たぶん、鷹生が講義前に「今日、誕生日だから、講義サボる」とかわけのわからないことを言い出したから、気になったんだろう。
結局ちゃんと教室に来ていたし、うだうだ言いながらも、欠席しなかったやつだから、鷹生は案外生真面目なんだろうと俺は思っている。
チャイムが鳴って、教授が来るまでの数分で、さらに話は続いていた。
「つーか、伸二はいつ」
「六月。普通に土曜だった」
「うわ、年上じゃん」
「やめろよ、それ」
そして、このくだりのあと、ふと思ったのだ。
光平さんはいつから、二十三歳になったのだろう、と。
そう考える頃には講義も始まり、すぐに、言葉を追うのに必死だったのだが。
ちょうどその日も、光平さんは学食に来ている日だったので、つい、聞いてしまったのだ。
「光平さん」
「あ?」
「誕生日、いつですか」
俺の言葉を咀嚼したかと思うと、光平さんは「はあ?」と言いたげに目を見開いた
なんというか、奇妙ないきものを見るように、凝視してきたので、若干傷ついたのは内緒だ。
それ以上何も言えなくなった俺に、光平さんはお米を咀嚼し終えて、言った。
「それ聞いて、何になるんだよ」
「え、普通、喜んで教えてくれるもんじゃ」
「どこの世界の話してんだよ……今時プライバシーとかなんだとか小うるさいだろうが」
「う……」
それもそうかと、俺は思ってしまった。
「でも、ケーキとか、ちょっとした小物とか、買ってもらえたりしません?」
「俺、一人暮らし」
「なおさら」
「ないね。むしろ自立ってやつで放任。実家にいたときですら忘れられてたし」
「そう、ですか」
「そもそも、伸二はなんでそんなに気にするんだよ」
ごもっともな反論を受けて、俺は、一言「甘いものが、食べたいので」と言うしかなかった。
「甘いもの……?」
俺の言葉を心底理解できない、と言いたげな響きに、俺の肩はまたきゅっと締め付けられた思いだった。
「だって、季節ごとのスイーツって、その、大事じゃないですか」
「まあ……」
「しかも誕生日ですよ! 一年一度、いつも旬のものを食べられるんですよ? なのに、それをぞんざいにするなんて……」
「いやそこまで言ってないから」
光平さんは俺の剣幕に若干引き気味になりながら、今日のA定食をさくさくと食べ続ける。確かに、光平さんにスイーツとか甘味とか、あんまり想像がつかない気もしている。
この前のお餅だって、なんやかんやでイレギュラーな気がしていたし。
とはいえ、俺もそこまでこだわっているかと言えば、そうでもない。
ただ、ケーキ屋さんやその他ショーウインドウに並ぶ季節の雰囲気が、好きだからというのが強い。
食べるとしても、家族みんなで、というよりも「食べたいんだったら買ってきたら」の雰囲気になっていたから、自分の小遣いの範囲で食べていることが多かった。
たぶん、俺がさんざん「兄さんと同じのがいい」って言い続けたせいだろうと、今なら思うのだけれど。
だから、端から端までなんてぜいたくはできず、できても月一回。
結果、憧れだけが募った俺が、できあがってしまった。
クリスマスや、それぞれの節句にハロウィン。最近ではイースターもあるし、バレンタインのような大きいイベントは、兄さんの誕生日も近いから、どうしたって意識していたと思う。
売り場に並ぶカラフルなパッケージを見ることが、少しだけ自分を取り巻く世界を忘れさせてくれたことだって、一度や二度ではない。
「とにかく、」
「はあ……」
「なんでそんなにいやそうなんですか」
だるそうに回答されると、さすがに凹むんですけど。
そう言いかけて言えなかったのは、光平さんからの正論パンチがあったからだった。
「相変わらず、お花畑だなと」
「な」
「だいたい、おまえ忘れてないか」
「なにをですか」
「兄貴に嫌われた理由」
きらわれた。
うん。そう。簡潔に言うとそうなるんだと思う。だけどそれを素直に咀嚼できるほど、俺は大人になれていなくて。
「い、……っ、いや! 嫌われたわけじゃないですよ、ただ距離を置けって」
「それ、付き合ってる奴らが分かれるときの常套句だろうが……」
普通に諦めてくれってことと同義だろう?
そう言う光平さんはとても悪い顔をしていて。
「とにかく、そこまで聞かれても応える気はないんだが」
「じゃ、じゃあ! あれはどうですか、性格診断のやつ!」
「あれなぁ……」
この前回答してくれた内容が、実は「検索したら一番上に出てきたやつ」ということで、非常に信頼性がなかった。
なので、リトライを所望していたのだが、光平さんはあっさりと「めんどくさい」と言ってきてしまった。
「設問でどう変わるかってのをやったから、本当の答えがわかんねぇんだよ。まあ、適当にやった最後のやつなら履歴あるかもしれねぇけど」
「ぐぬぬ……」
一応、やってくれたことはやってくれたらしい。が。ちゃんとうまく解決できなかったのだから仕方がない。
「そんなこと聞かなくても」
「へ」
「別に好きに考えてくれたらそれでいいんじゃねえか」
そんな簡潔に分類できるなら血液型占いは流行らなかったと思うぞ、と至極真っ当なことを光平さんに言われてしまって、俺は、それに正しく答えることができなかった。
「ま、まあ……それで、あの」
「別に言わねえけど十二月」
「は?」
突然ぶっこまれた月について、いまさらなにを解釈させようと言うのか。
怪訝な顔をして顔を覗き込んだところ、逆に困惑されてしまった。
「聞きたかったんじゃねえのかよ、誕生日。日は嫌だけど、月くらいなら、まあ……」
「はい、あの……っ、じゃあクリスマスケーキ」
「それは嫌いだ」
「う」
「あれだったらいい、シュトーレン」
「よっぽどケーキより甘いじゃないですか」
なんでそれがセーフなんですか、と聞いたけど、明確な回答はしてくれなかった。
きっと、コーヒーに合わせるとおいしいから、というそれ以外のお菓子と入れ替えても変わらない理由を言われてしまうのだろう。
であれば、別に詳しく聞く必要もないかと、言ってもらえたシュトーレンについて、もう少し広げてみたいと思った。
「あれこそ、一人で食べるのもったいねぇだろ」
「いや、まあ……それは、そうですよね」
だから、俺を誘ってくれたのかもしれない。
し、逆に、めちゃくちゃクリスマスケーキを気にしていて、それであえて外しているのかもしれない。
光平さんのこうした突飛な部分はまだ、読めないから困ってしまうのだ。
「いや、でもなあ」
「まだ言う気か」
このまま光平さんのペースに乗っていいものか。
もう少し、いろんなことを聞けるんじゃないだろうか。
まだ知らないことばかりの光平さんに、質問できるチャンスは今くらいしかないのではないか。
そう思ったら、俺の口は即座に頭を切り替えて、反応していた。
「光平さん」
「ん」
「おいしいとこ、教えてください」
「ん?」
「シュトーレンのおいしいところです」
いろんな場所で特売にされているそれ。
大事に美味しく食べられていると勝手に考えていたのだが、もしかすると、さくさく食べてしまうタイプなのかもしれなお
「一緒に食べましょうよ、せっかくだし」
「やだね」
「えー」
何度目かの提案は、すげなく却下されてしまった。
まあ、もう、一応月だけ聞けたし、満足するしかないかと諦めたことを確認した、光平さんは言った。
「残念だが……俺は、俺のために買うんだっての」
にや、と笑って、光平さんは席を立った。
どうやら俺がうだうだしている間に、食べ終わっていたらしい。
「そろそろ、汁もぬるくなってちょうどいいんじゃないか?」
そんなことをニヤニヤ言って、俺は光平さんに置いて行かれてしまったのだった。

