稲穂も麺太も、共に帰宅部。麺太の方が授業が終わる時間も早く、学校から家までの距離も近い。だからいつも、麺太が先に家で待っていることが多かった。
今日も例外なく、麺太は稲穂の家にいた。ソファーの足元で足を崩して座っており、スマホをいじっている。
「何書いてんだよ」
「稲穂ちゃんとしたいこと」
覗き込むと、画面いっぱいに文字があり、麺太が指を動かすごとに、文字は増えていく。
いつの頃からか、麺太はスマホで小説を書くようになっていた。将来的に作家になりたいのかと訊ねれば、うーんと首を傾げるばかり。
今は楽しいからやっているだけ。将来のことはまだまだ未定らしい。
「めっちゃキスしてんな」
「うん」
「画面埋まるくらいキスについて書いてんな」
「うん」
「……したかったのか?」
「うん」
麺太はスマホをテーブルの上に置き、稲穂に向けて手を広げてきた。ハグと、それからキスを求めているんだろうなと、ぼんやり思いながら、稲穂は麺太の様子を眺める。
肩までのさらさらの黒髪、丸い瞳。まだまだあどけなさが残っているのに、その年齢ではまだ知らなくてもいいことを、麺太の身体はもう知っている。
同じ黒髪でも天パで、三白眼気味な目を眼鏡で誤魔化そうとする自分とは全然似ても似つかない男。──可愛らしい、稲穂の恋人。
稲穂が麺太に教えたし、稲穂も麺太に教えられた。
片膝を床に着け、麺太と視線を合わせる稲穂。麺太は嬉しそうに笑って、目蓋を閉じた。
挨拶代わりに軽く重ね、すぐに離れると、一気に不満げな顔になった麺太。
「早い、もっと長く、がっつりと!」
「いや、わりと恥ずいんだから、毎日毎日やめろよ」
「稲穂ちゃんが恥ずかしがると思って目蓋を閉じてるんだよ? これ以上どうしたらいいの? 布でも被る?」
「そこまでしたいもんか」
「中二男子の性欲を舐めちゃ駄目だよ、こんなもんじゃないからね、本当は」
あれ、こいつこんな子だったか、と毎日なるが、それでも愛しい恋人だ、嬉しそうにしてくれるのが一番嬉しい。
麺太が目蓋を開けようとしたから、素早く自分の手で押さえ、また唇を重ねる。今度は長めに押し付けて、離れた。
「……っ!」
「これでいいな! ほら、夕飯作ったり忙しいんだよ、俺は! 台所行くからな!」
「もうちょっと余韻に浸らせてよ。まあいいや。僕もついてくー」
「小説書いとけよ」
「寝る前でいいよ、今は稲穂ちゃんと一緒にいたい」
「どうせ横に突っ立ってるだけで、何もしないだろうが」
「味見という大切な仕事をしますー」
「味見って量じゃねえからな?」
たくっ、と悪態をつきながら、まんざらでもない顔の稲穂。麺太はそんな彼の腕にしがみつき、二人で台所に向かった。
台所の上には、稲穂が下校中に買った食材が置かれている。レジ袋から取り出しながら、今夜使う分と、冷蔵庫に仕舞う分を仕分けていく稲穂。
稲穂が中学生になる辺りから、稲穂の父は二人に料理を教え、稲穂が高校生になると、彼が食事を作ることが多くなった。麺太もいくらか作れるが、完全に稲穂任せにしている。
父は仕事で遅くなるが、毎夜必ず帰ってくる。そして朝食と弁当を麺太の分まで作ってくれるので、麺太からすれば、本当に頭が上がらない人物だ。
「今夜は何?」
「寒いから鍋」
「白菜大好きー」
「俺も」
「白菜だけ?」
「息をするようにお前はよぉ……」
てきぱきと具材を切り、鍋に入れて火に掛ける。タイマーをセットして、父用の小鍋も用意している間も、麺太は横に立っていた。
「稲穂ちゃんのお鍋楽しみ」
「先週と何も変わんねえぞ」
「僕への愛情込めてるでしょ? 日増しに強くなるよね」
「なんか自己肯定感高くねえか?」
「そんな僕に稲穂ちゃんがしたんだよ」
「覚えが全くねえんだけど」
鍋の様子を見ながら、麺太の相手をする。
いつも通りの夕食作り。鬱陶しさはあまりない。
米俵稲穂は、素直じゃなかった。
今日も例外なく、麺太は稲穂の家にいた。ソファーの足元で足を崩して座っており、スマホをいじっている。
「何書いてんだよ」
「稲穂ちゃんとしたいこと」
覗き込むと、画面いっぱいに文字があり、麺太が指を動かすごとに、文字は増えていく。
いつの頃からか、麺太はスマホで小説を書くようになっていた。将来的に作家になりたいのかと訊ねれば、うーんと首を傾げるばかり。
今は楽しいからやっているだけ。将来のことはまだまだ未定らしい。
「めっちゃキスしてんな」
「うん」
「画面埋まるくらいキスについて書いてんな」
「うん」
「……したかったのか?」
「うん」
麺太はスマホをテーブルの上に置き、稲穂に向けて手を広げてきた。ハグと、それからキスを求めているんだろうなと、ぼんやり思いながら、稲穂は麺太の様子を眺める。
肩までのさらさらの黒髪、丸い瞳。まだまだあどけなさが残っているのに、その年齢ではまだ知らなくてもいいことを、麺太の身体はもう知っている。
同じ黒髪でも天パで、三白眼気味な目を眼鏡で誤魔化そうとする自分とは全然似ても似つかない男。──可愛らしい、稲穂の恋人。
稲穂が麺太に教えたし、稲穂も麺太に教えられた。
片膝を床に着け、麺太と視線を合わせる稲穂。麺太は嬉しそうに笑って、目蓋を閉じた。
挨拶代わりに軽く重ね、すぐに離れると、一気に不満げな顔になった麺太。
「早い、もっと長く、がっつりと!」
「いや、わりと恥ずいんだから、毎日毎日やめろよ」
「稲穂ちゃんが恥ずかしがると思って目蓋を閉じてるんだよ? これ以上どうしたらいいの? 布でも被る?」
「そこまでしたいもんか」
「中二男子の性欲を舐めちゃ駄目だよ、こんなもんじゃないからね、本当は」
あれ、こいつこんな子だったか、と毎日なるが、それでも愛しい恋人だ、嬉しそうにしてくれるのが一番嬉しい。
麺太が目蓋を開けようとしたから、素早く自分の手で押さえ、また唇を重ねる。今度は長めに押し付けて、離れた。
「……っ!」
「これでいいな! ほら、夕飯作ったり忙しいんだよ、俺は! 台所行くからな!」
「もうちょっと余韻に浸らせてよ。まあいいや。僕もついてくー」
「小説書いとけよ」
「寝る前でいいよ、今は稲穂ちゃんと一緒にいたい」
「どうせ横に突っ立ってるだけで、何もしないだろうが」
「味見という大切な仕事をしますー」
「味見って量じゃねえからな?」
たくっ、と悪態をつきながら、まんざらでもない顔の稲穂。麺太はそんな彼の腕にしがみつき、二人で台所に向かった。
台所の上には、稲穂が下校中に買った食材が置かれている。レジ袋から取り出しながら、今夜使う分と、冷蔵庫に仕舞う分を仕分けていく稲穂。
稲穂が中学生になる辺りから、稲穂の父は二人に料理を教え、稲穂が高校生になると、彼が食事を作ることが多くなった。麺太もいくらか作れるが、完全に稲穂任せにしている。
父は仕事で遅くなるが、毎夜必ず帰ってくる。そして朝食と弁当を麺太の分まで作ってくれるので、麺太からすれば、本当に頭が上がらない人物だ。
「今夜は何?」
「寒いから鍋」
「白菜大好きー」
「俺も」
「白菜だけ?」
「息をするようにお前はよぉ……」
てきぱきと具材を切り、鍋に入れて火に掛ける。タイマーをセットして、父用の小鍋も用意している間も、麺太は横に立っていた。
「稲穂ちゃんのお鍋楽しみ」
「先週と何も変わんねえぞ」
「僕への愛情込めてるでしょ? 日増しに強くなるよね」
「なんか自己肯定感高くねえか?」
「そんな僕に稲穂ちゃんがしたんだよ」
「覚えが全くねえんだけど」
鍋の様子を見ながら、麺太の相手をする。
いつも通りの夕食作り。鬱陶しさはあまりない。
米俵稲穂は、素直じゃなかった。



