転生貴族、天空城を手に入れる~地上に居場所のない人たちを助けていたら、いつの間にか空飛ぶ最強国家になっていました~

勉学に打ち込み続けること一年。
気付けば、僕ことノエル=エルディアは五歳になっていた。
身体は確かに成長している。
三歳の頃は勉強机の椅子に座っても地面に足がつかなかったのだが、今では深く腰掛けた状態でもしっかりと床に触れるようになっている。
幼児特有の丸みを帯びた身体は少しずつ引き締まってきた。
背丈は伸び、鏡に映っている自らの姿は幼子から少年へと変わりつつあった。
「ノエル様、また身長が伸びましたね」
「うん! 前よりも二センチくらい伸びたよ!」
後ろから声をかけてくれたのはミナリスだ。
僕が五歳になったのと同じく、専属メイドであるミナリスも年を重ねて十二歳になった。
「でも、ミナリスの方が成長したね」
「そうですね。ここ最近は特に身長の伸びが早いような気がします」
頭の辺りに手をやって自らの身長を確かめるミナリス。
僕の身長が百十センチを超えた程度であるが、彼女の場合は百四十センチを超えていた。
十歳の頃は小枝のようだった腕や足が、今ではしなやかな曲線を帯びている。
成長期ということもあってか背丈は僕以上に伸びていた。
「それに少しだけ胸も膨らんできました」
ミナリスが神妙な顔をしながら自身の胸を軽く持ち上げる。
自然と吸い寄せられてしまった視線を僕は即座に外した。
さすがにそれに関してはコメントできない。
五歳児とはいえ、精神に宿っているのはアラサーなのだ。
どんな台詞を返そうが自己嫌悪に陥ることは目に見えている。
「ミナリス、僕やってみたいことがあるんだ!」
僕は不穏な話題を変えるために咳払いをしながら言った。
「やりたいことですか? なんでしょう?」
「街に行ってみたい!」
「街ですか?」
「うん! 屋敷の外に出てみたいんだ!」
「そういえば、ノエル様は一度もこの屋敷から出たことがありませんでしたね」
「そうなんだよ。公爵家の領地がどんなものか見てみたいんだ!」
ミナリスが思い出したように言う。
ちょっとした馬術や、オスラたちが行っている剣術の稽古の見学として中庭に出たことはあるが、屋敷の敷地の外には一歩たりとも出たことがなかった。
この世界がどんな光景か、人々がどんな風に暮らしているのか。見聞きした話や書物だけの情報ではなく、自らの足で歩き、この目で見てみたいのだ。
「そうですね。ノエル様も五歳になりましたし、近くの街を見に行くくらいであれば問題ないでしょう。念のためにアルバン様にご許可を頂戴してまいります」
「うん、わかった!」
頷くと、ミナリスは僕の外出の許可をとるために部屋を退出するのだった。
結果からして僕の外出許可はあっさりと取れた。
既に物事の分別はつく年齢になっていたし、普段から屋敷でいい子として過ごしていた賜物だろう。
そんなわけで僕たちは急いで準備を整えると、生まれて初めて屋敷の外に出ることになった。



ガタゴトと馬車で揺られること三時間ほど。僕とミナリスは城塞都市エルドに到着した。
「うわあ! 大きな城壁だ!」
馬車の窓から見えるのは、大地に根を張るように築かれた巨大な外壁だった。
高さ十メートルはあろうかという石作りの外壁が街をぐるりと囲んでいた。
外壁の塔には見張りの弓兵が配置され、王国旗が風にたなびいてた。
正門は堅牢な鉄扉と跳ね橋を備え、城下へ通じる大通りへと直結している。
門前には全身を鎧に身を包んだ兵士が立っており、入場待ちの商人や旅人などが並んでいたが、僕らはこの街を統治するエルディア公爵家だ。
馬車の荷を検められることもなく顔パスで街に入ることができた。貴族万々歳である。
正門を潜ると、まず目に飛び込んでくるのは石畳の道だ。真っ直ぐに伸びた大通りは大勢の人と馬車で賑わっている。ただ人口が多い割に他種族の姿がほとんど見受けられない。
「……意外と他の種族が少ないね?」
「エルドは人間族が八割を占めますから」
「なるほど」
残念だ。ミナリス以外の獣人がどんな姿をしているか見たかったのに。
猫、犬、狼といった王道の獣人たちも見てみたかった。
落胆しつつも視線を上げると、道の両脇には石造りの建物が並んでいる。
二階建ての建物ばかりではなく、三階建てや四階建ての建物なんかも多くあった。思っていた以上にこの世界の建築技術は進んでいるようだ。
正門の前にはちょっとした広場のようなものが広がっており、いくつもの馬車が停まっていた。
「ミナリス、どうしてここには馬車が多いの?」
「ここが乗り合い馬車の待合所だからです。冒険者や旅人などは、ああやって御者にお金を支払って街から街へ移動するのです」
「へー、なるほど」
道理で雰囲気がバス停みたいなわけだ。
屋敷の中でいくら勉強しようが、こういった一般的な生活については実際に目で見てみないとわからないものだな。外に出てきた甲斐があるというものだ。
それから僕は気になるものを片っ端から指さしてはミナリスにどんなものか尋ねる。
ミナリスはそれらを面倒くさがることなく、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
「……ふふふ」
僕があれやこれと尋ねていると、ミナリスが微笑みを浮かべ出した。
「どうしたのミナリス?」
「いえ、ノエル様も年相応な一面があるのだなと思いました」
「そりゃそうだよ。まだ五歳なんだし……」
少しはしゃぎ過ぎただろうか? でも、しょうがないだろう。この身体に転生して初めて屋敷の外に出たのだ。僕にとっては見るものすべてが新鮮なのだ。
ミナリスに質問を投げかけながら大通りを進んでいくと、徐々に通行人の数が減っていき巡回する兵士の数が増えるようになった。
建物も明らかに丁寧な造りものが増え、高級住宅街のような雰囲気だ。
「……なんだか雰囲気が変わった?」
「おそらく領主様のお城が近くなったからでしょう」
「そっか! ここは城塞都市だから街の中心にエルディア公爵家の城があるんだ!」
城塞都市エルドは帝国との戦争において最終防衛ラインとして設置された街だ。
僕が普段過ごしているのは生活のための別邸であり、いざという時に街の中心にある城から指示を出し、防衛ラインを死守する。確かそんなことを授業で習った気がする。
「見えてきました。あれがエルディア公爵家のお城です」
エルディア家について振り返りながら歩いていると、街の中心部にひときわ大きな城がそびえ立っていた。
厚く積み上げられた白灰色の石壁は陽光を浴びて鈍く輝き、幾重にも重なる高塔が空を突き刺すように伸びている。石造りの胸壁には見張りの弓兵だけでなく、杖を手にした魔法使いまでもが巡回しており、正門以上に堅牢な雰囲気を漂わせていた。
魔法の名家であるエルディア公爵家に相応しい城だ。
とても大きな城だ。戦時の際にここを攻め落とすのは並大抵の兵力では難しいだろうな。
「よろしければ、お城の中を見学されていかれますか?」
「いや、別にいいや」
ミナリスが勧めてくれるが、僕は首を横に振った。
僕が当主になれる可能性が高ければ顔を出し、いずれ部下となる人たちに媚の一つでも売っておくのだが、生憎と僕がそうなる可能性は限りなく低いからね。
それにせっかく街にやってきたのにエルディア公爵家のお城に引き籠っていては屋敷にいるのと大して変わらないからね。
「……よろしいのですか?」
「お城よりも僕はもっと街の人の生活がわかる場所が見たい。この街で一番品物が集まっている場所はある?」
「でしたら、アシュリー商会に参りましょう。この街で一番大きな商会であり、公爵領にいくつもの支店を展開しておりますよ」
「おおいいね。その商会に行ってみよう」
こうして僕らは踵を返し、エルディア城の近くにあるというアシュリー商会に向かうことにした。
アシュリー商会は中央広場を少し過ぎた辺りの大通りに店を構えていた。
「ここがアシュリー商会……ッ!」
エルドで一番の大商会ということもあり、アシュリー商会はかなり大きな建物だった。
石造りの四階建ての建物で一階から三階までが店舗となっており、四階部分が事務所や倉庫になっているようだ。入り口部分は常に人が出入りしており、客足が尽きることがない。ひと目で商会が繁盛していることがわかった。
ミナリスに扉を押し開けてもらい商会の中に入ると、広々とした売り場が広がっていた。
店内の商品を見学しようと歩き出すと、僕たちの前に二十代半ばくらいの女性がやってきた。
「ようこそおいでくださいました、ノエル様。私はアシュリー商会の店主をやっております、アシュリーと申します」
「はじめまして。エルディア公爵家の四男であるノエルです。よろしくお願いします」
いきなり商会の店主に声をかけられたことに面食らいつつも冷静に挨拶をすると、アシュリーは口元に満足げな笑みを浮かべた。
「ところで、どうして僕がノエルだとわかったのですか?」
僕はアシュリーに会ったことがないし、エルドに訪れるのも今日が初めてだ。それなのに名指しで挨拶をされるとは思わなかった。
「公爵家の四男は幼いながらも天才だという噂は耳に入っていましたから」
噂は耳に入っていたとはいえ、直接顔を見たことはないはず。
四歳児というわかりやすい情報を持っているとはいえ、堂々と名前を呼んで名乗りを上げるなんて大した胆力だ。若くして商会の店主をやっているのは伊達じゃない。
「さすがはノエル様。屋敷から一歩も出ずとも、その聡明さは市民に伝わるものなのですね」
「いや、広めているの多分ミナリスでしょう?」
僕が突っ込むと、ミナリスはぷいっと顔を逸らした。
幼少期の頃からミナリスは僕のことをすごいすごいと喧伝していた。
それは弟を自慢したい姉心のようなものだと思って放置していたが、この年齢になっても彼女は自慢をやめることはなく、嬉しそうにしている。さすがの僕もどうしたらいいかわからない。
「ノエル様、本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「なにぶん街にやってくるのは初めてなので色々と商品を見たいと思いまして……」
「なるほど。では、私が商会の中を案内いたしましょう」
「よろしくお願いします」
別に一人でも見られるけど、商会の店主からそのように言われては素直に従うしかない。
アシュリーの立場からすると、公爵家の四男が平民に混ざってうろついている方が怖いだろうからね。
そんなわけで僕たちは店主であるアシュリーに案内してもらって、商会の中を見させてもらうことになった。
「一階部分は主に生活用品となります。食器、家具、農具、金物、細工物といったあらゆる生活雑貨が集まっております」
最初に軽く見させてもらった通り、一階部分は生活に必要なものを中心に販売されているようだ。
棚には陶器や食器が並べられており、壁には農具や金物が立て掛けられている。
奥の一角には彩り豊かな布地や染料が置かれ、様々な種類の香辛料やハーブなどが整然と並んでいた。
そうやって品物を丁寧に見学していると、同じ木彫りの細工物でも値段が極端に違うものが気になった。
「すみません。こちらにある細工物はどうしてあちらにあるものより高いのでしょう? 使われている素材が上質なのでしょうか?」
棚に並んでいるのは魔物であるスライムを模した魔石細工だ。
右側には同じような魔石細工が並んでいるが、左側のものの方が滅法高い。
「ああ、それは工学魔法で造り上げたものだからです」
……工学魔法ッ!
アルバンが貴族として相応しくない魔法の例としてあげた生産系魔法の一種だ。
「確か魔力と素材を融合させて物を作り出す魔法ですよね?」
「その通りです。こちらの作品は工学魔法を使える職人が魔石を丁寧に加工し、魔力で仕上げたものになります。手作りのものよりも時間と魔力はかかってしまいますが、手作りではできないような曲線を描いたり、魔法加工による丁寧な処理ができるんです」
手作業のものと見比べてみると、工学魔法で作ったものの方が断然フォルムが綺麗だし、加工した後のような継ぎ目も見えなかった。
「へえ! すごいですね! 工学魔法を使えば、こんな精緻な作品ができるんですね!」
よく見てみると全く出来栄えが違った。
これならば工学魔法で仕上げた作品の方が高いのも納得である。
「……ノエル様は貴族ですのに、工学魔法と聞いても蔑んだりしないのですね?」
魔石細工を見て素直に称賛すると、アシュリーがまじまじとこちらを見ながら言う。
そうだった。貴族は生産系の魔法や農耕系の魔法を庶民の魔法だと下に見ているんだった。
でも、別に言ってもいいか。こんな態度を見せて、今更取り繕う方が無理がある。
「僕は工学魔法をはじめとした生産系魔法や、農耕系魔法も、人々の生活を豊かにする素晴らしい魔法だと思っていますから」
領地の防衛に役に立たないからなんだというんだ。
人々の生活を豊かにするのに必要なのは戦争に役立つ魔法ばかりではないと思う。
「……ッ!? ノエル様は非常に柔軟な思考をお持ちなのですね」
「あはは、貴族の中では変わった思考ですよね」
「いえ、ですがノエル様のような方が領主になってくだされば、多くの領民の生活は豊かになると思います」
「え?」
アシュリーからの思わぬ返答に僕は間抜けな声を漏らしてしまう。
「失礼しました。忘れてください。次は二階を案内いたしますね」
自らが口にした言葉が危険な意味を孕んでいると気付いたのだろう。
アシュリーは咳払いをすると、この話題は終わりとばかりに先に進み出した。
彼女の本音のような言葉を耳にし、貴族の歪んだ価値観は色々な歪みを生み出しているのだと思った。