あばぐだ図鑑

 ふと、こんなことを思った。
 絶対に壊れないものはこの世に存在するのか。
 物理学によると、あらゆるものは最終的に崩壊して無秩序な状態へ向かっていくらしい。化学によると、最も安定した物質でさえ、長時間かかると崩壊するらしい。
 耐久性が高い、といわれる物質は存在するが、壊れない物質は存在しない。
 怪談を書き続けている私が考えるべき事ではないと思うが、つい先日、興味深い記事を発見したので紹介したい。
 怪談集に載せる内容ではないかもしれないが、その点にはご了承いただきたい。
 妻と夕食を囲んでいたときのことだ。
 テーブルの正面に構える大きなテレビから、車の事故に関するニュースが流れていた。
 山道を下っていた一台の車両が、急カーブに備えられたガードレールに衝突したという内容だった。運転手は死亡。車内に取り付けられたドラレコの映像が同時に流れ、運転手の最期の悲鳴が部屋に響き渡った。
 真っ赤な車体で、ナンバープレートには「07-12」と記されていた。通常ナンバープレートは放送しないはずだが、特に違和感を覚えることはなかった。
 それよりも、どうしてドラレコが無事だったのかが気になってしまった。運転手は見るも無惨な状態になっていたはずなのに。
 怪談を書いている私は、こんなことがあるとすぐに余計なことを考えてしまう。
 妻は「怖いね」なんて言いながら箸を進めていた。人の死を間接的に見ながら食事を摂る彼女はもっと変だと思う。
「なんか似てる。今日試乗した車と」
 妻は最近運転免許を取得したために、中古車を取り扱うお店によく行っている。一向に購入する様子を見せないが、彼女も焦っているわけではないのだろう。
 ナンバーはよく覚えていないらしいが、どうやら車体が似ているらしい。
 「もう一回見せて」「もう一回」「あと一回」と何度も車体を見ていた。俺は呆れて夕飯を食べ進めていく。五、六回見たあとだろうか。
「あ」
 一文字だけ、力の抜けた声で呟いた。
「やっぱりこれだ」
 妻がそう確信できたのは、バックミラーのおかげらしい。バックミラーに細長く黒い靄のようなものが映り込んでいる、らしい。試乗したときも。俺には全く分からなかったが、妻は映像のバックミラーを凝視している。
 怪談好きな私が言うことではないかもしれないが、「ただの出鱈目だよ。本当に映ってるわけないだろう?」と妻に言い放った。
 妻はこちらを睨み付けていた。
 これ以上何も言わないことにした。

 ここで更なる疑問が浮かぶ。
 その車はガードレールに衝突し、無惨な状態になってしまった。いわば廃車同然だ。
 しかし、妻は中古車屋でその車に試乗した。次の日にすぐ売り場に出せる状態まで回復させることは可能なのだろうか。
 何日もかければ修理できる可能性も十分あり得るが、どんなに腕の良い整備士でも一日はあり得ない。

 そこで、一つの回答が頭に浮かぶ。
 謎の靄が見えるバックミラーのついたその車は、曰く付き車両つまりは“事故車両”と推測できる。
 その事故車両は、何者かの力によって耐久性が格段に上がり、一瞬で修理することができるようになっているのではないか。
 小説家としてはそう結論づけたいところだが、科学はそれを否定するだろう。ただしこれはあくまで怪談集だ。嘘を書いたって誰も気付きはしない。
 冒頭で提示した疑問が解決されるかもしれない。自分の心の内だけの解決に過ぎないが、それでも構わない。

 私は妻が試乗した店を訪ねることにした。店長に直接話を伺うのが、今できる唯一の手段だからだ。
 ホームページを確認し、車両情報等を確認した。以下にその原文を添付しておく。現在ウェブページは閉鎖されている。

【車両情報】
メーカー:カース
車名:ライトムーン
年式:2014年式
走行距離:82,1xxkm
車検:なし(別途取得可能)
修復歴:あり(走行機能に直接関わるブレーキ系統および車体骨格への人為的加工のため)
ミッション:AT
色:レッド

【車両状態】
外装は小キズがあります。
大きな凹みや目立つ損傷は見受けられません。
内装は比較的きれいな状態です。
シートに目立つ汚れはありませんが、バックミラーが変な角度になっていることがあります。
エンジン・ブレーキ・エアコン等、
通常走行に支障はないはずです。

【装備】
・純正ナビ
・ETC
・バックカメラ
・ドライブレコーダー(録画データは初期化済み)

【備考】
・事故歴あり。
・前オーナー様の詳細は分かりません。
・長時間の試乗はご遠慮ください。

【販売店コメント】
走行性能も安定しており、
通勤・通学など日常使いにおすすめの一台です。
エンジン停止後、ナビが消えるまでに
少し時間がかかることがあります。
現車確認可能です。
ご来店の際は、事前にご連絡ください。

 記載された電話番号に電話をかけ、試乗したいという旨を伝えた。
 実際に店舗へ行ってみたら、例の車が私の方向を見ているかのように配置されていた。
 嫌な雰囲気を醸し出しているーこれをオーラと呼ぶべきか迷うーせいで、私は近付くことができなかった。
「この車の購入者の履歴を確認することは可能ですか?」
 あまりに無謀な発言だと思ったが、この場ではよく考えることさえできなくなっていた。
 店員は怪訝そうな顔を浮かべながら、
「一般の方にお教えすることはできません。申し訳ございません」
 そうだ。私は何の権威もないただの小説家だ。
 店員には礼を言って店を出た。
 結局試乗せずに出てきてしまった。
 あんな車に乗れそうもなかった。

 次に、私は仲の良い友人であった恵理仁という人物に連絡をして事情を話した。
 彼は異常に言葉を詰まらせ、さらに詳細を話せと言われた。それからの話はここに記すことができない。
 彼女に見つかってしまうからだ。
 やはりー。
 いるのか。。
 存在している。。。。
 本当の。。
 揺るぎない憎しみー。ー
 それはーーー
 本当の化け物、壊れない怨念を生み出し続けている源。
 彼女を破壊すべきだ。

 <了>