稲穂と麺太の日常

 中学校も高校も、今は冬休み。
 稲穂と麺太は朝から稲穂宅に籠っていた。ちなみに一日中籠城する予定である。

「あっさかっらケーキ! あっさかっらケーキ!」

 布団の中、うつ伏せになりながら、脚をばたばた動かして麺太が歌う。それを、横にいた稲穂が身体を起こしながら、呆れた顔で眺めていた。

「めっちゃご機嫌だな。そんなケーキ好きだったか?」
「好きだけど、今日は特別じゃん! クリスマスだよ? 二人っきりだよ? 幸せ二倍増し!」
「あっそ」

 そっけなく返事をしながら、稲穂は布団から出て台所に向かおうとし、稲穂ちゃんと麺太に呼び止められた。

「何で普通に布団から出られるの?」
「タイマーで暖房点けといたから、部屋ん中あったけえだろ?」
「あったかいけどさ、あったかいから余計に、ぬくぬくして、出られない、みたいなさ」
「ケーキ、食いたくねえの?」
「食べたいです。食べたいけどさあ、出るのはちょっと」

 ならそこにいろよと、今度こそ台所に向かえば、後ろから情けない声で稲穂ちゃんと呼ばれた。今度は振り返らなかった。
 居間を通ると、そこに稲穂の父の姿はないが、テーブルの上にはラッピングされた赤い袋が二つ置いてあった。
 父サンタは今年も麺太の分までプレゼントを持ってきてくれたらしい。後でお礼のメッセージを送っておこうと思いながら、台所に足を踏み入れた。
 ケーキは、昨日も食べた。昨日はカットケーキを二つ買って、麺太と二人で食べたが、今日の冷蔵庫の中には、きっと一切れ分食べられたホールケーキが入っている、はず。
 毎年、稲穂の父がホールケーキを買ってくれる。それを朝ごはんにするのがいつものクリスマスの朝だった。
 冷蔵庫の中を確認すると、やはりホールケーキの箱が入っている。親父ありがとうと呟いて、牛乳を手に取った。甘いホットミルクを作って、一緒に食べるつもりだ。
 そうやって準備をしている間も、麺太が台所に来ることはなく、長方形のお盆にカットしたケーキとフォーク、それからホットミルクを乗せると、部屋に戻った。

「さ・む・いー、さ・む・いー、さ・む・く・て・出られないー」
「元気だな。持ってきた意味ないか?」
「え? ──あ!」

 稲穂の存在に気付くと、麺太は目を輝かせながら布団から起き上がった。

「持ってきてくれたの?」
「食いたいんだろ?」
「うん!」

 麺太の傍まで行くと、お盆を枕元に置いて、麺太の正面に座る。──瞬きをする間もなく、稲穂は麺太に抱き着かれた。

「稲穂ちゃんは本当に優しいよね! 大好き!」
「別にそんな優しい人間じゃねえだろ」
「優しいよ、すっごい優しい!」
「……ほら、ケーキは?」

 訊ねた瞬間に、麺太はぐいっと顔を上げて、稲穂に唇を重ねてきた。

「……っ」
「食べる! いただきます!」

 何事もなかったようにケーキを食べ始める麺太だが、稲穂は驚いてすぐに食べられそうになかった。

「……お前って奴は……」

 いきなりすんなよ、びっくりすんだろと、熱が溜まる顔を手で覆い隠しながら、息を整える稲穂。

 麺太が気付くまで、あと少し。

 気付いた麺太がからかって、ヤケになった稲穂に押し倒されるまで、あと数分。

 ──ハッピークリスマス。