ブラコン新入生は、兄の友人から恋を学ぶ


 光平さんと会う頻度は変わっていない。だけれど、こっちの心持ちが、どうにもこうにも、複雑怪奇な状態になっていた。
 相談する相手にも困っていて、どうせ鷹生くらいしかいないんだけどと、ちょっとした上から目線で友人を眺めていた。

 ふわふわと、とろけそうな温かさは随分前に過ぎてしまったというのに、いつにも増してどこか眠たげな表情をしている鷹生は、机にぎりぎりつかないほどに頭を下げて、なんとか授業を聞いていた。

 と、思いたい。

「鷹生、なんでそんなに眠そうなんだよ」
「ええ? 起きてる起きてるってー」
「どこがだよ……」

 授業の終わり、目の下に真新しくくすんだクマをたたえた鷹生は、わざわざため息をついて、俺に言った。

「昨日、サークルの新歓あってさぁ……」
「新歓? だいぶ遅くない?」
「ふつーに、飲み会的なやつって言うのめんどいじゃん。ちなみに通算十回目の新歓です」
「その基準、俺はわからないかな……」

 ちなみに俺は飲んでないからな! と言いながら、鷹生は眠そうな目を擦りながら、強く言ったが、その勢いはいつにも増して、少ない。やっぱりこっそりと飲んでいたんじゃないかと思うが、そこまで異臭がするわけでもなし、彼を信じてみることにはしている。

 鷹生とそんなやり取りをした翌日、少し長袖だと暑くなってきたなと思う日に、俺は光平さんと膝を付き合わせて、昼メシを食べていた。

 今日も変わらず素うどんと米にしていたのだけれど、光平さんがそれを気にしているのか、小鉢を二つとるようになったので最近はちょっと自主的におかずを増やすようにしている。

 今日の小鉢はきんぴらごぼうだった。
 茶色と白を往復しながら、鷹生から聞いたことを思い出していた。

「いろんな新歓があるって、俺、聞いたんですけど」
「誰に」
「えっと、まあ同級生から流れ聞いて……」

 鷹生の詳細は伝えていない。ただ、まあ友人らしきもの、といったら心底安心した顔をされたので、それ以上なにかを説明することはなかった。
 それよりも、と思う内容は、俺にとっては大事なことだったからだ。

「別に、部活とかサークル入ってないなら関係ねーだろ」
「え、そうなんですか?」
「そもそも聞くけど」

 そう言って、俺のご飯の上に、焼き魚のひとかけらが置かれた。
 食え、ということなのだとわかってからは、この餌付けも許容してしまっている。
 与えられた塩分を少しだけ割って、口に含む。確かに、このしょっぱさは、ひとつまるごと食べるにはしんどかったと思う。咀嚼し終えて、お茶を一口飲んだ俺に、光平さんさんは言った。

「これまでお前だって、別に学科の先輩と一緒になんかするとか、あったのか?」
「……そう、言われてみれば」

 確かに、授業の説明やなんだかんだと、そういうオリエンテーション的なことはあったけれど、それ以上のことはなかったし、なんならその先輩たちの名前も、もう忘れてw締まった。
 その程度のレベルで全員集合、なんてやっても、意味が無いということは、俺にもさすがに理解できた。

「なかったです。そもそも俺、同回生でもそんなに仲いいひといないんで……」

 というか、ドン引きされていただけですけど、というのはさすがに言えなかった。
 一応、そんな俺のことも理解しているであろう光平さんではあるが、それを自分で言うのは避けたかった。俺の話が終わったのを見計らって、光平さんはそれまでと変わらないように口を開いた。

「正直、俺が知る限りではおまえの学科ではねーよ。それは間違いない。今後新しいのが出てたら別だけどな」
「そう……ですか……」

 そんなシステム、どんどん人口が減る中で成立するかよ、と光平さんは笑っていて。

 仕方がないと苦笑した光平さんは、ゆっくりと目を引き結んで笑った。
 そう。なぜだかしっかりと笑っていたのだ。

「とはいえ」
「はい?」
「それっぽいことしたいなら、そうだな」

 しばし思案した光平さんは、とても楽しそうに笑っていた。

「祭りとか、行くか?」
「へ?」

 祭り、って、あのお祭り、だろうか。
 自分はもちろん、光平さんにもあまり似合う場所ではないと思っていた。
 だが、光平さんはそんなことを気にしないように、言った。

「せっかくなんだ、年に一度くらいは楽しんでもバチはあたらねぇよ。行くか?」
「で、できっれば、一緒に……っ、行きたいです!」

 その言葉に若干の不安を訴えつつ、俺は光平さんの言葉に乗るかたちで予定を決めた。

 大学生とあれば、大きなお祭りにも行っていいんだ、とこのとき初めて知った気分でいた。しかも、俺が、みたいものを、みたいタイミングで楽しめる。

 これまで、兄さんのことにばかり必死だっただけで、というやつだ。

 光平さんに見せてもらった過去の画像を見ているだけで、俺は相当、テンションが上がっていた。

 四車線以上の車道一帯を歩行者専用にするのだから、相当な人出なのだろう。単純に、俺はわくわくしてきた。なにより、このエリアだと、知らない出店も、普段食べないようなアイテムが立ち並ぶ、屋台のタイトルだけで心がくすぐられていた。

「もしかして、出店とかすごい数ですよね? ね?」
「珍しいのか?」
「いや、地元でも祭りはありましたけど、こんな大規模なのはないんで……きっといろいろあるんだろうなって」

 当たり前にあったものは、そう長くも広くもない道幅で、自分や友人の知り合いはすぐに出会ってしまうような距離で。

 あたり一面の人波を想像して、俺はなんだか、ワクワクしていた。

 たぶん、自分の思う形ではないんだろう。
 きらきらした河川敷で和気あいあいと語るような環境ではなく、ただ、ひたすら町並みとともにあるそれ。

 急に行って楽しめるのだろうか。
 教科書で学んだくらいの知識しかない自分でも、とは思う。

「じゃあ、楽しみだな」

 そう言って、光平さんが楽しそうに笑うのだから、俺は否定も肯定もできないのだった。