光平さんと学食を食べ終え、ふと、口寂しさを感じていた。せいぜいこのあたりにあるのは自販機くらいだ。
けれど、それほどほしい飲み物もなく、無駄にキョロキョロしていた俺に、光平さんは言った。
「どうした?」
「なんでもないです」
「じゃあ行くか」
「はい」
枕詞の「一緒に」「二人で」は、日差しの厳しい時期からなくなった。
俺も光平さんも、そこを気にしなくなっていたのが不思議だけれど、なんとなく、この距離感が俺にとっては心地よくなっていた。
光平さんは、とある自販機の前で立ち止まった。てっきり学生カフェに行くのかと思っていた俺は、驚きつつもその場に一緒に立ち止まる。
「えっと」
「悪い、ちょっと見てくる」
この辺の自販機は、新商品や季節限定が多い分、ほかと比べて二十円ほど高め設定だ。
しかも電子マネーが使えるので、油断するとすごい額が減ってしまうとわかって、俺はあまりこの辺の自販機には立ち寄らないようにしていた。
光平さんは、ひとつの自販機の前で立ち止まると、全体を眺めて、それからこのブースにある全ての自販機の内容を確認していた。
「……はあ」
「光平さん、どうしたんですか?」
光平さんは自分の財布に小銭を戻すと、諦めたようにそっぽを向いていた。
もしかして、小銭が違ったんだろうかと、首をかしげてみたが、どうやら違っていた。
「ない……」
光平さんの指先をたどってみれば「新商品」の文字。みたことのない、レモンしぼりたて感がわかりやすい。
つまり、ここに元々あったはずのなにかは消えてしまったようで。
「……くっそ、あれが一番効率よかったのに」
「それってわりと甘めです?」
「まあ、……俺からすると、そんな感じだ」
しかし、光平さんの顔はしぶいまま。どうやら、その新商品はお好みじゃない様子。
もしかすると、この四年の間に、ちょうどいい塩梅とやらを見つけていたのかもしれない。であるならば、なんとかしたほうがいい。
機嫌の悪い光平さんも、見たくないし。
そういう後ろ暗い気持ちもあって、俺はそっと、いましがた購入したばかりの紙パックを掲げた。もちろん、ストローは差し込んでいて、俺の喉を潤したばかりだ。
「これ、ためしに飲んでみます?」
ただ恐かっただけで差し出すには、百二十円は大きすぎるだろうか。
しばらく前からあったはずの、乳酸菌飲料は、自分の口には合ったが果たして。
「……悪い、ひとくち」
あ、と思う時には俺の手めがけて、光平さんが近付いてきていた。
差し出したままの手をとられ、そのままちゅう、とひと口水分を含んだ光平さんは、余裕な表情でこっちを見ていた。
一瞬消えたはずのシワは、また深く刻み直されてしまった。
「ええと、その……どうです?」
「こういうのは、あんま飲まない」
「あ、はい。そうですか、そうですよね」
「……なんだよ」
俺の食後にはちょうどいい甘さだったのだが、多分、光平さんの舌的には「甘すぎる」のジャッジだったのだろう。仕方ない。俺の好きな「ミルクたっぷり」「生クリーム風味」「ザ・加糖」な飲料なのだから。
「だって光平さん、さっきもずっとヨーグルト系は見てなかったので」
「……ばれるもんだな」
ばつが悪そうにそっぽを向いた光平さんの頬は、光の加減か赤らんでいた。
飲み物を覚えていたのは、相手があなただからですよ、なんてキザな言葉は、言い出せなかった。
なんだかしんとした空気を吹き飛ばすように、俺は明るく切り返した。
「ちなみに、光平さんのオススメ、どんなパッケージでした?」
「この色違い。黒いほう」
「あ。じゃあ、あっちにあった気がします!」
俺は、光平さんを連れて、寮まで帰る途中にある自販機の前まで行った。
確かにそこには、黒っぽいパッケージに「微糖」の文字のあるコーヒーも並んでいた。
「……あ、った」
ぽろ、とこぼした言葉は、いつになくほころんでいた。
電子マネー表示のないその自販機に、ちゃりちゃりと小銭を入れ、がこんと落としたそれを確認した光平さんの顔は、少しだけ幼く見えて、ちょっと親近感も持ってしまった。
ふ、と漏れ出す笑いをこらえようとうつむいたとき、光平さんがまた小銭を入れている音がして、顔を上げた。
在庫でも確保するのかと眺めていたら、光平さんが俺をじっと見つめていた。
「ほら」
「え?」
「おまえも、もう一本飲め」
再度え、と言う前に、自販機の正面になるよう腕を引っ張られた。
やっぱりつよいな、と思っていたのは一瞬で、これを押すわけにはいかないと、光平さんを見た。
「い、いいですよ、こんな」
「どうせおまえ、普段飲まないだろ。礼だ。一緒に飲め」
「う……」
「ほら」
お礼と言われて、どうして断ることができようか。
俺は、光平さんの視線を感じながら、一番好きな激甘牛乳飲料のボタンを、そっと押した。
「あ」
がこんと言った瞬間、光平さんは俺の代わりに、その飲み物を取ってしまった。
「えっと」
「伸二はこういうのが好きか」
「あ、はい。一番好きです」
「ふうん」
なにかに納得したらしく、ぽい、と俺の方に投げられたドリンク。
飲め、という無言の圧力を感じて、プルをゆっくり引っ張って口をつける。キンキンに冷えた分、甘さは和らいでいる気もするが、それも光平さんのおかげでなんだかいつもよりおいしく感じていた。
「次はここでもいいな」
「へ?」
「なんでもない」
ぽろ、と何かを言っていた光平さんに聞き返したけれど、光平さんは答えてくれなかった。一応、俺に関することならわりと言ってくれるので、それはまた、別の事柄についてなんだろう。
ちくちくした気持ちに支配されないように、ドリンクをぐいと多めに飲み込んだ。
光平さんと一緒にいられるこの数分を、大事にするために。
けれど、それほどほしい飲み物もなく、無駄にキョロキョロしていた俺に、光平さんは言った。
「どうした?」
「なんでもないです」
「じゃあ行くか」
「はい」
枕詞の「一緒に」「二人で」は、日差しの厳しい時期からなくなった。
俺も光平さんも、そこを気にしなくなっていたのが不思議だけれど、なんとなく、この距離感が俺にとっては心地よくなっていた。
光平さんは、とある自販機の前で立ち止まった。てっきり学生カフェに行くのかと思っていた俺は、驚きつつもその場に一緒に立ち止まる。
「えっと」
「悪い、ちょっと見てくる」
この辺の自販機は、新商品や季節限定が多い分、ほかと比べて二十円ほど高め設定だ。
しかも電子マネーが使えるので、油断するとすごい額が減ってしまうとわかって、俺はあまりこの辺の自販機には立ち寄らないようにしていた。
光平さんは、ひとつの自販機の前で立ち止まると、全体を眺めて、それからこのブースにある全ての自販機の内容を確認していた。
「……はあ」
「光平さん、どうしたんですか?」
光平さんは自分の財布に小銭を戻すと、諦めたようにそっぽを向いていた。
もしかして、小銭が違ったんだろうかと、首をかしげてみたが、どうやら違っていた。
「ない……」
光平さんの指先をたどってみれば「新商品」の文字。みたことのない、レモンしぼりたて感がわかりやすい。
つまり、ここに元々あったはずのなにかは消えてしまったようで。
「……くっそ、あれが一番効率よかったのに」
「それってわりと甘めです?」
「まあ、……俺からすると、そんな感じだ」
しかし、光平さんの顔はしぶいまま。どうやら、その新商品はお好みじゃない様子。
もしかすると、この四年の間に、ちょうどいい塩梅とやらを見つけていたのかもしれない。であるならば、なんとかしたほうがいい。
機嫌の悪い光平さんも、見たくないし。
そういう後ろ暗い気持ちもあって、俺はそっと、いましがた購入したばかりの紙パックを掲げた。もちろん、ストローは差し込んでいて、俺の喉を潤したばかりだ。
「これ、ためしに飲んでみます?」
ただ恐かっただけで差し出すには、百二十円は大きすぎるだろうか。
しばらく前からあったはずの、乳酸菌飲料は、自分の口には合ったが果たして。
「……悪い、ひとくち」
あ、と思う時には俺の手めがけて、光平さんが近付いてきていた。
差し出したままの手をとられ、そのままちゅう、とひと口水分を含んだ光平さんは、余裕な表情でこっちを見ていた。
一瞬消えたはずのシワは、また深く刻み直されてしまった。
「ええと、その……どうです?」
「こういうのは、あんま飲まない」
「あ、はい。そうですか、そうですよね」
「……なんだよ」
俺の食後にはちょうどいい甘さだったのだが、多分、光平さんの舌的には「甘すぎる」のジャッジだったのだろう。仕方ない。俺の好きな「ミルクたっぷり」「生クリーム風味」「ザ・加糖」な飲料なのだから。
「だって光平さん、さっきもずっとヨーグルト系は見てなかったので」
「……ばれるもんだな」
ばつが悪そうにそっぽを向いた光平さんの頬は、光の加減か赤らんでいた。
飲み物を覚えていたのは、相手があなただからですよ、なんてキザな言葉は、言い出せなかった。
なんだかしんとした空気を吹き飛ばすように、俺は明るく切り返した。
「ちなみに、光平さんのオススメ、どんなパッケージでした?」
「この色違い。黒いほう」
「あ。じゃあ、あっちにあった気がします!」
俺は、光平さんを連れて、寮まで帰る途中にある自販機の前まで行った。
確かにそこには、黒っぽいパッケージに「微糖」の文字のあるコーヒーも並んでいた。
「……あ、った」
ぽろ、とこぼした言葉は、いつになくほころんでいた。
電子マネー表示のないその自販機に、ちゃりちゃりと小銭を入れ、がこんと落としたそれを確認した光平さんの顔は、少しだけ幼く見えて、ちょっと親近感も持ってしまった。
ふ、と漏れ出す笑いをこらえようとうつむいたとき、光平さんがまた小銭を入れている音がして、顔を上げた。
在庫でも確保するのかと眺めていたら、光平さんが俺をじっと見つめていた。
「ほら」
「え?」
「おまえも、もう一本飲め」
再度え、と言う前に、自販機の正面になるよう腕を引っ張られた。
やっぱりつよいな、と思っていたのは一瞬で、これを押すわけにはいかないと、光平さんを見た。
「い、いいですよ、こんな」
「どうせおまえ、普段飲まないだろ。礼だ。一緒に飲め」
「う……」
「ほら」
お礼と言われて、どうして断ることができようか。
俺は、光平さんの視線を感じながら、一番好きな激甘牛乳飲料のボタンを、そっと押した。
「あ」
がこんと言った瞬間、光平さんは俺の代わりに、その飲み物を取ってしまった。
「えっと」
「伸二はこういうのが好きか」
「あ、はい。一番好きです」
「ふうん」
なにかに納得したらしく、ぽい、と俺の方に投げられたドリンク。
飲め、という無言の圧力を感じて、プルをゆっくり引っ張って口をつける。キンキンに冷えた分、甘さは和らいでいる気もするが、それも光平さんのおかげでなんだかいつもよりおいしく感じていた。
「次はここでもいいな」
「へ?」
「なんでもない」
ぽろ、と何かを言っていた光平さんに聞き返したけれど、光平さんは答えてくれなかった。一応、俺に関することならわりと言ってくれるので、それはまた、別の事柄についてなんだろう。
ちくちくした気持ちに支配されないように、ドリンクをぐいと多めに飲み込んだ。
光平さんと一緒にいられるこの数分を、大事にするために。

