あばぐだ図鑑

 よっこらせっと。
 なあ、俺の机だけ汚いのおかしいと思わないか? いや、俺が散らかしてる張本人なんだけどさ。
 とりあえず確認するけど、あんたが例の?
 へぇ〜......あの頃から、ずいぶん成長したもんだ。ほら、おじさんとよく遊んでたの、覚えてるだろ?
 ......覚えてない? あっはは。そりゃそうか。

 自己紹介しとく。俺は恵だ。この名札、よく見て覚えとけよ。
 ああ、苗字だ。下の名前じゃねえ。
 それで今日は、なんでここに来た?

 ......やっぱりか。
 あぐ池の件だろ? 薄々そうだとは思ってたけど、いざ目の前で話すとなると緊張するな。
 勘違いするなよ。あぐ池のあれは、ただのお化けじゃねえ。
 會田さんはな、ほんとに優しい人でさ。仕事もできねえ俺の面倒を、ずっと見てくれてた。
 入社した頃は酷いもんだった。
 仕事できねえ奴は、死んだほうがマシだなんて平気で言われてた時代だ。
 ろくな記事も書けず、パソコンをカタカタしてるだけなら、どこの会社でもできる。
 課長にも言われたよ。
 『記事が用意できないなら、さっさと消えろ』ってな。
 今ならパワハラだろうけど、当時はそんな言葉すらなかった。
 悔しかったさ。
 だから會田さんに相談した。あの人が俺の上司になって、三年くらい経った頃だったかな。
 次の記事の話をしたらさ、もうすぐ“いいネタ”ができるって言うんだよ。
 上司からネタを貰うなんて初めてでな。
 それだけで、この人についていこうって決めちまった。
 今思えば大したことじゃねえ。でも、当時の俺には救いだった。

 ......で、ある日だ。
 あの事故が起きた。
 あぐ池に架かった橋のすぐそばで、一台の車が沈んでるのが見つかった。
 中には、會田さんと娘。
 娘は助かった。その娘が――お前さんだ。
 會田さんの死を知って、俺は出版社を辞めた。
 もう、信頼できる人間がいなくなったからな。
 結局、記事にはできなかった。
 悔しかったよ。
 お前さんには悪いが、あの人の死を無駄にしちゃいけねえと思って、原稿を書いた。

 そしたらよ、會田さんをネタにする連中が増えてきてな。
 事件は有名だったから、映画や小説の題材にもされた。
 俺も先越される前に、事実だけを書き殴った。

 頭下げて出版社に戻って、出してもらったよ。
 ......まあ、そこそこ当たった。
 あの人の気持ちが報われたかは知らねえ。
 でもな、あの死はただの事故じゃねえ。
 バケモンを生んじまった
 あっはははは。
 俺は最初から気づいてたぜ。
 お前さんが、一番のバケモンだってな。
 ほら、さっさと殺せよ。
 俺を殺したくて来たんだろ?
 早くしろ。お前さんの父親がしたことを、無駄にしてもいいのか?

 (金槌で釘を叩きつける音)

 ......っぐ。うっ......意外と、痛えんだな。
 こんなことで、気持ちよくなってんのか......。
 ......それだけ、父親が好きだったってことか。
 ......っ、ぐ......

 (金槌で釘を叩き続けている)

 ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ

 (目玉が破裂し、血が流れ出す音)