光平さんは、よく学食を待ち合わせ場所にしてくれていた。
適当な空き教室やベンチを探すのも手間だし、図書館は会話をする場ではないと思う、とのことから、カフェ的に使ってだらだらしているらしい。
一応、軽食はとっているものの、授業の合間からずっと座っているらしく、誰がどうした、の話を聞くのはとても楽しい。そのうち食堂の主とか言われてるのではないか、と個人的には思っている。
最初は向かい合わせでこじんまり、としてくれていたのだが、二人横並びの席を確保できるようになってから、決まって食堂奥の、太陽光がまぶしい席に座っている。
だから、ちょっと、近寄りがたい雰囲気が出ていいのかもしれないと思った。
今日も黒めの髪が、明るく見える光平さんの姿がはっきりとわかる。
「……はあ、どうしたんだろ。俺」
なんとなく、自分の口にした言葉が、ふわふわ浮いているように思えていた。
特に、鷹生と話しているときにはそうでもなかったのに、光平さんとだと、俺はなんとなく、おかしな気分になるのだ。
そんなことを思いながら、俺は最安のうどんとご飯一杯をトレーの上にのせて、「光平さん」と声をかけて、横に立った
「ああ、来たな弟」
今日は普通に勉強していたのか、理解出来ないタイトルの横に、タブレットが置かれていた。単色のフィルム付箋の数から考えるに、よほど難しい課題なのだろうか。
なにより、俺には見せない真剣な眼差しは、年上のそれで。
う、と思ったのを、必死でこらえて、自分のスペースに置いた。
「名前教えたのに、弟はやめてください、伸二です」
「そうだったな。悪い、こっちの書類よける」
「……ありがとうございます」
タブレットと本を四角いリュックに戻した光平さんは、もうすでにいつも通りの顔だ。しかも、今日は悪ガキの方向に全振りしている気がする。
最初はきちんと「伸二」呼びだったのに、なぜか最近、一言目には「弟」呼びをされるようになった。光平さんはきっと覚えているのだろう。だから、会うたびちゃんと名前を言うようにしているだが、それでいいのか悪いのか、光平さんはニヤニヤした顔を隠そうともしなくなった。
「相変わらず、素うどんか」
「……だめですか」
意外とおいしいんですよ、ここ。
苦い言い訳を考えながら俺は、ちゅるりと濃い味のうどんをすすった。
「それくらいなら自分で作ればいいのに」
「できないから、ここに来てるんです」
「自炊」
「う……」
「せっかく安いとこ教えたのに」
「……そもそも、マイ鍋がなかったんです」
光平さんは意外と面倒見がいいとわかったのは、こうして話すようになってからだ。
SNSは無精だが、こうして、直接会えばなにかにつけてアドバイスをしてくれる。
ふう、と笑った光平さんは、まだまだいじり足りないのか俺に言った。
「いっそお宅訪問させてくれたら早いのに」
「いや……なんかこう、あるじゃないですか。一人暮らし上級者の光平さんに見せられるような」
「寮生なんだから、デフォのままでもいけるだろうが」
寮と言っても、普通のマンションのようなもので、食事代を払わない代わりに、自分で作ることも可能だ。だが、俺はなんとなく、毎日自炊をする気にもならず、作ってもらった食事で日々を過ごしている。
「いっそ俺が作ってやろうか?」
「え……そ、れは」
「……んだよ。不安か?」
「いや、そういうわけじゃなくて、その、こっちの」
気持ちの問題なんです、なんて言えるだろうか。
ただ、怠惰な自分を見せるのがいやなだけ。そうに違いない。いや、そうでありたい。
「まあ、なんかあったら言えよ」
「はい……ありがとうございます。また、オネガイシマス」
汁を飛ばさないように、俺は警戒しながら、黙々と麺を啜った。
光平さんは、適度に突き放してくれる。だからつい、「今度はどうだろうかと」近付いてしまう。そして、自然に「ああ、間違えた」と思う。
多分、俺は、甘えてしまっているのだろう。
兄ではない、兄のような存在に。
兄さんには、そうしていなかったのに、なぜか光平さんには、そうしてしまう。
いいところを見せたい。悪いところは隠したい。
理由は、はっきりしていた。
数年とはいえ、大人としての年齢になっている人。一人暮らしですっきりとした雰囲気で、同級生らが振り返るくらいには、格好いい見た目をしていて、これだけ優しいのだ。
――光平さんがすきかもしれない。
俺の心のよりどころに対する親愛の情が、恋愛の方向に変換されるのに、そう時間はかからなかった。
