それから一週間後。
アシュリー商会から改良型ポンプの部品が全て出来上がったとの報告を受けた。
僕とミナリスはすぐに屋敷を出発し、エルドに向かうことにした。
馬車でガタゴトと揺られ、エルドにあるアシュリー商会にたどり着く。
到着するなり商会の裏に通される。そこにはアシュリーとローグが待っていた。
「ノエル様、ようこそお越しくださいました。本来であれば私共からお伺いするところをわざわざ街までお越しいただき感謝いたします」
「これだけの部品を公爵家まで運ぶのは大変でしょうから。気にしないでください」
「恐れ入ります」
部品の第一号はアシュリー商会の敷地にある井戸に合わせて作っているからね。僕が足を運ぶのは当然というものだ。
「それより遂に井戸の部品が完成したんですね!」
「ああ、思ったよりもパイプ部分を綺麗に加工するのに少し手間取っちまったけどな」
ローグの足下には筒状にくり抜かれたパイプがいくつも並んでいた。
パイプは一メートルほどの長さになっており、これらを連結することによって長さを自在に調節することができる。
手でなぞってみると切れ目がわからないくらいに綺麗だった。
内側も滑らかに磨かれ、摩擦が減らせるようになっている。
ハンドルの方も僕がしっかりと指定した長さになっており、軸はしっかりと鉄で補強されている。
ローグの仕事ぶりは、強面な顔つきには見合わない丁寧さだな。
「それでは実際に組み立てみましょうか!」
「おうよ!」
井戸の中に沈んだ木桶を引き上げると、滑車などの旧式の部品を取り外す。
井戸の蓋を外し、新しく加工した蓋を載せた。
蓋の中央には穴が開いており、そこに作成したパイプを通せる仕組みだ。
分割されたパイプをローグが組み立てる。
一人だけでは大変なので商会にいる他の従業員やミナリスが手伝う。
パイプ内に円盤状のピストンを挿入。
ピストン中央に小弁(逆止弁)を仕込み、上部には鉄棒でピストン棒を繋いだ。
パイプを組み立てたら蓋の中央にある穴から差し込み、ゆっくりと井戸の中に下ろした。
井戸の上部に横梁を備え付けて鉄ピンで支点を作ると、オーク材で作ったハンドルを取り付ける。
最後にあらかじめ汲んでおいた水をポンプの上から注ぎ、パイプ内に水が満ちれば準備完了だ。
「これで取り付けは完成ですね!」
「ノエル様、動かしてみてくれ」
「え? 僕がやっちゃっていいんですか?」
僕がやったことと言えば、お金を払って設計図を書いただけだ。
組み立て作業も軽く指示をしただけでほとんど手伝っていない。僕なんかが試運転をやってもいいのだろうか。
「考案者なので当然の権利です」
「ああ、そうだ。ノエル様がやるのが相応しい」
「それにポンプ式の井戸は、ノエル様のような非力な方でも楽に水が汲めるということが売りなので」
「わかりました。それでは僕が試運転をやらせていただきます」
ミナリス、ローグ、アシュリーたちの勧めを受けて、僕は井戸に新しく設置されたハンドルを握ることにした。
ゆっくりとレバーを上下に動かす。
うん、想像よりも軽い。
これなら僕みたいに非力な子供でも問題なく動かすことができる。
そして、何度も上下にレバーを動かすと、水口から水が出てきた。
「よし、成功です!」
「本当に水が出てきましたね!」
「やったな!」
水口から絶え間なく流れ続ける水を見て、僕たちは歓声を上げた。
水口の下に桶を奥と、あっという間に水が溜まる。
手の平ですくって飲んでいると、冷たくて美味しい。
自分で組み上げた水だと思うと、美味しさはひとしおだな。
「アシュリーさんも使ってみてください」
僕と交代してアシュリーのレバーを上下してもらうと、こちらもあっさりと水が出てくる。
「わっ、これはとても楽ですね!」
「つい先日、桶一杯で顔を真っ赤にしていた姿とは雲泥の違いですね」
「ミナリスさんがおかしいだけで普通の女性に水汲みは辛いんです!」
普段はクールなアシュリーが必死になって釈明する姿が面白く、僕たちは声を上げて笑った。
「なにはともあれ、これは大きな発明ですよ!」
「ああ、まったくだ。旧式の井戸から新型の井戸に変えるだけで水汲みの仕事を大幅に減らすことができる」
「こんな素晴らしいものを発明してしまうなんて、さすがはノエル様です!」
「いえいえ、これもアシュリーさんやローグさんにご協力いただいたお陰です! 本当にありがとうございます!」
アシュリー、ローグ、ミナリスが口々に僕を褒め称えてくれるが、とんでもない。
ポンプ式の井戸の開発はアシュリー、ローグをはじめとする皆がいなければできなかったことだ。
僕一人の力ではない。皆で協力したからこそできたものである。
改めて礼を告げると、アシュリーたちはまたしても呆けた顔になり、ローグが堪え切れないとばかりに笑い声をあげた。
「まったく、ノエル様は本当に貴族らしくねえな!」
「ええ? 僕ってそんなに変ですか?」
「変だ! だけど、それは良い意味ってことだ」
「他の貴族の方もノエル様のように平民にも分け隔てなく接してくれると嬉しいのですが……」
「まったくだ。他の貴族ときたら、どいつもこいつも金に汚い傲慢な奴らばかりだからな。ノエル様の爪の垢を煎じて飲んでほしいくらいだぜ」
アシュリーとローグの表情に陰りが差した。
「すみません。ノエル様の前の言う言葉ではなかったですね」
「すまん」
「いえ、こちらこそなんかすみません」
とても人間として出来た二人がこんな愚痴を吐いてしまうくらいだ。
僕が思っている以上に貴族の平民に対する態度は悪いんだろうな。
「俺としちゃ、街にあるすべての井戸をポンプ式に変えてしまいたいところだ」
コホンとローグが咳払いをして話題を戻す。
「さすがにすべての井戸に取りつけるになると領主様の許可が必要になりますね」
チラリとアシュリーがこちらに視線を向けてくる。
「わかりました。父上には僕の方から相談しておきましょう」
「ありがとうございます。ノエル様から報告していただけますと非常にスムーズで助かります」
ポンプ式の井戸の開発は僕が主体となって進めたものだし、僕の方からアルバンに報告した方がいいだろうな。僕から報告することを告げると、アシュリーは安堵の表情を浮かべていた。
今更ながら最初に行う開発としては少し規模が大きかったかもしれない。
だけど、これは領内の発展に役立つものだ。
領地のさらなる繁栄を望んでいるアルバンとしてもポンプ式の導入を拒む理由はないだろう。
それに僕の将来を考えると少しでもお金はあった方がいい。
エルディア公爵家に相応しい魔法適性を獲得できたのであれば、僕の人生は安泰だけど、そうでない場合は家を追い出される可能性が高いからね。
そのために今の僕ができるのは、前世で獲得した知識を利用しての商品開発だ。
ポンプ式の井戸を足掛かりに便利な商品をドンドンと開発し、将来に備えてお金を稼いでいこう。
それからはローグ、ミナリスだけでなく、商会の従業員たちが代わる代わるレバーを操作し、井戸の水を汲み続ける。
僕たちはしばらくポンプが稼働し続けるのを見続けて異常がないことを確認すると、アルバンに報告するために屋敷へと戻るのであった。
●
その日の夜、エルディア公爵家の当主であるアルバンはアシュリー商会へと足を運んでいた。
ノエルが開発したという新型の井戸をこの目で確認するためである。
領主であるアルバンが視察に来るという先触れを貰っていたので、アシュリー商会は早めに店仕舞いをしている。そのお陰でアシュリー商会の周囲に人気はなかった。
予定通りの時刻にやってきたアルバンをアシュリーは出迎え、速やかに現物の井戸がある商会の裏へと案内した。
「……これがノエルの考案した新型の井戸だな?」
「はい。ノエル様が設計図を描き、私共の商会に持ち込んだものになります。従来の滑車やロープを使って水を引き上げる方法とは異なり、上部に取り付けられたハンドルを操作することによって水を汲み上げられる仕組みになっております」
アルバンの問いかけにアシュリーはスラスラと淀みのない台詞で答える。
背筋の通った所作は商人というよりも、屋敷にいる使用人のようだとアルバンは思った。
アルバンは顎に手を当てながらしげしげと井戸を見つめる。
それから上部についているハンドルに手を伸ばした。
上下に動かすと大量の水が出てくる。
「アルバン様、お靴が……ッ!」
ばしゃばしゃと出てきた水がアルバンの足下を微かに濡らした。
アシュリーが心配の言葉をかけるが、アルバンはまるで気にした様子もなく水口から流れ続ける水を見つめていた。
「確かにこれは有用だな。ハンドルに軽く力を加えるだけでこれだけの水が大量に流れ続けるとは……」
アルバンはポンプ式の井戸を見下ろしながら内心では驚愕に満ちていた。
確かにノエルは優秀であると聞いていた。幼いながら読み書きを覚えているだけでなく、数字に強く領地の収支を読み解くほどの才覚があると。兄たちとは異なる才を示し、将来が楽しみだと噂されていた。
しかし、才能があるとはいえ、たった四歳の子供がこのような物を考案するとは思ってもいなかった。
目の前の井戸はただ水を汲むだけの道具ではない。
村人の生活を楽に、労力を減らし、時間を生む。
それはつまり生産性を底上げし、領地の繁栄へ直結する発明である。
そんな道具を考えつき、公爵家の手を借りることなく形にしてしまうとは、自身が想定していた優秀という枠組みを遥かに超えている。
「……商人であるお前は、これをどう思う?」
「率直に申し上げますと、これはお金になる発明でございます。領内の普及に務めれば人々の生産性は瞬く間に向上するでしょう。他領地や都市に持ち込んでも高く売れます」
アシュリーは熱を込めてポンプ式の井戸の利点を語るが、それでもアルバンの表情は硬いままであった。
確かにこの井戸は素晴らしい。
水の供給が容易になれば、農作業や家畜の飼育にも恩恵が及ぶ。
灌漑用水の確保が感嘆になれば、収穫高も増え、領地の税収も向上する。
職人たちの工房でも水の利用が容易となり、産業発展の後押しとなるだろう。
領主としてみれば、これほど嬉しい発明はない。
だが、アルバンは素直に喜ぶことができなかった。
こうした魔法に頼らぬ工夫、生産の工夫を凝らすのは、職人や商人といった平民の役目だ。
貴族がやるべきことではない。それがアルバンの揺るぎない価値観であった。
貴族とは魔法によって武威を示し、人を治める立場だ。
血筋と武威を持って人々を導くからこそ、我々は貴族と呼ばれる。
それなのにノエルは民と同じ視点で人々の生活を支える道具を作ってしまった。
アルバンの心には喜びもあったが、それ以上にノエルへの不安と苛立ちの感情が混ざっていたのである。
「……アルバン様?」
無意識に手を強く握り込んでいたアルバンは、アシュリーの問いかけによって我に返った。
貴族としては相応しくない。だが、領主としては、この才を認めないわけにはいかないだろう。
「商人、この新型の井戸を普及させる算段はついているか?」
「はい。資材と職人の手配は既に進めております。商会としては、アルバン様の後押しがあれば、迅速に展開可能です」
「よろしい。では、このエルドを中心に領内の井戸をすべて新型へと変える。正式に私が認可しよう。契約書に関しては後程、エルディア公爵家に届けるがいい」
「……契約書に関してなのですが、既にご用意があります」
「なに?」
踵を返そうとしたアルバンであるが、アシュリーの一言によって眉根を寄せた。
「先読みして作っておいたのか?」
「いえ、これはノエル様があらかじめ作成された雛形になります」
アシュリーの口からもたらされた事実にアルバンは言葉が出なかった。
困惑しながらアルバンは羊皮紙を開いて、記載されている契約内容を確認していく。
「契約内容に関しましては従来のものとそう変わりありません。ただ一点だけ違うのは新型の井戸の設置および普及に関してとなります」
「専売特許に加え、使用料の徴収か……」
アシュリー商会は独占的に扱う権利を得る。その対価として一基ごとに発明者であるノエルへの使用料を支払う。
四歳の子供がここまで考えるのか。
功績は認められなければ意味はない。
そんな考えを当然のように抱き、先回りして形にする。
無邪気な笑みを浮かべた子供ではあるが、その内に秘められた計算高さは侮れないものだ。
「……よかろう。この条件で進めるがいい」
「ありがとうございます」
アルバンは表情を変えることなく、その場を後にした。
アシュリー商会から改良型ポンプの部品が全て出来上がったとの報告を受けた。
僕とミナリスはすぐに屋敷を出発し、エルドに向かうことにした。
馬車でガタゴトと揺られ、エルドにあるアシュリー商会にたどり着く。
到着するなり商会の裏に通される。そこにはアシュリーとローグが待っていた。
「ノエル様、ようこそお越しくださいました。本来であれば私共からお伺いするところをわざわざ街までお越しいただき感謝いたします」
「これだけの部品を公爵家まで運ぶのは大変でしょうから。気にしないでください」
「恐れ入ります」
部品の第一号はアシュリー商会の敷地にある井戸に合わせて作っているからね。僕が足を運ぶのは当然というものだ。
「それより遂に井戸の部品が完成したんですね!」
「ああ、思ったよりもパイプ部分を綺麗に加工するのに少し手間取っちまったけどな」
ローグの足下には筒状にくり抜かれたパイプがいくつも並んでいた。
パイプは一メートルほどの長さになっており、これらを連結することによって長さを自在に調節することができる。
手でなぞってみると切れ目がわからないくらいに綺麗だった。
内側も滑らかに磨かれ、摩擦が減らせるようになっている。
ハンドルの方も僕がしっかりと指定した長さになっており、軸はしっかりと鉄で補強されている。
ローグの仕事ぶりは、強面な顔つきには見合わない丁寧さだな。
「それでは実際に組み立てみましょうか!」
「おうよ!」
井戸の中に沈んだ木桶を引き上げると、滑車などの旧式の部品を取り外す。
井戸の蓋を外し、新しく加工した蓋を載せた。
蓋の中央には穴が開いており、そこに作成したパイプを通せる仕組みだ。
分割されたパイプをローグが組み立てる。
一人だけでは大変なので商会にいる他の従業員やミナリスが手伝う。
パイプ内に円盤状のピストンを挿入。
ピストン中央に小弁(逆止弁)を仕込み、上部には鉄棒でピストン棒を繋いだ。
パイプを組み立てたら蓋の中央にある穴から差し込み、ゆっくりと井戸の中に下ろした。
井戸の上部に横梁を備え付けて鉄ピンで支点を作ると、オーク材で作ったハンドルを取り付ける。
最後にあらかじめ汲んでおいた水をポンプの上から注ぎ、パイプ内に水が満ちれば準備完了だ。
「これで取り付けは完成ですね!」
「ノエル様、動かしてみてくれ」
「え? 僕がやっちゃっていいんですか?」
僕がやったことと言えば、お金を払って設計図を書いただけだ。
組み立て作業も軽く指示をしただけでほとんど手伝っていない。僕なんかが試運転をやってもいいのだろうか。
「考案者なので当然の権利です」
「ああ、そうだ。ノエル様がやるのが相応しい」
「それにポンプ式の井戸は、ノエル様のような非力な方でも楽に水が汲めるということが売りなので」
「わかりました。それでは僕が試運転をやらせていただきます」
ミナリス、ローグ、アシュリーたちの勧めを受けて、僕は井戸に新しく設置されたハンドルを握ることにした。
ゆっくりとレバーを上下に動かす。
うん、想像よりも軽い。
これなら僕みたいに非力な子供でも問題なく動かすことができる。
そして、何度も上下にレバーを動かすと、水口から水が出てきた。
「よし、成功です!」
「本当に水が出てきましたね!」
「やったな!」
水口から絶え間なく流れ続ける水を見て、僕たちは歓声を上げた。
水口の下に桶を奥と、あっという間に水が溜まる。
手の平ですくって飲んでいると、冷たくて美味しい。
自分で組み上げた水だと思うと、美味しさはひとしおだな。
「アシュリーさんも使ってみてください」
僕と交代してアシュリーのレバーを上下してもらうと、こちらもあっさりと水が出てくる。
「わっ、これはとても楽ですね!」
「つい先日、桶一杯で顔を真っ赤にしていた姿とは雲泥の違いですね」
「ミナリスさんがおかしいだけで普通の女性に水汲みは辛いんです!」
普段はクールなアシュリーが必死になって釈明する姿が面白く、僕たちは声を上げて笑った。
「なにはともあれ、これは大きな発明ですよ!」
「ああ、まったくだ。旧式の井戸から新型の井戸に変えるだけで水汲みの仕事を大幅に減らすことができる」
「こんな素晴らしいものを発明してしまうなんて、さすがはノエル様です!」
「いえいえ、これもアシュリーさんやローグさんにご協力いただいたお陰です! 本当にありがとうございます!」
アシュリー、ローグ、ミナリスが口々に僕を褒め称えてくれるが、とんでもない。
ポンプ式の井戸の開発はアシュリー、ローグをはじめとする皆がいなければできなかったことだ。
僕一人の力ではない。皆で協力したからこそできたものである。
改めて礼を告げると、アシュリーたちはまたしても呆けた顔になり、ローグが堪え切れないとばかりに笑い声をあげた。
「まったく、ノエル様は本当に貴族らしくねえな!」
「ええ? 僕ってそんなに変ですか?」
「変だ! だけど、それは良い意味ってことだ」
「他の貴族の方もノエル様のように平民にも分け隔てなく接してくれると嬉しいのですが……」
「まったくだ。他の貴族ときたら、どいつもこいつも金に汚い傲慢な奴らばかりだからな。ノエル様の爪の垢を煎じて飲んでほしいくらいだぜ」
アシュリーとローグの表情に陰りが差した。
「すみません。ノエル様の前の言う言葉ではなかったですね」
「すまん」
「いえ、こちらこそなんかすみません」
とても人間として出来た二人がこんな愚痴を吐いてしまうくらいだ。
僕が思っている以上に貴族の平民に対する態度は悪いんだろうな。
「俺としちゃ、街にあるすべての井戸をポンプ式に変えてしまいたいところだ」
コホンとローグが咳払いをして話題を戻す。
「さすがにすべての井戸に取りつけるになると領主様の許可が必要になりますね」
チラリとアシュリーがこちらに視線を向けてくる。
「わかりました。父上には僕の方から相談しておきましょう」
「ありがとうございます。ノエル様から報告していただけますと非常にスムーズで助かります」
ポンプ式の井戸の開発は僕が主体となって進めたものだし、僕の方からアルバンに報告した方がいいだろうな。僕から報告することを告げると、アシュリーは安堵の表情を浮かべていた。
今更ながら最初に行う開発としては少し規模が大きかったかもしれない。
だけど、これは領内の発展に役立つものだ。
領地のさらなる繁栄を望んでいるアルバンとしてもポンプ式の導入を拒む理由はないだろう。
それに僕の将来を考えると少しでもお金はあった方がいい。
エルディア公爵家に相応しい魔法適性を獲得できたのであれば、僕の人生は安泰だけど、そうでない場合は家を追い出される可能性が高いからね。
そのために今の僕ができるのは、前世で獲得した知識を利用しての商品開発だ。
ポンプ式の井戸を足掛かりに便利な商品をドンドンと開発し、将来に備えてお金を稼いでいこう。
それからはローグ、ミナリスだけでなく、商会の従業員たちが代わる代わるレバーを操作し、井戸の水を汲み続ける。
僕たちはしばらくポンプが稼働し続けるのを見続けて異常がないことを確認すると、アルバンに報告するために屋敷へと戻るのであった。
●
その日の夜、エルディア公爵家の当主であるアルバンはアシュリー商会へと足を運んでいた。
ノエルが開発したという新型の井戸をこの目で確認するためである。
領主であるアルバンが視察に来るという先触れを貰っていたので、アシュリー商会は早めに店仕舞いをしている。そのお陰でアシュリー商会の周囲に人気はなかった。
予定通りの時刻にやってきたアルバンをアシュリーは出迎え、速やかに現物の井戸がある商会の裏へと案内した。
「……これがノエルの考案した新型の井戸だな?」
「はい。ノエル様が設計図を描き、私共の商会に持ち込んだものになります。従来の滑車やロープを使って水を引き上げる方法とは異なり、上部に取り付けられたハンドルを操作することによって水を汲み上げられる仕組みになっております」
アルバンの問いかけにアシュリーはスラスラと淀みのない台詞で答える。
背筋の通った所作は商人というよりも、屋敷にいる使用人のようだとアルバンは思った。
アルバンは顎に手を当てながらしげしげと井戸を見つめる。
それから上部についているハンドルに手を伸ばした。
上下に動かすと大量の水が出てくる。
「アルバン様、お靴が……ッ!」
ばしゃばしゃと出てきた水がアルバンの足下を微かに濡らした。
アシュリーが心配の言葉をかけるが、アルバンはまるで気にした様子もなく水口から流れ続ける水を見つめていた。
「確かにこれは有用だな。ハンドルに軽く力を加えるだけでこれだけの水が大量に流れ続けるとは……」
アルバンはポンプ式の井戸を見下ろしながら内心では驚愕に満ちていた。
確かにノエルは優秀であると聞いていた。幼いながら読み書きを覚えているだけでなく、数字に強く領地の収支を読み解くほどの才覚があると。兄たちとは異なる才を示し、将来が楽しみだと噂されていた。
しかし、才能があるとはいえ、たった四歳の子供がこのような物を考案するとは思ってもいなかった。
目の前の井戸はただ水を汲むだけの道具ではない。
村人の生活を楽に、労力を減らし、時間を生む。
それはつまり生産性を底上げし、領地の繁栄へ直結する発明である。
そんな道具を考えつき、公爵家の手を借りることなく形にしてしまうとは、自身が想定していた優秀という枠組みを遥かに超えている。
「……商人であるお前は、これをどう思う?」
「率直に申し上げますと、これはお金になる発明でございます。領内の普及に務めれば人々の生産性は瞬く間に向上するでしょう。他領地や都市に持ち込んでも高く売れます」
アシュリーは熱を込めてポンプ式の井戸の利点を語るが、それでもアルバンの表情は硬いままであった。
確かにこの井戸は素晴らしい。
水の供給が容易になれば、農作業や家畜の飼育にも恩恵が及ぶ。
灌漑用水の確保が感嘆になれば、収穫高も増え、領地の税収も向上する。
職人たちの工房でも水の利用が容易となり、産業発展の後押しとなるだろう。
領主としてみれば、これほど嬉しい発明はない。
だが、アルバンは素直に喜ぶことができなかった。
こうした魔法に頼らぬ工夫、生産の工夫を凝らすのは、職人や商人といった平民の役目だ。
貴族がやるべきことではない。それがアルバンの揺るぎない価値観であった。
貴族とは魔法によって武威を示し、人を治める立場だ。
血筋と武威を持って人々を導くからこそ、我々は貴族と呼ばれる。
それなのにノエルは民と同じ視点で人々の生活を支える道具を作ってしまった。
アルバンの心には喜びもあったが、それ以上にノエルへの不安と苛立ちの感情が混ざっていたのである。
「……アルバン様?」
無意識に手を強く握り込んでいたアルバンは、アシュリーの問いかけによって我に返った。
貴族としては相応しくない。だが、領主としては、この才を認めないわけにはいかないだろう。
「商人、この新型の井戸を普及させる算段はついているか?」
「はい。資材と職人の手配は既に進めております。商会としては、アルバン様の後押しがあれば、迅速に展開可能です」
「よろしい。では、このエルドを中心に領内の井戸をすべて新型へと変える。正式に私が認可しよう。契約書に関しては後程、エルディア公爵家に届けるがいい」
「……契約書に関してなのですが、既にご用意があります」
「なに?」
踵を返そうとしたアルバンであるが、アシュリーの一言によって眉根を寄せた。
「先読みして作っておいたのか?」
「いえ、これはノエル様があらかじめ作成された雛形になります」
アシュリーの口からもたらされた事実にアルバンは言葉が出なかった。
困惑しながらアルバンは羊皮紙を開いて、記載されている契約内容を確認していく。
「契約内容に関しましては従来のものとそう変わりありません。ただ一点だけ違うのは新型の井戸の設置および普及に関してとなります」
「専売特許に加え、使用料の徴収か……」
アシュリー商会は独占的に扱う権利を得る。その対価として一基ごとに発明者であるノエルへの使用料を支払う。
四歳の子供がここまで考えるのか。
功績は認められなければ意味はない。
そんな考えを当然のように抱き、先回りして形にする。
無邪気な笑みを浮かべた子供ではあるが、その内に秘められた計算高さは侮れないものだ。
「……よかろう。この条件で進めるがいい」
「ありがとうございます」
アルバンは表情を変えることなく、その場を後にした。

