「光平さん」
そう呼ぶのに慣れたと気付いたのは、いつからだっただろう。
自分の言葉のような、そうでないような呼び方。
別に誰のために話しているわけではない。
だから、俺も、本来的には、自分のために光平さんの名前を呼んでいるのだろう。
ああ、これは夢だ、と俺は気付く。
よくわからない空間の中に、俺と、光平さんの二人しか存在していなくて、俺が考えれば食堂になるし、祭りの夜道を考えたらそうなってしまう。
兄さんを見かけてから、俺は、こんなふうに夢を見る回数が増えた。
夢の中の光平さんは、とても厳しい。ざっくり言うと、優しくない。
現実の光平さんのほうが、よっぽどやさしかったように思う。
あれこれしてくれるし、自分のこともよく気に掛けてくれるし。
それに、と新しいことを思いついた頃だった。
そこにいた光平さんは、俺に向かって言い放つ。
――今さら、仲良し兄弟に戻れると思ってんのか
そうやって脳内の光平さんは俺の心をしっかりと監視してくれている。
呆れたように俺を見下ろして、強く言い続ける。
――龍之助は、どう思うだろうな。
俺の、兄さんへの一途さの弊害か。
キーワードである兄さんについて、いちいち、俺の内側で、夢の光平さんは兄さんを意識させるようなことばかり言い続けている。
だから、自分の内側にいる光平さんだとわかる。
自分が一番言われたくないことばも、ちゃんと言われてしまう。
だけど。だから。絶対に。
「光平さんの、こと……もっと、知らないと」
そう宣言したところで、俺は目を覚ました。
朝の日差しはまだ遠く、ぬるい風が辺りを吹き抜けていく。
夢を見てもいつも通り起きた自分は、ある意味優秀なのかもしれない。
今日も残念なことに授業がある。暦の上では祝日だから、開講している講義も少なく、俺も鷹生とかぶった一コマだけだ。
へんな夢を見たから、現実に上書きしたいと思っているというのに、そういうときに限って光平さんは今日大学には来ない。
だからと言って、用事もないのに「会いたいです」などと、自分勝手にアピールし続けるわけにもいかない。
この前見た兄さんの姿が、俺の内側に残っていて。
今までと同じ轍は踏みたくないと、俺の心の方針に、しっかりと楔が埋め込まれていた。
だから、光平さんとのデジタルなやりとりは、あの祭のあとから増えていない。
それでもう、仕方がないのかも、と諦めていたときだった。
その夕方の一コマのために、直行するのは面倒だなと思って、俺は朝から外出することにした。
たまたま文房具とちょっと面白そうな本を買ったおかげで、抽選券が揃ったらしい。店員さんに「ここの結構当たるんです」と言われたのが、俺の心をくすぐったのだろう。
普段はやらない量販店の入り口の福引きを、この日の俺はやることにした。
からからと回した先に転げ落ちた色玉は、どうやら上位賞の当たりだったらしい。
カランカランと高らかに鳴らされたベルの音が、俺の頭上で響き渡っていた。
「映画ペアクーポンです、おめでとうございまーす!」
「え」
「半年ほど使えますので、ご友人同士でも誘ってみてくださいね」
「あ、え……はい」
よくわからないまま、言われるがまま、映画のチケットを二枚もらってしまった。
とりあえず恥ずかしくなって、ささっと購入済みの本の間に挟み込んだ。
俺と行ってくれる人なんて、と思って、一瞬ちらついた影を消すように、俺は授業を受けるために、大学に戻ることにした。

