世の中には数多くの本がある。
ジャンル,内容,作者が違えど,それら全ての本は皆平等に読まれることを待っているのだ。
しかし本はお金を払い買わないといけない。
『本にまわすほどの金はない』
『読みたい本があるけれど,自分にあう本なのか不安だ』
そんな思いを抱いているのならぜひともいらしてください。
「あらー。霊花ちゃん今日もお散歩?」
「そうだよ。春休みで暇なんだー」
シャッターが全て閉まり息を潜めた商店街で,精肉店の看板が掛かる店の近くの通路を,白髪の60代前後の女性が箒ではらっていた。
女性が話しかけたのは中学生くらいの少女だった。霊花と呼ばれた少女は,癖のついた黒い髪を風になびかせ女性に笑いかける。
その姿は,遠く離れた山へと顔を隠し始める陽の光に照らされ何とも神秘的に映る。
霊花は帰路につく人々で溢れかえる商店街を歩いて行くと細い裏路地へ足を踏み入れた。
彼女は光の消えていく裏路地を慣れた様子で曲がり,進み,上がっていく。途中で光を消していた提灯達が息をし始めた。彼女が歩くにつれて周りの雰囲気は変わっていき,怪しげな気配を漂わす。
そのまま歩いていくと,暗くなった路地裏から少し開けた路地へと出た。
そこに現れたのは路地裏を作る建物の一つ。
1階に当たる部分には人間ならばどんなに身長が高くとも入れるであろうほどの大きな木製の扉。七色に光る,海に流れ着いたシーグラスを嵌めて作られたような窓。そしてその建物を守り,隠すようにして伸びている草花。
そんな不思議で怪しげな建物だった。
霊花は迷いなくその大きな扉へと手を掛け開ける。そして最後に扉の中心部に掛けられている木の看板を表へと返した。
少女は微笑む。
本が読みたいのならば,図書館へ。
そこには数多くの本があなたを待っている。
しかし,この世界にある図書館はあくまで人間達が,人間が使うことを前提とし作ったもの。そのため人ならざる者達では気軽に活用することが出来ない。
もし,祓い屋などにでも見つかれば大変なことになるからだ。
そんな現状に終止符を打ったとある図書館があった。名も無く,小さく,存在自体が危うい。けれど確かに存在する。
そんな不思議な図書館。
「あやかし図書館開館します」
そこは人ならざる者,あやかし達も通う事が出来る小さな図書館。
――――――――――――
段々と暖かくなってきた春の夜。
私は,お気に入りのマグカップにココアを入れ席に着いた。マグカップは冷めるまで,カイロの代わりとなるだろう。
開けていた窓から夜風が入り込み,目の前にあるのは新しい生活への希望の風。
「おら!」
「ちょっとやめてよ!」
ではなく。いつも通りの日常だった。
目線を上げると,そこにあるのは倒れ,中のゴミが飛び散ったゴミ箱。脚が一つ折れてしまい自立しなくなった椅子。そして紅葉柄のブックカバーを手に持ち新たに物を壊し逃げる歩く災害。
「またか…」
私は,ため息をつき爆発音が聞こえた場所を見る。
「七菜はやっぱり弱いなー」
「うるさーい!あたしのブックカバー返してよ」
そこには,二人の小さな子供がいた。
いや,正確に言えばあやかしの子供が二人いた。
一人はグレーのパーカに半ズボンをはいた小学校三年生ほどの男の子。普通の小学生と同じようだが,大彼には雪のように白い,狐耳とふわふわとした9本の短い尻尾がお尻から生えていることにより人間ではないことが証明された。
もう一人は地べたに座り,すねた顔をしている赤いリボンが特徴的な男の子と同じく,小学校三年生くらいの女の子。彼のように獣耳などはなく人間のようだが,小学生くらいの子供が着るには少し重そうな,黒い生地に赤やオレンジといった色の紅葉が乗った着物を着ている。
女の子の方は怒っているのか,幼い顔にしわを寄せ体を小刻みに震わせている。
(あ。やばい)
「返してって言ってるでしょ!!」
私がそう思った時には既に女の子の周りには春にあるはずのない紅葉や,赤や黄色オレンジといった色とりどりの葉を舞わせ,スキップでもし始めそうな男の子へ向かって飛ばしていた。
「あ。やっば」
男の子も流石に身の危険を肌で感じ取ったのか逃げるような動きを取る。しかし女の子が放った葉の方が早かった。その葉は逃げようとしていた男の子を逃すまいと鋭い刃のように男の子のフードを貫通し近くの壁へと突き刺さった。女の子は男の子が捕まったのを確認すると静かに立ち上がり
「次は手を狙うから」
恐ろしい言葉を真顔でつぶやき男の子の手からブックカバーを奪い取ったのだった。
「勝負あり,ってね」
私は机に置かれたマグカップのココアを飲み他人事のようにそう言う。男の子は今だ怒りが収まらない女の子に両手を合わせ全力で謝っている。しかし,今は,今はそんな事はどうでもいい。
いつの間にか怒りで震えマグカップを揺らしていた手を勢いに任せ机へと叩きつける。私の怒りを察知したのか二人は喧嘩を一時中断させ恐る恐る私の方を向く。
私は大きく息を吸うと今日一番の声を張り上げた。
「二人とも…喧嘩するのは勝手だけど家を荒らすのは辞めてよね!?誰が片付けると思ってるの!」
「「霊花姉!」」
息ぴったりに手をあげてそう答える二人に私は拳骨を落とした。
「「痛い!!」」
私の弟分と妹分はそう言い,床に吸い込まれるようにして座り込んだ。
この二人は私の家族のようなもの。しかし二人とも人間ではない。
男の子の方は九尾の狐の絹。
女の子の方は座敷童子の七菜。
種族こそ違えど,二人とも小さな頃から共に育てられていたため,まるで双子のようだ。
しかし最近は些か喧嘩が多く,私から拳骨をもらっている日々である。
「まったく。九尾の狐と座敷童子が情けないよー」
「今回のはあたし悪くなかったもん!絹があたしのブックカバーを勝手に取ったのが悪いもん」
「はぁー?元はと言えば,七菜がこの間僕のおやつを取ったからだろ!」
「それは謝ったでしょ!」
終わったと思った喧嘩が再度始まりそうだったので私は近くにあった菓子パンをそれぞれの口に突っ込んだ。
そうすると,二人は喧嘩をしていた事を忘れたかのようにパンを食べる事に夢中になる。
「さっき朝ごはん食べたばっかなのによく食べるね」
「食べ盛りだからね!」
「だからね!」
こういう時だけ息を揃える二人に呆れながら,冷めてしまったココアを飲む。
さっき朝ごはんを食べたと言っても今は十八持。人間達からすれば夜ごはんと言ってもいい時間帯だ。
ここは路地裏にある小さな図書館――につながる小さな家。
私を含めた四人が暮らしている。そしてここから繋がる図書館は,あやかし達のための図書館。祓い屋などの存在からか,普通の図書館を利用したくてもできないあやかし達が本を借りに来る小さな図書館である。
そして本好きなこの図書館の主が何年もかけて作った私達の居場所。
「そういえば海生起きてこないね」
「二日酔いじゃない?」
「どうせまだ寝てるんだろ」
七菜の言葉に普段からだらしない,この図書館の主をここぞとばかりに絹と共に叩く。けれどきっとどちらかの予想は当たっているだろう。
あの酒好きの海坊主のことだし。
そんな話をしていた時リビングへ続く扉が開いた。
「お前ら俺の悪口で朝から盛り上がるなよ」
入ってきたのは三十代前後の顔立ちの男性だった。腑抜けた顔をし,寝癖は立っているわ,腹は出ているわと,もうやりたい放題な三十代前後の男性だった。
「海生。もう少し身だしなみに気をつけなよ」
「家の中なんだしいいだろ」
私の小言をまるで耳にせず椅子に座ったのは,この図書館の主である海坊主の海生だった。
海坊主といっても体長何百メートルもある,なんてことはなく身長180センチほどの少し他の人よりも背が高い男性の姿をしている。
しかし,腹を出し椅子に座る姿はまるで休日に自宅で休む父親のようだ。寝起きで頭が働いていないであろう海生の口にも菓子パンを突っ込んでおく。
海生は特に気にすることなく,絹達と同じようにパンを食べ始めた。
「あー。そうだ霊花。」
少しすると,目が覚めてきたのか海生が私を呼ぶ。
「則本の奥さんがなんかぎっくり腰やっちまったみたいでよ。ちょっと見てきてくれねえか?図書館の方は俺とこいつらでやっておくからよ。」
「則本さん家?いいけど,何でぎっくり腰…」
そう言ってから私は数日前パーツのない顔を存分に見せつける,デコ出しの女性がここにやってきたことを思い出した。
彼女は取りすぎたからと,最近趣味でやっている家庭菜園で採れた新鮮な春キャベツを届けに来てくれた。
確かにあんだけ取ってたりしたら腰痛めるよな。
「ていうか私図書館の管理人ではあっても医者ではないんだけど」
「医者に行くのは金がもったいねえって言って病院に行こうとしないんだとよ」
(何してるんだあの人…)
思わず顔が引きつる。
確かに則本さん節約節約って口癖のように言ってるけどその節約した金を使うべきところなんじゃないの。
ちなみに則本さんはのっぺらぼうであり,今頃はその卵のような顔をより一層白くさせていることだろう。
「まぁいいよ行ってくるどうせ開館して始めの1時間はお客さん全然来ないし」
「よし。それじゃぁ頼んだ」
人使いが荒い海坊主だな。
しかし頼まれたものは仕方がないし,普通に心配なため行く事にした。
海生に菓子パンの袋を投げると,私は支度をするため一度自分の部屋に戻った。暖色の色ガラスをはめ込んだ扉を開け,敷布団の横に置かれたリュックへ必要な物を詰め込んでいく。
「ぎっくり腰だからね…一応試作品で作ったからあげるってもらった貰い物の塗り薬ならあるけど…」
怪しすぎて棚の奥にしまっておいた緑色の塗り薬を手に取る。なんか実験体にするのは気が引けるし。持っていくだけ持っていこうかな。あとは湿布さえあれば大抵の場合は治る。海生もそうだったし。
私はそう思いながら黙々と,少し大きめのリュックに物を詰め込んでいく。
これで治らないと文句を言われてもしっかり反論しよう。そう,……私は医者ではないと。
最後にチョコミントのような見た目をした石のブレスレットを手首につける。
後は則本さんに金を使う場面をしっかりと考えることと言うことを忘れないようにするだけ。
リュックの中身を確認し終えた私は玄関,別名裏口へと向かう。
「おっと,忘れる所だった」
私は玄関横に置いてある本棚の一部を切り取ったような特徴的なかばんを腰につける。自衛手段がないまま夜の,あやかしで溢れる街へと行こうとなんて馬鹿な真似はこの街で暮らして来た私はしない。
「行ってきまーす!」
私は大きな声でそう言う。ドアノブへ手を伸ばすと見送りに来たのか海生も玄関へと来る。その髪はなー達に直してもらったのか寝癖は一つもなかった。あの二人がいれば図書館は大丈夫そうだね。頼りない保護者の見ながら私は安心し,うんうんと頷く。
「何頷いてんだ?」
「べーつに」
「そうかよ……そうだ。最近ここらへんで祓い屋がうろちょろしてるらしいから気をつけろよ」
海生が目を細め言う。これは寝ぼけて目が細まっているのではない。真面目な話をする時海生は目を細める癖があるのだ。
「祓い屋?…会っても私人間だし大丈夫だよ。一応気をつけるけど」
「そうしろ。どうせお前の情報なんか祓い屋達は知ってるだろうし,あやかしと勘違いされて祓おうとしてくるかもしれないしな。」
出かける前にそういうこと言わないでほしい。私は笑う海生に苦笑いし,再度声を出す。
「行ってくるね」
「ああ。気をつけろよ。…それと,例のあれも最近活動が異常に活発になってる。あれが起きたら直ぐに近くの家に逃げ込めよ」
「了解」
最後に付け加えられた例のあれ。最近この街を騒がしているそれが,起きないことを祈り,私は扉を空けた。
外へ出ると既に暗く,星が綺麗に見れた。
そして道に歩くのは多種多様な姿を持つ人ならざる者達。ネオンに輝く商店街は数時間前までいたものとは違う顔を持っていた。街ゆく者――あやかし達は今日も今日とで祭り騒ぐ。
そして,人間,海坊主,狐,座敷童子という何とも奇妙な家族は今日もあやかしたちのために本を貸す。
ジャンル,内容,作者が違えど,それら全ての本は皆平等に読まれることを待っているのだ。
しかし本はお金を払い買わないといけない。
『本にまわすほどの金はない』
『読みたい本があるけれど,自分にあう本なのか不安だ』
そんな思いを抱いているのならぜひともいらしてください。
「あらー。霊花ちゃん今日もお散歩?」
「そうだよ。春休みで暇なんだー」
シャッターが全て閉まり息を潜めた商店街で,精肉店の看板が掛かる店の近くの通路を,白髪の60代前後の女性が箒ではらっていた。
女性が話しかけたのは中学生くらいの少女だった。霊花と呼ばれた少女は,癖のついた黒い髪を風になびかせ女性に笑いかける。
その姿は,遠く離れた山へと顔を隠し始める陽の光に照らされ何とも神秘的に映る。
霊花は帰路につく人々で溢れかえる商店街を歩いて行くと細い裏路地へ足を踏み入れた。
彼女は光の消えていく裏路地を慣れた様子で曲がり,進み,上がっていく。途中で光を消していた提灯達が息をし始めた。彼女が歩くにつれて周りの雰囲気は変わっていき,怪しげな気配を漂わす。
そのまま歩いていくと,暗くなった路地裏から少し開けた路地へと出た。
そこに現れたのは路地裏を作る建物の一つ。
1階に当たる部分には人間ならばどんなに身長が高くとも入れるであろうほどの大きな木製の扉。七色に光る,海に流れ着いたシーグラスを嵌めて作られたような窓。そしてその建物を守り,隠すようにして伸びている草花。
そんな不思議で怪しげな建物だった。
霊花は迷いなくその大きな扉へと手を掛け開ける。そして最後に扉の中心部に掛けられている木の看板を表へと返した。
少女は微笑む。
本が読みたいのならば,図書館へ。
そこには数多くの本があなたを待っている。
しかし,この世界にある図書館はあくまで人間達が,人間が使うことを前提とし作ったもの。そのため人ならざる者達では気軽に活用することが出来ない。
もし,祓い屋などにでも見つかれば大変なことになるからだ。
そんな現状に終止符を打ったとある図書館があった。名も無く,小さく,存在自体が危うい。けれど確かに存在する。
そんな不思議な図書館。
「あやかし図書館開館します」
そこは人ならざる者,あやかし達も通う事が出来る小さな図書館。
――――――――――――
段々と暖かくなってきた春の夜。
私は,お気に入りのマグカップにココアを入れ席に着いた。マグカップは冷めるまで,カイロの代わりとなるだろう。
開けていた窓から夜風が入り込み,目の前にあるのは新しい生活への希望の風。
「おら!」
「ちょっとやめてよ!」
ではなく。いつも通りの日常だった。
目線を上げると,そこにあるのは倒れ,中のゴミが飛び散ったゴミ箱。脚が一つ折れてしまい自立しなくなった椅子。そして紅葉柄のブックカバーを手に持ち新たに物を壊し逃げる歩く災害。
「またか…」
私は,ため息をつき爆発音が聞こえた場所を見る。
「七菜はやっぱり弱いなー」
「うるさーい!あたしのブックカバー返してよ」
そこには,二人の小さな子供がいた。
いや,正確に言えばあやかしの子供が二人いた。
一人はグレーのパーカに半ズボンをはいた小学校三年生ほどの男の子。普通の小学生と同じようだが,大彼には雪のように白い,狐耳とふわふわとした9本の短い尻尾がお尻から生えていることにより人間ではないことが証明された。
もう一人は地べたに座り,すねた顔をしている赤いリボンが特徴的な男の子と同じく,小学校三年生くらいの女の子。彼のように獣耳などはなく人間のようだが,小学生くらいの子供が着るには少し重そうな,黒い生地に赤やオレンジといった色の紅葉が乗った着物を着ている。
女の子の方は怒っているのか,幼い顔にしわを寄せ体を小刻みに震わせている。
(あ。やばい)
「返してって言ってるでしょ!!」
私がそう思った時には既に女の子の周りには春にあるはずのない紅葉や,赤や黄色オレンジといった色とりどりの葉を舞わせ,スキップでもし始めそうな男の子へ向かって飛ばしていた。
「あ。やっば」
男の子も流石に身の危険を肌で感じ取ったのか逃げるような動きを取る。しかし女の子が放った葉の方が早かった。その葉は逃げようとしていた男の子を逃すまいと鋭い刃のように男の子のフードを貫通し近くの壁へと突き刺さった。女の子は男の子が捕まったのを確認すると静かに立ち上がり
「次は手を狙うから」
恐ろしい言葉を真顔でつぶやき男の子の手からブックカバーを奪い取ったのだった。
「勝負あり,ってね」
私は机に置かれたマグカップのココアを飲み他人事のようにそう言う。男の子は今だ怒りが収まらない女の子に両手を合わせ全力で謝っている。しかし,今は,今はそんな事はどうでもいい。
いつの間にか怒りで震えマグカップを揺らしていた手を勢いに任せ机へと叩きつける。私の怒りを察知したのか二人は喧嘩を一時中断させ恐る恐る私の方を向く。
私は大きく息を吸うと今日一番の声を張り上げた。
「二人とも…喧嘩するのは勝手だけど家を荒らすのは辞めてよね!?誰が片付けると思ってるの!」
「「霊花姉!」」
息ぴったりに手をあげてそう答える二人に私は拳骨を落とした。
「「痛い!!」」
私の弟分と妹分はそう言い,床に吸い込まれるようにして座り込んだ。
この二人は私の家族のようなもの。しかし二人とも人間ではない。
男の子の方は九尾の狐の絹。
女の子の方は座敷童子の七菜。
種族こそ違えど,二人とも小さな頃から共に育てられていたため,まるで双子のようだ。
しかし最近は些か喧嘩が多く,私から拳骨をもらっている日々である。
「まったく。九尾の狐と座敷童子が情けないよー」
「今回のはあたし悪くなかったもん!絹があたしのブックカバーを勝手に取ったのが悪いもん」
「はぁー?元はと言えば,七菜がこの間僕のおやつを取ったからだろ!」
「それは謝ったでしょ!」
終わったと思った喧嘩が再度始まりそうだったので私は近くにあった菓子パンをそれぞれの口に突っ込んだ。
そうすると,二人は喧嘩をしていた事を忘れたかのようにパンを食べる事に夢中になる。
「さっき朝ごはん食べたばっかなのによく食べるね」
「食べ盛りだからね!」
「だからね!」
こういう時だけ息を揃える二人に呆れながら,冷めてしまったココアを飲む。
さっき朝ごはんを食べたと言っても今は十八持。人間達からすれば夜ごはんと言ってもいい時間帯だ。
ここは路地裏にある小さな図書館――につながる小さな家。
私を含めた四人が暮らしている。そしてここから繋がる図書館は,あやかし達のための図書館。祓い屋などの存在からか,普通の図書館を利用したくてもできないあやかし達が本を借りに来る小さな図書館である。
そして本好きなこの図書館の主が何年もかけて作った私達の居場所。
「そういえば海生起きてこないね」
「二日酔いじゃない?」
「どうせまだ寝てるんだろ」
七菜の言葉に普段からだらしない,この図書館の主をここぞとばかりに絹と共に叩く。けれどきっとどちらかの予想は当たっているだろう。
あの酒好きの海坊主のことだし。
そんな話をしていた時リビングへ続く扉が開いた。
「お前ら俺の悪口で朝から盛り上がるなよ」
入ってきたのは三十代前後の顔立ちの男性だった。腑抜けた顔をし,寝癖は立っているわ,腹は出ているわと,もうやりたい放題な三十代前後の男性だった。
「海生。もう少し身だしなみに気をつけなよ」
「家の中なんだしいいだろ」
私の小言をまるで耳にせず椅子に座ったのは,この図書館の主である海坊主の海生だった。
海坊主といっても体長何百メートルもある,なんてことはなく身長180センチほどの少し他の人よりも背が高い男性の姿をしている。
しかし,腹を出し椅子に座る姿はまるで休日に自宅で休む父親のようだ。寝起きで頭が働いていないであろう海生の口にも菓子パンを突っ込んでおく。
海生は特に気にすることなく,絹達と同じようにパンを食べ始めた。
「あー。そうだ霊花。」
少しすると,目が覚めてきたのか海生が私を呼ぶ。
「則本の奥さんがなんかぎっくり腰やっちまったみたいでよ。ちょっと見てきてくれねえか?図書館の方は俺とこいつらでやっておくからよ。」
「則本さん家?いいけど,何でぎっくり腰…」
そう言ってから私は数日前パーツのない顔を存分に見せつける,デコ出しの女性がここにやってきたことを思い出した。
彼女は取りすぎたからと,最近趣味でやっている家庭菜園で採れた新鮮な春キャベツを届けに来てくれた。
確かにあんだけ取ってたりしたら腰痛めるよな。
「ていうか私図書館の管理人ではあっても医者ではないんだけど」
「医者に行くのは金がもったいねえって言って病院に行こうとしないんだとよ」
(何してるんだあの人…)
思わず顔が引きつる。
確かに則本さん節約節約って口癖のように言ってるけどその節約した金を使うべきところなんじゃないの。
ちなみに則本さんはのっぺらぼうであり,今頃はその卵のような顔をより一層白くさせていることだろう。
「まぁいいよ行ってくるどうせ開館して始めの1時間はお客さん全然来ないし」
「よし。それじゃぁ頼んだ」
人使いが荒い海坊主だな。
しかし頼まれたものは仕方がないし,普通に心配なため行く事にした。
海生に菓子パンの袋を投げると,私は支度をするため一度自分の部屋に戻った。暖色の色ガラスをはめ込んだ扉を開け,敷布団の横に置かれたリュックへ必要な物を詰め込んでいく。
「ぎっくり腰だからね…一応試作品で作ったからあげるってもらった貰い物の塗り薬ならあるけど…」
怪しすぎて棚の奥にしまっておいた緑色の塗り薬を手に取る。なんか実験体にするのは気が引けるし。持っていくだけ持っていこうかな。あとは湿布さえあれば大抵の場合は治る。海生もそうだったし。
私はそう思いながら黙々と,少し大きめのリュックに物を詰め込んでいく。
これで治らないと文句を言われてもしっかり反論しよう。そう,……私は医者ではないと。
最後にチョコミントのような見た目をした石のブレスレットを手首につける。
後は則本さんに金を使う場面をしっかりと考えることと言うことを忘れないようにするだけ。
リュックの中身を確認し終えた私は玄関,別名裏口へと向かう。
「おっと,忘れる所だった」
私は玄関横に置いてある本棚の一部を切り取ったような特徴的なかばんを腰につける。自衛手段がないまま夜の,あやかしで溢れる街へと行こうとなんて馬鹿な真似はこの街で暮らして来た私はしない。
「行ってきまーす!」
私は大きな声でそう言う。ドアノブへ手を伸ばすと見送りに来たのか海生も玄関へと来る。その髪はなー達に直してもらったのか寝癖は一つもなかった。あの二人がいれば図書館は大丈夫そうだね。頼りない保護者の見ながら私は安心し,うんうんと頷く。
「何頷いてんだ?」
「べーつに」
「そうかよ……そうだ。最近ここらへんで祓い屋がうろちょろしてるらしいから気をつけろよ」
海生が目を細め言う。これは寝ぼけて目が細まっているのではない。真面目な話をする時海生は目を細める癖があるのだ。
「祓い屋?…会っても私人間だし大丈夫だよ。一応気をつけるけど」
「そうしろ。どうせお前の情報なんか祓い屋達は知ってるだろうし,あやかしと勘違いされて祓おうとしてくるかもしれないしな。」
出かける前にそういうこと言わないでほしい。私は笑う海生に苦笑いし,再度声を出す。
「行ってくるね」
「ああ。気をつけろよ。…それと,例のあれも最近活動が異常に活発になってる。あれが起きたら直ぐに近くの家に逃げ込めよ」
「了解」
最後に付け加えられた例のあれ。最近この街を騒がしているそれが,起きないことを祈り,私は扉を空けた。
外へ出ると既に暗く,星が綺麗に見れた。
そして道に歩くのは多種多様な姿を持つ人ならざる者達。ネオンに輝く商店街は数時間前までいたものとは違う顔を持っていた。街ゆく者――あやかし達は今日も今日とで祭り騒ぐ。
そして,人間,海坊主,狐,座敷童子という何とも奇妙な家族は今日もあやかしたちのために本を貸す。


