ブラコン新入生は、兄の友人から恋を学ぶ


 連休があっても、大学の行事以外に、正直なにか予定もなかった。

 今までも、自分のためにどこに行くなんてなかったから、鷹生に言われた「大学生活、損してる!」に納得ができていなかった。
 正直、サークルに入っている鷹生に比べたら、たくさん時間もとれるし、行きたいところにもきっと行っているだろう、なんと思っていただけなのだが。

「……ってこと、言われて」

 昼休み。いつも通りに光平さんの横に座って、うどんを啜っていたときのこと。

 鷹生のことばの意味を誰にも相談できず、俺は、ぽつりと零すだけに終わった。
 光平さんはじっと言葉を探したかと思うと「わかった」と言っていた。

「え」
「……」
「あの」
「……」

 何がわかったのか俺には伝わらなかったけれど、光平さんは黙々となにかをスマホでメモしていたのだった。

 それから数日。
 俺は、重大な危機に瀕していた。

「なあなあ、伸二! カラオケ行こうぜ! 今日学割マックス安いし!」
「え、いや……俺、今日光平さんと」
「いっつも一緒にいるイケメン先輩だろ? いいじゃん、その人も誘ったら」
「いや、でも全然違う学年に来てもらうのも」

 光平さんがイケメンなのはそう。せっかくだしと、一緒に歌いに行きたいのもある。
 けど、問題なのはその呼び方で。
 ただ、俺はその「先輩」呼びに、確かに鷹生に言ったことはなくて。

「伸二」
「ひっ」

 声が、聞こえた。思っていた人が、現れて驚いた。
 どうしても回避したい事象が、いま、目の前にあって、俺は後ろを振り返ることができなかった。

「何してんの」
「あ、えっと……その」
「ああ! イケメン先輩始めまして! 俺、鷹生って言います!」
「……どうも」

 俺は、光平さんのNGワードについて、伝えて居なかったことを後悔した。

 鷹生は当然、光平さんが「先輩」呼びされるのが嫌だというのを知らない。しかも、わりと、デリカシーなどなかったように、ズケズケ言う奴だ。普段はそういう、物言いのはっきりした、強いところを好ましいと思っているけれど、今日はそれではよくないのだ。

「先輩、俺らと一緒にカラオケ行きませんか!」
「断る」
「ひいっ」

 びびる俺に気付いたのか、光平さんはぽんと頭を叩いて、目を合わせてくれた。
 意外と落ち着いた顔で、光平さんは言った。

「……さすがに、同回生との邪魔するほど、野暮じゃねえから」
「ひえー、さすがイケメン。言うことが違う……」
「……っ」

 ――ちょっと、やめてください。

 そう言えたらよかったのに。言いたくない。おかしい。
 光平さんの手に、わしゃわしゃと撫でられているのだけれど。

 二人の会話が終わるまでずっと、撫でられていて、どうにか逃げ出せたと思ったら、俺は鷹生の前から離れていた。

「また、俺たちとも遊んでくださいねー!」
「ちょ、鷹生うるさいっ、もういいって!」
「なんだよー、おまえが好きな先輩だって言うから」
「そこ! そういうところ!」

 光平さんに聞こえていただろうか。いや、聞こえていないことを望んでいる。

 じろりと睨み上げられた鷹生は、胸に手を当てて、ゆっくりと呼吸を続けていた。
 それもそうだろう。俺だって、最初に光平さんに会ったときは「殴られる!」なんて思ったのだから。

「……先輩、こわかった……」

 鷹生のほっとした声と表情に、俺は思わずため息をついた。

「あんな怒ることある?」
「……あるんだよ。だから、いろいろ気をつけてたというか」

 ただのじゃれ合いの延長と思っていたのが鷹生で、俺はそうではないんだということ。
 伝え方ひとつ、言葉ひとつの重みを、改めてしった。

「まさかあんなにガチだと思わないじゃん! てっきり、伸二の誇張かと思うでしょ!」
「事実そうだったんだから、諦めてくれよ」

 はあ、とため息をついたものの、鷹生の文句は続いていく。
 最後には「今度はイケメン先輩と一緒に学食を食べたい」だとか言い出したので、丁重にお断りした。これ以上、光平さんの地雷を踏みたくないし、鷹生が何を言い出すのかも想像ができない。コレはリスク回避だ。

 そう落とし所をつけて、上目遣いに俺を見る鷹生の「お願い」を丁重にお断りし続けたのだった。