったとしても私はノエル様のお傍を離れることはありませんから」
考え込んでいると、ミナリスがそっと手を重ねてきた。
僕より大きな手だ。温かい。包まれているだけで安心する。
「……ありがとう」
くよくよ考えたって未来が変わるわけじゃないからね。
属性魔法を授かればそれでよし。授かれなかったら授かれなかった時に考えればいい。
そのためにやれるだけのことを僕はやってきたんだ。
胸を張って魔法適性の儀を受けるとしよう。
●
エルドにある教会は想像していたよりも厳かな雰囲気に包まれていた。
ステンドグラスの前に置かれた女神イスラの像が室内を睥睨しており、その前には神官が立っている。
他の面々は僕、アルバン、オスラ、ブラント、テイラーといったエルディア公爵家の関係者だけだ。
本来であれば、八歳になった子供たちを集めて一斉に儀式を行うらしいが、僕が公爵家ということで教会側が特別に配慮してくれたのだろう。
本当はミナリスにも見守っていてもらいたかったのだが、残念ながら獣人である彼女は教会に入ることが認められなかったので外で待機してもらっている。
こういうところでも亜人差別は根強いのだと思った。
「大丈夫だ。ノエル、お前ならば貴族として相応しい属性魔法を授かるだろう」
「はい、父上」
アルバンの励ましにしっかりと返事をして、僕は神官が待ち受ける壇上へと上がった。
台座には神託の水晶が設置されていた。
これに触れ、魔力を流し込むことで、その者の適性魔法を教えてくれるものだ。
「それではノエル=エルディア様の魔法適性の儀を始めます」
「お願いします」
「今ここに、この者の魂を神々の御前に示す! その才、その運命を真なる光に映し出したまえ!」
僕が水晶に手を触れると、神官が厳かな口調で文言らしきものを唱えた。
すると、透明だった水晶が光を帯び始めた。
多分、魔力を流すだけで水晶は結果を示してくれるだろうけど、教会の権威を高めるためだろう。
光を帯びていた水晶が一層と強く輝き出す。
火の属性魔法であれば、水晶は赤く染まって炎の紋章が出る。
風の属性魔法であれば、水晶は翡翠色に染まって風の紋章が出る。
どうか属性魔法であってくれと祈りを捧げていると、水晶は赤や翡翠ではなく、冷たい銀青に染まった。内部で光が直線を描き、歯車の幻影が浮かび出す。
「神託は示された。ノエル=エルディア様に与えられしは工学魔法!」
神官がそう告げた瞬間、儀式の間がシーンッとなるのがわかった。
「……今なんと言った?」
「工学魔法です」
「……工学……魔法だと?」
神官の端的な言葉にアルバンが愕然とした表情で呟いた。
工学魔法とは、魔法と機械を融合した生産魔法だ。
素材と魔力がなければ物を作ることができないが、逆に言えば素材と魔力さえあれば何でも作ることのできる万能の生産魔法だと言えるだろう。
しかし、それは前世の価値観を持っている僕だから素晴らしいと思える魔法であり、生粋の魔法使いを是とするアルバンからすれば、到底認められる魔法じゃないだろう。
「貴族でありながら工学魔法だと!? 自分一人では何もできない無能者ではないか!」
僕の予想通り、アルバンは烈火のごとく激怒した。
あまりの怒り様に野次馬気分で見守っていた兄たちも言葉を挟むことはできない。
「そんなことはありません、父上! 工学魔法は人々を喜ばせることのできる魔法です! 僕には物作りの才があります! 工学魔法が仕えれば、今以上に便利なものを大量に作り出し、より領地を富ませることが――」
「黙れ!」
僕は無駄だと思いつつもアルバンに工学魔法の有用性を説く。
しかし、アルバンは僕の言葉にまったく耳を傾けず、怒号でかき消した。
「父上、なぜです!? 父上は今まで僕が作ってきたポンプ式の井戸、リヤカー、石鹸などといったものを認めてくださったではないですか!」
「黙れ! あれらはお前が魔法を扱うことができぬほどに幼いから見逃してやっただけだ!」
これまでアルバンは僕が新商品を開発する度に褒めてくれた。
それなのに内心ではこんな風に僕のことを見下していたなんて思ってもいなかった。
ショックのあまり言葉が出ない。
「父上が身に纏っている衣服も腰に佩いている剣も……すべては誰かが作ったものなのですよ?」
「……勘違いするな、ノエル。物を作ることは平民の仕事だ。農民は畑を耕し、鍛冶屋は鉄を打ち、職人は泥にまみれて手を動かす。それでよい」
アルバンは穏やかな表情を浮かべながら言うが、次の瞬間に表情を険しいものに変えた。
「だが、貴族は違う! 我らは生まれながらに優れた魔力を持ち、炎や風、水を操り、戦場で軍を導く! 神から授かったその才こそが我らの存在意義であり支配の正当性だ! にもかかわらず、お前は工学魔法などという職人風情の魔法を授かってしまった! 貴族が自ら手を汚し、鉄くずをいじくるなど、貴き血を辱める行為だ!」
――物作りが卑しいだって?
施盤の音、火花を散らす溶接の光。
汗まみれになりながら仲間と仕上げた金属部品。
試行錯誤の末に完成した機械が、予定通りの動いた時の高揚感。
そして、誰かの役に立つ製品を作り出せた時の誇り。
僕の前世を含めたすべてをアルバンは嘲笑し、無価値と切り捨てたのだ。
許せない。
真っ直ぐにアルバンを睨みつけるが、アルバンは冷ややかな表情で受け止めた。
炎と氷がぶつかり合うような沈黙。
言葉は交わさずとも互いの心は平行線だと理解するには十分だった。
重い沈黙が下りる中、アルバンが口を開いた。
「魔法名家であるエルディア公爵家から工学魔法を授かったものが輩出されるなど恥でしかないな。いっそのこと処分してやりたいが、コイツはよくも悪くも名前が売れている。都合が悪い」
僕とミナリスが最悪のパターンとして予想していたことを言い出した。
この日のためにいくつもの発明品を開発しておいてよかった。
もし、なにもせずにのんびりと暮らしていたら僕はこの場で切り捨てられていただろうな。
「父上、私にいいアイディアがあります」
僕が安堵していると、静観していたオスラが手を挙げながら言った。
僕と目が合ったオスラが酷薄な笑みを浮かべた。
嫌な予感がした。
「聞こうではないか」
「ノエルには魔の森の開拓を任せるのはいかがでしょう?」
「ほう? 魔の森の開拓を?」
魔の森というのは、公爵領の西端に広がっている未開拓領域のことである。
強大な魔物が群生している上に土地は痩せており作物も満足に育たない。
なにひとつ実りのない不毛の大地だ。
「王族からはいずれ開拓し、国土に組み込めと命じられておりますが、未だに手をつけられていませんでしたから」
「あそこはあまりに魔物が強大ですからね。無暗に兵を派遣したところで失うばかり。かといって重要な資源があるわけでもなく手を出すメリットがない」
「だけど、王族から再三に渡って命じられている領域だ。まったく手をつけねえってわけにはいかねえだろ?」
なるほど、そういうことか。
表立って処刑できないから魔の森へと捨て駒として放り込む。
実に見事なお考えだ。兄上たち。
家の名誉を守りつつ厄介者を排除する。まさに高貴なる貴族の知恵だと言える。
これで王族への言い訳も立つし、領民からの反発を招くことはない。
そして、僕が目的の半ばにて死ねば、すべてが丸く収まる。
素晴らしい筋書きじゃないか。反吐が出るね。
兄たちの表情にはわかりやすいまでの悪意がある。
どうやら僕が思っている以上に、兄たちは僕のことを疎んじていたようだ。
「……役立たずのノエルに使い道を見出すとは、さすがは我が息子たちだ」
「「ありがとうございます、父上」」
アルバンが高らかに笑い、兄たちが嘲笑の笑みを浮かべながら慇懃に頭を下げた。
「よかろう! お前たちの案を採用する! 魔の森の開拓をノエルに任せようではないか!」
アルバンは高らかに宣言すると、兄たちを連れて儀式の間を出ていった。
ポンプ式の井戸はアシュリー商会の協力もあり、エルディア公爵領内で瞬く間に普及した。
今では公爵領と王都を中心に驚異的な速度で広がっており、今後も拡充していく見込みだ。
そのお陰でエルディア公爵家の財政は大きく潤い、僕の個人的な資産もかなり増えた。
ライセンス契約をしていたお陰だ。
もし、事前にライセンス契約を交わしていなければ、エルディア家への貢献としてすべて吸い上げられるか、最初に適当な使用料だけを支払ってそれっきりになっていたに違いない。
それくらいに公爵家の四男という立場は弱いのだ。
それから僕とミナリスはリヤカー、固形石鹸といった生活が便利になる道具を開発したり、一輪車やリバーシといった遊具などの遊具を作ったりしてお金を稼いだ。
本当はもっと開発したかったのだが、僕が次々と有益な商品を開発する度に、長男であるオスラと次男のブラントによる警戒が高まり、少し命の危険を感じたので程々にしておいた。
僕としては兄弟と争ってまで当主になりたいとは思っていない。
だから、ここ一年半ほどは商品の開発はせずに、魔法適性の儀に備えて魔力操作の修業を主に行うような日々を過ごしていた。
前世の知識を生かして便利なものを開発し、エルディア公爵家に貢献しながら気ままに過ごせればいい。
なんて思っていたけど、現実はそう上手くはいかない。
気が付けば僕は八歳になってしまった。
魔法適性の儀を受ける年齢に達してしまったのである。
「ノエル、教会に行くぞ」
「はい」
この日のために僕を育ててきたというのはわかるけど、誕生日を迎えた息子に祝いの一言もかけないっていうのは父親としてどうなんだ。
そんな突っ込みを入れたくなったけど、とても指摘できる雰囲気じゃないので言わなかった。
屋敷にいる使用人たちがバタバタと動き回る。
「俺たちも見に行ってやるよ」
魔法適性の儀を受けるのは僕だけなのだが、オスラ、ブラント、テイラーたちも見にくるようだ。
弟である僕がどんな魔法適性を授かるのか気になるのだろう。
三人とも既に属性魔法を授かっているので将来は安泰だ。野次馬気分で羨ましい限りである。
そんなこんなで速やかに支度を整えると、僕はすぐにエルドに連れて行かれることになった。
玄関の前に馬車がつけられると、室内から扉を開けられた。
出迎えてくれたのは専属メイドであるミナリスだ。
僕が八歳を迎えると同時にミナリスは十五歳になっていた。
身体は以前よりも大きくなり、より女性らしい身体つきとなっている。
三年前から美人の片鱗を見せていたが、ここ三年でさらに綺麗になったものだ。
「ノエル様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ミナリス」
最初に祝いの言葉をかけてくれたのが家族ではなく、メイドというのはどうなのだろうか。
それでも僕にとってミナリスは大事な人だ。一番に祝いの言葉をかけてくれて嬉しかった。
「ノエル様、どうぞ」
もう少しお誕生日的な会話を楽しみたかったが、周囲ではアルバンや兄さんたちの馬車の準備が整いつつある。
ミナリスに促されて僕はすぐに馬車に乗り込んだ。
程なくして馬車は発進し、エルディア家の屋敷からエルドの街に向かう。
「……ノエル様、緊張されていますか?」
外の景色を眺めていると、対面に座っているミナリスが心配げな声をかけてきた。
「そりゃそうだよ。今日という日は良くも悪くも僕の運命を変える日だからね」
エルディア家の息子として相応しい属性魔法を授かれば今の地位は安泰であるが、相応しくないとされる魔法を授かってしまえば、その限りではない。
よくて小さな村の領主か、屋敷に幽閉しての飼い殺しなどだろうな。
最悪の場合はエルディア家の名誉を傷つけないために処分という可能性もあるが、ここ数年の商品開発で僕は有名になった。安易に処分するような真似はないと思っている。
それでも万が一の可能性があるのでやっぱり不安だ。
エルディア家の当主であるアルバンは、優秀な魔法使いを排出することに拘っている。
僕に対して期待を寄せているだけに、それを裏切られた時にどのような反応をするか読めない。
そして、僕を警戒しているオスラたちの反応も……。
「大丈夫です。どのような結果になったとしても私はノエル様のお傍を離れることはありませんから」
考え込んでいると、ミナリスがそっと手を重ねてきた。
僕より大きな手だ。温かい。包まれているだけで安心する。
「……ありがとう」
くよくよ考えたって未来が変わるわけじゃないからね。
属性魔法を授かればそれでよし。授かれなかったら授かれなかった時に考えればいい。
そのためにやれるだけのことを僕はやってきたんだ。
胸を張って魔法適性の儀を受けるとしよう。
●
エルドにある教会は想像していたよりも厳かな雰囲気に包まれていた。
ステンドグラスの前に置かれた女神イスラの像が室内を睥睨しており、その前には神官が立っている。
他の面々は僕、アルバン、オスラ、ブラント、テイラーといったエルディア公爵家の関係者だけだ。
本来であれば、八歳になった子供たちを集めて一斉に儀式を行うらしいが、僕が公爵家ということで教会側が特別に配慮してくれたのだろう。
本当はミナリスにも見守っていてもらいたかったのだが、残念ながら獣人である彼女は教会に入ることが認められなかったので外で待機してもらっている。
こういうところでも亜人差別は根強いのだと思った。
「大丈夫だ。ノエル、お前ならば貴族として相応しい属性魔法を授かるだろう」
「はい、父上」
アルバンの励ましにしっかりと返事をして、僕は神官が待ち受ける壇上へと上がった。
台座には神託の水晶が設置されていた。
これに触れ、魔力を流し込むことで、その者の適性魔法を教えてくれるものだ。
「それではノエル=エルディア様の魔法適性の儀を始めます」
「お願いします」
「今ここに、この者の魂を神々の御前に示す! その才、その運命を真なる光に映し出したまえ!」
僕が水晶に手を触れると、神官が厳かな口調で文言らしきものを唱えた。
すると、透明だった水晶が光を帯び始めた。
多分、魔力を流すだけで水晶は結果を示してくれるだろうけど、教会の権威を高めるためだろう。
光を帯びていた水晶が一層と強く輝き出す。
火の属性魔法であれば、水晶は赤く染まって炎の紋章が出る。
風の属性魔法であれば、水晶は翡翠色に染まって風の紋章が出る。
どうか属性魔法であってくれと祈りを捧げていると、水晶は赤や翡翠ではなく、冷たい銀青に染まった。内部で光が直線を描き、歯車の幻影が浮かび出す。
「神託は示された。ノエル=エルディア様に与えられしは工学魔法!」
神官がそう告げた瞬間、儀式の間がシーンッとなるのがわかった。
「……今なんと言った?」
「工学魔法です」
「……工学……魔法だと?」
神官の端的な言葉にアルバンが愕然とした表情で呟いた。
工学魔法とは、魔法と機械を融合した生産魔法だ。
素材と魔力がなければ物を作ることができないが、逆に言えば素材と魔力さえあれば何でも作ることのできる万能の生産魔法だと言えるだろう。
しかし、それは前世の価値観を持っている僕だから素晴らしいと思える魔法であり、生粋の魔法使いを是とするアルバンからすれば、到底認められる魔法じゃないだろう。
「貴族でありながら工学魔法だと!? 自分一人では何もできない無能者ではないか!」
僕の予想通り、アルバンは烈火のごとく激怒した。
あまりの怒り様に野次馬気分で見守っていた兄たちも言葉を挟むことはできない。
「そんなことはありません、父上! 工学魔法は人々を喜ばせることのできる魔法です! 僕には物作りの才があります! 工学魔法が仕えれば、今以上に便利なものを大量に作り出し、より領地を富ませることが――」
「黙れ!」
僕は無駄だと思いつつもアルバンに工学魔法の有用性を説く。
しかし、アルバンは僕の言葉にまったく耳を傾けず、怒号でかき消した。
「父上、なぜです!? 父上は今まで僕が作ってきたポンプ式の井戸、リヤカー、石鹸などといったものを認めてくださったではないですか!」
「黙れ! あれらはお前が魔法を扱うことができぬほどに幼いから見逃してやっただけだ!」
これまでアルバンは僕が新商品を開発する度に褒めてくれた。
それなのに内心ではこんな風に僕のことを見下していたなんて思ってもいなかった。
ショックのあまり言葉が出ない。
「父上が身に纏っている衣服も腰に佩いている剣も……すべては誰かが作ったものなのですよ?」
「……勘違いするな、ノエル。物を作ることは平民の仕事だ。農民は畑を耕し、鍛冶屋は鉄を打ち、職人は泥にまみれて手を動かす。それでよい」
アルバンは穏やかな表情を浮かべながら言うが、次の瞬間に表情を険しいものに変えた。
「だが、貴族は違う! 我らは生まれながらに優れた魔力を持ち、炎や風、水を操り、戦場で軍を導く! 神から授かったその才こそが我らの存在意義であり支配の正当性だ! にもかかわらず、お前は工学魔法などという職人風情の魔法を授かってしまった! 貴族が自ら手を汚し、鉄くずをいじくるなど、貴き血を辱める行為だ!」
――物作りが卑しいだって?
施盤の音、火花を散らす溶接の光。
汗まみれになりながら仲間と仕上げた金属部品。
試行錯誤の末に完成した機械が、予定通りの動いた時の高揚感。
そして、誰かの役に立つ製品を作り出せた時の誇り。
僕の前世を含めたすべてをアルバンは嘲笑し、無価値と切り捨てたのだ。
許せない。
真っ直ぐにアルバンを睨みつけるが、アルバンは冷ややかな表情で受け止めた。
炎と氷がぶつかり合うような沈黙。
言葉は交わさずとも互いの心は平行線だと理解するには十分だった。
重い沈黙が下りる中、アルバンが口を開いた。
「魔法名家であるエルディア公爵家から工学魔法を授かったものが輩出されるなど恥でしかないな。いっそのこと処分してやりたいが、コイツはよくも悪くも名前が売れている。都合が悪い」
僕とミナリスが最悪のパターンとして予想していたことを言い出した。
この日のためにいくつもの発明品を開発しておいてよかった。
もし、なにもせずにのんびりと暮らしていたら僕はこの場で切り捨てられていただろうな。
「父上、私にいいアイディアがあります」
僕が安堵していると、静観していたオスラが手を挙げながら言った。
僕と目が合ったオスラが酷薄な笑みを浮かべた。
嫌な予感がした。
「聞こうではないか」
「ノエルには魔の森の開拓を任せるのはいかがでしょう?」
「ほう? 魔の森の開拓を?」
魔の森というのは、公爵領の西端に広がっている未開拓領域のことである。
強大な魔物が群生している上に土地は痩せており作物も満足に育たない。
なにひとつ実りのない不毛の大地だ。
「王族からはいずれ開拓し、国土に組み込めと命じられておりますが、未だに手をつけられていませんでしたから」
「あそこはあまりに魔物が強大ですからね。無暗に兵を派遣したところで失うばかり。かといって重要な資源があるわけでもなく手を出すメリットがない」
「だけど、王族から再三に渡って命じられている領域だ。まったく手をつけねえってわけにはいかねえだろ?」
なるほど、そういうことか。
表立って処刑できないから魔の森へと捨て駒として放り込む。
実に見事なお考えだ。兄上たち。
家の名誉を守りつつ厄介者を排除する。まさに高貴なる貴族の知恵だと言える。
これで王族への言い訳も立つし、領民からの反発を招くことはない。
そして、僕が目的の半ばにて死ねば、すべてが丸く収まる。
素晴らしい筋書きじゃないか。反吐が出るね。
兄たちの表情にはわかりやすいまでの悪意がある。
どうやら僕が思っている以上に、兄たちは僕のことを疎んじていたようだ。
「……役立たずのノエルに使い道を見出すとは、さすがは我が息子たちだ」
「「ありがとうございます、父上」」
アルバンが高らかに笑い、兄たちが嘲笑の笑みを浮かべながら慇懃に頭を下げた。
「よかろう! お前たちの案を採用する! 魔の森の開拓をノエルに任せようではないか!」
アルバンは高らかに宣言すると、兄たちを連れて儀式の間を出ていった。

