――「私たち、別れよう」
そう、口にしたとき一気に貴方から解放された気がしていたのに。
まだ、貴方を想ってるだなんて言ったら笑われるかな。
まだ好きなの。
―――そんなこと言えない、言えないよ。
私たちの関係は一月で終わる。
そんなこと、始まる前から決まっていて。分かっていたはずなのに。
私たち、もう、元には戻れないね。
だって、これは単なる”片思い”になってしまったから。
*―――*
「一か月間の恋人、ね?」
そういわれたとき、私は甘く見られている気がして腹が立った。
『今の彼女のことを本当に好きなのかわからないから、俺と一か月間付き合ってくれ』だなんて。
最初から分かっていた。これは”確認”のための一月の関係だった。
三人で話し合ったときの碧斗の彼女、桜子さんはどこか不服そうな顔をしていたけれど、それなら『仕方ない』と許してくれた。
「ていうか、なんで私に……」
「んー桜子に似てるから」
似てるって私が……?
彼女に似ている、それだけのことがなんだか複雑でこんな関係はあっていいのか、そう思った。
そんなこと、私が知るか。
もともと、私達は友達だった。
よく話すわけでもなく、関りが深いわけでもなく、そんな遠い友達。
碧斗は友達。たったそれだけの関係がこんなにも大きくなってしまうだなんて知らずに。
そんな関係は始まったときにはもう――きっと遅かったね。
「なぁ、深月」
パックのジュースを片手に隣に座る碧斗がふいに私の名前を呼んだ。
「なに?」
「なんで俺は桜子を好きになったんだと思う?」
知るか、そんなこと。
「………」
好きに理由なんてないだろ、気づいたら好きになってる。それだけなんじゃないの?
「元カノと別れたときに慰めてくれたのがきっかけなんだよね」
…元カノいるんだ…なぜそんなにこの人の恋愛事情は複雑なんだろう。
元カノのときも『好き』がわからなくなったとか?
この人じゃなきゃダメっていうことより、この人といると落ち着くから『好き』なんじゃなくて?
ていうか、初恋もまだな私がこの人より『好き』の程度を知っているのか。
私はそれを聞きたいよ。
「……そう」
「深月は?恋、したことないの?」
「……ない…」
「そっか」
てか、こんなことで元カノが好きかどうかなんてわかるの?
一見、恋人でも友達でもないような距離感なんだけど。
「……運命の人、見つかるといいね」
私の顔を覗き込むように視線を合わせながら笑った。
……運命なんて…ないのに。
そう、言いたかった。
だって、神様は『運命』がどれだけ残酷でも、変えてくれやしないんだから。
*―――*
肌に突き刺さるように強い日差しが降り注ぐ真夏日。
「深月、はよ」
電車をホームで待っていると碧斗が後ろから肩に手を乗せてきた。
明らかに寝起きって感じ。
少しとかしたくらいのまだ寝癖が残っている茶色のふんわりしている髪。
大きく口を開けてまだ垂れている目じり。
思わずじっと見つめてしまっていると。
「深月?」
「あ…ごめん」
変態みたいな目で見てしまっていた。
やっと電車がきた。
碧斗の首元にはじんわりと汗がにじんでいてハンカチを取り出そうとすると電車から出てこようとするおばあさんの足元が明らかにふらついていて、今にも電車の隙間に足が挟まってしまいそうだった。
思わず駆け寄ろうとすると、それより先に碧斗がおばあさんの腕を支えていた。
「おばあちゃん、大丈夫?ほら掴まれって」
そういいながら腕を貸している碧斗。
さっきまであんなに眠そうにしてたのに……なんだ、少しはかっこいいじゃん。
そんなことを思ったのはきっと不覚。
「……なんだかんだ優しいんだね」
結構見てる限り恋愛には奥手だけど…って関係ないか。
「当たり前のことしただけだし」
へぇ。結構かっこいいこと言ってくれるじゃん。
「てか、こんなことだけでほんとに桜子さんが好きかどうかの確認なんてできるの?」
恋人っぽいこと何一つしてないけど…。
「…んー……まぁ?」
濁すようにそう呟いた碧斗。
なんだかそんな風に言われると急に緊張してきてしまう。
私が桜子さんと違うところ……見た目、行動、しぐさ…とか…。
桜子さんは他校の同い年だけど、すごく大人っぽいし、色気満載だった。
一瞬うらやましいと思っただなんてなんだか恥ずかしくて言えないけれど。
正直、私と桜子さんはどこが似てるのか教えてほしいくらい。
見た目は全然私は童顔だし、素直じゃないし、性格……?は分からないけれど。
「前の元カノとも同じ理由で別れたんだよね」
ふと電車の外の景色を見ながらそう呟いた。
やっぱり……。
「『好き』ってどんどんわかんなくなるもんなんかな」
まぁ……熟年夫婦とかならそんな感じですよね…。
うちの親だってもう必然的に一緒にいる、みたいな感じだし……ケンカもするけど、でも結構仲直り早いし。
でも私たち、まだ学生だし……『好き』っていう感情くらいは持ってたほうがよさそうだけど…。
だからってほんとに好きだったのか私を使って確かめよう…とか、その神経を疑うわ。
なんか純粋っていうか……一生懸命なのはわかるんだけど…天然っていうのかな…。
絶対今の私たちの関係、桜子さん嫌だと思うんだけど。
まあつまり、碧斗は前と同じようになるのが怖いってか。
「元カノさんはどんな人だったの?」
「……けっこー束縛が凄かった…かな」
束縛……か…。
「例えば?」
部外者が首を突っ込むのは違う気がするけど、その元カノさんのことを知れればなにか分かりそうなのだ、碧斗のことが。
「ひどいときは縛り付けられて怒鳴り散らされてたね。たまに包丁取り出してきたし」
じ、尋常じゃないー……。
なんか、メンヘラ気質っていうか…どちらかというとヤンデレっていうか…。
「…そ、そっか…」
……完全に碧斗が思ってることわかったよ…。
そりゃ、怖いわ…。
『好き』かどうかわからない、なんて言ったらどうなることか……。
もう目に見えている。
「……嫌に…なんなかったの?」
「……それだけ想ってくれてるのは分かってたし、どんなにひどいこと言っても殺されることはなかったし、好きになったのは事実だったし」
なんか、お人よしを超えすぎているというか…尋常の神経じゃないっていうか…この人はほんとに人間なんだろうか…。
――…でも…この人はただ…優しいだけなんだろうな…。
わざわざこんなことまでして『好き』を確認するとか…律儀な人だよなぁ…。
「そっか……」
あれこれ話していると駅について電車を降りた。
そう、口にしたとき一気に貴方から解放された気がしていたのに。
まだ、貴方を想ってるだなんて言ったら笑われるかな。
まだ好きなの。
―――そんなこと言えない、言えないよ。
私たちの関係は一月で終わる。
そんなこと、始まる前から決まっていて。分かっていたはずなのに。
私たち、もう、元には戻れないね。
だって、これは単なる”片思い”になってしまったから。
*―――*
「一か月間の恋人、ね?」
そういわれたとき、私は甘く見られている気がして腹が立った。
『今の彼女のことを本当に好きなのかわからないから、俺と一か月間付き合ってくれ』だなんて。
最初から分かっていた。これは”確認”のための一月の関係だった。
三人で話し合ったときの碧斗の彼女、桜子さんはどこか不服そうな顔をしていたけれど、それなら『仕方ない』と許してくれた。
「ていうか、なんで私に……」
「んー桜子に似てるから」
似てるって私が……?
彼女に似ている、それだけのことがなんだか複雑でこんな関係はあっていいのか、そう思った。
そんなこと、私が知るか。
もともと、私達は友達だった。
よく話すわけでもなく、関りが深いわけでもなく、そんな遠い友達。
碧斗は友達。たったそれだけの関係がこんなにも大きくなってしまうだなんて知らずに。
そんな関係は始まったときにはもう――きっと遅かったね。
「なぁ、深月」
パックのジュースを片手に隣に座る碧斗がふいに私の名前を呼んだ。
「なに?」
「なんで俺は桜子を好きになったんだと思う?」
知るか、そんなこと。
「………」
好きに理由なんてないだろ、気づいたら好きになってる。それだけなんじゃないの?
「元カノと別れたときに慰めてくれたのがきっかけなんだよね」
…元カノいるんだ…なぜそんなにこの人の恋愛事情は複雑なんだろう。
元カノのときも『好き』がわからなくなったとか?
この人じゃなきゃダメっていうことより、この人といると落ち着くから『好き』なんじゃなくて?
ていうか、初恋もまだな私がこの人より『好き』の程度を知っているのか。
私はそれを聞きたいよ。
「……そう」
「深月は?恋、したことないの?」
「……ない…」
「そっか」
てか、こんなことで元カノが好きかどうかなんてわかるの?
一見、恋人でも友達でもないような距離感なんだけど。
「……運命の人、見つかるといいね」
私の顔を覗き込むように視線を合わせながら笑った。
……運命なんて…ないのに。
そう、言いたかった。
だって、神様は『運命』がどれだけ残酷でも、変えてくれやしないんだから。
*―――*
肌に突き刺さるように強い日差しが降り注ぐ真夏日。
「深月、はよ」
電車をホームで待っていると碧斗が後ろから肩に手を乗せてきた。
明らかに寝起きって感じ。
少しとかしたくらいのまだ寝癖が残っている茶色のふんわりしている髪。
大きく口を開けてまだ垂れている目じり。
思わずじっと見つめてしまっていると。
「深月?」
「あ…ごめん」
変態みたいな目で見てしまっていた。
やっと電車がきた。
碧斗の首元にはじんわりと汗がにじんでいてハンカチを取り出そうとすると電車から出てこようとするおばあさんの足元が明らかにふらついていて、今にも電車の隙間に足が挟まってしまいそうだった。
思わず駆け寄ろうとすると、それより先に碧斗がおばあさんの腕を支えていた。
「おばあちゃん、大丈夫?ほら掴まれって」
そういいながら腕を貸している碧斗。
さっきまであんなに眠そうにしてたのに……なんだ、少しはかっこいいじゃん。
そんなことを思ったのはきっと不覚。
「……なんだかんだ優しいんだね」
結構見てる限り恋愛には奥手だけど…って関係ないか。
「当たり前のことしただけだし」
へぇ。結構かっこいいこと言ってくれるじゃん。
「てか、こんなことだけでほんとに桜子さんが好きかどうかの確認なんてできるの?」
恋人っぽいこと何一つしてないけど…。
「…んー……まぁ?」
濁すようにそう呟いた碧斗。
なんだかそんな風に言われると急に緊張してきてしまう。
私が桜子さんと違うところ……見た目、行動、しぐさ…とか…。
桜子さんは他校の同い年だけど、すごく大人っぽいし、色気満載だった。
一瞬うらやましいと思っただなんてなんだか恥ずかしくて言えないけれど。
正直、私と桜子さんはどこが似てるのか教えてほしいくらい。
見た目は全然私は童顔だし、素直じゃないし、性格……?は分からないけれど。
「前の元カノとも同じ理由で別れたんだよね」
ふと電車の外の景色を見ながらそう呟いた。
やっぱり……。
「『好き』ってどんどんわかんなくなるもんなんかな」
まぁ……熟年夫婦とかならそんな感じですよね…。
うちの親だってもう必然的に一緒にいる、みたいな感じだし……ケンカもするけど、でも結構仲直り早いし。
でも私たち、まだ学生だし……『好き』っていう感情くらいは持ってたほうがよさそうだけど…。
だからってほんとに好きだったのか私を使って確かめよう…とか、その神経を疑うわ。
なんか純粋っていうか……一生懸命なのはわかるんだけど…天然っていうのかな…。
絶対今の私たちの関係、桜子さん嫌だと思うんだけど。
まあつまり、碧斗は前と同じようになるのが怖いってか。
「元カノさんはどんな人だったの?」
「……けっこー束縛が凄かった…かな」
束縛……か…。
「例えば?」
部外者が首を突っ込むのは違う気がするけど、その元カノさんのことを知れればなにか分かりそうなのだ、碧斗のことが。
「ひどいときは縛り付けられて怒鳴り散らされてたね。たまに包丁取り出してきたし」
じ、尋常じゃないー……。
なんか、メンヘラ気質っていうか…どちらかというとヤンデレっていうか…。
「…そ、そっか…」
……完全に碧斗が思ってることわかったよ…。
そりゃ、怖いわ…。
『好き』かどうかわからない、なんて言ったらどうなることか……。
もう目に見えている。
「……嫌に…なんなかったの?」
「……それだけ想ってくれてるのは分かってたし、どんなにひどいこと言っても殺されることはなかったし、好きになったのは事実だったし」
なんか、お人よしを超えすぎているというか…尋常の神経じゃないっていうか…この人はほんとに人間なんだろうか…。
――…でも…この人はただ…優しいだけなんだろうな…。
わざわざこんなことまでして『好き』を確認するとか…律儀な人だよなぁ…。
「そっか……」
あれこれ話していると駅について電車を降りた。


