◇
部屋に招き入れた藤沢は、昔のゲームキャラクターみたいにカチコチとしたぎこちない動きをしていた。
しばらく玄関で挙動不審のまま突っ立っていたから、「入れよ」と促したのだが、その後もこの狭い部屋で自分の居場所を探してオロオロしているのが見てとれる。
別に見られて困るものなんかないのに、藤沢は“視線を上げたら何かに触れてしまう”とでも考えているみたいに、足元ばかり見ていた。
「そこ、座って。なんか飲む?」
「あ、お構い……なく……」
緊張しすぎだろと思って、つい笑ってしまう。
とりあえずソファに座らせ、冷蔵庫から作り置きの麦茶のボトルとグラスを二つ持ってきて、テーブルに置いた。
麦茶を注いで手渡してやると、ようやく藤沢が恐る恐る顔を上げる。
八畳の部屋には、廊下側のキッチンに続く形で、電子レンジと炊飯器を載せた棚があり、その下にはカップ麺のストック。
あとはベッドとソファ。テレビは置いていない。
それなのに部屋が手狭に感じるのは、ギターと、机まわりに固められたインターフェース類・小型スピーカー・マイクスタンドあたりが幅を取っているせいだろう。
ケーブルが何本も這っていて、慣れない人間からすれば“物が多い”と感じると思う。
藤沢はその部屋にさりげなく(とたぶん本人は思っている)視線を巡らせ、その後ちみりと麦茶を飲んだ。
ソファの隅で縮こまる藤沢を尻目に、俺はラックの中をゴソゴソと漁った。
たしか古いヘッドホン、まだ捨ててなかったはずだ。
思ったとおり、イヤーパッドの表面が少し劣化してしまったヘッドホンが出てくる。
インターフェースにヘッドホンを二つ繋ぎ、状態の良い方を藤沢に渡し、古い方を自分用に手に取った。
藤沢は、手渡されたヘッドホンを両手で持ったまま硬直している。
いちいち指示を出さないと動けないロボットみたいだ。
先にヘッドホンをはめた俺は、藤沢にも同じように装着しろという意味で、指先で自分の耳をとん、と示した。
指示を受けた藤沢ロボは、恐る恐るヘッドホンを耳にはめる。
それを確認して、俺はギターを手にして、藤沢の隣によっこいせっと腰を下ろした。
小さいソファだから、そりゃ男ふたり座れば肩くらい当たる。
触れた瞬間にびくついた藤沢のリアクションを、予定通りいただいてから、俺は膝の上でギターを軽く持ち直し、ペグを一度だけ指先で回してチューニングを確かめた。
続けて、弦を指で軽くはじいて耳でピッチを確認し、
指板に左手を置いて“いつも通り”の位置に落ち着かせる。
右手では、テーブルに置きっぱなしだったピックを取り、弦の上にそっと構えた。
藤沢をちらりと横目でみる。
両手でヘッドホンをしっかり耳に押しつけていて、息しているのか不安になるほど真剣な顔で、俺の手元を見つめていた。
ふと、ライブの時もこんなふうに見てるのかなぁと考える。
こいつは俺の何が好きなんだろう。
手元か、顔か、ビジュアル以外の何かなのか。
――ポロロン、と軽く弦を弾く。
左手で押さえたのは、いつも最初に鳴らす癖になっている Gコード。
ヘッドホン越しにその響きを確かめながら、わざと指を離すのを遅らせて余韻を引っ張ると藤沢がぱっと顔を上げた。
ヘッドホンから届いた音を、喜んでいるのかもしれない。
続きを期待してるのが見てとれて、なんだか気分が良くなってくる。
さて、なんの曲をやるって話だったんだっけ。
そもそも俺、「聴いてく?」とだけ言って部屋に入れた気がする。曲名なんて伝えていない。藤沢は、どの曲が始まると思って構えてるんだろう。
まあ、いいか。
とりあえず、さっき話題に出た“次のライブでやる予定の、練習中の一曲”を披露してやることにした。
左手でGのフォームを探り、軽く押さえる。
右手のピックが弦をなぞり、シャラ… と控えめなストロークがヘッドホン越しに広がった。
藤沢の肩が、ぴくっと小さく揺れる。どうやらちゃんと聞こえてるらしい。
そこからテンポを落としめのアルペジオに移る。
開放弦が混ざる繊細な響きが、ヘッドホンの中では必要以上にクリアで、自分でも少し照れるくらいだ。
二、三小節続けて、軽くコードチェンジ。
左手の指がフレットを滑るたび、コツ、と細い衝撃が指先に返ってくる。
右手はリズムを刻むように自然と揺れ始めていた。
藤沢は、もう完全に固まっている。
手元を凝視したまま瞬きすら減らして、音を逃すまいとしているのがわかる。
俺を乗せるのが上手いな藤沢。
サビ前のフレーズをなぞると、藤沢の呼吸がわずかに深くなる気配が伝わってきた。
俺が鼻歌混じりに歌詞を口ずさんだことに、気がついたようだ。でも、ヘッドホン越しで聞こえないのだろう。僅かに動く俺の口元を無意識なのか必死に見つめている。少ししてからようやく気がついたように、藤沢はヘッドホンの右側だけをわずかにずらした。もう少しだけ明確に歌詞を口ずさんでやる。
面白いことに藤沢はライブの時と同じ顔をしていた。ポカンとしてるあの感じだ。
……ああ、可愛いな。こいつ、ほんと可愛い。
サビの終わりのフレーズに向かって、指先を軽く走らせる。
和音をほどくみたいに、下の弦へ指を滑らせて、最後のコードを軽くはじいた。
ヘッドホンの中で、音が小さくほどけていく。
「……って、感じ」
フレーズが終わると、俺はほんの少しだけ照れ臭さを感じて、ふうと息をはいて誤魔化した。
藤沢は胸元で小さくぱちぱちと手を叩く。表情をあまり動かさないままの小さな仕草はステージ上からもよく見かけていて、そろそろ見慣れたと思っていたけど、間近で見るとやっぱりちょっと笑えてしまった。
「いいよね、この曲」
何もしていないはずなのに、なぜか藤沢は息を弾ませている。
「知ってる曲だった?」
「うん、この前の鶴見のライブで聴いてから、気になってアルバム聴いたんだ。この曲もあったよ」
「へぇ、聴いたんだ? 最新のやつだよな?」
「たぶん」
「じゃ、これは?」
適当にアップテンポのフレーズをつま弾き、軽く口ずさんでみせる。
「うん、あった。それもいいね」
「藤沢は、他にどんな曲すきなの」
「え? 俺?」
と少し考える様子の藤沢。
徐にポケットからスマホを取り出して、アプリを立ち上げている。探しているようだ。俺が身を寄せて覗き込むと、明らかに意識したようにまた藤沢の体が硬くなった。
藤沢のプレイリストは、なんていうかまさに俺色に染まってしまっている。サークルのライブでコピーしたことのあるバンドばかりだ。
「あ、この曲かな」
そういって藤沢が立ち上げたのは、日本のロックバンドの一曲だ。最近流行りで、俺も好きだしライブでもこのバンドの別の曲は弾いたことがある。
――ポロロンと、適当に旋律を弾くと、また藤沢が小さく拍手をしてくれる。
「鶴見って、楽譜なくても弾けるの?」
「え? あー、まあ、簡単なフレーズくらいなら」
「すごいね。絶対音感的な?」
「ちゃうちゃう。そんなのないよ。メンバーだと金沢はあるらしいけど」
適当に手癖のコードを鳴らしながら、会話はゆるく往復する。
言葉が止まると、次に何を話そうか探した。
そうしているうちに藤沢が何か質問を投げかけてくると、どこか安心する。
俺は取り留めのない質問に返事をしつつ、藤沢の手元のスマホに指先を滑らせた。
俺色に染まりかけたプレイリストの中には、いくつかレジェンドバンドの名前も並んでいる。
「Queen」「Led Zeppelin」「The Rolling Stones」――七十年代の英国ロックが好きなのかな。
「父親が好きで、その影響かも」
俺の視線の先を察して、藤沢が小さく呟く。
「まあ、この辺は王道だよな。俺も好き」
そう言いながら、俺はギターを軽く構え直す。
「じゃあさ――これわかる?」
左手でコードを作り、ジャッ、ジャッ、ジャッジャッと印象的なリフを鳴らす。
藤沢は瞬きを止めて、数秒だけ固まった。
「……『ボヘミアン・ラプソディ』?」
「正解。じゃ、これは?」
「『天国への階段』……?」
「おお、やるね。んじゃ、最後、これ」
「『スタート・ミー・アップ』!」
「はい、藤沢選手、優勝」
心なしか、クイズに正解するたび藤沢の表情が緩んでいく。
楽しそうだ。それがなんだか妙に嬉しい自分に気づいて、「なんでだ?」と一瞬だけ疑問がよぎる。
でもまあ、いっか、ともう一度ギターを構えた。
「んで、このあたりだと藤沢のお気に入りはどれよ」
「えぇ……」
藤沢はスマホの画面をじっと見つめ、
指先で慎重にスクロールする。
そして「これ、かなぁ」と照れたように画面をこちらに向けた。
「ラヴァーボーイか」
「うん」
記憶の中のコードを手探りで抑えてみるが、「あ、ちょっと貸して」とスマホを受け取る。
「いっかい確認する」
二人してスマホのスピーカーに耳寄せると、肩が触れるか触れないかギリギリの距離だ。
「はいはい、なるほどね」
イントロの軽やかなピアノとベースラインを耳で追い、頭の中でギターに置き換えていく。
「弾けるの?」
「まかせろ」
スマホをテーブルに戻し、ざっくりコード進行を思い出しながら軽くストロークを鳴らした。
ジャラ……ン。
本家みたいな華麗なピアノじゃなくても、明るく跳ねるコードをリズムよく刻めば、意外と“それっぽい”雰囲気になる。
右手で軽く跳ねるように刻み、間のタメを少しオーバーに取って遊ぶ。
そして、「ダダッ・ダンッ、ダンッ」と、有名な小気味よいリズムを真似してみる。
藤沢は馬鹿みたいに嬉しそうに目を輝かせている。
歌詞は適当な意味をなさないデタラメ英語で、俺が誤魔化すみたいに笑うと、藤沢もそれに釣られたのか珍しくちゃんと笑顔を作った。
「すげぇ」
「すごくないよ、雑コピ」
「いや、俺からしたら鶴見は天才だよ」
それは言い過ぎ。
藤沢の中で俺はどんな存在なんだよと一瞬思うが、まあ否定するほどでもなくて、そのまま受け流す。
でも俺は持ち上げられて気分が良い。藤沢は本当に俺を乗せるのが上手いと思う。
部屋に招き入れた藤沢は、昔のゲームキャラクターみたいにカチコチとしたぎこちない動きをしていた。
しばらく玄関で挙動不審のまま突っ立っていたから、「入れよ」と促したのだが、その後もこの狭い部屋で自分の居場所を探してオロオロしているのが見てとれる。
別に見られて困るものなんかないのに、藤沢は“視線を上げたら何かに触れてしまう”とでも考えているみたいに、足元ばかり見ていた。
「そこ、座って。なんか飲む?」
「あ、お構い……なく……」
緊張しすぎだろと思って、つい笑ってしまう。
とりあえずソファに座らせ、冷蔵庫から作り置きの麦茶のボトルとグラスを二つ持ってきて、テーブルに置いた。
麦茶を注いで手渡してやると、ようやく藤沢が恐る恐る顔を上げる。
八畳の部屋には、廊下側のキッチンに続く形で、電子レンジと炊飯器を載せた棚があり、その下にはカップ麺のストック。
あとはベッドとソファ。テレビは置いていない。
それなのに部屋が手狭に感じるのは、ギターと、机まわりに固められたインターフェース類・小型スピーカー・マイクスタンドあたりが幅を取っているせいだろう。
ケーブルが何本も這っていて、慣れない人間からすれば“物が多い”と感じると思う。
藤沢はその部屋にさりげなく(とたぶん本人は思っている)視線を巡らせ、その後ちみりと麦茶を飲んだ。
ソファの隅で縮こまる藤沢を尻目に、俺はラックの中をゴソゴソと漁った。
たしか古いヘッドホン、まだ捨ててなかったはずだ。
思ったとおり、イヤーパッドの表面が少し劣化してしまったヘッドホンが出てくる。
インターフェースにヘッドホンを二つ繋ぎ、状態の良い方を藤沢に渡し、古い方を自分用に手に取った。
藤沢は、手渡されたヘッドホンを両手で持ったまま硬直している。
いちいち指示を出さないと動けないロボットみたいだ。
先にヘッドホンをはめた俺は、藤沢にも同じように装着しろという意味で、指先で自分の耳をとん、と示した。
指示を受けた藤沢ロボは、恐る恐るヘッドホンを耳にはめる。
それを確認して、俺はギターを手にして、藤沢の隣によっこいせっと腰を下ろした。
小さいソファだから、そりゃ男ふたり座れば肩くらい当たる。
触れた瞬間にびくついた藤沢のリアクションを、予定通りいただいてから、俺は膝の上でギターを軽く持ち直し、ペグを一度だけ指先で回してチューニングを確かめた。
続けて、弦を指で軽くはじいて耳でピッチを確認し、
指板に左手を置いて“いつも通り”の位置に落ち着かせる。
右手では、テーブルに置きっぱなしだったピックを取り、弦の上にそっと構えた。
藤沢をちらりと横目でみる。
両手でヘッドホンをしっかり耳に押しつけていて、息しているのか不安になるほど真剣な顔で、俺の手元を見つめていた。
ふと、ライブの時もこんなふうに見てるのかなぁと考える。
こいつは俺の何が好きなんだろう。
手元か、顔か、ビジュアル以外の何かなのか。
――ポロロン、と軽く弦を弾く。
左手で押さえたのは、いつも最初に鳴らす癖になっている Gコード。
ヘッドホン越しにその響きを確かめながら、わざと指を離すのを遅らせて余韻を引っ張ると藤沢がぱっと顔を上げた。
ヘッドホンから届いた音を、喜んでいるのかもしれない。
続きを期待してるのが見てとれて、なんだか気分が良くなってくる。
さて、なんの曲をやるって話だったんだっけ。
そもそも俺、「聴いてく?」とだけ言って部屋に入れた気がする。曲名なんて伝えていない。藤沢は、どの曲が始まると思って構えてるんだろう。
まあ、いいか。
とりあえず、さっき話題に出た“次のライブでやる予定の、練習中の一曲”を披露してやることにした。
左手でGのフォームを探り、軽く押さえる。
右手のピックが弦をなぞり、シャラ… と控えめなストロークがヘッドホン越しに広がった。
藤沢の肩が、ぴくっと小さく揺れる。どうやらちゃんと聞こえてるらしい。
そこからテンポを落としめのアルペジオに移る。
開放弦が混ざる繊細な響きが、ヘッドホンの中では必要以上にクリアで、自分でも少し照れるくらいだ。
二、三小節続けて、軽くコードチェンジ。
左手の指がフレットを滑るたび、コツ、と細い衝撃が指先に返ってくる。
右手はリズムを刻むように自然と揺れ始めていた。
藤沢は、もう完全に固まっている。
手元を凝視したまま瞬きすら減らして、音を逃すまいとしているのがわかる。
俺を乗せるのが上手いな藤沢。
サビ前のフレーズをなぞると、藤沢の呼吸がわずかに深くなる気配が伝わってきた。
俺が鼻歌混じりに歌詞を口ずさんだことに、気がついたようだ。でも、ヘッドホン越しで聞こえないのだろう。僅かに動く俺の口元を無意識なのか必死に見つめている。少ししてからようやく気がついたように、藤沢はヘッドホンの右側だけをわずかにずらした。もう少しだけ明確に歌詞を口ずさんでやる。
面白いことに藤沢はライブの時と同じ顔をしていた。ポカンとしてるあの感じだ。
……ああ、可愛いな。こいつ、ほんと可愛い。
サビの終わりのフレーズに向かって、指先を軽く走らせる。
和音をほどくみたいに、下の弦へ指を滑らせて、最後のコードを軽くはじいた。
ヘッドホンの中で、音が小さくほどけていく。
「……って、感じ」
フレーズが終わると、俺はほんの少しだけ照れ臭さを感じて、ふうと息をはいて誤魔化した。
藤沢は胸元で小さくぱちぱちと手を叩く。表情をあまり動かさないままの小さな仕草はステージ上からもよく見かけていて、そろそろ見慣れたと思っていたけど、間近で見るとやっぱりちょっと笑えてしまった。
「いいよね、この曲」
何もしていないはずなのに、なぜか藤沢は息を弾ませている。
「知ってる曲だった?」
「うん、この前の鶴見のライブで聴いてから、気になってアルバム聴いたんだ。この曲もあったよ」
「へぇ、聴いたんだ? 最新のやつだよな?」
「たぶん」
「じゃ、これは?」
適当にアップテンポのフレーズをつま弾き、軽く口ずさんでみせる。
「うん、あった。それもいいね」
「藤沢は、他にどんな曲すきなの」
「え? 俺?」
と少し考える様子の藤沢。
徐にポケットからスマホを取り出して、アプリを立ち上げている。探しているようだ。俺が身を寄せて覗き込むと、明らかに意識したようにまた藤沢の体が硬くなった。
藤沢のプレイリストは、なんていうかまさに俺色に染まってしまっている。サークルのライブでコピーしたことのあるバンドばかりだ。
「あ、この曲かな」
そういって藤沢が立ち上げたのは、日本のロックバンドの一曲だ。最近流行りで、俺も好きだしライブでもこのバンドの別の曲は弾いたことがある。
――ポロロンと、適当に旋律を弾くと、また藤沢が小さく拍手をしてくれる。
「鶴見って、楽譜なくても弾けるの?」
「え? あー、まあ、簡単なフレーズくらいなら」
「すごいね。絶対音感的な?」
「ちゃうちゃう。そんなのないよ。メンバーだと金沢はあるらしいけど」
適当に手癖のコードを鳴らしながら、会話はゆるく往復する。
言葉が止まると、次に何を話そうか探した。
そうしているうちに藤沢が何か質問を投げかけてくると、どこか安心する。
俺は取り留めのない質問に返事をしつつ、藤沢の手元のスマホに指先を滑らせた。
俺色に染まりかけたプレイリストの中には、いくつかレジェンドバンドの名前も並んでいる。
「Queen」「Led Zeppelin」「The Rolling Stones」――七十年代の英国ロックが好きなのかな。
「父親が好きで、その影響かも」
俺の視線の先を察して、藤沢が小さく呟く。
「まあ、この辺は王道だよな。俺も好き」
そう言いながら、俺はギターを軽く構え直す。
「じゃあさ――これわかる?」
左手でコードを作り、ジャッ、ジャッ、ジャッジャッと印象的なリフを鳴らす。
藤沢は瞬きを止めて、数秒だけ固まった。
「……『ボヘミアン・ラプソディ』?」
「正解。じゃ、これは?」
「『天国への階段』……?」
「おお、やるね。んじゃ、最後、これ」
「『スタート・ミー・アップ』!」
「はい、藤沢選手、優勝」
心なしか、クイズに正解するたび藤沢の表情が緩んでいく。
楽しそうだ。それがなんだか妙に嬉しい自分に気づいて、「なんでだ?」と一瞬だけ疑問がよぎる。
でもまあ、いっか、ともう一度ギターを構えた。
「んで、このあたりだと藤沢のお気に入りはどれよ」
「えぇ……」
藤沢はスマホの画面をじっと見つめ、
指先で慎重にスクロールする。
そして「これ、かなぁ」と照れたように画面をこちらに向けた。
「ラヴァーボーイか」
「うん」
記憶の中のコードを手探りで抑えてみるが、「あ、ちょっと貸して」とスマホを受け取る。
「いっかい確認する」
二人してスマホのスピーカーに耳寄せると、肩が触れるか触れないかギリギリの距離だ。
「はいはい、なるほどね」
イントロの軽やかなピアノとベースラインを耳で追い、頭の中でギターに置き換えていく。
「弾けるの?」
「まかせろ」
スマホをテーブルに戻し、ざっくりコード進行を思い出しながら軽くストロークを鳴らした。
ジャラ……ン。
本家みたいな華麗なピアノじゃなくても、明るく跳ねるコードをリズムよく刻めば、意外と“それっぽい”雰囲気になる。
右手で軽く跳ねるように刻み、間のタメを少しオーバーに取って遊ぶ。
そして、「ダダッ・ダンッ、ダンッ」と、有名な小気味よいリズムを真似してみる。
藤沢は馬鹿みたいに嬉しそうに目を輝かせている。
歌詞は適当な意味をなさないデタラメ英語で、俺が誤魔化すみたいに笑うと、藤沢もそれに釣られたのか珍しくちゃんと笑顔を作った。
「すげぇ」
「すごくないよ、雑コピ」
「いや、俺からしたら鶴見は天才だよ」
それは言い過ぎ。
藤沢の中で俺はどんな存在なんだよと一瞬思うが、まあ否定するほどでもなくて、そのまま受け流す。
でも俺は持ち上げられて気分が良い。藤沢は本当に俺を乗せるのが上手いと思う。
