名前を呼ぶ距離



 名前を呼ぶ、という行為について、特別何かを考えたことはなかった。

 呼びたいと思った瞬間に、声が出ていた。
 それがあいつ──浅島悠人《あさじまゆうと》だった。

「はやとー!!」

 幼稚園の園庭で、砂場の端に座っていた俺を呼ぶ声。
 振り返ると、悠人が両手を振っていた。なぜかいつも、全身で。子犬のように。

 あの頃の俺たちは、特別に仲良くなろうとしたわけじゃない。
 同じクラスで、席が近くて、帰る方向が同じで。
 気づいたら、いつも一緒にいただけだ。

 それなのに、悠人が呼ぶ俺の名前は、その頃から特別、やけに大きく聞こえた。

 「隼人《はやと》!!」

 転んだとき。
 先生に叱られたとき。
 知らない子に囲まれて、どうしていいか分からなくなったとき。

 その声が聞こえると、不思議と泣かずにいられた。

 だから俺も、悠人の名前を呼んだ。

「悠斗」──って。

 特に意味なんてなかった。
 ただ、呼べば振り返ってくれると知っていたから。

 ――名前を呼ぶ距離なんて、考えたこともなかったんだ。