ブラコン新入生は、兄の友人から恋を学ぶ


 夢見の悪い日々に慣れたころ、鷹生に言われたことがある。

「まー、あれだ。お前の兄貴の気持ちもわかるから言うけど」

 その日の鷹生は、非常に、真剣な様子だった。
 最近、大学生活にこなれてきて、ラフなシャツに、だぼだぼのボトムを合わせていた彼を見ても、俺は「何を言い出すのか」「また、コンパの話だろうか」なんて考えて、すこぶる渋い返答をしていた。

「なんだよ」

 講義も終わり、次の授業までは少し時間がある。

 しかも俺たちはたまたま、同じ大教室で続けての講義だ。立ち上がったのは、単純に座りっぱなしがしんどいからであって、トイレに行く必要性も感じなかった。
 だから俺は、そのまま着席して、鷹生の話を聞くことにした。

「あれだよ。兄側の意見として、ちゃんと聞いてほしいんだけど」

 俺の兄さんの話を出したときにわかったことだが、鷹生にはいくつか離れた弟がいるらしい。詳しいところは聞いていないが、テストの時期から考えると、中学生くらいな気がする。
 これまでの彼を考えても全然兄貴面できていない気がするが、それは俺から見てそうなだけで、鷹生曰く、彼ら兄弟の仲はそれなりに落ち着いているらしい。

「そんなに上に構われたい弟、俺、聞いた事ないんだよ」
「は?」

 理解ができず、俺は鷹生に強めに疑問を飛ばした。
 すると鷹生は「これだから兄が世界で最強男は」と真剣な顔で揶揄してきた。

「だいたいの奴っつーか、男兄弟? 俺調べだと十歳くらいで兄から卒業するもんだし、一緒なんて無理って奴が多かったかなーってやつ。あ、これ、兄側も弟側も、両方な?」

 その言葉をはっきりと聞くのもしんどくて、俺は耳をふさいでしまいたくなった。
 が、それをすると、ますます自分が間違っていたと肯定してしまう気がして、俺はぎゅっと眉間に力を入れ、鷹生の言葉を待った。

「そ、れで?」
「んー。二人兄弟ってだけじゃなくて、間に姉ちゃんとか妹とか居ても、だいたいそんな感じがするんだよ。むしろ、似てくるほど腹が立つっていうか」

 つらつらと言われている内容は、理解出来た。たぶん、きっと。拳を握る指先の感覚は薄れてきたけど、まだ大丈夫だろう。

 俺が、ちょっとだけずれていただけで、決して、兄さんはそう否定もしてこなかったし。ぐるぐる回っている思考。思わず出てしまいそうな手を、俺はなんとか後ろ手に引っ込めて、鷹生を睨み付けていた。

「まあ、おまえんとこは違うかもだけど、一応、おまえんとこよりは一般的な家庭ってやつだから」
「……あ、りがと」
「おう。あ。やっぱトイレ行っとく」
「じゃあ戻るまでは居てやるよ」
「……助かる」

 そうして、財布とケータイだけ持った俺は、できるだけ近いトイレでさくっと済ませ、鷹生の待つ席へ戻った。鷹生は先ほどの言葉通り、俺と入れ替わりで席を立った。

 黒板を見る。見ている。
 入れ替わり立ち替わり、同級生らが入っては消えていく。
 席が埋まって、ざわめきも増えていき、俺は、急速に心がしぼんでいくのを感じた。

 この中で、相互に関わっているのは、鷹生だけ。
 俺の名前は知られているだろうが、その名前の男が、いまここにいる男と理解している人間は、果たしてどれくらいいるのだろうか。

 ただ、ひとりぼっちの俺。
 鷹生以外の知人や友達なんかができるんだろうか。そう不安になっていたが、彼が戻るとそれも薄れる。

「……」
「なんだよ、鷹生」
「いーや? おまえの兄貴、相当大変だったんだろうなってことはわかった」
「なにそれ」
「自覚ねーならいいよ!」
「っ、てえ……」

 ばしん、と強く背中を叩かれた痛みは、ほどなく消えた。
 音に驚いたひとたちも居たようだが、その視線も一瞬で消える。

 俺は、この先どうしていいか、迷いに迷っていたのだった。