◇
夏休み最後の練習のあと、藤沢も一緒にBlueMugのメンバーもファミレスで軽く打ち上げ。
なんのかって言うと、BlueMug featuring 藤沢の初演奏の打ち上げらしい。二度目があるのかは知らないけど、とにかくファミレスで安いワインやらビールを飲んで、みんないい感じに仕上がって、大学三年生の夏休みを締め括ったというわけだ。
で、俺と藤沢はそのまま同じマンションに戻る。
部屋に誘ったのは俺。
はっきりいってそんなに酔ってはいなかったけど、酔ったせいにできるから、気がついたら藤沢の手を引っ張っていた。
シャワーを浴びて汗を流して、エアコンの効いた部屋でアイスを食べながら、音楽の話をしてだらだら戯れていたら、まあ、そういう雰囲気になったわけで。
というか、酔ったふりをして、俺が若干挑発したまである。
少し甘えた声を出して、ベッドの上で腕を引っ張ったら、ちょろいもんだった。
そのままの勢いで、俺と藤沢は普通の友達だったら絶対にしないようなことに及んだ。
そうなのかなって薄々思ってはいたんだけど、藤沢は俺を抱きたい側、だったみたいで。
そりゃ多少の躊躇ったけど。でも、興味はあったし、何より相手が藤沢だから……。
俺は何だかんだ藤沢を甘やかしたいのかもしれない。
その後、疲れ切って、俺はいつのまにか眠ってしまっていたみたいだ。
だけど、浅い眠りだったようで、瞼の向こうの淡い光と、隣で小さく寝返りを打った気配に覚醒する。
目を開けても、まだ暗い。
ベッドサイドのデジタル時計に視線をやると、深夜二時を少し回ったところだった。
「眠れない? 暑いか?」
声をかけると、向こうを向いてスマホを触っていた藤沢が、ぴくりと身体を揺らして振り返る。
「暑くないよ。大丈夫」
そう言ってスマホを枕元に置き、もそもそと寝返りを打って俺のほうへ向き直った。
俺が起きたことを、どこか嬉しそうにしている。
エアコンはわざと馬鹿みたいに低い温度にしてある。
夏掛けの中で、俺は藤沢と向かい合うように身体を寄せた。
「スマホ、眩しかった?」
「んー、大丈夫」
このまま目を閉じれば、また眠れそうだ。
でも、それも少し惜しい気がして、俺はそのまま藤沢を見ていた。
「身体は? 大丈夫?」
藤沢も、俺に寝てほしくないみたいだ。覚醒を繋ぎ止めるように、言葉を重ねてくる。
「んー……尻のほうは平気……だけど」
「け、けど……?」
「腰は、ちょっと痛いかも」
「あ、そ、そっか……」
申し訳なさそうにする藤沢の手を、夏掛けの中で引き寄せる。
「さすってたら、ちょっと楽かも」
自分の腰に藤沢の手を当ててやると、藤沢は辿々しく、ゆっくり撫でてきた。
「……こう?」
「うん」
少し距離を詰める。
さっきはもっとすごいことをしていたはずなのに、藤沢は緊張したみたいに喉を鳴らした。
「鶴見……」
「ん」
「あんまり近づくと、また興奮しちゃいそう……」
「……若ぇな」
「同い年だよ」
ふふ、と笑って、俺は軽く藤沢に口づける。
不意打ちだったのか、藤沢は「ぐぅっ」と変な声を漏らした。
可笑しくて、笑ってしまう。
「なんで笑うの」
「あー、いや」
「なに?」
「藤沢、鼻血出してたなって」
「うっ」
藤沢が、短く息を止める。
「揶揄ってる?」
「揶揄ってねぇよ。可愛かった」
「は、初めてだったんだから……仕方ないじゃん」
そう言って、藤沢は恥ずかしそうに枕へ顔を埋めた。なんだか、俺が抱いたんだっけ?――と錯覚しそうになってしまった。
「俺だって初めてだっての」
「え……えぇっ?!」
ガバリと藤沢が肘をついて上半身を起き上がらせる。
「ああ、違う。男とは……って意味」
「ああ」
どこか少し残念そうに藤沢はまたベッドの上に萎んでいった。
気持ちはわからないでもない。けど、まずもって同性であるという障壁を飛び越えた時点で、自分は特別なのだという思考には至らないのだろうか、とも思う。もう少し自分に自信を持ってもいいと思うんだが。まあ、でも、それは俺が言葉にしてやるべきなんだろうか。
「藤沢さ……」
「んん?」
暗がりの中でも、藤沢の瞳がわずかな光をすくっている。
明るい場所なら気恥ずかしい距離だけど、夜がそれを許してくれているみたいだった。
「前に、言ってただろ、誰かと一緒にいても、孤独を感じるって」
「……うん」
前にこの話をした時も、こうしてベッドで寄り添っていた気がする。
物理的な距離と、心理的な距離は、やっぱりどこかで繋がっているんだろうな。
「あれ、ちょっとわかるよ。そんな深刻じゃないけどさ、俺もなんとなく、多分、常に、そう言う気持ちは心のどこかで抱えてるんだと思う」
「そっか……」
藤沢がわずかに瞼を伏せる。
今、なにを考えてるのか。たぶん、前向きなことじゃない。だから、その考えを打ち消すつもりで、俺は身を寄せて、藤沢の鼻筋にそっと唇を当てた。
「でもさ、さっき、なんかすごかったわ」
「さっき?」
「うん、藤沢と、くっついてる時」
下手くそで、締まりきらなくて、笑って、鼻血まで出して。
正直、アホみたいだったけど。
「こう、なんか、壁なかったわ、いっさいなかった。なんか、めちゃくちゃ満たされる感じ。全部ふじさわーって感じ」
一応オリジナル曲の歌詞を書いたりもするんだが、自分の言語化能力の低さに直面しつつも、俺は語調を強めて伝えたいことを絞り出した。
「気持ちよかったってこと?」
イマイチ伝わらなかったので、ふっと息を漏らして苦笑する。
「や、そうじゃなくて」
「違うんだ……」
また、しゅんとした藤沢の体に両手を回して抱き寄せた。
「そうじゃなくて、めちゃくちゃ、好きだなーって思ったってこと」
「鶴見……」
感極まったみたいに、藤沢が腕を回してしがみついてくる。
肩に顔を埋めてぐりぐりしてくる頭を、よしよしと撫でてやった。
「嬉しい……鶴見に……初めて、好きって言われた」
「あれ、言ってなかったっけ」
「ないよ。今が初めて」
「また、藤沢の初めてを俺がもらってしまったな」
ふふっと、藤沢が俺の肩で笑う。
「俺の初めては全部、鶴見にあげる」
「ほほう……それでは、謹んで頂戴いたしましょうか」
顔を上げて、今度は藤沢のほうから、ちゅっと唇に口付けてきた。
少しは藤沢の気持ちを浮上させられたのかな。そう思うと、安心してきて、ゆっくりと瞼が重たくなってきた。そのまま、何も言わずにまた寄り添う。
「鶴見……」
「んー」
微睡の中で目を閉じたまま、ぼんやりと返事を返す。
「好きだよ」
「ん……知ってる」
「大好き」
「わかった」
少しだけ間があって、藤沢が小さく息を吸う。
「だから……鶴見のこれからは、全部俺にちょうだい」
ん、と返事をしかけて、俺は瞼を持ち上げる。藤沢はそれを待っていたみたいに、真っ直ぐに俺の顔を覗き込んでいた。
「いきなり欲張りだな」
「……ダメ?」
不安げに眉を下げる藤沢に俺はふふっと笑いかけてやる。夏掛けの中から腕を持ち上げ、その髪を指に絡めながら頭をなでた。
「いいよ」
そう言ってやると、藤沢は安心したように、俺の肩に顔を埋める。
ああ、可愛いなこいつ。
そんなに言うなら、俺のこれからってやつを全部藤沢にあげてもいいかなって本気で思う。
エアコンの音と、重なった呼吸。
この距離が、これからも続くんだろうなと、ぼんやりと考えた。
それってめちゃくちゃ幸せなことなんじゃないだろうか。
俺の内心の問いかけに答えるみたいに、背中に回った藤沢の腕に、ぎゅっと力が込められた。
本当に、藤沢は俺のことが大好きだな。
最後にもう一度だけ、藤沢の髪に唇を押し当ててから、俺はもう一度、ゆっくりと瞼を閉じた。
おわり
夏休み最後の練習のあと、藤沢も一緒にBlueMugのメンバーもファミレスで軽く打ち上げ。
なんのかって言うと、BlueMug featuring 藤沢の初演奏の打ち上げらしい。二度目があるのかは知らないけど、とにかくファミレスで安いワインやらビールを飲んで、みんないい感じに仕上がって、大学三年生の夏休みを締め括ったというわけだ。
で、俺と藤沢はそのまま同じマンションに戻る。
部屋に誘ったのは俺。
はっきりいってそんなに酔ってはいなかったけど、酔ったせいにできるから、気がついたら藤沢の手を引っ張っていた。
シャワーを浴びて汗を流して、エアコンの効いた部屋でアイスを食べながら、音楽の話をしてだらだら戯れていたら、まあ、そういう雰囲気になったわけで。
というか、酔ったふりをして、俺が若干挑発したまである。
少し甘えた声を出して、ベッドの上で腕を引っ張ったら、ちょろいもんだった。
そのままの勢いで、俺と藤沢は普通の友達だったら絶対にしないようなことに及んだ。
そうなのかなって薄々思ってはいたんだけど、藤沢は俺を抱きたい側、だったみたいで。
そりゃ多少の躊躇ったけど。でも、興味はあったし、何より相手が藤沢だから……。
俺は何だかんだ藤沢を甘やかしたいのかもしれない。
その後、疲れ切って、俺はいつのまにか眠ってしまっていたみたいだ。
だけど、浅い眠りだったようで、瞼の向こうの淡い光と、隣で小さく寝返りを打った気配に覚醒する。
目を開けても、まだ暗い。
ベッドサイドのデジタル時計に視線をやると、深夜二時を少し回ったところだった。
「眠れない? 暑いか?」
声をかけると、向こうを向いてスマホを触っていた藤沢が、ぴくりと身体を揺らして振り返る。
「暑くないよ。大丈夫」
そう言ってスマホを枕元に置き、もそもそと寝返りを打って俺のほうへ向き直った。
俺が起きたことを、どこか嬉しそうにしている。
エアコンはわざと馬鹿みたいに低い温度にしてある。
夏掛けの中で、俺は藤沢と向かい合うように身体を寄せた。
「スマホ、眩しかった?」
「んー、大丈夫」
このまま目を閉じれば、また眠れそうだ。
でも、それも少し惜しい気がして、俺はそのまま藤沢を見ていた。
「身体は? 大丈夫?」
藤沢も、俺に寝てほしくないみたいだ。覚醒を繋ぎ止めるように、言葉を重ねてくる。
「んー……尻のほうは平気……だけど」
「け、けど……?」
「腰は、ちょっと痛いかも」
「あ、そ、そっか……」
申し訳なさそうにする藤沢の手を、夏掛けの中で引き寄せる。
「さすってたら、ちょっと楽かも」
自分の腰に藤沢の手を当ててやると、藤沢は辿々しく、ゆっくり撫でてきた。
「……こう?」
「うん」
少し距離を詰める。
さっきはもっとすごいことをしていたはずなのに、藤沢は緊張したみたいに喉を鳴らした。
「鶴見……」
「ん」
「あんまり近づくと、また興奮しちゃいそう……」
「……若ぇな」
「同い年だよ」
ふふ、と笑って、俺は軽く藤沢に口づける。
不意打ちだったのか、藤沢は「ぐぅっ」と変な声を漏らした。
可笑しくて、笑ってしまう。
「なんで笑うの」
「あー、いや」
「なに?」
「藤沢、鼻血出してたなって」
「うっ」
藤沢が、短く息を止める。
「揶揄ってる?」
「揶揄ってねぇよ。可愛かった」
「は、初めてだったんだから……仕方ないじゃん」
そう言って、藤沢は恥ずかしそうに枕へ顔を埋めた。なんだか、俺が抱いたんだっけ?――と錯覚しそうになってしまった。
「俺だって初めてだっての」
「え……えぇっ?!」
ガバリと藤沢が肘をついて上半身を起き上がらせる。
「ああ、違う。男とは……って意味」
「ああ」
どこか少し残念そうに藤沢はまたベッドの上に萎んでいった。
気持ちはわからないでもない。けど、まずもって同性であるという障壁を飛び越えた時点で、自分は特別なのだという思考には至らないのだろうか、とも思う。もう少し自分に自信を持ってもいいと思うんだが。まあ、でも、それは俺が言葉にしてやるべきなんだろうか。
「藤沢さ……」
「んん?」
暗がりの中でも、藤沢の瞳がわずかな光をすくっている。
明るい場所なら気恥ずかしい距離だけど、夜がそれを許してくれているみたいだった。
「前に、言ってただろ、誰かと一緒にいても、孤独を感じるって」
「……うん」
前にこの話をした時も、こうしてベッドで寄り添っていた気がする。
物理的な距離と、心理的な距離は、やっぱりどこかで繋がっているんだろうな。
「あれ、ちょっとわかるよ。そんな深刻じゃないけどさ、俺もなんとなく、多分、常に、そう言う気持ちは心のどこかで抱えてるんだと思う」
「そっか……」
藤沢がわずかに瞼を伏せる。
今、なにを考えてるのか。たぶん、前向きなことじゃない。だから、その考えを打ち消すつもりで、俺は身を寄せて、藤沢の鼻筋にそっと唇を当てた。
「でもさ、さっき、なんかすごかったわ」
「さっき?」
「うん、藤沢と、くっついてる時」
下手くそで、締まりきらなくて、笑って、鼻血まで出して。
正直、アホみたいだったけど。
「こう、なんか、壁なかったわ、いっさいなかった。なんか、めちゃくちゃ満たされる感じ。全部ふじさわーって感じ」
一応オリジナル曲の歌詞を書いたりもするんだが、自分の言語化能力の低さに直面しつつも、俺は語調を強めて伝えたいことを絞り出した。
「気持ちよかったってこと?」
イマイチ伝わらなかったので、ふっと息を漏らして苦笑する。
「や、そうじゃなくて」
「違うんだ……」
また、しゅんとした藤沢の体に両手を回して抱き寄せた。
「そうじゃなくて、めちゃくちゃ、好きだなーって思ったってこと」
「鶴見……」
感極まったみたいに、藤沢が腕を回してしがみついてくる。
肩に顔を埋めてぐりぐりしてくる頭を、よしよしと撫でてやった。
「嬉しい……鶴見に……初めて、好きって言われた」
「あれ、言ってなかったっけ」
「ないよ。今が初めて」
「また、藤沢の初めてを俺がもらってしまったな」
ふふっと、藤沢が俺の肩で笑う。
「俺の初めては全部、鶴見にあげる」
「ほほう……それでは、謹んで頂戴いたしましょうか」
顔を上げて、今度は藤沢のほうから、ちゅっと唇に口付けてきた。
少しは藤沢の気持ちを浮上させられたのかな。そう思うと、安心してきて、ゆっくりと瞼が重たくなってきた。そのまま、何も言わずにまた寄り添う。
「鶴見……」
「んー」
微睡の中で目を閉じたまま、ぼんやりと返事を返す。
「好きだよ」
「ん……知ってる」
「大好き」
「わかった」
少しだけ間があって、藤沢が小さく息を吸う。
「だから……鶴見のこれからは、全部俺にちょうだい」
ん、と返事をしかけて、俺は瞼を持ち上げる。藤沢はそれを待っていたみたいに、真っ直ぐに俺の顔を覗き込んでいた。
「いきなり欲張りだな」
「……ダメ?」
不安げに眉を下げる藤沢に俺はふふっと笑いかけてやる。夏掛けの中から腕を持ち上げ、その髪を指に絡めながら頭をなでた。
「いいよ」
そう言ってやると、藤沢は安心したように、俺の肩に顔を埋める。
ああ、可愛いなこいつ。
そんなに言うなら、俺のこれからってやつを全部藤沢にあげてもいいかなって本気で思う。
エアコンの音と、重なった呼吸。
この距離が、これからも続くんだろうなと、ぼんやりと考えた。
それってめちゃくちゃ幸せなことなんじゃないだろうか。
俺の内心の問いかけに答えるみたいに、背中に回った藤沢の腕に、ぎゅっと力が込められた。
本当に、藤沢は俺のことが大好きだな。
最後にもう一度だけ、藤沢の髪に唇を押し当ててから、俺はもう一度、ゆっくりと瞼を閉じた。
おわり
