俺、蜂須賀亮太の子どもの頃の夢は、ズバリ「ヒーローになる!」。
幼稚園時代は戦隊ヒーローの証であるヒーローバッジを胸につけ、戦いごっこに明け暮れる毎日。
小学生になると持ち前の明るさと声のデカさで、誰よりも目立つ存在に。
運動会では足の速さを活かし、リレーのアンカーとして大活躍。
中学校でサッカー部に入ると、あっという間にエースの座についた。
俺ってヤバくね? ヒーロー人生一直線じゃん?
もちろんヒーローは友情にだって熱い。
親友から、『江の高行って、俺と一緒に弓道部を作らないか』なんて、とんでもないことを言われた時も、俺は『いいぜ』って快く協力してやった。
しかしその頃から、俺のヒーロー人生は狂い始めていたんだ。
***
「だからぁ、彰人の言い方はきつすぎるんだって。あんなふうに言ったら、一年生みんな辞めちゃうじゃないか」
「はぁ? 当たり前のこと言っただけだろ。すずが甘すぎるんだよ」
あー、あいつらまたやってる。
高校二年生の冬。ここ、江の島高校弓道部の部室では、今日もふたりが言い争いをしていた。
弓道部部長の永井すずと、エースの千田彰人だ。
「ずっと思ってたんだけどさ、彰人はその態度、もうちょっと改めたほうがいいよ。部活はひとりでやってるわけじゃないんだから」
彰人を諭すようにすずが言った。
すずは普段おとなしいけど、やる時はやる男で、仲間からの信頼が厚い。
だから全員一致で、できたばかりのこの弓道部の部長に選ばれたんだ。
「だったらすずは、もっとビシッとみんなに言え。団体戦で惨敗したのに、能天気なやつが多すぎだろ」
団体戦で惨敗……その言葉が俺の心に突き刺さる。流れ矢にあたった気分だ。
彰人は俺を弓道の世界に誘ったやつで、不愛想で口が悪い。
でも間違ったことは言っていない。惨敗したのは本当のことだし。
とにかくふたりとも、弓道への思いが熱すぎるせいで、時々こんなふうに言い争いが起きるんだけど……最近、ちょっと多すぎる。
俺はふたりの間に割り込み、大げさに両手を開いた。
「まあまあ、ふたりとも」
仕方ない。こいつらを止められるのは俺しかいないんだ。
「いい加減ケンカはやめたまえ」
「は? なんだよ、ハチ。その意味不明キャラ」
彰人が俺に突っ込んできた。
よしよし、これでいいのだ。ふたりの気がこっちに向いてくれれば。
「なぁ、お前ら、明日から冬休みだけど暇か?」
「唐突だなぁ、ハチは。別に暇だけど」
すずもこっちのペースに乗ってきた。ケンカの仲裁、成功だ。
ついでに険悪なふたりのために、俺が一肌脱いでやるか。
「明日ってクリスマスイブじゃん? 三人でクリパしねぇ? ここにケーキとかチキン持ち込んで」
「こんなところでできるわけねーだろ」
「そうだよ、神聖な弓道場でパーティーなんて」
まぁ、このふたりなら、そう言うと思っていたけど。
「じゃあ、江の島にイルミネーションでも見に行くか?」
「やだね、24日なんて、カップルだらけだ」
「激混みだよ、きっと」
たしかに男三人でイルミは悲しすぎるか。
「だったら俺んち来いよ。三人でケーキとチキン食おうぜ! お前らコンビニで買ってきてくれ!」
俺が言ったら、ふたりがあきれたようにため息をついた。
「お前んちでケーキ食って、楽しいか?」
「毎日会ってるしね」
「ノリ悪いな、お前ら! 最近部活ばっかで遊んでなかっただろ? 弓道バカのお前らにも休息が必要だ。24日の昼、ケーキとチキン持って俺んち集合な!」
これでふたりのギスギスが、ちょっとでも丸くなればいい。
俺にできることは、そのくらいしかないんだ。
俺が弓道を始めたのは高一の春。
初心者の俺が、経験者のこいつらより下手くそなのは当然だったけど……一年半経った今でも、俺はたいして上手くない。
だけどこのふたりはさらに上達して俺を引き離していくし、あとから入ってきた一年にさえ俺は抜かされていく。
しかもあいつらのすごいところはそれだけじゃないんだ。
弓道を避けていたすずをさりげなくアシストして、ここまで引っ張り上げたのは彰人だし、彰人の生きる目標となったのがすずだっていうし……そんなの俺がかなうわけねーじゃん。
「そういえば彰人、隣のクラスの女子に、クリスマスデート誘われてなかった?」
すずの言葉に、俺は目を見開く。
「すずだってさっき、後輩女子からクリスマスプレゼントもらってたじゃん」
「ちょっ、ちょっと待てー! 俺はなんにもねーぞ! そんなアオハルな話は!」
ああ、すっかり忘れてた。
こいつら意外とモテるんだった。
「はぁ、かなわねぇ……」
このふたりは物語のヒーローで、俺はただのモブキャラ。
ヒーローになんてなれないんだって――俺はもう、とっくに知っている。
***
『はぁ? 中止ってなんだよ!』
24日の昼、自分の部屋のベッドの上で、俺は彰人の怒鳴り声を聞いていた。
「悪い。ちょっと腹が痛くて……ベッドから起きられねーんだ」
今朝、姉ちゃんから『彼氏にあげるケーキの味見して』って言われて……食ったら見事に腹を壊してしまった。
『よかったぁ、彼氏にあげる前にあんたに食べてもらって』
『よくねーだろ!』
姉ちゃんは危険すぎる手作りケーキはやめて、ケーキ屋でケーキを買って、彼氏の家に行ってしまった。
一体、あのケーキに何を入れやがったんだ。くそっ。
『腹痛いって……大丈夫?』
電話の向こうから、すずの声が聞こえてくる。
やっぱりすずは優しいなぁ……でもその優しさは、プレゼントくれた女子に向けてやってくれ。
『まったく、24日に集まろうって言ったのはお前だろ』
彰人がぶつぶつ怒っている。
そうだよな。こんなことになるなら、お前も女子とデートしたほうがよかったよな。
『しょうがないよ。具合悪くなっちゃったんだから』
『どうせ変なもん食ったんだろ。自業自得だ』
『彰人! ハチがかわいそうだろ』
ああ、やばい。俺のせいでまたふたりがケンカをしてしまう。
「ごめんって、ふたりとも」
『もう俺ら、お前んち向かってるんだぞ』
「だったらそのまま、女子とイルミにでも行ってくれ」
『は? おい、ハチ……』
彰人が何か言いかけたけど、俺は電話を切って布団に突っ伏した。
最悪なクリスマスだ……。
腹は痛いし、パーティーはできないし、ふたりに仲直りさせてやれなかったし……。
「俺って、思ってたより、ずっとダサくね?」
こんなんでヒーローになりたかったなんて、笑える。
俺はぎゅっと目を閉じる。
小さい頃の俺は、胸にヒーローバッジをつければ、なんにでもなれる気がしていた。
どんなに強いやつでも倒せるし、絶対負ける気がしなかった。
困っている人がいれば助けられるし、みんなから憧れのまなざしを向けられると思っていた。
それなのに――。
「全然、違うじゃん」
弓道なんかやらないで、サッカー続けていればよかったかな。
いや、続けていてもおんなじか。
中学の弱小サッカー部でエースになったって、強いやつがたくさん集まっている高校のサッカー部では、きっと挫折を味わうだけだ。
それでこうやっていじいじと、上手なやつらのことを妬んでいるんだ。
ピンポーン。
誰かが家にやってきて、母さんと話している。
姉ちゃんが彼氏にフラれて帰ってきたのかも。そうだったらいいのになんて考えている俺は、相当ひねくれている。
すると部屋のドアがトントンと叩かれて、返事をする前に開いた。
「よっ、ハチ」
「来ちゃったよ」
「えっ! 彰人とすず!?」
俺は驚いてベッドの上に飛び起きた。
「もしかしてハチ……泣いてた?」
すずの声にハッと気づいて、手で目元をこすったら濡れていた。
「うわっ! なんだこれ! 俺、泣いてる!?」
「マジか? 自分で気づいてなかったのかよ」
「泣くほど、腹が痛かったのか」
「いや、もう痛くねーし!」
「じゃあ泣くほど、クリパしたかったんだ」
「違うって!」
俺はつい叫んでしまった。
「俺はただ、お前らに仲良くなってほしかっただけだ! クリパなんてどーでもよかったんだよ!」
彰人がきょとんとした顔をしたあと、すずを見る。
「別に俺ら、仲悪くないよな?」
「うん。悪くないよ」
「でも、最近ケンカばっかりしてただろ!」
「ケンカなんかしたっけ?」
「してないと思うけど」
はぁ? ふざけんな! 心配して損したぜ。
「それはたぶんケンカっていうか……僕たち、言いたいことを言い合えるようになったってことかな」
すずの声に彰人が「そうだな」とうなずいた。それから俺のほうを向いて続ける。
「だからハチも、思ってることはちゃんと言えよ」
「え……」
「お前もしかして、この前の試合のこと、気にしてる?」
彰人の声に俺は驚き、とっさにうつむいた。それからぼそりとつぶやく。
「き、気にするに決まってるだろ。俺だけ下手くそで、ガチガチに緊張しちゃって、一本もあたらなくて……俺がお前らの足引っ張ってるって、誰が見ても思うじゃん」
「思わねーよ。そんなこと」
「いや思うって! 彰人とすずだって、どうせそう思ってるんだろ!」
言ってからすぐに口を押さえた。
なんだ、これ。カッコ悪すぎる。
するとなぜか彰人が、声を上げて笑い出した。
「な、なんで笑うんだよ!」
「いや、ハチって意外と繊細だよなーって思って」
「はぁ? バカにしてんのか!」
「してねーって。誰だって試合は緊張するよ。俺だってするし」
嘘つきめ。いつだってお前は、澄ました顔して平然と矢を放ってるじゃねぇか。
「それに団体戦はチームワークが大事だろ。だからハチが思ってること、今みたいになんでも言ってほしい。そしたらきっと、一緒に改善していけると思うから」
その言葉に、俺はハッと顔を上げた。なんだか胸が熱くなってくる。
「彰人……お前、いいこと言うじゃん」
「いや、俺もすずに言われたし。部活はひとりでやってるわけじゃない、って」
するとすずが、あははっと笑って俺たちに言った。
「じゃあ僕たちのチームワークをさらに深めるために、これ、ハチにあげるよ」
すずがコンビニの袋を俺に差し出した。
「ふたりからのクリスマスプレゼントな」
彰人も付け足す。
「え、なんで?」
「まぁ、腹痛でぼっちのクリスマスは、さすがにかわいそうだと思って」
「ケーキは無理そうだから、それにしたんだ」
「あ、ありがとう」
俺はコンビニの袋を受け取り、中身を取り出した。
「えっ」
出てきたのは、おまけつきのお菓子。戦隊ヒーローのパッケージだ。
「ハチ、そういうの好きだろ」
「しかもおまけつきだよ」
「は? 俺は小学生じゃねー!」
そう言いながらも袋を開ける。中にはお菓子と、ヒーローバッジが入っていた。
「やべえ! レッドだ!」
それは俺の好きだったレッドのバッジで、ついテンションが上がる。
「つけてみろよ」
「えー、マジか?」
「僕がつけてやるよ」
すずがバッジを俺の胸につけてくれた。キラリと輝く真っ赤なヒーローバッジ。
かっこよすぎだろ……。
「うおー、なんか俺、力湧いてきた! なんでもできる気がするぜ!」
「単純なやつ。やっぱ小学生か」
「写真撮ろうよ! 写真!」
バッジをつけて、外を走り回っていた頃を思い出す。
あの頃の俺は、なんにでもなれる気がしていた。
「撮るよー」
「ハチ、似合ってるじゃん」
でも現実はそんなに甘くなくて。
写真の中でふざけている俺は、ちっともカッコよくなくて。
だけど今日、ちょっとだけ思ったんだ。
ヒーロー戦隊はチームで戦うんだ。だったら俺みたいな役割のヒーローがいても、いいんじゃないかって。
「よし! 明日は学校行って練習するぞ! プレッシャーとの戦いだ!」
俺はベッドの上に立ち上がり、ポーズを決めた。
「はぁ……こいつすぐ調子に乗るよな」
「もう腹は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫! 明日お前らにも買ってやるな。ブルーとイエローのバッジ」
「「いらねーよ!!」」
ふたりの声がハモった。
俺が声を上げて笑ったら、彰人とすずも笑った。
ああ、俺、こいつらと同じ部活でよかったかも。
ケーキもチキンも食えなかったけど、三人で過ごした今年のクリスマスは、きっと一生の思い出になる。
幼稚園時代は戦隊ヒーローの証であるヒーローバッジを胸につけ、戦いごっこに明け暮れる毎日。
小学生になると持ち前の明るさと声のデカさで、誰よりも目立つ存在に。
運動会では足の速さを活かし、リレーのアンカーとして大活躍。
中学校でサッカー部に入ると、あっという間にエースの座についた。
俺ってヤバくね? ヒーロー人生一直線じゃん?
もちろんヒーローは友情にだって熱い。
親友から、『江の高行って、俺と一緒に弓道部を作らないか』なんて、とんでもないことを言われた時も、俺は『いいぜ』って快く協力してやった。
しかしその頃から、俺のヒーロー人生は狂い始めていたんだ。
***
「だからぁ、彰人の言い方はきつすぎるんだって。あんなふうに言ったら、一年生みんな辞めちゃうじゃないか」
「はぁ? 当たり前のこと言っただけだろ。すずが甘すぎるんだよ」
あー、あいつらまたやってる。
高校二年生の冬。ここ、江の島高校弓道部の部室では、今日もふたりが言い争いをしていた。
弓道部部長の永井すずと、エースの千田彰人だ。
「ずっと思ってたんだけどさ、彰人はその態度、もうちょっと改めたほうがいいよ。部活はひとりでやってるわけじゃないんだから」
彰人を諭すようにすずが言った。
すずは普段おとなしいけど、やる時はやる男で、仲間からの信頼が厚い。
だから全員一致で、できたばかりのこの弓道部の部長に選ばれたんだ。
「だったらすずは、もっとビシッとみんなに言え。団体戦で惨敗したのに、能天気なやつが多すぎだろ」
団体戦で惨敗……その言葉が俺の心に突き刺さる。流れ矢にあたった気分だ。
彰人は俺を弓道の世界に誘ったやつで、不愛想で口が悪い。
でも間違ったことは言っていない。惨敗したのは本当のことだし。
とにかくふたりとも、弓道への思いが熱すぎるせいで、時々こんなふうに言い争いが起きるんだけど……最近、ちょっと多すぎる。
俺はふたりの間に割り込み、大げさに両手を開いた。
「まあまあ、ふたりとも」
仕方ない。こいつらを止められるのは俺しかいないんだ。
「いい加減ケンカはやめたまえ」
「は? なんだよ、ハチ。その意味不明キャラ」
彰人が俺に突っ込んできた。
よしよし、これでいいのだ。ふたりの気がこっちに向いてくれれば。
「なぁ、お前ら、明日から冬休みだけど暇か?」
「唐突だなぁ、ハチは。別に暇だけど」
すずもこっちのペースに乗ってきた。ケンカの仲裁、成功だ。
ついでに険悪なふたりのために、俺が一肌脱いでやるか。
「明日ってクリスマスイブじゃん? 三人でクリパしねぇ? ここにケーキとかチキン持ち込んで」
「こんなところでできるわけねーだろ」
「そうだよ、神聖な弓道場でパーティーなんて」
まぁ、このふたりなら、そう言うと思っていたけど。
「じゃあ、江の島にイルミネーションでも見に行くか?」
「やだね、24日なんて、カップルだらけだ」
「激混みだよ、きっと」
たしかに男三人でイルミは悲しすぎるか。
「だったら俺んち来いよ。三人でケーキとチキン食おうぜ! お前らコンビニで買ってきてくれ!」
俺が言ったら、ふたりがあきれたようにため息をついた。
「お前んちでケーキ食って、楽しいか?」
「毎日会ってるしね」
「ノリ悪いな、お前ら! 最近部活ばっかで遊んでなかっただろ? 弓道バカのお前らにも休息が必要だ。24日の昼、ケーキとチキン持って俺んち集合な!」
これでふたりのギスギスが、ちょっとでも丸くなればいい。
俺にできることは、そのくらいしかないんだ。
俺が弓道を始めたのは高一の春。
初心者の俺が、経験者のこいつらより下手くそなのは当然だったけど……一年半経った今でも、俺はたいして上手くない。
だけどこのふたりはさらに上達して俺を引き離していくし、あとから入ってきた一年にさえ俺は抜かされていく。
しかもあいつらのすごいところはそれだけじゃないんだ。
弓道を避けていたすずをさりげなくアシストして、ここまで引っ張り上げたのは彰人だし、彰人の生きる目標となったのがすずだっていうし……そんなの俺がかなうわけねーじゃん。
「そういえば彰人、隣のクラスの女子に、クリスマスデート誘われてなかった?」
すずの言葉に、俺は目を見開く。
「すずだってさっき、後輩女子からクリスマスプレゼントもらってたじゃん」
「ちょっ、ちょっと待てー! 俺はなんにもねーぞ! そんなアオハルな話は!」
ああ、すっかり忘れてた。
こいつら意外とモテるんだった。
「はぁ、かなわねぇ……」
このふたりは物語のヒーローで、俺はただのモブキャラ。
ヒーローになんてなれないんだって――俺はもう、とっくに知っている。
***
『はぁ? 中止ってなんだよ!』
24日の昼、自分の部屋のベッドの上で、俺は彰人の怒鳴り声を聞いていた。
「悪い。ちょっと腹が痛くて……ベッドから起きられねーんだ」
今朝、姉ちゃんから『彼氏にあげるケーキの味見して』って言われて……食ったら見事に腹を壊してしまった。
『よかったぁ、彼氏にあげる前にあんたに食べてもらって』
『よくねーだろ!』
姉ちゃんは危険すぎる手作りケーキはやめて、ケーキ屋でケーキを買って、彼氏の家に行ってしまった。
一体、あのケーキに何を入れやがったんだ。くそっ。
『腹痛いって……大丈夫?』
電話の向こうから、すずの声が聞こえてくる。
やっぱりすずは優しいなぁ……でもその優しさは、プレゼントくれた女子に向けてやってくれ。
『まったく、24日に集まろうって言ったのはお前だろ』
彰人がぶつぶつ怒っている。
そうだよな。こんなことになるなら、お前も女子とデートしたほうがよかったよな。
『しょうがないよ。具合悪くなっちゃったんだから』
『どうせ変なもん食ったんだろ。自業自得だ』
『彰人! ハチがかわいそうだろ』
ああ、やばい。俺のせいでまたふたりがケンカをしてしまう。
「ごめんって、ふたりとも」
『もう俺ら、お前んち向かってるんだぞ』
「だったらそのまま、女子とイルミにでも行ってくれ」
『は? おい、ハチ……』
彰人が何か言いかけたけど、俺は電話を切って布団に突っ伏した。
最悪なクリスマスだ……。
腹は痛いし、パーティーはできないし、ふたりに仲直りさせてやれなかったし……。
「俺って、思ってたより、ずっとダサくね?」
こんなんでヒーローになりたかったなんて、笑える。
俺はぎゅっと目を閉じる。
小さい頃の俺は、胸にヒーローバッジをつければ、なんにでもなれる気がしていた。
どんなに強いやつでも倒せるし、絶対負ける気がしなかった。
困っている人がいれば助けられるし、みんなから憧れのまなざしを向けられると思っていた。
それなのに――。
「全然、違うじゃん」
弓道なんかやらないで、サッカー続けていればよかったかな。
いや、続けていてもおんなじか。
中学の弱小サッカー部でエースになったって、強いやつがたくさん集まっている高校のサッカー部では、きっと挫折を味わうだけだ。
それでこうやっていじいじと、上手なやつらのことを妬んでいるんだ。
ピンポーン。
誰かが家にやってきて、母さんと話している。
姉ちゃんが彼氏にフラれて帰ってきたのかも。そうだったらいいのになんて考えている俺は、相当ひねくれている。
すると部屋のドアがトントンと叩かれて、返事をする前に開いた。
「よっ、ハチ」
「来ちゃったよ」
「えっ! 彰人とすず!?」
俺は驚いてベッドの上に飛び起きた。
「もしかしてハチ……泣いてた?」
すずの声にハッと気づいて、手で目元をこすったら濡れていた。
「うわっ! なんだこれ! 俺、泣いてる!?」
「マジか? 自分で気づいてなかったのかよ」
「泣くほど、腹が痛かったのか」
「いや、もう痛くねーし!」
「じゃあ泣くほど、クリパしたかったんだ」
「違うって!」
俺はつい叫んでしまった。
「俺はただ、お前らに仲良くなってほしかっただけだ! クリパなんてどーでもよかったんだよ!」
彰人がきょとんとした顔をしたあと、すずを見る。
「別に俺ら、仲悪くないよな?」
「うん。悪くないよ」
「でも、最近ケンカばっかりしてただろ!」
「ケンカなんかしたっけ?」
「してないと思うけど」
はぁ? ふざけんな! 心配して損したぜ。
「それはたぶんケンカっていうか……僕たち、言いたいことを言い合えるようになったってことかな」
すずの声に彰人が「そうだな」とうなずいた。それから俺のほうを向いて続ける。
「だからハチも、思ってることはちゃんと言えよ」
「え……」
「お前もしかして、この前の試合のこと、気にしてる?」
彰人の声に俺は驚き、とっさにうつむいた。それからぼそりとつぶやく。
「き、気にするに決まってるだろ。俺だけ下手くそで、ガチガチに緊張しちゃって、一本もあたらなくて……俺がお前らの足引っ張ってるって、誰が見ても思うじゃん」
「思わねーよ。そんなこと」
「いや思うって! 彰人とすずだって、どうせそう思ってるんだろ!」
言ってからすぐに口を押さえた。
なんだ、これ。カッコ悪すぎる。
するとなぜか彰人が、声を上げて笑い出した。
「な、なんで笑うんだよ!」
「いや、ハチって意外と繊細だよなーって思って」
「はぁ? バカにしてんのか!」
「してねーって。誰だって試合は緊張するよ。俺だってするし」
嘘つきめ。いつだってお前は、澄ました顔して平然と矢を放ってるじゃねぇか。
「それに団体戦はチームワークが大事だろ。だからハチが思ってること、今みたいになんでも言ってほしい。そしたらきっと、一緒に改善していけると思うから」
その言葉に、俺はハッと顔を上げた。なんだか胸が熱くなってくる。
「彰人……お前、いいこと言うじゃん」
「いや、俺もすずに言われたし。部活はひとりでやってるわけじゃない、って」
するとすずが、あははっと笑って俺たちに言った。
「じゃあ僕たちのチームワークをさらに深めるために、これ、ハチにあげるよ」
すずがコンビニの袋を俺に差し出した。
「ふたりからのクリスマスプレゼントな」
彰人も付け足す。
「え、なんで?」
「まぁ、腹痛でぼっちのクリスマスは、さすがにかわいそうだと思って」
「ケーキは無理そうだから、それにしたんだ」
「あ、ありがとう」
俺はコンビニの袋を受け取り、中身を取り出した。
「えっ」
出てきたのは、おまけつきのお菓子。戦隊ヒーローのパッケージだ。
「ハチ、そういうの好きだろ」
「しかもおまけつきだよ」
「は? 俺は小学生じゃねー!」
そう言いながらも袋を開ける。中にはお菓子と、ヒーローバッジが入っていた。
「やべえ! レッドだ!」
それは俺の好きだったレッドのバッジで、ついテンションが上がる。
「つけてみろよ」
「えー、マジか?」
「僕がつけてやるよ」
すずがバッジを俺の胸につけてくれた。キラリと輝く真っ赤なヒーローバッジ。
かっこよすぎだろ……。
「うおー、なんか俺、力湧いてきた! なんでもできる気がするぜ!」
「単純なやつ。やっぱ小学生か」
「写真撮ろうよ! 写真!」
バッジをつけて、外を走り回っていた頃を思い出す。
あの頃の俺は、なんにでもなれる気がしていた。
「撮るよー」
「ハチ、似合ってるじゃん」
でも現実はそんなに甘くなくて。
写真の中でふざけている俺は、ちっともカッコよくなくて。
だけど今日、ちょっとだけ思ったんだ。
ヒーロー戦隊はチームで戦うんだ。だったら俺みたいな役割のヒーローがいても、いいんじゃないかって。
「よし! 明日は学校行って練習するぞ! プレッシャーとの戦いだ!」
俺はベッドの上に立ち上がり、ポーズを決めた。
「はぁ……こいつすぐ調子に乗るよな」
「もう腹は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫! 明日お前らにも買ってやるな。ブルーとイエローのバッジ」
「「いらねーよ!!」」
ふたりの声がハモった。
俺が声を上げて笑ったら、彰人とすずも笑った。
ああ、俺、こいつらと同じ部活でよかったかも。
ケーキもチキンも食えなかったけど、三人で過ごした今年のクリスマスは、きっと一生の思い出になる。



