転生貴族、天空城を手に入れる~地上に居場所のない人たちを助けていたら、いつの間にか空飛ぶ最強国家になっていました~

「ノエル様、私とはぐれてしまった後のことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
バルコニーからの景色を堪能し、謁見の間に戻るとミナリスが尋ねてきた。
「ああ、そうだね。落ち着いたことだし、説明するよ」
天空城を飛ばすことを優先していたので経緯をミナリスに話せていなかった。
こうやって無事に天空城を飛ばすことができたことだし、管理室での出来事を話しておくべきだろう。
僕は上層にてミナリスとはぐれた後のことを話した。
「……なるほど。今よりも遥かに魔法技術が発達していたと言われている五百年以上前に作られたものであれば、色々と納得ができますね、それにしても凄まじいです」
「うん、本当に天空城を造ったオルグレンさんは凄いよ」
「もちろんオルグレンさんという方が大変優秀な方なのはわかりますが、その知識を引き継いだノエル様も大概だと思います」
「え? 僕が?」
「オルグレンさんという方が完成させることのできなかった最後のパーツをあっさりと完成させ、空に飛ばしてしまったのですから」
「……いやいや、僕は凄くないよ? だって、天空城を設計したオルグレンさんか全ての知識を引き継いでいるんだよ?」
彼から全てを引き継いだことにより、僕の脳内には天空城に関する設計図が叩き込まれているし、完成させられなかった魔力炉の作り方もわかっているんだ。
これで作れない方がおかしいと思うんだけど……。
「作り方がわかっているとはいえ、それをすぐに理解して実際に作り上げられるかは別だと思います」
「そうかな?」
僕が小首を傾げると、ミナリスがちょっと困った人を見るような目になった。
え? 僕ってそんなに非常識なことを言っているかな?
「ノエル様は学者の書いた難解な論文だろうと、頭に叩き込まれれば、その全てを理解できるとお思いですか?」
「いや、無理だよ。いくら論文を読んでも、その人と同等の基礎知識や経験がないと内容すら理解できない――」
ミナリスのたとえ話を聞いて、僕は彼女が何を言わんとしようとしていたのか理解した。
「確かに僕が天空城を完成させることができたのも、今までの基礎知識や経験があったからこそだね」
「ええ、そういうことです。仮に私が同じようにオルグレンさんという方から天空城に関するすべてのことを引き継いだとしてノエル様のように完成させられなかったでしょう」
「ありがとう。ミナリスの言ってくれたことを胸に留めた上で僕も誇りに思うことにするよ」
自身の努力があったが故の成果であることを素直に認めると、ミナリスは満足したように笑みを浮かべてくれた。
謙遜は日本人の美徳ともいうが、あまり自分を卑下し過ぎるのもよくないからね。
自分の成果があれば、これからはちゃんと誇ることにしよう。
「ノエル様、これからどうなさいますか?」
「まずは城内の様子を確認したいな」
僕は玉座に腰掛ける。
玉座の周囲にはタッチパネルのようなものが扇状に展開されている。
これらは天空城を制御盤であり、管理者が操作することで天空城を自由に動かしたり、内部についての情報を拾うことができるのだ。
【――新たなる管理者、ノエル=エルディアによって天空城が起動しました――】
魔力認証を突破すると、制御盤にメッセージが表示された。
システムが起動すると、制御盤に天空城についての情報が表示された。
天空城の位置、高度、方位、速度などに加え、魔力炉の出力、反重力結界の展開率といったあらゆる情報が羅列されていた。
「うーん、さすがに長年放置されていた影響もあって少しガタがきているなぁ」
天空城は問題なく空を飛んでいるものの、五百年以上前に作られたものだけあってところどころ想定していた出力を下回る箇所も見えていた。
今のところ問題はないが、このまま手を加えずに十年も飛ばしていたら不調をきたし、墜落することになるだろう。ガタがきている部分に関しては落ち着いたタイミングで僕が部品を作り直して取り換えてあげないとな。
「生産施設に関しては……全部停止しているな」
「生産施設ですか?」
「天空城では人々が自給自足するための生産施設がいくつもあるんだ」
食料生産系だと人工農園、水耕栽培室、果樹園、畜産小屋、養魚池、養殖槽、きのこ培養室などがあり、水などの資源系だと水生成施設、貯水槽、浄化装置、雲海吸収塔、堆肥室、分解処理室などといったものがある。
他にも衣服系、工芸系、エネルギー、技術系、生活系、文化系、娯楽系と多岐に渡る生産施設があるのだがそれらの全ては機能を停止している。
「でしたら一刻も早く稼働させましょう! 特に食料や水の確保は重要です!」
「そうしたいところだけど、今城内にはイグーナがたくさんいるから……」
城内の地図を確認すると、イグーナたちが跋扈している上層と中層は敵性反応示す赤いマークだらけだ。
こうして全体の数を見ると、城内に巣食っているイグーナの数はかなり多いな。
詳しく様子を確認するために城内に設置されているカメラを確認する。
城内にいるイグーナは生産施設の傍で巣を形成していたり、中には施設の真上に巣を作っている群れもいた。重要施設の前で昼寝をしている群れもいるし、城内で追いかけっこのようなものをして遊んでいる群れもいる。
皆、思い思いに城内での生活を楽しんでいるな。
この城が実は今、空を飛んでいると気付いているのだろうか?
いや、この反応を見る限り気付いていなさそうだな。
ともあれ、これだけ城内をイグーナに跋扈された状態では、施設を稼働させた瞬間に壊されてしまう可能性がある。すぐに稼働させられる状態ではない。
「私にお任せください! 一日――いえ、半日もあれば、イグーナ共を殲滅して参ります!」
ミナリスが前のめりで言ってくる。
彼女の顔が眼前に迫った。やたらと近い。睫毛の本数まで数えられそうな勢いだ。
足手纏いである僕を連れていたが故に、ミナリスには随分と歯痒い思いをさせてしまった。
おそらく、溜まっているフラストレーションを思いっきりぶつけたいのだろうな。
「いや、ミナリスが出向く必要はないよ」
「イグーナを放置されるおつもりですか?」
「そんなつもりはないさ。彼らにはすぐにここから退去してもらうよ。」
僕たちに従順な可愛い愛玩動物ならともかく、勝手に人の敷地に上がり込んで住処を築くだけでなく、襲いかかってくるような魔物だ。いつまでも好き勝手させるつもりはない。
僕はにっこりと笑みを浮かべると、制御盤を操作して清掃機能の一つにある【排水】に触れた。
次の瞬間、城内に低く重たい唸りが響いた。
制御盤に映し出された映像を眺めると、フロアにある天井、壁、床から水管が飛び出し、激しい水流が噴出された。
白く泡立つ水は瞬く間に通路を満たしていき、イグーナの群れを襲った。
イグーナの甲高い悲鳴が次々と上がる。
足の裏についている吸盤や爪で必死に石畳を掴み、牙を剥き出しにして抗おうとするが水流の前では無意味だ。イグーナたちの身体はあっという間に持ち上がってしまう。
滝のごとき水流は容赦なく彼らをもみくちゃにしながら押し流す。
「……ノエル様、これは?」
「天空城にある清掃機能の一つだよ」
天空城内部に張り巡らされている水路や貯水槽を制御盤からの操作で一気に開放しただけだ。
この機能を使うには城内の居住者も避難させなければいけないが、今天空城にいる人間は僕とミナリスだけなので気兼ねなく使うことができる。
「城内を傷つけることなくイグーナを一掃できるし、その上城内の清掃までできる」
「一石二鳥ですね! 素晴らしい清掃です!」
イグーナたちが水流に呑み込まれていく様子は痛快だったのか、ミナリスがくすりと笑った。
排水は水の備蓄を大量に消費してしまうが、五百年以上眠っていたお陰で水の量は十分にあるし、天空城が起動した今では綺麗な水を生産することも可能だ。思う存分に使える。
ごうごうと響く音と共に水流はフロアの端にある巨大な排水口に向かっていく。
そこに網も頻りも存在しない。
「このまま天空城の外に――ポイッ!」
イグーナたちは水と共に排水口に吸い込まれ、そのまま天空城の外へと放り出された。
意識の残っていたイグーナたちが次々と悲鳴を上げるが、激しい風の音にかき消された。
現在の天空城の高度は千メートル。いくらイグーナといえど、このような高所から地面に叩きつけられては無事では済まないだろう。
「よし、お掃除完了!」
「これでノエル様の居城を不当に占拠する魔物はいなくなりましたね!」
城内の地図を確認すると、今の排水で敵性反応である赤いマークがなくなった。
つまり、城内にいるすべてのイグーナが排除されたわけである。
僕らの頭を悩ましてくれた存在が完全にいなくなり、僕たちは朗らかな笑みを浮かべて拍手をするのだった。



イグーナたちを一掃した僕は、制御盤を操作して天空城にあるいくつかの生産施設を稼働させた。
動力室に鎮座している魔石から魔力が抽出され、それぞれの生産施設へと送られていく。
「とりあえず、人工農園、果樹園、水生成施設、雲海吸収塔、浄化装置、食料保存庫を稼働させたよ」
「それらの生産施設はどのように稼働しているのでしょう?」
生産施設を稼働させたことを報告すると、ミナリスが遠慮がちに聞いてきた。
「主に工学魔法で作られた機械やゴーレムが中心となって稼働しているよ。気になるなら見に行く?」
「よろしければ、確認させていただきたいです」
提案すると、ミナリスがこくりと頷いた。
水も食料も僕たちが生きて行く上で必要なものばかりだ。
遠隔で稼働させたと言われても、実際にこの目で見なければ安心できないだろう。
「わかった。それなら生産施設を確認しに行こう」
生産施設の状況は制御盤から確認はできるけど、僕たちの生命線を握る施設だけあって一度はこの目で見ておきたい。
そんなわけで僕とミナリスは稼働させた生産施設の確認に向かうことにした。
「あっ!」
「ノエル様、どうされました?」
「ちょっと待ってね。確認に向かう前に天空城を浮遊モードにしないと……」
天空城のエネルギー源は動力室にあるレッドドラゴンの魔石であり、そこから魔力を供給されることによって自由に空を移動できる。当然ながら高度を上げたり、速度を上げると魔力消費は激しくなるからね。
現状、天空城を運営する方針が何も決まっていない以上、無暗に動かして魔力を消費する意味はない。
「ノエル様、この天空城はどのくらい空を飛べるのでしょう?」
制御盤を操作していると、ミナリスがおずおずと尋ねてくる。
「うーん、今設置しているレッドドラゴンの魔石は、かなり上質な代物だからね。天空城で世界を飛び回っても十年は保つはずだよ」
「想像よりもかなり燃費が良いようで安心しました」
「でも、これはあくまで現状での話だからね」
現状、消費魔力が低いのは、天空城にたった二人しか住んでおらず、各生産施設をほとんど稼働させていないためだ。
もし、天空城に今よりも大勢の人々が住むようになれば、各生産施設はフル稼働する必要がある上に、資源の消費は爆発的に増えることになる。当然、消費する魔力は何倍にも膨れ上がることになるだろう。
「なるほど。留意しました」
今後、僕が天空城をどのように運営するか次第であるが、そのことだけは頭の片隅に置いておかなければいけない。
「さて、あとはどれくらいの高度を維持させるかだね。今の魔法技術を考えると、この天空城は明らかにオーバーテクノロジーだよね?」
「空飛ぶ城など前代未聞です。魔法先進国と言われているマギラス帝国でさえも再現することはできないでしょう」
「となると、目視されるだけで大騒ぎになる?」
「国家の首脳陣クラスが集まって、対策会議を行うことになるでしょう」
「……それだけは避けたいね」
天空城のせいで地上が大騒ぎになるのはできるだけ避けたい。
「天空城が目視されない高度ってどれくらいだろう?」
「これほどの大きさを建造物になってしまうと、百キロほど離れていようと地上から目視されてしまいそうです」
「だよね」
飛行機程度の大きさならばともかく、天空城の直径は軽く五キロを超えている。
これだけの大きさの物体が浮かんでいて目視されないというのが無理な話だ。
今は誰も人が立ち入ってこない魔の森の上空だから騒ぎになっていないけど、人の生活圏内に近づいてしまうと間違いなくバレる。
「高度を上げるのではなく、目視されないように隠すのはいかがでしょう?」
「ステルスモードを使えば、完全に姿を隠蔽することはできるんだけど、消費魔力がとんでもないんだ」
なにせこれだけの大きさの建造物に光学迷彩をかけるんだ。
短時間ならばともかく、ずっとそれを維持するとなればレッドドラゴンの魔石をもってしても数週間で魔力切れになるだろう。
「光学迷彩を天空城の下部にだけ展開する方法もあるけど、それでも魔力消費はバカにならないしなぁ……」
この天空城は緊急時に地上から避難するために造られてはいるが、大目的はオルグレンの自己顕示欲を示すためだ。彼からすれば、天空城を誇ることはあれど、隠すなんて考えられないのだろう。
後世に託すのであれば、もうちょっと色々と自重して欲しい。
現実逃避気味にバルコニーの方に視線をやる。
天空城の外ではどこまでも青い空が広がっており、真っ白な雲が――。
「そうだ! 雲で隠してしまえばいいんだ!」
ぷかぷかと浮かぶ真っ白な雲を眺めて、僕はふと閃いた。
これだけ大きな物体であろうとも、雲さえあれば覆い隠すことができる。
「ですが、常に天空城を覆い隠せるほどの雲があるでしょうか?」
「それについては問題ないよ! 天空城には雲を発生させるための装置があるから!」
魔力で水蒸気を冷却凝縮し、局所的に積雲を生成することができる。
元々は農業をするために雨を降らせるための装置の一つであるが、これを活用すれば天空城を覆い隠すほどの雲を発生させることができる。さらに気流制御を並行して稼働させれば、常に雲海を周囲に滞留させられるだろう。
二つの装置を稼働させることになるが光学迷彩を常時部分展開するよりも魔力消費は百倍マシだ。
「雲発生装置、気流制御装置、稼働!」
僕は速やかに二つの装置を稼働させた。
すると、天空城の外縁部にある塔の頂上部から白い霧が吹き上がった。
空へと拡散された水蒸気は瞬く間に冷却され凝縮し、真っ白な雲が散布された。
そして、城の外周に取り付けられた半透明のリングが浮かび、その環の中で空気が渦を巻いた。
気流制御装置が稼働したことにより、散布された雲が天空城の周囲に滞留する。
「よし、天空城を隠せた!」
「これならばたとえ獣人族が空を見上げようとも目視されませんね」
獣人であるミナリスからお墨付きを貰ったところで僕は安心して謁見の間を後にするのだった。