正直、見ておいしいうえに、光平さんに勧められているのだから外れるわけがない。
しかも、普段、学食にいて丁寧に「これにしておけ」とおかずを選んでくるようなタイプの光平さんが、あえて呼びつけてまで食べさせるものなのだ。
そこまで悪くないとは思っていたけれど、思っていた味付けとはまた違って、美味しかった。
「おいしい……」
「よかった」
「なんか、これ、ぱくぱくいけちゃいますね」
「詰まらせるなよ」
「はーい」
甘じょっぱい味噌だれに、温かいお茶はよく合う。
ふう、と息をついて、ちらりと隣を見れば、さすがに自分より先に食べている光平さんの皿が見えた。
「……」
「なんだ」
「どうして」
光平さんは、どうしてこんな俺に、よくしてくれるのだろう。
兄さんから俺のことを、絶対に、聞いていたはずなのに。
そうでなければあの日「龍之介の弟」なんて言葉は出てこないはずだ。
考えても、わからないけれど、餅がおいしいことは確かだ。
噛んで、噛んで、それでも溢れ出た「どうして」に、光平さんは首をかしげた。
「どうして、か」
「あ。いやすいません、」
口に出すつもりのない言葉が届いたことに動揺して、俺は思わず頭を下げた。
「頑張った奴にはご褒美っていうから、一応そういうつもり」
軽い雰囲気で言われた言葉だったけれど、光平さんに適当なことを言われているとは思わなかった。
なんでか、俺の目元が、じわじわ熱くなっているのがわかる。
まだ、頭を上げられない。こんな顔をみせるべきではないと、俺はねじれた体で答えた。
「俺そんなに頑張ってませんけど」
「目的がなくなったのに、結構真面目に勉強してるんだ、だいぶ頑張ってんだろ」
「……っ、そ、れは、そうですけど」
こんな風に、穏やかな空気の中、暖かいもので膨れた体で考えることでもなかったかもしれない。
だけど、こうして対話のできる存在は、今までいなかった。
兄さんだって、両親だって、俺をちゃんと見てくれなかった。
いや、俺が、これまでずっと、周りにそうさせていた。
それに気づいてから、もうずっと不安だった。
自分は、このままでいいのかって。
このまま、ぞんざいなくせにあったかい光平さんに包まれているだけで、本当に、いいのかって。
自分の手の甲をじっと見つめながら、俺は、黙り込んでいた。
そんな俺を見かねたのか、光平さんはぽつりとつぶやいた。
「ちなみに」
「……」
「昔の俺のサボりスペース、ここ」
「ええ?」
そのよくわからない発言に、俺は、つい顔を上げてしまった。
あ、と思った時にはもう遅く、自分の目元が潤んでいるのが丸見えで、光平さんにポケットティッシュを差し出される羽目になった。
もらったそれで、目元と鼻を押さえたあと、光平さんは「特に理由はなかったんだけどな」とつぶやいていた。
「なんだかんだ、一年ずれてる、ってのを、当時はめちゃくちゃ気にしてたんだよ。今はもう、そんな風に思うことなんてなくなったけどな」
「……」
「だから、ここ来て授業サボったこともあるし、ゼミのわいわいした空気に耐えられなくて、ここに来てたこともある」
さらっと告げられた言葉は、今の光平さんからは考えられないほど不真面目で、ちゃんとしてなくて、途端に親近感が増してきた気もする。
が、今はそうではない。ちゃんと、大人になって、卒業もきっと決まっていて、それで。
いろんなことがわっと駆け巡ったのに、光平さんはオチのように「ここいいだろ、秘密結社っぽくて」なんてことを言い出した。
「神社の境内で物騒な」
「それもそうだな。ま、ゆっくりしよう」
「……はい」
残った餅はさすがにひんやりとしていたけれど、その分噛みごたえも増えたので、ゆっくりゆっくり、二人でいることを噛みしめた。
また俺は、自分の内側に残るものを聞けなかったけれど、それでもこの時間がちょっとだけ嬉しかったのは事実で。
「光平さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「ああ」
それだけでご利益はあったのだと、なんとなく自分は思っていたのだった。

